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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第二章 胎動
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第41話 復興の展望

 久しぶりに訪れたダークエルフの集落には活気が感じられた。前回から二ヶ月ぶりぐらいだろうか。


「復興は進んでいるようですね」


「はい。外から新たにダークエルフを呼び寄せました」


 レンの言葉にダールゼンが答えた。


「すでにあの戦いの前の人数を超えました」


 ダールゼンはまず、元々この集落に住んでいたダークエルフたちに声をかけた。

 以前の集落では収入が少なかったため、生きていける人数には限界があった。そのため集落を出て人間の都市へ移住したダークエルフたちが少なからずいたのだ。

 だが人間に差別されているダークエルフたちは、都市に出てもまともな職に就けることは少なく、ほとんどの者が苦しい生活を送っていた。

 また彼らにとって世界樹の側で暮らせることは大きな意味を持っていたので、世界樹のある集落で暮らせるなら、生活が苦しくてもいいという者も多い。

 実際に西のジャガルの街で、五十人ほどのダークエルフに戻ってくる気はないかと聞いたところ、全員が戻ることを選んだ。


「移住希望者はもっといるのですが、ひとまずそれで打ち切りました」


 ジャガルの人口は一万人ほど。正確な数は不明だが、そこでは数百人のダークエルフが暮らしているらしい。


「今の受け入れが一段落すれば、もっと受け入れを増やしたいと思っているのですが、これがなかなか……」


「最初は大変ですよね」


 大量の新入社員を入れたとして、それがいきなり戦力にはならない。今回は復帰だから新入社員よりだいぶマシだが、それでもブランクがある。

 現在の集落にはバゼ作りと密輸という二つの新たな事業ができたが、どちらに従事するにしろ、まずは新しい仕事に慣れてもらうための時間が必要だった。

 さらにダークエルフ特有の問題もあった。

 序列である。

 これが大きく影響しているのがバゼ作りだ。

 レンはバゼ作りでは品質を優先した。結果、まずは腕のいいダークエルフだけがバゼを作ることになった。問題なのは、その腕のいいダークエルフの序列が低かったことだ。

 人間なら、一番腕のいい者に弟子を取らせて修行させて、となるだろうが、ダークエルフでは序列が低い者が高い者を指導することはあり得ない――らしい。作った物を手直しするのもダメだという。

 人間であるレンには彼らのその感覚が理解できないが、無理矢理人間に当てはめるとすれば、恩人の大先輩にダメ出ししたり、パシリとしてこき使うような感じだろうか?

 集落ではバゼ作りが一番上手い女性をリーダーに置き、彼女にバゼ作り全体の指導もやってもらっているのだが、その彼女の序列がかなり低い。そのため、新しいダークエルフが増えても、彼女の下に入ってバゼ作りに従事する者が中々増えない。

 この問題は早い段階でわかっていて、


「やはり多少品質を落としても、数を増やすべきではないでしょうか?」


 とダールゼンから相談も受けていた。

 職人としての腕は落ちるが、もっと序列が高い者をリーダーにするのはどうか、という話だ。そうすればもっと人を増やすことができる。一度は品質重視でいくと決まった話だったが、ダールゼンはそれを見直したいようだった。

 だがレンの答えは変わらなかった。


「確かに目の前のことだけ考えれば、数を増やせば売り上げも上がります。ですがもっと長い目で見るべきです。前にも同じようなことを言ったと思いますが、バゼが売れ続けていけば、いずれ同じような品が作られるようになります」


 特許などないのだ。コピー品は作り放題である。


「数で勝負となったら、それこそ数の多い人間には勝てません。その時に武器となるのが品質です。ここのバゼは高品質だというイメージを確立しておけば、安い模造品と値段で勝負せず、高い価格を維持できます」


 レンが一貫して考えていたのはブランド戦略といっていいだろう。単純な考えではあったが、そもそもこの世界ではブランド戦略という考え方自体が存在していないのだから、効果的といえる。


「この先、十年二十年とバゼで商売を続けて行くなら、高級品路線しかないと思うんです。ですから、ここで妥協したくはありません。一度安物という印象がついてしまうと、それを挽回するのは難しいですから」


「十年先ですか……」


 ダールゼンは衝撃を受けた。彼にそんな長期的視野はなかったからだ。

 だが、それで彼を愚かとはいえない。なぜなら生きる環境が違うからだ。

 現代の日本人なら、十年先や二十年先、さらには老後や死後まで考えたりするのは当たり前だ。レンも日本にいた頃は自分の老後とかを考え、少し憂鬱になったりしていた。

 そうやって先のことを考えられるのは、良くも悪くも社会が安定していたからだ。当分は生きていけるから、先のことを考える余裕が生まれる。

 しかしこの世界は厳しい。常に魔獣の脅威にさらされ、明日死ぬかもしれないし、一ヶ月先に食べ物があるかどうかもわからない。

 必死で今日を生きる世界で、十年先のことを考える者は、目の前の現実から逃避する夢想家か、本物の天才ぐらいだろう。

 そしてダールゼンはレンを後者だと思った。

 やはりこの方は我々とは見ているものが違う、と圧倒された。

 こうしてバゼ作りは品質重視を継続することとなったが、おかげで生産数が上がらないという問題も抱え続けることになった。

 一方、もう一つの新たな稼ぎ頭である密輸については、展望が見えている。


「訓練は順調に進んでいます。とはいえ、実際に送り出すには、まだ時間がかかりそうですが」


 集落に新しくやってきたダークエルフたち――正確には戻ってきただが――を、ダールゼンは密輸に従事させようとしていた。

 人員を増やし、往復回数を増やせば儲けも増える――単純明快な理由である。

 だが今のところ密輸を行う商隊の数は増えていない。これまたレンがストップをかけたからだ。


「新しく来たダークエルフですけど、まずはしっかり訓練させましょう」


 最初にダールゼンから商隊の数を増やすと聞いた時、レンはそう提案した。


「もちろんそのつもりです。最初はベテランと新人を組ませて送り出します。一人前になるまでは、それでいきます」


 確かにそれも訓練だ。習うより慣れよ方式の実地研修。


「いえ、僕が言いたいのは、もっと安全で基礎的な訓練から始めたらどうか、ということです。最初は黒の大森林についてわかっていることを教え、次は集落周辺を歩き、徐々に距離を伸ばしていく、みたいな」


「しかしそれでは覚えが悪いでしょう。時間がかかりすぎると思うのですが」


 ダールゼンの言葉にも一理あると思った。

 実際、プログラマーとして仕事をしていた際のレンは、どちらかといえば実戦派だった。

 新人教育も、最低限の知識を教えた後は、さっさと仕事に投入して実際のプログラムをさわらせながら教えた方が、参考書を使った勉強より有効だろうと思っていた。

 もちろん新人だからミスも起きるが、それは上がしっかりと助ける。放置などは厳禁だ。

 そんなレンだからダールゼンのいきなり実戦投入方法もありだと思うのだが、プログラミングと密輸では危険度が違う。

 プログラミングのミスと違い、密輸での失敗は死に直結する。

 これまで集落では狩人の育成も同じようにやってきた。新人をベテランと組ませ、いきなり黒の大森林へと送り出し、実戦の中で教育する。そして少なからぬ新人が失敗し、命を落とす。

 ダークエルフたちは、その少なからぬ失敗を許容していた。集落が存続するために必要な犠牲であり、そもそも本人に才能がなかったので死ぬのは時間の問題だった、と。

 だがレンは犠牲を容認したくなかった。できる限りダークエルフに死んでほしくない。


「時間はかかるかもしれませんが、犠牲者は減らせますよね? ちゃんと育てれば一人前になったはずのダークエルフを、途中で死なせる必要はないと思うんです。確かに最初は時間がかかるかもしれませんが、これまた長い目で見れば、使える人員が増えていくはずです」


「わかりました。ではそのような訓練方法を考えてみます」


 ダールゼンはあっさり承諾したが、これはレンのやり方を有効と認めたからではなかった。彼としては、今までのやり方の方がいいと思っている。それなのに方針を変えたのは、レンの言葉に感動したからだ。

 この方は、我々を大切に思って下さっている。

 確固たる身分制度が存在し、人権意識などないこの世界において、多くの貴族は平民を使い捨ての駒ぐらいに思っていた。例え死んでも、代わりはいくらでも生まれてくると。ダークエルフはさらにその下の扱いである。

 だがこの方はそんな我々の命を気にかけてくれているとダールゼンは思った。裏に打算があっての言葉かもしれないが、他の貴族は表面を取り繕うこともしない。

 だからその思いに応えようと思った。命をかけるのは、もっと先の大事な場面までとっておこう、と。

 こうして訓練方法はがらりと変わった。

 人間なら、長年続けてきたやり方を変えるのは大変だが、ダークエルフならリーダーが変えると言えばすぐ変わる。

 結果、数ヶ月たってもまだ商隊は増えていないが、訓練での死者も出ていない。もうしばらく時間はかかりそうだが、このままいけば後で商隊は一気に増えるはずだ。

 レンはこのやり方でよかったはずだと思っていた。




 こうして、先の展望はある程度見え始めていた。それが集落全体の活気につながっている。

 けど、誰が新しく来たダークエルフなのかよくわからないな、とレンは思った。

 人の顔を覚えるのが苦手なレンは、誰が以前からいたのかよくわからない。見覚えがあるようなないような……。

 はっきり顔と名前が一致しているのは十人ぐらいしかいないのだ。

 覚えた方がいいのはわかっているが、人付き合いも苦手だったので、知らない相手にこちらから積極的に声をかけることもなく、どうにかなっていたのでそのままだった。

 だがそんなレンでも、一目で新しく来たダークエルフだとわかった小柄な少女がいた。

 子供の数は少なかったから、すぐわかったというのもある。だがもし彼女が大人だったとしてもすぐわかっただろう。外見に明らかな違いがあったからだ。

 普通のダークエルフは褐色の肌に黒髪である。だがその少女は銀の髪をしていた。

 最初に彼女を見たとき、レンは驚いてダールゼンに訊ねた。


「あの子もダークエルフなんですか?」


「ええ……」


 ダールゼンはなぜか歯切れが悪そうに答える。


「元々エルフは白い髪をしています。個人差もあって、あのような銀色や灰色に近い髪のエルフもいるそうです。そして我々の中にも、まれにそんな髪の色で生まれてくる者がいます。ただあの者はそれだけではなく……」


 その少女は、まるでレンが見ていることに気付いたように振り返った。少女と目があったレンはさらに驚いた。

 少女は黒い目ではなく赤い目をしていた。

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