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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第二章 胎動
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第60話 受けた恩義

 自分でマルコを捜しに行くのではなく、ダークエルフに捜索を頼んだレンだったが、結果としてそれは正解だった。

 ジャガルの街へ行ったダークエルフは、三週間ほどで戻って来た。マルコの住居を探すのにそれだけ時間がかかったわけだが、そこで話は終わらなかった。


「数日ほど待ってみたのですが、残念ながらマルコ様は一度も帰ってきませんでした」


 このままではいつ帰ってくるかわからないので、彼はジャガルに住んでいるダークエルフに伝言を頼み、こうして報告に戻って来ましたと言った。


「そうですか。どうもありがとうございました」


「私はこれからどうすればいいでしょうか? もう一度、ジャガルへ戻りましょうか?」


「いえ、伝言を頼んでもらったのなら、それでいいと思います。今日は温泉にでも入ってゆっくり休んでもらって、明日、集落へ帰ってもらえれば」


「わかりました。ありがとうございます」


 彼は温泉と聞いて笑顔を浮かべると、一礼して部屋を出て行った。

 室内に残ったのはレン、そしてロゼもいた。


「このままジャガルには行かず、向こうからの連絡を待つおつもりですか?」


「うん。そうしようと思ってるけど」


 さっさと連絡したいとは思っているが、行ったところで会えなければ意味がない。

 今聞いた話では、マルコは全然家に帰ってこなかったそうだ。商売かなにかで、別の街に出かけているのではないかと思った。


「他に何かいい方法があるかな?」


 一応、ロゼに聞いてみる。

 ロゼはしばらく真剣な顔で考えていたが、首を横に振った。


「すみません。他の方法は思い付きません。領主様の言う通り、連絡を待つのが一番だと思います」


 とりあえず伝言は頼んだ。マルコがそれを聞けば、向こうから連絡が来るだろうと思った。

 だがそれから一週間たっても、一ヶ月たっても、マルコからの連絡は来なかった。

 単に遠出しているだけなのか、それとも何か別の問題が起こったのか。

 もう一度ジャガルに行ってもらうように頼んでみようか、などと考えているうちに、別の知らせが届くことになった。




 五月二日。

 ダークエルフのバルクスは、早朝に集落を出ると、川沿いの見張り台へと向かった。

 朝から見張り台に登り、夕暮れまで監視を続ける。しばらく前から、それが彼の仕事だった。

 見張り台は木の上にあるので、バゼで編まれた縄ばしごでそこまで登る。

 バルクスはこの仕事を気に入っていた。

 ダークエルフは上からの命令を実行することに喜びを感じる種族だ。だから基本的に命令された仕事は何でも好きになるのだが、それとは別にやはり個人の感情というのも影響する。

 高い木の上に作られた見張り台からの景色は素晴らしい。バルクスはこの景色が好きだった。

 もちろん景色に見とれているだけでなく、見張りの仕事もちゃんと行う。青い湖のガング、そして他の魔獣の動向もチェックする大切な仕事だ。そして危険な仕事でもある。

 二ヶ月ほど前、三つある見張り台の一つが、何者かによって破壊された。原因はいまだ不明だが、未知の魔獣による攻撃と考えられていた。

 黒の大森林は広大で、魔獣の種類は千差万別だ。どんな魔獣がいるかわからないし、そしてどんな魔獣に襲われたかわからない以上、常に気を抜かず、周囲を警戒しておかねばならない。

 だがその一方で、前任者からは、


「見張りのコツは、気を抜かず気を抜くことだ」


 と教えられていた。

 人間と同じく、ダークエルフの集中力もあまり長くは持続できない。最初から全力で見張っていると、すぐに注意力が落ちてしまうため、適度に気を抜く必要があるということだ。

 バルクスは言われた通り、肩の力を抜いて見張りを続けていたが、ふと川の対岸でなにかが動いたような気がした。


「うん?」


 そちらの方をじっと眺め、なにか動くものがいないか探していると――いた。


「あれは、商隊が帰ってきたのか」


 対岸で動いていたのは数人のダークエルフだった。こちらに向かって手を振ったりしている。

 集落のダークエルフは普段、川向こうへは渡らない。渡るのはターベラス王国へ向かう商隊だけだ。

 その商隊が出発したのがおよそ二ヶ月前。順調にいけば、そろそろ帰ってくる頃だと言われていたので、彼らに間違いないだろう。

 バルクスは縄ばしごで、さらに上の見張り台へ上がる。

 商隊が川を渡るのに、旗を揚げて安全を知らせる、というやり方自体は変わっていない。ただ、手順が少し変更になっていた。

 今までは見張り台は一つで、そこで見張りが旗を振ることになっていた。だが、この旗振りが魔獣を引き寄せ、見張り台が破壊されたのではないかと考えられたため、別の手順を取ることになったのだ。

 それが二段に分かれた見張り台だ。

 見張りがいる見張り台の少し上に、さらに小さい見張り台を作ったのだ。この小さい見張り台には、旗を立てるための台が置かれていて、見張りはここに登って旗を立てる。そして旗を立てたら、また下の見張り台に戻る。

 これでまた旗が狙われたとしても、前より少しは安全だろうと考えられていた。

 下の見張り台に戻ったバルクスがしばらく待っていると、隣の見張り台にも赤い旗が揚がるのが見えた。それを確認しつつ、周囲の警戒も怠らない。

 前回、商隊がガングに襲われて壊滅した原因の一つが、見張りが隣の見張り台の旗を気にするあまり、周囲への警戒が疎かになっていたことだ。そのせいでガングの接近に気付くのが遅れた。だから旗だけに注目しないように命令されていた。

 それからしばらく待って、隣の見張り台の赤い旗が、白い旗に変わった。安全だという連絡だ。

 バルクスはまた上の見張り台に上がり、こちらも赤い旗を降ろして、白い旗を立てる。それからまた下の見張り台へと戻る。

 はっきり言って面倒くさい手順だと思う。だが命令なので文句は言わない。

 それに聞いた話によると、安全の確保は領主様の厳命だという。

 よくわからないお方だとバルクスは思った。

 彼は集落防衛戦の後で移住してきた、いわば新参者だ。だからレンと共に戦っていないのだが、他のダークエルフから、彼とガーガーの活躍については聞いていた。魔獣の群れに一歩も退くことなく戦った勇敢な領主とのことだ。

 ところがその一方で、とても心配性の領主だとも聞いている。すぐに「大丈夫なのか?」と聞いてくるそうで、だから旗の上げ下げもこういう面倒くさいことになった。

 バルクスの中では、勇敢であることと、心配性であることが両立せず、よくわからない領主様だ、ということになっていたのだ。


「お、渡り始めたな」


 白旗が揚がったのを見て、対岸にいたダークエルフたちがイカダに乗って渡り始めた。

 バルクスは一本のツタを握りながら、周囲の警戒を続ける。彼らが川を渡るまでが一番危険なのだ。ここは気を抜けない。

 ちなみに彼が握っているツタは、上の見張り台につながっている。これを引っ張ると、上の見張り台の旗が倒れる仕掛けになっている。緊急時に、一々上の見張り台に登っている暇はないので、このやり方が考えられたのだ。

 イカダは順調に進み、川の半分を過ぎ、やがてこちらの岸に到着した。

 バルクスはホッと息を吐いた。

 今回はガングの襲来もなく、見張り台が魔獣に襲われることもなかった。

 満足感を覚えつつ、バルクスは旗を降ろすため、上の見張り台へと上がっていった。




 商隊が無事に帰還したこと、さらにヴァイセン伯爵がお金を貸してくれたことは、その日うちにレンに報告された。


「金貨百五十枚、まるまる貸してくれたんですか? しかも無利子無期限で?」


「はい。その通りです。ゼルドはその金で宝石を購入し、それを持ち帰ってきました」


「じゃあひとまずそれで返せますね」


 最悪の事態は免れたことで、レンは安堵した。ここ二ヶ月、心に乗っていた重しが消えた気分だった。


「それにしてもヴァイセン伯爵は、よくお金を貸してくれましたね」


「向こうは厚意で貸すと言っていたそうですが、本当でしょうか?」


「さあ……でも、厚意なのは間違いないと思いますよ。他になにか考えがあるにしろ、こちらが助かったのは事実ですし」


 今回のことで、レンの中のヴァイセン伯爵への好感度が大幅に上がった。

 会ったことがない相手だが、いや、むしろ会ったことがない相手だからこそ、自分たちの苦境を助けてくれたことに深く感謝した。

 いつかこの恩を返さないと――レンはその思いを深く心に刻んだ。

 そして商隊の帰還から三日後、今度はマルコが屋敷にやって来た。ダークエルフの荷馬車に乗って。


「商隊が全滅したと聞いたのですが?」


 挨拶もそこそこに、深刻そうな顔で訊ねてきた。


「そのことなのですが……」


 レンは一連の出来事についてマルコに説明した。

 話を聞いていたマルコが一番驚いたのは、やはりヴァイセン伯爵がお金を貸してくれたことだった。


「レン様はいつの間にヴァイセン伯爵と親しくなっていたのですか?」


「いえ、親しくなるといっても、挨拶の手紙を送っただけですから」


「それだけで金貨百五十枚も貸してくれたのですか?」


「はい。大した方ですよね」


 そんなわけないだろう、とマルコは思った。

 金貨百五十枚は大金だ。それを何の理由もなく貸してくれるはずがない。きっとなにか理由があると思ったが、彼はそれ以上は訊かなかった。訊いたところで答えてくれないだろうと思ったからだ。

 きっと裏ではなんらかの密約が交わされているのだろうと思った。興味はあったが、レンが隠そうとするなら、無理に知ろうとは思わなかった。

 マルコにとって大事なのは、あくまで商売だ。密輸がこれからも続いていくなら、そしてそこで儲けられるなら、マルコとしてはそれで十分なのだ。

 むしろ下手に知りすぎない方がいいかもしれない、と思ったマルコは話を商売の方に戻すことにした。


「では今回の支払いなのですが、どのように計算しましょうか?」


 運んだ品物の原価の七割がダークエルフの取り分だ。そして運ぶのに失敗した品物の代金は全額補償するという契約だ。


「まず助かった品物の原価の七割。それは報酬としてもらいたいとダークエルフは言っています」


 ガングに襲われ、荷物の大半が川に沈んだが、助かった物もある。それを運んだ料金をもらいたいと言っているのだ。


「なるほど。まあ、それはそうかもしれませんね」


「原価がいくらになるかは、後でマルコさんの方で計算して教えて下さい。で、それを売ったら金貨五十五枚になって、それでラドラという宝石を買ってきましたから、その七割の……金貨三十八枚ぐらいですか、それも報酬としてもらいたいそうです」


「……わかりました。それもいいと思います」


 ちょっと考えてからマルコがうなずいた。


「そしてヴァイセン伯爵から借りた百五十枚ですが、これも全額ラドラを買って持ち帰ってきました。で、この金貨百五十枚分の宝石を、補償金としてマルコさんに渡したいそうです」


「えっ、それは全部私がいただけるということですか?」


「はい。ダークエルフたちはそう言っています」


 とレンは言ったが、元々それはレンの考えだった。

 先日、ダールゼンに補償金をどうしましょうかと聞かれたので、


「買ってきた宝石を、そのまま全部渡したらどうですか?」


 と答えたのだ。

 信用に関わる問題だし、マルコにも迷惑をかけてしまったので、いっそのこと全部渡してしまうのもいいだろうと思ったのだ。

 ただ、これはあくまで一つの案として提案しただけだった。

 しかしそれを聞いたダールゼンはあっさりと決めてしまった。


「わかりました。ではそのようにいたします」


「本当にいいんですか?」


「はい。それで構いません」


 言い出したのは自分だが、本当にそれでいいのかと思ってしまった。とはいえダールゼンがいいと言うならいいのだろう。

 それに一番怖いのは、今回の失敗でマルコが密輸から手を引いてしまうことだ。簡単にやめるとは思えないが、万が一を考え、ここは多めに支払っておくのがいいと思った。密輸を続けられれば、今回の損も取り返せる。

 こうして補償として宝石を全部渡そうということになったわけだが、やはりマルコも驚いたようだ。


「本当によろしいのですか?」


 などと聞いてくるマルコを見て、まあそうですよね、とレンは思った。言い出した自分でも、気前のいい提案だと思っているのだから。


「ダークエルフも今回の失敗を深く反省しているようで、お詫びの意味も込めて、それを受け取って下さいとのことです」


「ですがラドラはこちらで売れば二倍ぐらいの値段で売れますよ。上手くいけば、三倍ぐらいで売れるかもしれません」


 ラドラはここグラウデン王国では産出しない宝石だ。だから希少価値が高く、それだけの高値になる。


「でしたらその分の儲けは、また次回の取引に回してもらえば」


「わかりました。ではありがたく頂いておきます」


 これで補償の話は終わった。


「そういえば、しばらくどこかに出かけていたのですか?」


「ええ。どうせ商隊が戻ってくるまでは売り物もなかったので、他の街にいる知り合いなどに挨拶回りに行っていました。これからのことを考えれば、商売相手は多い方がいいですから。荷馬車の方も、遊ばせておくのはもったいないので二ヶ月ほどの仕事を入れていました。それで同じ頃にジャガルに戻ってきたのですが、そこでレン様からの伝言を聞いて、慌てて一緒にこちらに来た、というわけでして」


「そうだ。今の挨拶回りとかの話で思い出したんですけど、マルコさん宛の手紙を預かってました。ラフマンさんからだそうです」


 ラフマンから預かってきたという手紙をマルコに手渡す。彼はすぐに封を切って、中身を確かめた。


「なにが書いてあったんですか?」


 読み終わるのを待って訊いてみた。


「商売の依頼でした。欲しい物があるので、それを仕入れて送ってくれないかと。これは大きなチャンスですよ」


「そうなんですか?」


「今までは、私の方からの一方的な商売でした。ラフマンさんはそれを受けるだけです。だがこの手紙を読むと、向こうも商売に乗り出してくる気かもしれません。そうなると取引の量が一気に増えるかもしれません」


「それは確かにチャンスですね」


「ええ」


 そう言って、レンとマルコは互いに笑い合った。

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