第52話 ラバ山の盗賊(上)
すみません。また長くなったので上下に分割します。
「ひどい有様だな……」
盗賊に襲われたザトワの村の惨状を見て、レンはつぶやいた。
生き残ったジョルトから大まかな方角だけを聞いて駆けつけてきたが、道に迷うことはなかった。村から立ちのぼる煙が見えたからだ。
緊急事態ということで、ロゼとカエデにもガー太に乗ってもらい、三人乗りで走ってきたのだが、焼け落ちた村には誰もいなかった。
村を襲ったという盗賊はすでに姿を消しており、残っていたのは惨殺された村人の死体だけだった。
盗賊達は手当たり次第に殺したのだろう。女性や小さな子供の死体まであった。
「念のため、生きてる人がいないか捜そう」
吐き気をこらえながら言う。
魔獣に殺されたナバル一家、そしてしばらく前の集落防衛戦でも多くのダークエルフの死体を見ていたため、むごたらしい死体にも耐性ができていた。慣れたくて慣れたわけではないのだが。
ロゼも少し顔色を悪くしていたが、カエデは全く平気な顔をしていた。
三人で、
「誰かいませんかー!?」
と声を上げて見て回ったが、やはり生存者は誰もいなかった。
「もうすぐ夕方か」
「どうしますか?」
「仕方ない。さっきの村まで戻ろう」
どこに逃げたのかわからない盗賊を、これ以上追うのは無理だった。
ディアナとリゲルには、途中に通り過ぎた村までジョルトを連れて行ってくれるよう頼んでおいたので、レンたちもそこへ戻ることにした。
戻る途中で日が沈んでしまったが、今日は月が二つとも出ているので歩くのには苦労しない。
そう、この世界には月が二つあった。おそらく元の世界との一番の違いではないだろうか。
二つの月は白月と赤月と呼ばれている。
白月は元の世界の月と、色も大きさもよく似ている。名前の通り、こちらの月の方が、少し白っぽいだろうか。
赤月も名前の通り、赤い色をした月だ。こちらの大きさは白月の倍ぐらいある。
今夜は白月が満月で、赤月が半月ぐらいなので、単純に考えて元の世界の満月が二つ浮かんでいるようなものだ。二つの月明かりのおかげで、かなり遠くまで見通せた。
とはいえ目印が何もない平原だ。目的地の村までまっすぐ戻れる保証はなかったが、そこはガー太の方向感覚が頼りだった。
野生の本能、あるいは帰巣本能とでも言うべきなのか、ガー太は一度行ったことのある場所なら、まず間違いなくたどり着くことができる。この時もガー太に任せて進んでいくと、問題なく村まで戻ることができた。
「大丈夫でしたか?」
ずっと待っていてくれたのだろう。村の外れでディアナとリゲルに出迎えられた。
またザトワの村が襲われたことは、この村にとっても他人事ではない。というわけでレンが帰っていたという話を聞き、村長を初めとする多数の村人たちが家から出てきた。その中には生き残りのジョルトもいた。
「村の様子はどうでしたか? 私の他に誰か……」
一縷の望みにすがるようなジョルトに対し、レンは首を横に振るしかなかった。
「残念ですが、他に生き残った人を見つけることはできませんでした」
「そうですか……」
彼も覚悟はしていただろうが、やはりショックだったのか、その場にガクリと膝をついた。
「貴族様」
村人たちの中から、一人の初老の男性が歩み出た。男はこの村の村長のエオールだと名乗った。ちなみにレンが貴族ということは、ディアナ達から聞いたそうだ。
「ザトワはどのような様子でしたか?」
「そうですね。家は全部焼かれて――」
と説明しようとしたが、その前に場所を変えた方がいいだろうということになり、全員で村長の家まで移動した。
レンが貴族だとわかったからだろうか、カエデ達ダークエルフが同行しても、特に文句は言われなかった。
村長の家に案内され、席に着いたレンは、あらためてザトワの村の様子を説明した。この場には村長の他、村の主立った者たちが集まっていた。
「村を襲ったのは、おそらくラバ山の盗賊でしょう」
話を聞き終えた村長が言った。
ザトワの村からさらに南に二時間ほど歩くと、ラバ山という山がある。標高はそれほど高くないが、山頂付近に廃棄された昔の砦が残っているそうだ。
「盗賊達がそこに住み着き、この周辺を行き来する商人や旅人を襲っているのです。ただ、今まで村が襲われたことはなかったのですが……」
「数はどれくらいなんですか?」
「詳しくはわかりません。数十人はいるそうですが」
けっこうな人数である。だが場所がわかっているなら、どうして領主の貴族が退治しないのだろうと疑問に思い訊いてみる。
「今まで何度か領主様が兵を差し向けたことはあります。ところが盗賊達は毎回逃げ出していなくなるのです。まるで兵が来るのを知っていたかのように消えてしまい、それから半年とか一年とかたって、また戻ってくる。これの繰り返しです」
領主の動きを見張っているのか、あるいは内通者でもいるのか。とにかく領主の動きが知られているようだ。
「今回は村が襲われました。領主様はすぐに軍隊を出して討伐に向かってくれると思いますが、上手くいくかどうか……」
村長が心配そうな顔で言う。
レンは少し考えてみる。
領主が兵を集めて動き出せば、その兆候を隠すのはなかなか難しいだろう。上手く秘密裏に動くか、あるいは盗賊達が対応できないほど迅速に動くか、どちらかしかないと思うが、この地の領主はそれができる人物なのだろうか?
ここを治めている貴族は……誰だっけ?
この地域はレンが治める地域と隣接している。お隣さんとでもいう土地で、誰が治めているのかマーカスから説明を受けた覚えがある。だがはっきりと思い出せない。今回も通り過ぎるだけだし、関わり合いになることもないだろうと軽く考えていた。
でも戦いは苦手、みたいな話だったような。
名前も思い出せない貴族だが、戦うことは苦手だという話を聞いた記憶がある。だが悪政を敷くこともなく、堅実な領地運営を行っており、領民達からはそれなりに慕われている、という話だったはずだ。
これまでの失敗を考えても、今回も期待薄ではないだろうかとレンは思った。
だったら、と別の方法を考えてみる。
少人数で素早く奇襲してみる、というのはどうだろうか?
「ロゼ。例えばの話だけど、盗賊が五十人ぐらいいたとして僕らだけで勝てると思う?」
「やり方次第ですが、勝てると思います」
ロゼは落ち着いた様子で答えた。
「あまり認めたくありませんがカエデの技量は確かです。彼女だけで盗賊の十人ぐらいは余裕でしょう。我々三人がその援護に回れば、十分可能だと思います」
「そこに僕とガー太が加われば、さらに可能性が上がる、か」
「領主様。もし盗賊を討伐しろというなら我々にご命令を。必ず果たしてみてますので、領主様はここでお待ち下さい」
「心配してくれるのはありがたいけど、ロゼだけを危険な目にあわせるわけにはいかないよ。もちろん他のみんなも」
「あの、貴族様」
レンとロゼの話を聞いていた村長が、横から聞いてきた。
「もしかして盗賊退治に力を貸していただけるのでしょうか?」
「そう思っています」
この場には村長の他にも村人が集まっていたが、彼らの口から、おおっ! という喜びの声が上がった。
彼らにしてみれば、何とかしてレンに助力を頼みたいところだったが、それを彼の方から言い出してくれたのだ。喜びは大きかった。
「では貴族様も兵を出して下さるのですね?」
「兵を出すというか、ここにいる僕らで倒そうと思っています」
「えっ?」
喜びから一転、村長は心配そうな顔になる。
「失礼ですが、貴族様は大変な力自慢であるとは思います。盗賊の一人や二人ぐらい、苦もなく倒せるとは思いますが、なにぶん相手は数が多いのです。少々危険ではないかと……」
村長は言葉を選びながら言う。
「心配するのは当然ですね。でも僕らには強い味方がいます。カエデ、前に見せてもらった銅貨を斬るやつ、また見せてもらっていい?」
「いいよ」
元気に答えたカエデが前に出て、剣の柄に手をかけた。
「き、貴族様!?」
村長が驚いて身を引いた。
自分の武勇を馬鹿にされたと思ったレンが怒った――そう思った村長や他の村人たちは恐怖に顔を引きつらせたが、もちろんレンは怒ってなどいない。
「すみません。ちょっとした余興ですから」
銅貨を一枚取り出して、それをカエデの方に向け、親指でピンとはじく。
落ちてくる銅貨に対して、カエデは剣を抜いた。だがその動きを目に捉えられた者がこの場に何人いたか。
キンという金属音が鳴った。
カエデが空中で銅貨を斬ったのだ。
レンの目には、かろうじて剣を抜いて戻す動きだけが見えた。それ以上の動きは速すぎて見えなかった。
「おおっ!?」
と村人たちからどよめきが上がった。
下に落ちた銅貨が割れたのだ。四つに。つまりカエデは空中の銅貨を一瞬で縦と横に二回斬ったのだ。
「どうですか?」
レンは自信満々で村長に訊いた。彼としては、これで安心してもらえるだろうと思ったのだが、
「はい……恐れ入りました」
震える声で答える村長の顔を見て、おやっと思った。彼の顔は恐怖で引きつったままだった。
そんなに怖がる必要はないのに、とレンは思ったが、これは少し無理な注文だった。
この世界の人々にとって、カエデのようなダークエルフは差別し、虐げる対象だ。だがその相手がもし強い力を持っていたら? 人間の側には、復讐されるのではないか、という恐怖心が生まれる。
近くの村が盗賊の襲われたと聞いた村人たちにとって、レンは力強い味方のはずだった。だが今のカエデの剣の腕を見て、別の恐怖が生まれた。強い力は時に恐怖も生む。力強い味方は、同時に得体の知れない化け物のような存在にもなってしまったのだ。
村長の家での話し合いは、これでお開きとなった。今夜は村人たちが何人か、寝ずの番に立つということで、レン達は全員が村長の家で休むことになった。
ダークエルフなど家に上げるな、という反対の声は出なかった。内心どう思っているかはともかく、口に出して反対する者はいなかった。
部屋は最初、レンに一部屋、他の四人で一部屋と分けたのだが、カエデがレンと一緒の部屋で寝ると言い出し、でしたら私たちも、とロゼ達も言い出して、結局大きめの部屋で五人一緒に寝ることとなった。
「領主様。本当に明日、盗賊退治に向かうのですか?」
寝る前にロゼが聞いてきた。
「ロゼは反対?」
「いえ。ただ、わざわざ領主様がやらなくてもよいのでは、とは思います」
貴族は自分の領地に責任持つ。ここはレンの領地ではないから、やろうとしてことはむしろ越権行為に当たる。レンも、もし村が襲われたという話を聞いただけなら、余計な関わり合いにならないように、急いでここから立ち去っていただろうと思う。
だが襲われた村の様子をこの目で見てしまった。一度自分の目でしまうと、それを他人事だと切り捨てるのは難しかった。
魔獣に殺されたナバルの姿と、あの村人たちの姿がダブってしまう。
無視して通り過ぎた後、盗賊達によってさらに被害が出れば、きっと後悔すると思った。だから危険を承知で行動することにした。
「それにもう一つ。ここで盗賊を放置しておいたら、マルコさんの荷馬車が襲われるかもしれない」
レンの領地へと向かう荷馬車は、このあたりの街道を通る。次に通る荷馬車にはダークエルフが乗っているから、そう簡単にやられるとは思えないが、多勢に無勢ということもある。もし襲われて犠牲者が出ることになれば、それこそ悔やみきれない。
だからこそ、ここで倒しておくべきだと思った。
「ロゼ達には、危ないことに付き合わせて申し訳ないけど」
「そんなことはありません!」
ロゼは強く否定した。レンが驚くぐらいの勢いだった。
「なんでもお命じ下さい。我々は全力で領主様の命令に従います」
とロゼが言えば、
「私も……です」
「僕もです」
ディアナは小さな声で、リゲルははっきりとそう言った。
「カエデはがんばってレンの敵をいっぱい殺すからね」
カエデはうれしそうに言う。これはこれでちょっと問題だと思うのだが、頼もしいことは確かだ。
「みんなありがとう。でも絶対に無理はしないでね」
そして翌朝。レン達は村長が用意してくれた朝食を食べてから、ラバ山へ向かうこととなった。そこにもう一人、ジョルトが道案内として同行することになった。
「もしもの時は見捨ててもらって構いません。ですから、どうか」
思い詰めた顔で頼んできた彼の申し出をレンは承諾した。どのみち道案内は必要だったし、ただ一人の生き残った彼の心情を思えば断れなかった。
「では行きましょう」
こうして一人増えた一行は、盗賊が根城にしているというラバ山へと向かった。