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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第二章 胎動
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第55話 新居

 二月二十日。

 まだまだ寒い日が続くこの日、レンはダールゼンの訪問を受けた。


「特にお変わりはありませんか?」


「はい。おかげさまで」


 ミーナのパン屋へ行ってからおよそ一ヶ月。あの時は盗賊退治など予期せぬ出来事があったが、帰ってきてからは、ずっと平穏な日々が続いている。

 そしてこの日、ダールゼンは待ちかねていた知らせを持ってきてくれた。


「新居の方ですが、とりあえず最低限のところは完成しました」


 温泉の近くに建てていた新しい屋敷のことだ。

 今も、ほぼ毎日温泉通いを続けていたから、新居の進み具合はよく知っていた。ダールゼンが「とりあえず最低限」と言った通り、まだ全体は完成していない。最初の一軒家が建ったところで、これから増築していくことになっている。


「じゃあ引っ越しの準備をしないといけませんね」


 最初に引っ越すのはレン、ロゼ、ディアナ、リゲル、カエデの五人だ。それも完全な引っ越しではなく、寝泊まりだけを行う形で考えている。

 今はこの屋敷で暮らし、夕方前ぐらいに温泉に入りに行っているのだが、それを新居で寝て、朝起きたらこちらの屋敷に移動、それから夕方ぐらいまでこちらにいて、夜になる前に新居に帰って温泉に入って寝る――という生活パターンに変えるつもりだった。

 温泉に入ってから、また一時間ぐらいかけて屋敷に帰ってくるのは、やはりしんどい。すぐ近くで眠れるなら、そちらの方がいいに決まっている。

 いずれはマーカス、バーバラ、ハンソンにも新居へ移ってもらい、生活の拠点を完全に変えるつもりだったが、それが待ちきれなかったので、レンたちだけが先に引っ越すことにしたのだ。


「引っ越しの人手は、何人ぐらい用意すればよろしいでしょうか?」


「いえ、そんなに荷物はないので、僕らだけで何とかなると思います」


 まずは寝泊まりだけということもあり、運ぶ荷物はほとんどない。寝るためのベッドやシーツぐらいだろう。それぐらいなら荷車で運べばいい。

 もう少し暖かくなれば、ベッドではなくまたバゼで寝ようと思っているが、もうしばらくはベッドが必要だった。


「わかりました。もし人手がいるようなら言って下さい。それともう一つ、ご報告があるのですが」


「なんでしょう?」


「次回の商隊に、訓練した新人を加えようと思います」


「そういえば、いよいよ次の荷物が来るんですよね」


 数日前、ジャガルの街にいるマルコから手紙が届いていた。数日中に次の密輸の品を送る、という知らせだった。おそらく商品を積んだ荷馬車は、もうジャガルを出てこちらに向かっているだろう。

 前回の密輸からは一ヶ月以上の時間が空いてしまったが、これはマルコの方が色々と忙しかったからだ。

 拠点をジャガルに移し、新しい荷馬車も用意した。その新しい馬車にはダークエルフたちが乗る。

 今まではマルコが荷馬車に乗って商売を行っていたが、もう彼は荷馬車に乗るつもりはないようだ。

 密輸に使う馬車にはダークエルフたちが乗り、巡回商人としての荷馬車には、監視村の住人たちが乗ることになる。

 今までは巡回商人の荷馬車で密輸品も運んでいたから、時間もかかるし、量もそれほど運べなかった。だがこれからは専用の荷馬車を使い、マルコもジャガルでの商売に専念できるので、取引量の増加が見込まれた。

 それに対応すべく、ダークエルフたちも黒の大森林を抜ける商隊の人員増加に着手していた。新しく集落に移住してきた者たちを、商隊として使えるよう訓練していたのだ。


「正直に申せば、最初は領主様のやり方に不信感を持っておりました」


「ああ、ちゃんと基礎から訓練するってやり方ですね?」


「はい。どうしてそんなまどろっこしいやり方をするのか、と」


 新人の訓練方法について、最初、レンとダークエルフたちの間には意見の相違があった。

 レンが考えたのは、まずは丁寧に基礎を教え、段階的に難易度を上げていくというやり方だ。決して無理をさせず、安全第一で。

 現代日本人なら当たり前のやり方だろう。

 だがダークエルフのやり方は違っていた。彼らは徹底的な実戦主義だった。いきなり現場に連れ出し、その中で必要なことを学んでいく。それが一番早く確実なやり方だと彼らは考えていた。

 ただし新人を現場に連れ出すのは危険が伴う。そこが魔獣の巣窟である黒の大森林であれば、死ぬことだって珍しくもない。

 だがダークエルフたちはそれも織り込み済みだった。

 所詮死んだらそこまでの者だった、と彼らは冷徹に割り切っていたのだ。

 この訓練方法の違いについて、レンは自分の考えを押し通した。

 ダークエルフのやり方にも利点があるのだろうとは思ったが、最初から犠牲者を多く出すようなやり方が嫌だったのと、最終的には基礎からしっかり訓練していった方が効率がいいはずだと確信していたからだ。

 そんなレンの意向により、ダークエルフたちは訓練方法を変えた。急な変更に最初は戸惑いもあったようだが、それから数ヶ月、訓練の成果は上々のようだ。


「まだ一人前とは言えませんが、それでも現時点で使えそうな者が十人ほど増えました。これで荷物の増加にも対応できます」


 ダールゼンはうれしそうに言った。


「前のやり方だとここまで残ったかどうか……。使える者が残ればいいというのではなく、使える段階まで鍛え上げるという領主様のやり方は、確かに有効でした」


 だがそれでも訓練中の死者が出ていた。

 いくら安全第一といっても、黒の大森林で訓練を行っている以上、常に危険は存在している。


「次の密輸は新人の実地訓練も兼ね、十五名の商隊を組む予定です」


「次の荷物は増えるみたいですけど、それで運べますか?」


「はい。十五名いれば余裕でしょう」


 これまでの商隊は全て五名ほどだった。それが一気に十五名まで増えるのは、それだけ運ぶ密輸品が増えたからだ。

 保険金を算出するため、マルコからは商品の目録をすでにもらっている。それによると今回の品物の総額は金貨百五十枚となっていた。

 これまでの商品が多くて金貨十数枚程度だったのが、一気に十倍ほどに増えていた。

 金貨百五十枚となると手持ちの資金だけでは足りず、あちこちに頼んで借金したらしい。つまりマルコは賭けに出たのだ。

 これまでの密輸が全て成功したこと、さらに前回の密輸で、向こうのヴァイセン伯爵から密輸を黙認するような書状を受け取ったことが、彼の行動を後押ししたようだ。

 少し危険も感じるが、レンもマルコの賭けには賛成だった。大きく儲けようと思えば、多少の危険は覚悟しなければならない。それにダークエルフたちなら、きっと今回も上手くやってくれると信頼していた。

 購入額は十倍になったが、荷物の量は十倍にはなっていない。もし十倍に増えていたら、十五名でも運びきれないだろう。高価な貴金属などを密輸品に加えたので合計金額は跳ね上がったが、重量的には前回の倍ぐらいだ。

 これはいい傾向だと思う。

 運ぶ物が高価になればなるほど、一度の利益が増える。そして増えた利益でさらに大きな取引ができるようになる――そんなよい流れに乗ってくれることを期待していた。


「運ぶ荷物が増えますが、これまで通り安全第一でお願いします」


「わかっております」


 ダールゼンはしっかりとうなずいた。




 翌朝。

 レンはいつもの四人を連れて家を出た。ガー太も一緒だったが、今日はいつもと違ってレンは乗っていない。レンを入れた五人は、荷車を引いて屋敷を出た。

 目的地は温泉近くの新居。荷車に乗せているのはベッドやシーツなどの引っ越し荷物だ。


「領主様。やはり私たちが運びます」


「いや、そういうわけにはいかないでしょ」


 ロゼはずっと荷物は自分たちだけで運ぶから、と言い張っている。しかし荷車をロゼ達だけに引かせ、自分だけガー太に乗って何もしない、というのはさすがに無理だ。

 そもそも最初はガー太に引いていってもらおうと思っていたのだ。

 出発前にガー太に聞いてみると、


「ガー」


 別にいいよ、ぐらいの返事が返ってきたので、それでいこうと思ったのだが、これにもロゼが反対してきた。


「ガー太様に荷車を引かせるなどとんでもない! 私が引いていきますので、お任せ下さい!」


「レン様。私もがんばりますから……」


「僕からも頼みます。どうか考え直して下さい」


 ロゼだけでなく、ディアナとリゲルもそう言って反対してきたので、その案はお流れになった。彼女たちにとっては、ガー太をこき使うのはとんでもないことなのだろう。

 ガー太がダメなら自分たちで引いていくしかない、ということで五人で引いていくことになったのだが、ロゼたち三人はそれにも反対していたというわけだ。

 唯一、カエデだけが反対しなかった。彼女の場合は、ガー太が引くことにも反対せず、


「そんなのガー太にやらせればいいのに」


 などと言ってロゼに怒られていた。


「カエデ、大丈夫?」


「うん! 平気だよ」


 荷車はカエデが前で引き、レンたち四人は左右と後ろから押していた。一番力の強いカエデが前になったわけだが、今もぐいぐい引っ張っていくので、レンたちはあまり力を使っていない。

 やっぱりすごいな。でも、この小さな体のどこに、こんなパワーがあるんだ?

 見た目は小さな女の子なのに、人間を凌駕する圧倒的な力。種族が違うといえばそれまでだが、やはり不思議だった。

 途中、軽い休憩を挟み、一時間半ぐらいで新居へと到着した。最後までカエデは元気いっぱいだった。


「領主様。ようこそいらっしゃいました」


「お疲れ様です」


 働いていたダークエルフたちに出迎えられ、レンも挨拶を返す。

 新居といっても完成したのは一部分。建築作業は続いており、今も五人のダークエルフが働いていた。


「立派な家ができましたね」


「いえ、このような家しか用意できず、申し訳なく思っております」


「そんなことありませんよ。本当にいい家だと思います。ありがとうございます」


 ダークエルフたちは恐縮していたが、レンの言葉に嘘はなかった。

 完成した新居は、丸太を組み合わせて建てられたログハウスの様な家だった。床が高くなっているので、玄関の前には階段も作られている。

 大きさは今の石造りの屋敷と比べものにならないが、居住性はこちらの方が断然上に思える。

 おそらく現代日本人が見ても「すてきな家だ」と感動するだろう。少なくともレンは感動していた。

 なんか自分の家って感じがするなあ、と思った。

 ダークエルフの好意によって建ててもらった家だ。自分の家だと言い切ることはできないと思うが、それでも気持ちがいい。


「じゃあ荷物を運び込もうか」


 作業していたダークエルフたちにも手伝ってもらい、さっさと荷物を運び込む。

 家の間取りはまだ二部屋だけだ。

 一つはレンの個室で、ベッドもここに運び込んだ。

 今の屋敷の部屋は無駄に広かったが、こちらの部屋は狭い。ベッドを入れたらほぼいっぱいだ。感じとしてはビジネスホテルのシングルルームだ。

 けどこっちの方が落ち着くなあ、と思った。広すぎる部屋は居心地が悪い。

 もう一つ大きな部屋があって、こちらはダークエルフたちの共有の部屋として使う。部屋の中にバゼを吊るし、ロゼ達だけでなく、ここで作業するダークエルフたちや、温泉に入りに来たダークエルフたちにもここで寝てもらう。

 新しい部屋に入って息を吸い込むと、木の香りがした。とてもいい匂いだ。

 やっぱり温泉が近くなったのがいいな。これでいつでもお風呂に入れるし。

 現代日本なら蛇口をひねればお湯が出たので、二十四時間いつでもお風呂に入ることができたが、ここでは無理な相談だった。だがこれからは違う。好きなときに温泉に入れるのだ。

 そういえば、都市部だとちゃんとお風呂に入れるって言ってたっけ。

 マーカスやハンソンに聞いた話だが、ある程度以上の都市には、公衆浴場などが整備されているそうなのだ。

 ここは田舎だから難しいが、大きな都市ならもっと簡単にお風呂に入れるらしい。

 この世界、結構衛生観念はしっかりしてるんだよなあ。

 例えばマーカスたちにしても、お風呂は無理だが、毎日体を拭いてできる限り清潔にしていた。

 この世界の人々が清潔さを気にしているのは、汚れが魔獣を呼ぶと信じられているからだ。そのために都市では浴場を造り、下水道も整備されているという。

 そこでふと思った。

 もしかしてダークエルフ差別の一因が、このお風呂にあるのではないだろうか?

 基本的にダークエルフたちはお風呂に入ってこなかった。

 汗をかいても臭わないとか、水に入ったら沈んでしまう恐怖心とか、色々理由はあるにしても、ダークエルフを汚れた種族と考える理由の一つになるだろう。

 だがそんなダークエルフたちも少し変わった。

 温泉を知った彼らは、入浴の楽しさも知り、ここまで温泉に入りに来るようになった。

 ロゼたちもすっかり温泉を気に入り、一日一回入浴するようになった。

 生活習慣が変わったからといって、それだけで差別がなくなるとは思わない。だが少しでもいい方向へいってくれれば――と思った。

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