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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第三章 仮面の騎士
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第61話 ロドネイ島

新章開始ということで、簡単な地図をつけました。

相変わらず縮尺とか考えてないんで、その辺は気にしない、ということでお願いします。

挿絵(By みてみん)


 ザウス帝国東部、マルドーバの街。

 ここは大陸の北、北氷海ドルトネラ湾に面した港町だ。

 ドルトネラ湾は豊かな漁場として知られており、マルドーバも昔から漁師町として栄えてきた。

 だがおよそ三十年ほど前。ここがザウス帝国領になってから、この街は軍港という新たな顔も持つようになった。

 そのマルドーバの港から、一隻の帆船が出航していこうとしていた。

 漁船や交易船ではない。ザウス帝国の海軍に所属する軍船だった。

 船には船員の他に、武装した兵士たちが二十人ほど乗り込んでいたが、その中に数人、明らかに兵士とは違う風貌の人間が混じっていた。


「やっと出航か。まったく一ヶ月も待たされるとは……」


 不満そうにつぶやいたのは老人だった。六十は超えていそうで、髪も白くなっていたが、足腰はまだまだ丈夫そうだった。


「仕方ありませんよ」


 答えたのは若い女性だった。二十代前半ぐらいだろうか。それほど美人というわけではないが、明るく活発な雰囲気の女性で、ショートカットがよく似合っている。

 二人は甲板に出て、潮風に吹かれつつ会話していた。


「ここは国境ですからね。我が国の都合だけじゃ決まりません」


 女性の言葉に、老人は東の方を見る。

 マルドーバの街は、ルベル川の河口に位置している。そしてルベル川は現在のザウス帝国とターベラス王国の国境線だ。つまりマルドーバは国境の街でもあるのだ。

 とはいっても住人の多くは、普段の暮らしであまり国境を意識していない。理由は距離だ。

 二人の見つめる先、対岸に一つの街が見えた。

 ニームの街だ。ターベラス王国の街だが、ここからかなりの距離がある。

 どこまでがルベル川の河口で、どこからが海になるのか、はっきりとした境目は曖昧だが、二つの街は二十キロほど離れている。

 漁師たちは漁業権の問題などがあるので、常に対岸を意識しているが、他の住民たちにとっては遠い対岸なのだ。


「軍船を出すのに、一々向こうとの協議が必要なのは面倒ですけど、仕方ありませんよ」


 女性がなだめるような口調で言った。

 二つの街では、互いに不慮の衝突などを防ぐため、軍船の出入りを報告するという取り決めが交わされていた。

 二人が乗っているこの船も、本当ならもっと早くに出航するはずだったのが、ニームとの連絡に手間取って、今日まで出港が延びていたのだ。


「まあそんな不便もあと少し。そう遠くない日、我が帝国がこの海も制するでしょう。そうなれば船も自由に出せます」


「それはどうかな」


 楽観的な物言いの女性に、老人が反論した。


「カンニガル先生は、帝国がターベラス王国に勝てないとおっしゃるんですか?」


「そうは言っておらん」


 老人――カンニガルが言う。


「すでに帝国とターベラスとの国力差は圧倒的だ。それでもターベラスが持ちこたえているのは、ヴァイセン伯爵の力だ。だがその伯爵も、もう高齢。伯爵がいなくなれば、帝国がターベラスを取り込むのも時間の問題だろう」


「でしたら……」


「だがターベラス王国の海軍は強大だ、というより帝国の海軍が貧弱なのだが」


「ちょっと、カンニガル先生!」


 女性が慌てて周囲を確認する。ここはその海軍の船なのだ。悪口を聞かれたら、いい気はされないだろう。

 幸い周囲に人はおらず、今の言葉を聞いていた者はいないようだ。


「別に聞かれたところで、どうということはない。彼ら自身が、それをよく知っている。ディーネ君は周りを気にしすぎだな」


「先生が気にしなさ過ぎなんです」


 女性――ディーネが言い返す。

 だが聞いた人間がどう思うかは別として、カンニガルの言葉は正しかった。

 今や大陸西方最大最強の国家となったザウス帝国だが、帝国は伝統的に海軍や水軍が弱いといわれていた。

 元々が内陸国であり、最初は水軍を持っていなかったこと。

 領土拡張により、海に接することとなったが、その海の大半が雪と氷の北氷海であり、海軍が発展しなかったこと、などが理由としてあげられている。

 一方、東のターベラス王国も北氷海に面した国だが、こちらは帝国よりも緯度が低いため、その多くが冬でも航行可能な領域にある。

 そのため古くから漁業や水運が盛んで、それに伴って海軍も発展してきた。


「帝国がターベラスを圧倒するといっても、それは陸上兵力によってだろう。ターベラスが滅亡するその日まで、帝国の海軍がターベラスの海軍を越えることはないと思うがね」


 実際、ドルトネラ湾だけに限れば、ザウス帝国はターベラス王国に押されている。それは両国海軍の差によるものだ。

 湾内の漁業権の取り決めは、ターベラス王国有利に設定されているし、軍船の出入りが自由にできないのも、相手の方が強いからだ。


「色々と癪にさわるが、とにかく出港できた。今はターベラスのことなど気にせず、これからの探索のことを考えるべきだな」


「そうですね。やっと許可が下りたんですから」


 この船はドルトネラ湾の北に浮かぶロドネイ島に向かっている。その島での調査が、今回の目的なのだ。

 カンニガルは帝国大学院の教授で、ディーネ他数名は彼の助手だった。残り十数名の兵士は彼らの護衛だ。


「今日が十一月二日ですか。だいぶ寒くなってきたし、調査も急がないといけませんし」


 湾内は流氷に覆われないといっても、やはり冬の寒さは厳しい。

 二人も厚着して甲板上に出ている。まだ十一月に入ったばかりだが、潮風はかなり冷たかった。

 島までは船でおよそ一昼夜。明日の朝には着く予定だが、それまでも気は抜けない。

 ドルトネラ湾には危険な海洋魔獣はいないとされているが、たまに外洋から紛れ込んでくることもある。

 この船は軍船だから、小さな海洋魔獣ならどうということはないが、大型の海洋魔獣に遭遇すれば危険だ。だから見張りの船員たちも、真剣な顔で周囲を警戒していた。


「ロドネイ島は本当に魔獣の島なんでしょうか?」


「それをこれから確かめに行くのだ」


 これから向かおうとしているロドネイ島は、地元では魔獣の島と呼ばれ恐れられている。無人島で、漁師たちも決してその島の周囲に近寄ろうとしない。

 だから魔獣の島と呼ばれていても、本当に魔獣がいるかどうかはわからない。

 最初、カンニガルが島の調査を希望したときも、この地を治めるモンダー伯爵が強硬に反対し、なかなか許可が下りなかったのだ。

 最終的に、カンニガルは知人の貴族に頼んで圧力をかけてもらい、強引に許可をもぎ取った。

 それでも期間は一週間、危険な兆候があればすぐに退避すること、などの条件をつけられた。

 魔獣の生息地というのは世界中にあって、基本的にどこも立ち入りが禁止されている。下手に魔獣を刺激して、外に出てこられたら困るからだ。

 モンダー伯爵が反対したのも同じ理由だが、伯爵はかなり強硬に反対した。それはロドネイ島が単なる魔獣の島というだけでなく、別の言い伝えも持っていたからだ。

 魔群の眠る島、というのがそれだ。

 魔群とは大規模な魔獣の群れのことだ。

 魔獣の群れ→魔群→大魔群と規模が大きくなっていくが、厳密な区別はない。

 数百体までなら群れ、千体ぐらいになってきたら魔群、数千体から数万で大魔群、といったところだ。

 カンニガル教授がロドネイ島について知ったのは、帝国大学院の図書館で読んだ、とある古文書によってだ。彼は歴史学者で、この時読んでいたのは古今東西のうわさ話を集めたような古文書だった。

 そこに、


「ドルトネラ湾のロドネイ島には、魔群が眠っていると言われている」


 といった文章が書かれていたのだ。

 これに興味を持ったカンニガルは、ロドネイ島について調べ始めた。

 この調査は難航した。

 ドルトネラ湾の地域が帝国領になったのは、三十年ほど前のことだ。それ以前は、今は滅んだ別の王国の領地だったが、その時代の詳しい記録はほとんど残っていなかったのだ。

 それでもわずかな書物や言い伝えなどを拾い集め、わかったことがあった。

 ドルトネラ湾の沿岸、そしてそこに流れ込むルベル川の流域には、数百年に一度ぐらいの間隔で、魔群が発生している。

 周辺地域の記録が少ないのも、それで何度も街や村が滅ぼされているからだった。

 この地域が最後に魔獣の群れに襲われたのが、およそ百五十年。当然ながら当時を知る人はみんな死んでいて、やはり記録も少なかった。

 さらに調査を続けていくうちに、地元の人々に語り継がれているこんな言い伝えも知った。


「暑い夏、暑い冬、暑い夏が続いたときの冬に気をつけろ。ロドネイ島から、魔獣の群れがやってくる」


 この言い伝えが特に気になったのは、まさに今年の冬が、その条件に当てはまるたからだった。

 ドルトネラ湾周辺は、去年の夏は猛暑だったし、冬は暖冬だった。

 それも例年なら湾のすぐ北までやって来る流氷が、全く流れてこなかったほどの暖冬だった。地元の老人たちも口を揃えて、


「これほど暖かい冬は生まれて初めてだ」


 などと話していた。

 漁師たちは、漁がしやすいと喜んでいたが、この言い伝えを知る者の中には、不安に顔を曇らせている者もいた。

 そして今年の夏も、二年続けての猛暑だった。

 まさに言い伝え通りではないか。

 カンニガルが強引なやり方で調査を進めようとしたのも、これが理由だった。

 はたしてなにが出てくるのか――カンニガルの目は、好奇心で輝いていた。

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