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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第二章 胎動
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第57話 金策

 商隊がガングに襲われ壊滅したとの知らせは、その日のうちにレンの屋敷まで届いた。

 伝えにやってきたのはリゼットとレジーナの二人だった。

 これまで連絡役としてちょくちょく屋敷に来ていた二人だったが、この日は挨拶もそこそこに、商隊が壊滅したことを伝えた。


「どれだけの被害が出たんですか?」


「詳しいことはまだ……しかし川を渡っている最中に襲われ、全滅したのではないかと……」


 全滅という言葉を聞いたレンは、思わず天を仰いだ。

 だが報告にやってきたダークエルフも、それ以上の詳しい内容を知らなかったため、実際の被害がどれだけなのかはわからなかった。

 今すぐ集落まで行きたいところだったが、時刻はすでに夕方だ。今から向かえば真夜中になってしまうので、それは自重し、明日の朝一番で向かうことに決めた。

 全部上手くいっていると思っていたのに……

 これまでの密輸が全部成功していたから、レンは今回も上手くいくだろうと思い、あまり心配していなかった。

 そもそも僕が余計なことを言い出したのが原因なのか?

 などと考えてしまう。密輸の言い出しっぺはレンである。だから大本までたどれば原因はレンにあるともいえる。

 なんだかんだで前回までは上手くいっていた。ダークエルフの集落に貴重な収入をもたらしたのも事実だ。全否定はしたくない。


「領主様。大丈夫ですか?」


 レジーナが心配そうな顔で体を寄せてくる。


「だ、大丈夫です」


 寄せられた分だけ後ろに下がったが、思わず声がうわずってしまった。

 顔見知りとはいえ、やはり美人に近寄られるのには慣れない。


「すみません。レジーナさんたちの方がショックを受けてるはずなのに」


 仲間を失ったのは彼女たちだというのに、気を使わせてしまった。


「いえ。皆、危険は覚悟の上でした。我々に犠牲が出ても、それは我々の責任です。領主様が気に病むことなどありません」


 リゼットがきっぱりと言った。レンを気遣っての言葉だろうが、本心でもあるようだ。

 レンはあらためて、この過酷な世界に生きるダークエルフと、自分の考え方のずれを実感する。

 彼女たちは犠牲が出て当然と考えている。

 そんなリゼットの言葉を聞いて、レンも少し気持ちを切り替えることができた。

 そうだ。危険なことは重々承知だったじゃないか。今まで上手くいっていたおかげで、そのことをすっかり忘れていた。

 今は被害が出たことを悔やむより、これからのことを考えないと。


「襲われたのが川を渡っている途中ってことは、運んでいた荷物は……」


「はい。川の底だと思います」


「やっぱりそうですよね……」


 魔獣に襲われることは想定していても、これは想定外だった。

 マルコとは密輸品を全額補償する保険契約を結んでいるが、これは例え商隊が全滅しても、品物は後で回収できるだろうとの目論見があったからだ。

 前に見た、あのだだっ広い川を思い出す。

 あそこに沈んだとしたら、回収は不可能に思える。

 さらに悪いことに、今回は量が多かった。マルコが借金してまで買い集めたものだ。

 合計で金貨百五十枚。とても払える金額ではない。


「浅いところに沈んだ、なんてことはないですよね?」


「すみません。詳しいことは私もわからないのです。とにかく、このことを領主様にお知らせしなければと急いできたので」


 まずは一報というのは間違っていないと思う。だが、これ以上はもっと詳しい情報が必要だった。こんな時は電話もメールもない、この世界の不便さを痛感する。

 結局、話はここまでとなった。

 夜は早く寝ることにして、明日、集落へ行ってみることにする。

 そして翌日。早起きしたレンは、まだ朝も暗いうちから屋敷を出て、集落へと向かった。

 同行したのはカエデだけだ。リゼットとレジーナ、さらにはいつものようにロゼたち三人も一緒に出発したのだが、急いでいたレンは、いつもよりペースを上げて集落へ向かった。それについてこれたのがカエデだけだったのだ。

 いくら健脚のダークエルフでも、ガー太の足にはついてこれない。ただ急いだといってもガー太に無理をさせるつもりはなかったので、まだまだ余裕のあるペースだった。もし全力で走れば、カエデもついてこれなかっただろう。

 明日は久々に筋肉痛かな、とレンは思った。

 最初のうちはちょっとガー太に乗るだけで筋肉痛になっていたが、この頃は体が慣れてきたのか、滅多に筋肉痛にはならなくなった。

 なんだかガー太に乗っているだけで、体もずいぶん鍛えられた気がする。

 いつもなら昼前ぐらいに到着するところを、この日のレンは余裕をもって午前中に到着した。これについてきたカエデもさすがだ。


「申し訳ございません」


 集落に到着したレンは、ダールゼンの謝罪で迎えられた。


「そんな。謝るのはむしろ僕の方です」


「領主様が何を謝るというのですか? 我々がふがいないばかりに、ご迷惑をおかけすることになったというのに」


「それは――いえ、やめておきましょう。謝るのは後にして、これからどうするかです」


 このまま謝罪合戦を続けても仕方がないと思い、話を切り替えることにする。それにはダールゼンも賛成だったようで、わかりましたとうなずいた。


「それでさっそくなんですが、商隊がガングに襲われたとか」


「はい。川を渡っている途中で襲われました」


「生存者はいないんですか?」


 全滅を覚悟しての質問だったが、


「一人だけいました。商隊のリーダーだったゼルドです」


「助かった人がいるんですか?」


「彼らは川を渡っている途中で襲われ、ガングはこう、水面に飛び出て襲ってきたのですが」


 両手を使って説明してくれる。


「落水の衝撃で、運良くゼルドははじき飛ばされたようなのです。川沿いの木の枝に引っかかっていました」


「他に無事だった人は?」


「いえ、今のところ、生き残りは彼一人だけです」


 首を横に振りながらダールゼンが答える。


「付近も捜しましたが、見つかりませんでした。おそらくガングに沈められたのでしょう」


「そうですか……」


「それともう一つ、よい知らせがあります。助かったゼルドですが、飛ばされる寸前にカバンを一つつかんでいたようで、それが一緒に見つかりました。荷物の一部が無事です」


「本当ですか!?」


 それは確かにいい知らせだった。まさに不幸中の幸いである。


「助かった荷物は、どれぐらいの値段になります?」


「それはわかりません。目録も一緒に沈んでしまったので、どれがいくらぐらいの価値なのか、わからないのです」


 保険の金額を算出するため、マルコからはどれがいくらするのか、目録をもらっていたが、それも一緒に沈んでしまったようだ。


「じゃあマルコさんに確認して……いえ、それだと時間がかかるから……」


 マルコがいるジャガルまで往復すると、それだけで一週間近くかかってしまう。だが、今はそれよりも優先すべきことがあると思った。


「すぐにこんなことを聞くのはあれなんですが、今すぐにもう一度、商隊を送ることはできますか?」


「可能ですが、それで無事だった荷物を運ぶのですか?」


「はい。今は保証したお金を返すために、とにかくお金が必要です。助かった品物があれば、それを持って行って、それで少しでも利益を出した方がいいんじゃないかと」


「……そうですね。残りの経験者で商隊を組み、すぐに送りましょう」


 きっとお金の支払いについて、ダールゼンも考えていたのだろう。レンの提案にすぐに賛成した。


「一応聞いておきますが、お金あります?」


「ありません」


 予想通りの即答だった。


「集落のお金をかき集めても、金貨一枚あるかないかでしょう」


 元より集落は貧しかった。そして前回までの稼ぎはほとんど食料などに変わっている。


「支払いは金貨百五十枚。助かった荷物が少しありますが、それでも大金です。どうすればいいでしょうか?」


「どうしたらいいんでしょうね?」


 聞かれてもレンには答えられない。レンにもお金がないのだ。


「現実的には、マルコさんに待ってもらうしかないと思います。確か荷馬車の代金が分割払いになったんですよね? あれと同じような感じで」


「それで納得してもらえるでしょうか?」


「そこはもう納得してもらうしか。だってないものはどうしようもないですから。マルコさんだって、取引を続けることで返ってくるなら、それしかないと判断してくれると思います。ただ、マルコさんもお金を借りてるって聞きました」


 マルコがどこから、いくら借りたかまでは聞いていない。だが例えば現代日本でも、ヤクザみたいな金貸しから借りていれば、返済しなければ命に関わる。


「もし、支払いが待てないような相手から借りていたら、最悪、僕の父親の方に訴え出るかもしれません」


 すでにレンは全額保証するとサインしている。追い詰められたマルコが、それを持ってオーバンス伯爵のところへ行くかもしれない。そこで密輸をやっていたことまで全て話し、


「バラされたくなければ金を返せ」


 と言い出すかもしれない。


「もしそうなったら、領主様はどうなるのでしょうか?」


「わかりません」


 伯爵の性格もよくわからないし、この世界の常識だとどうなるかもわからない。ただ、話が伯爵に伝わった時点で、レンも無事ではすまないだろう。マルコだって無事ではすまないと思うが、追い詰められれば何をするかわからない。


「まあ、あくまで最悪の事態です。マルコさんだってそんな無茶はしたくないでしょうし、これからジャガルまで行って、話しをしてこようと思います」


 行きたくないが、ここは行くしかないだろう。ダークエルフたちへの責任がある。逃げ出すわけにはいかなかった。

 他に誰か頼れる商人でもいればいいのだが、頼る相手どころか知り合いすらいない――と思ったところで、知っている商人が一人いることを思い出した。会ったこともない、名前を知っているだけの相手だが。


「商品を買い取ってくれる相手の商人ですけど、なんて名前でしたっけ?」


「確かラフマン様だったと思いますが」


「じゃあそのラフマンさんに借金を頼んでみましょう。これから商品を持って行くし、その時にお願いできますか?」


「頼んでみますが、我々ダークエルフに金を貸してくれるとは……」


「ですから僕が借金するってことで頼んでみます。手紙を書きますから、それを持って行って下さい」


 それで金が借りられるかどうかはわからないが、やれることは何でもやってみるべきだろう。貴族相手ということで、あっさりお金を貸してくれるかもしれないし。


「それにしても、どうしてガングに襲われたんですか? 見張り台から見てたんですよね?」


 責任を押しつけるつもりはない。レンも一緒に考え、大丈夫だろうと思っていたのだ。ダークエルフがさぼっていたとも考えづらい。


「それなのですが、三つあった見張り台のうち、湖側の見張り台が、何者かに破壊されたのです」


「魔獣にやられたんですか?」


「わかりません。見張り台はバラバラに壊され、見張りは死亡。中間の見張り台にいた者は、ちょうど反対側の見張り台を見ていて、その瞬間を見ていませんでした。ただ、何か大きな音がしたと思ったら、見張り台の旗が消えていた、としか」


「そんなことができる魔獣について、心当たりはありますか?」


「空を飛べる大型の魔獣なら。ですが、それだと見張りも気付いたはずです。壊されるまで、それに壊された後も、魔獣の姿は見えなかったそうで、これがわかりません」


「もし魔獣だとしたら、まったく未知の魔獣ということですか……」


 何でもかんでも魔獣のせいにするのも問題だとは思うが、話を聞いた限りでは、それぐらいしか思い付かなかった。


「そして中間の見張りが、壊された見張り台の方に気をとられているうちに、ガングが川をさかのぼってきたのです。気付いたときにはかなり上流にいて、慌てて中止の旗を振ったのですが、間に合いませんでした」


「ガングの泳ぐ速度も速かったわけですか」


「それだけではありません。中止の旗が振られたとき、商隊のイカダは半分以上川を渡っていたのですが、私は中止の時は急いで元の岸に戻るように命令していました。リーダーのゼルドはそれに従って戻ったのですが、ギリギリのところで間に合わなかったそうです」


「つまり、そのまま渡っていたら、助かった可能性があったということですか?」


「確実に、とは言えませんが、その可能性は高かったと思います」


 もう少し臨機応変に行動できていれば、と思ったレンだったが、すぐにその思いを打ち消す。良くも悪くも命令を忠実に実行するのがダークエルフなのだ。責任はそんな命令を下したレンとダールゼンにある。


「生き残った方が一人いるんですよね? その方からも話を聞けますか?」


「今は傷を癒すため、世界樹の下で寝ていますが、すぐに起こしてきます」


「いえ、だったらいいです。今は傷の治療に専念して下さい」


 いずれ話は聞きたいが、今すぐというわけではない。


「今回のことを詳しく調べて、問題点を洗い出し、新しく対策を立てないとダメだと思います。ですが、今は時間がありません。申し訳ないですが、危険を承知で川を渡ってもらえますか?」


「わかっています。とりあえずは残った二つの見張り台だけで何とかなるでしょう」


「じゃあ僕は今から屋敷に戻って、借金を頼む手紙を書きます。それを一緒に持って行って下さい。その後で、ジャガルへ行ってマルコさんと会ってきます」


 それにしても、異世界に来てもお金のことで悩まされるとは思ってもみなかった。というか、こちらに来てからの方が、お金で悩んでいる気がする。地獄の沙汰も金次第とはいうが、異世界の沙汰も金次第だなと思った。

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