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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第一章 出会い
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第3話 外出

「マーカスさん、今日はお昼を食べたら屋敷の外に出かけますから」


 午前の勉強を終え、昼食を食べていたレンはマーカスに言った。


「レン様。それはやはりもう少し様子を見てから……」


「それで一週間たちました。ちょっと外へ出るぐらい大丈夫でしょう?」


 この一週間、言われた通りにおとなしくしていたが体に異常は出なかった。もうそろそろ外出してもいいだろう。

 屋敷の外へ出て何をしたいというわけでもなかったが、とにかく外へ出てみたかった。レンは日本で暮らしていた頃はインドア派だったが、何もないこの世界でインドア派というのはつらい。異世界の景色がどうなっているかも興味があった。

 しかしマーカスはなおも渋った。


「もしかして他になにか理由があるんですか?」


 マーカスは言いにくそうにしていたが、レンがさらに問いかけると、やがて観念したように口を開いた。


「実は村人たちがひどく怯えておりまして……」


 この屋敷から少し離れたところに小さな村があるのだが、彼の説明によると以前のレンはその村でかなり悪さをしていたらしい。

 面白半分で人を殴ったり、物を壊したり。若い娘に乱暴しようとしたこともあったそうだ。


 レンはそれを聞いて大きくため息をついた。

 親の権力を笠に着て好き放題する馬鹿息子。まるで物語の序盤に出てくるバカなやられ役じゃないかと思った。

 しかもマーカスの話にはまだ続きがあった。


「レン様が記憶をなくした落馬事故なのですが、実はそれも村に来ていた巡回商人の馬に無理に乗ったのが原因でして」


 巡回商人というのは、この付近の村々を荷馬車で回りながら商売している行商人のことだ。単なる行商人ではなく、魔獣の活動を監視する役割も与えられている。危険もあるが、そのぶん伯爵家が援助を行っている――というのがマーカスの説明だ。

 そう、この世界には魔獣と呼ばれる凶暴な生き物も生息しているのだ。竜がいて魔獣がいる。まさにファンタジーゲームの世界である。

 そしてレンはそんな巡回商人の馬に乗って落馬した。商人や村長たちが止めるのも聞かず無理矢理乗ったあげく、馬が暴れて振り落とされたらしい。

 商人も村人たちも顔面蒼白となったことだろう。


「商人や村人たちはレン様が無事だったことを喜んでおりますが、事故を起こした責任を追及されるのではないかと怯えております」


 怒ったレンが復讐に来ることを恐れているのだ。それはわかるが、


「でも僕は以前のことを覚えていないんで、落馬事故についても誰かを罰したりするつもりもないですよ」


「それについてなのですが……」


 言いにくそうにしながら、マーカスは切り出した。


「実は彼らにはレン様が無事だということは伝えておりますが、記憶をなくされていることに関しては伝えておりません」


「どうしてですか?」


「記憶をなくされたという話をすれば、間違いなく噂となって一気に広がります。そうなるといずれは伯爵様の耳にも届くことになりましょう」


 そこまで言われてレンも彼が何を言いたいのかわかった。


「つまり今回の事故を隠しておけなくなるってことですね?」


「はっきり申し上げればその通りです」


 言われたことについて考えてみる。

 貴族の息子が落馬したが怪我もなかったという話になれば、なんでもないことなので噂にも騒ぎにもならないだろう。

 だが落馬して記憶を失ったという話なら、滅多にないことなので人々の興味を引き、噂話は遠くまで広がるかもしれない。

 事件を表沙汰にしたくない人たち――事故現場にいた商人や村人、そしておそらくはマーカスもそれを望んでいないということだ。


「でも伯爵が事故のことを知っても別に気にしないんじゃないですか? 今の僕は勘当状態だと聞きましたけど」


「そうはまいりません。誠に失礼ながら、どのような境遇にあってもレン様は伯爵様の御子息です。御子息が怪我をさせられた、それも平民によってとなれば放置することなどできません。平民に傷付けられたなど、貴族にとっては恥もいいところなのです。この場合、レン様の恥というだけでなく、伯爵家にとっての恥となります」


「僕が自分から言い出したことで、その人たちは止めようとしたんですよね?」


 話を聞く限り、村人たちのせいで怪我をしたのではなく自業自得としか思えなかった。


「過程ではなく結果が大事なのです。何がどうあれ、レン様に怪我をさせてしまったのですから責任を取らせねばなりません」


「面子の問題、というわけですか」


 元の世界でもこちらの世界でも、面子にこだわる人間はいるんだなとレンは思った。

 いや、おそらくはこちらの世界の方が面子とか名誉とかにこだわる人間が多いのだろう。

 王様がいて、貴族がいて、彼らが大多数の領民を支配している封建社会なのだ。上の身分の者が下の身分の者を支配して当たり前という世界だから、下の身分の者が逆らうことを許さないし、許すことが恥になってしまうのだ。


「ちなみに今回の事故で処罰が下されるとしたら、どれくらいの罪になるんですか?」


「商人や村長には、最悪死罪ということもあり得ます」


「死罪!?」


 レンは驚いた。

 元の世界の中世のような世界だ。罰金とかだけでなく、鞭打ちの刑とかもあるのだろうと思っていたレンだが、いきなり死罪とは予想外すぎる。


「貴族ってそんなに強い力を持ってるんですか?」


「基本的に領民は、その地を治める貴族の財産です。どう扱うかは貴族の自由ですが、そこは限度があります。領民は王国の財産でもありますから、むやみにそれを損なうような行為を繰り返せば、統治者としての資質を問われる事になりますし、あまりに厳しく締め付けすぎて暴動などが起これば、それは全て統治者の責任となります」


 ということは暴動が起こらない程度なら好き放題できるということだ。

 レンがいた日本のように法の下の平等などという言葉は建前としてすら存在しない。ここがそんな世界だと改めて思い知った。


「今回の事件については、レン様が傷ついたのは事実ですから、これに甘い処分を下す方が統治者としての責任を問われるでしょう。死罪も十分にあり得ます」


「……わかりました。この件については隠すことにしましょう」


 自分の行動で誰かが死刑になるなど願い下げだった。

 幸いなことに屋敷で暮らすのはレンを含めて四人だけ。レンの記憶喪失については、マーカスがしっかり口止めしておいてくれるそうなので、そこは任せておく。

 問題なのは落馬事故の時に一緒にいたという、商人と村人たちだ。

 記憶喪失という話が使えないなら、どうやって誤魔化せばいいのか。


「僕が心を入れ替えて反省した、なんて言ったら村人たちは信じてくれるでしょうか?」


「信じないでしょう」


 マーカスは断言した。


「失礼ながら、これまでのレン様の行いからして、自分たちを騙そうとしているのではないか、と疑われると思います」


 まったく、以前のこのレンという人間はどれほど周りに迷惑をかけていたのだろう。


「ですがそうするしかないですよね……」


 他によい言い訳が思い浮かばないので、無理矢理それで押し通すしかない。


「とにかく、一度その村の人たちと話をしないとダメですよね……。マーカスさん、一緒に来ていただけますか?」


 問題を起こした村になど行きたくないが、そのまま放置するわけにもいかない。

 だが人付き合いが苦手なレンにとって、一人でその村へ出かけて初対面の人々と話し合うというのは難易度が高すぎる。まして向こうはこちらに敵意を抱いているはずだ。マーカスに付いてきてもらわなければ無理だった。


「もちろんレン様が行かれるのであれば、私もご一緒させていただきます。しかし、わざわざこちらから出向かなくとも、村長と行商人をここへ呼びつければいいでしょう」


「誠意を見せるには、こちらから行った方がいいのでは?」


「それはその通りです」


 これで話はまとまり、レンは急遽村へ行くことになった。

 初めての外出は気楽な散歩を予定していたのだが、それがとんでもないことになってしまった。


「では念のためこれをお持ち下さい」


 用意を済ませて屋敷を出ようとしたところで、マーカスはレンにある物を差し出した。

 鉄製の剣である。

 レンは驚いてマーカスの顔を見つめた。


「万が一、魔獣が出ないとも限りませんので」


「滅多なことでは出ないんじゃなかったんですか?」


 この世界には凶悪な魔獣がいる。だがこの屋敷の周囲に出没することは滅多にないと聞いていた。


「はい。ですから万が一です。森が近くにあることをお忘れなく」


「……わかりました」


 備えあれば患えなし、ということだろうとレンは納得しておくことにした。

 マーカスは魔獣の存在に大きな危機感を持っていたが、この時のレンはそこまで危機感を持っていなかったのだ。平和な日本で生きてきたレンにとって、やはり魔獣というのは遠い存在だった。話だけ聞いても現実の脅威として実感できなかったのだ。


 ベルトを腰に巻いてもらい剣を帯びる。

 ずっしりとした重みを感じながら、レンは右手で剣を抜いて構えた。

 あれ、なんだかしっくりくるな、と思った。

 レンが剣を持つのは生まれて初めてのことだ。前の世界で持った武器といえば、せいぜいお土産屋で売っている木刀ぐらいだ。それなのに妙に剣が手になじんでいる気がした。


「マーカスさん。もしかして前の僕は剣を練習していました?」


「はい。幼い頃より習っておりました」


 それでかと思った。きっと言葉を理解できたように、この体が剣の扱いを覚えているのだろう。

 剣を鞘に戻したレンはマーカスと一緒に屋敷の玄関から庭に出た。

 相変わらず広い庭だとレンは思った。この屋敷の庭は野球やサッカーができそうなぐらいの広さがあった。ただし広いだけで手入れはされておらず草が伸び放題になっていたが。

 手入れされていないのはこっちも同じだよな、とレンは屋敷の方を振り返って思った。彼が暮らす石造りの屋敷はかなり大きい。だが大きいだけで優美さとかはまるでなく、ただ石を積み上げただけのような感じがする。暮らしているのはレン、執事のマーカスに家庭教師のハンソン、後は年配のメイドであるバーバラの四人だけだ。これでは掃除の手も足りず、普段使わない部屋などはほったらかしになっていた。

 だが優美さなどがないのは当たり前なのだ。今でこそ、ここは屋敷として使われているが、元々は兵士が駐屯する砦として造られたのだ。

 周囲を見回せば、屋敷と庭はぐるりを高い壁に囲まれている。石造りの壁は高さ五メートルぐらいはあり、しかも厚みがある。所々に階段が備えられており、壁の上は通路になっている。有事の際はそこに兵士たちが登り、攻めてくる敵を迎え撃つことになる。

 レンは広い庭を歩いて正門へと向かう。正門の扉は大きな木製で、金属で補強されていた。これも有事には閉じられるそうだが、重い扉は開け閉めするのも一苦労なので、今は夜もずっと開けっぱなしだ。

 昨日まではこの門から外に出ることをマーカスに止められていた。


「じゃあ行きましょうか」


 知らない土地を初めて歩くときはわくわくするものだ。それが異世界ならなおさら。

 レンも外を歩くのは楽しみだ。だがその先には村人たちとの対話が待っている。そのことを考えると、楽しみよりも不安の方が大きかった。

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