第54話 フェリド男爵
文字通り盗賊たちをお縄にかけたレンたちが山を下りてくると、ふもとでは道案内をしてくれたジョルトが待っていた。
危険だから村に戻っているように言っていたのだが、ここに残っていたのだ。
「こいつらが、俺の村を襲った?」
「はい。盗賊たちです」
「本当に倒してしまうとは……」
驚いたジョルトは、次に憎しみのこもった目で盗賊たちをにらみつけた。
「こいつらが……」
武器を持っていたなら、すぐに斬りかかっていたかもしれない。そんな彼の様子を見たレンは、ふと思い付いたことを彼に提案してみる。
「こいつらを連行していきますか?」
「えっ? よろしいんですか?」
「はい。それがふさわしいと思うので」
ロープで数珠つなぎにした盗賊たちは、ここまでロゼが引っ張ってきた。それを代わることにしたのだ。
「ありがとうございます」
ジョルトが深々と頭を下げる。
これが少しでも慰めになれば、と思った。
少し休憩して食事をとってから、レンたちは再び出発した。盗賊たちは食事抜きだ。食べさせるだけの食料もなかったからだが、例えあったとしても与えたかどうかはわからない。
村へ戻る途中、レンはいくつか盗賊たちに質問した。
「逃げたボスの行き先に心当たりは?」
と聞いてみたが、これは残念ながらなんの手がかりも得られなかった。
盗賊たちに隠している様子はなかった。むしろ自分たちを見捨ててさっさと一人逃げたボスを恨んでいるようだったので、本当に知らないのだろう。
「どうして村を襲った?」
という質問もしてみた。今まで盗賊たちは旅人や隊商を襲っても、直接村を襲ったりすることはなかったと聞いている。それなのになぜ、と思ったからだ。
「近々デカイ仕事があると聞いた」
というのが答えだった。
事前に聞いていた話通り、これまでの彼らは旅人や商人だけを襲い、村を襲ったりはしなかった。
彼らはいくつかの根城を持ち、そこをローテーションしているそうだ。被害が多くなって領主が討伐に乗り出してくれば、さっさと逃げ出して別の場所に移る、というのを繰り返してきた。
もし村を襲ったりすれば、すぐに領主が討伐に乗り出してくるだろうから、それは彼らにとって効率が悪いのだ。
それが今回だけ違ったのは、彼らが言うデカイ仕事のせいだ。そのデカイ仕事に参加するために、彼らはもうすぐ別の場所へ移動するつもりだったらしい。
どうせすぐにここから離れると決まっているから、最後に荒稼ぎして、ということで村を襲ったらしい。
デカイ仕事の内容については、ボスしか知らないそうだ。やはりボスを取り逃がしたのは残念だった。
ちなみにだが、ここから東に進めばレンの領地だが、そこには黒の大森林があるだけだ。だからこの近辺で東西を行き来する旅人や商人はほとんどいない。
だがここから少し南へ行けば、南の隣国バドス王国へと続く道がある。そこを通る商人などは結構いて、それが彼らの獲物だった。
レンは巡回商人が襲われることも心配していたのだが、最初から巡回商人は盗賊の眼中になかったのである。
盗賊たちを連行して村に帰り着いたのは、すでに真夜中になってからのことだった。
ジョルトも疲れ果てていたはずだが、最後まで弱音を吐くこともなく、ここまで盗賊たちを引っ立ててきた。
村は驚きと喜びに包まれた。
眠っていた村人たちも起きてきて、レンたちを取り囲む。
「貴族様、ありがとうございます」
村長が平伏して礼を言うと、他の村人たちも次々とそれにならった。
決して大げさではない。彼らにしてみれば、明日は我が身という状況だったのだ。まさしくレンは救いの神だった。
「頭を上げて下さい」
感謝され、お礼を言われて悪い気はしない。だが、ここまでやられると居心地の悪さも感じた。レンは持ち上げられることに慣れていないのだ。
「それより、この盗賊たちをどうするかなんですけど」
捕らえて連れてきたはいいが、この先のことは考えていなかった。最終的には、ここを治める貴族に突き出すことになるのだろうと思っていたが。
「すでに領主様には使いを出しております。すぐにこの村に来て下さると思うのですが……」
そう言ってから、村長は言いにくそうな顔で頼み事をしてきた。
「無礼は重々承知の上ですが、この盗賊たちを領主様のところまで連行していただけないでしょうか? ここは見ての通り小さな村で、盗賊たちを閉じ込めておくような牢もありません。もし盗賊たちが逃げ出したりすれば、どんなことになるか」
「ここの領主様というと……?」
「フェリド男爵様です」
村長が簡単に説明してくれた。
レンの治める領地は広さだけはあるので、複数の貴族と領地が隣接している。
この近辺を治めるフェリド男爵も、そんなお隣さんの一人であり、有り体にいってしまえば、田舎の小貴族だった。
領地はこの村と、盗賊たちに襲われたザトワ村を入れた四つの村だけだ。そして彼の屋敷はその四つの村の一つ、ラダ村にある。ここからは北西に徒歩で半日ほどだそうだ。
「ただ、屋敷に今おられるか、それがわからないのですが」
貴族といっても小さな村を治めるだけのフェリド男爵は、自前の軍勢を持っていない。そこで彼が頼るのが、さらに隣のバルカ伯爵だ。
バルカ伯爵はこの近辺では最大の貴族だ。マルコが商品の仕入れに行くジャガルの街を治めており、ミーナのパン屋があるダバンの街も彼の領地だ。そんなバルカ伯爵なら多くの兵を抱えているので、近隣の弱小貴族は、何かあれば彼に助けを求めに行くことになる。
ここグラウデン王国の他、この世界の多くの国々では、貴族は四つの爵位に別れている。
侯爵、伯爵、子爵、男爵の四つで、侯爵が一番身分が高い。もう一つ公爵というのもあるのだが、こちらは王族を意味する貴族で、国王には従属するが他の爵位との上下関係はない――という建て前になっている。
ただ爵位と内情は別で、例えば同じ伯爵家でも侯爵家と並ぶような大貴族もいれば、子爵や男爵に劣るような没落した家もある。
レンがマーカスやハンソンから教わった話によると、レンの家であるオーバンス伯爵家は、伯爵の中でも大きな勢力を持っているらしい。バルカ伯爵家はそれより少し落ちるものの、やはり大きな伯爵家とのことだ。
また黒の大森林に近い位置にあるので、オーバンス伯爵家とバルカ伯爵家は親しい関係にあるそうだ。もっとも貴族同士の関係などレンにはよくわからないので、具体的にどういうやり取りがあるのかはまるで知らないのだが。
「わかりました。とりあえずフェリド男爵の屋敷まで行ってみます」
ここまで来たら最後まで面倒を見ようと思った。
この日は村で一泊し、翌朝、再び縄につながれた盗賊たちを連行して、フェリド男爵がいるというラダ村へと向かった。
ジョルトも同行した。襲われた村の生き残りである彼がいた方が、事情を説明しやすいだろうし、彼がこれからどうするかについても、フェリド男爵に相談すればいいだろうと思った。
盗賊たちはさすがに弱ってきていた。昨日からずっとロープでつながれたままで、昨夜も地面で寝転んでいただけだ。
「こいつらに食わす飯などない」
というわけで、食事も与えられていない。さすがに水は与えられていたが、これでは弱ってきて当然だろう。
レンとしては、もう少し人道的な処置を、なんて思ったりもしたのだが、思うだけで口に出したりはしなかった。
早朝に村を出て、ラダ村へ到着したのは夕方前だった。時間がかかったのは、盗賊たちの歩みが遅かったからだ。
幸いなことにフェリド男爵は自分の屋敷にいた。
レンたちが村に到着すると、すぐに知らせが行ったのだろう、屋敷から飛び出してきて出迎えてくれた。
「このようなところへ、ようこそお越し下さいました」
屋敷の部屋へと案内され、丁寧に挨拶された。
「こちらこそ、急な訪問を失礼します」
とレンも挨拶する。
今までレンが会った貴族といえば、父親のオーバンス伯爵だけだった。彼が迫力のある人物だったので、自然とフェリド男爵も偉そうな人物ではないかと思っていたのだが、実際の男爵は気弱そうな中年男性だった。気の弱い中間管理職、といったイメージがぴったりだ。
そんな男爵と会ってから、そういえば面識があったらどうしよう、という問題に気付いた。当然ながらレンは男爵と初対面だが、前のレンが会っている可能性があった。そうなると不自然な対応になってしまう。
だが幸いなことに両者は初対面だったようで、特に問題なく話は進んだ。
「――というわけで、こうして捕らえた盗賊たちを連れてきたのですが」
レンはこれまでの経緯を簡単に説明した。それを驚いたり、感心したりしながら聞いていたフェリド男爵は、話を聞き終えたところで、あらためて頭を下げた。
「盗賊たちを退治していただき、本当にありがとうございます。我々もあの盗賊どもをなんとかしようと、今まで何度か討伐隊を出したこともあるのですが、恥ずかしながら逃げられてばかりで」
「僕たちは少人数で向かいましたから、それで向こうも油断したんだと思います」
「まさにそこです。オーバンス伯爵の武名は聞いておりましたが、さすがはそのご子息であるレン殿。わずか数人で、あの盗賊どもを倒してしまわれるとは。感服致しました」
「それは僕ではなく、あの子たちのおかげですから」
「あのダークエルフたちですな? 私は知らなかったのですが、オーバンス伯爵家ではダークエルフたちを積極的に使っているのですか?」
「いえ、そういうわけでは。しばらく前にダークエルフたちと知り合う機会があって、それから色々と力を貸してもらっているんです」
「なるほど。黒の大森林に備えるためには、そのような連中の力も借りなければならない、というわけですか」
なんだか微妙に話がかみ合っていない気がしたが、特に訂正などはせず、話を先に進める。
「あの盗賊たちにはバルカ伯爵も手を焼かされておりました。それを倒したとなれば、伯爵もさぞお喜びでしょう。このまま伯爵のところへ連行すべきだと思います」
「わかりました。では後のことはお任せしてもよろしいでしょうか?」
レンとしては、これで一仕事終えたつもりだった。だがフェリド男爵は意外そうな顔で聞き返してきた。
「もちろん構いませんが、レン殿はご一緒に来られないのですか?」
「はい。ちょっと用事などがありまして、できれば後のことはお願いしたいな、と」
別に用事などはない。これ以上付き合いたいと思わなかったので、適当に言っただけだ。
「ですが当事者であるレン殿を置いて、私一人が行くわけには」
「でしたらいっそのこと、盗賊たちを倒したのはフェリド男爵、ということにしてもらえれば」
「それは……いくらなんでも手柄を独り占めするわけには……」
「僕の方はそれで構いませんよ」
「本当によろしいのですか?」
男爵は探るような目付きで聞いてきた。
レンとしては別に手柄などほしくはないし、バルカ伯爵に喜んでもらって、付き合いを深めたいとも思わなかった。むしろ諸々の後始末をやってくれるなら、全部任せたいというのが本音だ。
「一応確認なのですが、報償金などは出ないんですよね?」
「報償金ですか? 倒したのが傭兵とかなら、バルカ伯爵が褒美を与えたと思いますが……」
貴族相手には出ない、ということだ。
お金が出るならもらっておきたいと思ったが、それがないなら、後は全てフェリド男爵に任せる、ということで話はまとまった。
後は帰るだけだったが、すでに日は沈みつつあり、今日はここで泊めてもらうことになった。
予想通りというべきか、カエデたちダークエルフを屋敷に入れることには嫌そうな顔をされたが、盗賊たちを倒した功績に免じて、ということで話をつけた。
「夕食を食べながら、色々とお話を聞かせていただければ」
などと誘われたが、
「申し訳ありませんが、色々あって少々疲れました」
と断った。さっさと食事をとり、休ませてもらうことにする。疲れていたのは本当だったが、付き合いが面倒だというのが本当のところだ。
とにかくこれで一段落ついた、ということでこの日はぐっすりと眠ることができた。