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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第二章 胎動
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第50話 共同体

 ミーナの伯父であるゴードンは、ちょっと気弱なところはあるが、まじめで働き者のパン屋として、なかなか評判がよかった。

 ナバルが魔獣に襲われて亡くなり、ミーナが一人生き残ったと聞いた時も、すぐに引き取ろうと言い出した。パン屋としての安定した生活があったからこそだったが、少なくとも薄情者ではなかった。

 ナバルとは、お互いの妻が姉妹という関係だったが、付き合いは結婚以前からあった。ただそれは商売上の付き合いというだけで、親しく付き合うようになったのは、やはり結婚して義理の兄弟になってからのことだ。

 こちらからパンの材料などの仕入れを頼んだり、向こうから頼まれてパンを焼いたりもした。そしてこの街を通るときは、いつも家に泊まってもらっていた。だからミーナのことも小さいときからよく知っていた。

 ゴードンとナバルは、生き方も性格も全然似ていなかったが、逆にそれがよかったのだろうか、結構気があった。

 そんな彼が魔獣が襲われて死んだと聞いた時はショックだった。妹を亡くした妻の悲しみも大きかったが、それでも心のどこかで覚悟はしていたのだろう。

 黒の大森林付近を回る危険な仕事だった。だが決して他人事ではない。魔獣に襲われ、村や街が丸ごと全滅することもある。この街だって、決して安全ではないのだ。

 魔獣とは自然災害のようなものだ。ある程度まで備えることはできても、その危険をなくすことはできない。運が悪かったとあきらめるしかないのだ。

 不幸中の幸いだったのは、ミーナが生き残ったことだ。

 魔獣の群れに襲われれば全滅が当たり前で、特に小さな女の子が一人生き延びるなど、奇跡のような出来事だろう。


「急報を聞いた領主様が駆けつけ、魔獣を蹴散らし、ミーナを救ったそうです」


 マルコからそう聞いたときは、まるで物語のような話だな、と思ったものだ。

 貴族は自分の血筋を誇るときに、よくそういう話をする。


「祖先のなんとか公は、当時どこそこを荒らし回っていた強大な魔獣を退治した」


 などと自慢げに語るわけだ。

 しかし本当に魔獣が現れれば臆病風に吹かれる者もいるし、助けに来てくれたはいいが、魔獣に負けて逃げ出す者もいる。

 もし本当に魔獣を倒すような強い貴族なら、うらやましいことだとゴードンは思った。

 彼に限らず、多くの領民が領主である貴族にまず求めるのは、魔獣を倒す強さだった。


「その領主様なのですが、ずいぶんとミーナのことを気にかけているようでして」


 とも聞いたが、それは大げさだろうと思っていた。話の流れで「よろしく頼む」ぐらいは言ったかもしれないが本気ではないだろう、と。一々平民の女の子を気にする貴族などいないと思い込んでいた。

 ところが、こうして本当にその貴族がやって来てしまった。

 黒の森辺境伯であるオーバンス伯爵家の息子、レン・オーバンス。

 この街を治める貴族はオーバンス伯爵ではないが、黒の森辺境泊の名は知っていた。

 マルコから聞いていた通り、レンという貴族はまだ若いが堂々とした体つきの偉丈夫だった。なるほど、これなら魔獣とも戦えそうだ。

 それにしても、残された娘の様子を見に、わざわざここまでやって来るとは、それほどナバルとレンは親しかったのか。

 さらにガーガーを飼い慣らしているという話まで本当だった。普通のガーガーと比べて、妙に精悍なガーガーだが、ガーガーはガーガーだ。あの臆病なガーガーを、どんな風に育てたらこんな風になるのか。

 とにかくレンという少年が、普通の貴族でないことはわかった。あるいはこれくらいの人物でなければ、黒の大森林の領主などつとまらないのかもしれない。


「こんな場所へ、ようこそおいで下さいました」


 恐る恐るゴードンはレンに頭を下げた。魔獣の群れを倒した貴族なのだ。気分を損ねたりすれば、どんなことになるか。


「いえ、こちらこそ急にお邪魔してすみません。マルコさんから聞いているとは思いますが、一度、ミーナの様子を見に行きたいなと思っていたのです。元気そうで安心しました」


 丁寧な、というか丁寧すぎる挨拶にゴードンは驚いた。とても貴族のする挨拶ではないと思った。


「前に言ったでしょう? 領主様はやけに腰が低くて丁寧だって」


「そんなに丁寧ですか?」


「普通の貴族様と比べれば、とても丁寧ですよ」


 親しそうに話す二人の様子に、ゴードンはまたも驚く。確かにマルコからはそんな話を聞いていたような気がするが、これで彼はますますレンという人間がわからなくなった。

 そういえば、ともっと昔のことを思い出す。

 生前のナバルから、レンについての話を聞いたことがあった。


「ここだけの話、あれはダメだ。典型的な貴族の馬鹿息子だ」


 酒を飲んだナバルはそんな風に愚痴っていた。

 聞いていた話と、目の前の人物が一致しない。何が本当なのかまるでわからなかった。




 さて、これからどうしようかとレンは思った。

 今回の旅の目的はミーナの様子を確かめることだったが、それはもう達成してしまった。元気そうにしているし大丈夫だろう。ゴードンさんもいい人そうで安心した。

 いっそのこと、ここでそれじゃあと帰ってもよかったのだが、マルコは今日はここで一泊するというので、レンも一緒に泊まることにした。

 明日の朝、マルコは荷馬車に乗ってジャガルへと向かい、レンは彼らと別れて屋敷に帰ることになる。

 帰りは荷馬車がなくなるが、レンはガー太に乗っているし、他はダークエルフだ。途中の二泊は野宿になるが、大丈夫だろうと気楽に考えていた。


「もしよかったらなんですが――」


 することがなくなったレンは、ゴードンに頼んでパン屋の中を案内してもらった。どんなものなのかちょっと興味があった。

 まず見せてもらったのが、店の奥にあるパンを焼く窯だった。


「大きな窯ですね」


 レンは似たような窯を見たことがあった。ピザを焼く窯だ。石造りの大きな窯は、あれによく似ている。イタリアンのお店などに置かれているやつだ。


「働いている人は、女性が多いんですね」


 家族でやっているような小さなパン屋を想像していたのだが、作業場はかなり広く、ぱっと見ただけで十人以上の女性が働いている。

 パン生地をこねたり、物を運んだり、異世界といっても、やっぱり同じような作業になるんだなと思った。


「近所の主婦に来てもらっています。特に寡婦を優先していまして」


「働き口を世話しているわけですか」


「はい。助け合わないと生きていけませんから」


「そういえば、個人の家でパンを焼いたりとかはしないんですか?」


「焼いている家もありますが、少ないですね。手間もかかりますし」


 これはパン屋というより、給食センターの方が近いのだろうかとレンは思った。ここで大量に作り、学校ではなく各家庭にパンを供給するという意味で。


「パンの種類ってあんまりないんですか?」


 見たところ作られているパンは二種類だけだった。

 日本のロールパンの様な小さなパンと、フランスパンのような長いパンだ。

 小さなパンは、いつも屋敷で食べていると同じものだろう。


「はい。普通はギッテルとロナだけです」


 どっちがどっちかわからなかったが、どうやらそれが二つのパンの名前らしい。


「甘いパンとかないんですか? 砂糖を使ったような」


「そんな高級品はうちでは扱えません。逆にお聞きしたいのですが、領主様はそういうパンをお食べになったことがあるのですか?」


「いえ、そういうパンがあると聞いたことがあったので」


 日本では普通に食べていた菓子パンも、ここでは高級品なのだ。たくさん食べてました、とは言えないので誤魔化した。

 おいしいパンが食べたいなあ、とずっと思っていたのだが、やはりそれは難しいようだ。硬くて味気ないパンではなく、菓子パンとか総菜パンとか、柔らかくて色々な味のパンが食べたかった。本当に、食べ物に関しては元いた日本が圧倒的だ。

 この世界では、まず味より量なのだから、比べることが間違っているのはわかっているのだが。


「あの小さい方のパンって、一個いくらなんですか?」


「十個で銅貨一枚です」


「安い……ですよね?」


 とっさに安いと思ったのだが、物価がよくわからないので曖昧になった。レンの脳内レートでは銅貨一枚が百円なので安いと思うのだが。


「価格は話し合いで決まるので、高くはできません。その代わり、原材料の仕入れなどに便宜をはかってもらっていますが」


 ますます給食センターっぽいなと思った。価格が住人の話し合いで決まったり、寡婦を優先して雇っていることといい、このパン屋がというより、街全体が強い共同体としてまとまっているようだと思った。

 このレンの推測は間違っていない。

 魔獣が存在するこの世界では、小さな村や街は運命共同体だ。仲間割れしていたら生き残れないので、嫌でもまとまるしかないのだ。食糧の確保は最優先だから、一部の人間が大きく儲けることは許さないし、生活が苦しい者には優先して仕事を回したりもする。

 このように一致団結するのはいいことだったが、それは時に仲間はずれを生んだり、部外者を排除したり、といった問題を生むこともあった。

 ダークエルフに対する強い差別意識にも、この共同体としての仲間意識が影響していた。総じてよそ者には冷たいのだ。

 ここダバンの街もそれは同じだった。ガー太のことが噂になって、街の住人が様子を見に来たりしたのだが、誰もがダークエルフたちを嫌悪の目で見ていた。

 ちょっと違っていたのが子供たちだ。

 最初はミーナがガー太と一緒に遊びだし、それにはロゼたちも一緒だった。以前一緒に遊んでもらったことを覚えていたので、ミーナはロゼたちと楽しく遊んでいた。彼女にはダークエルフに対する差別意識がない。

 そこにゴードンの子供たち――彼には三人の息子と一人の娘がいた――が加わった。一番上の長男が十五才だったが、彼らも全員がガー太に興味津々だったので、ミーナに誘われて一緒に遊びだした。

 本来ならここでゴードンが止めたはずだ。彼はダークエルフを汚れた種族だと思っているから、子供たちとダークエルフが一緒に遊ぶことを許したりはしない。ただ、今日に限ってはレンがいた。


「領主様はダークエルフに対して、とても好意的なのです。ですから態度には気をつけておいて下さい」


 とマルコからも注意されていたので、ここでダークエルフなんかと遊ぶな、とは言えなかったのだ。

 こうしてゴードンの子供たちも一緒に遊び出すと、他の家の子供たちも集まってきた。

 こちらは止める親もいたのだが、ゴードンの子供たちが遊んでいるので、まあいいだろうと思った親もいたようだ。

 おそらく一番災難だったのはガー太だろう。

 暗くなるまで子供たちにまとわりつかれ、はしゃぐ子供たちを上に乗せて歩き回っていた。子供たちが帰った後は、ぐったりと疲れ果てた様子だった。

 そしてレンにとって意外だったのは、カエデがおとなしくしていたことだ。ロゼから後で聞いた話なのだが、


「カエデお姉ちゃん、そんなことしちゃダメ!」


 とミーナに注意されたら、おとなしく言うことをきいていたそうだ。


「私がいくら言ってもきかないのに……」


 とロゼは不満顔だったが、もしかするとカエデにとって、自分より小さな子と遊ぶのは初めてだったのかもしれない。

 単にどうしていいかわからなかっただけなのか、それとも小さい子供には優しいところがあるのか、よくわからないが、いい経験になったのではないだろうか。

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