第37話 ダークエルフの誇り
処罰なしとなったディアナ、そしてロゼが退出し、再びダールゼンと二人になったところで、先程の話の続きに戻ったのだが、
「集落の復興についてですが、正直に申しまして、私は復興などしない方がよいのでは、とも考えているのです」
いきなり予想外の言葉が飛び出してきた。
「どうしてですか? 確かに多くの方が亡くなり、この集落は大損害を受けました。ですが例えば外から新しいダークエルフを迎え入れることはできますよね?」
それはレンが漠然と考えていた復興計画だ。
人間の場合、集落の人数が減ったからといって簡単に外から人を呼ぶことはできないだろう。来てくれるかどうかもわからないし、受け入れ側の人間の感情だってある。元いた者と新しい者の間で、色々とややこしい人間関係の揉め事が起こるだろう。
だがダークエルフには序列がある。外から新しいダークエルフが来ても、自然に序列の中に組み込まれるし、ダークエルフはそれに抵抗がないとも聞いている。
人間社会だと、いきなり新参者が上に立てばトラブル必至だが、ダークエルフ社会にはそれがないのだ。集団を維持することについては、ダークエルフの方がまとまりやすいといえる。
しかも差別されているダークエルフには、貧しい暮らしを送っている者が多い。以前と違い、今のこの集落には新しい仕事の目処もある。そのあたりのことを説明すれば、移住を希望する者も集まるだろうと思った。
「人を増やせば、一時的に生活は苦しくなるかもしれません。ですがバゼを売ったり、ターベラス王国との交易だったり、収入を増やす当てもあると思います。最初の一時的な苦境さえ乗り切れば――」
「いえ、そうではありません」
レンの言葉を遮って、ダールゼンが首を横に振る。
「領主様からのご厚意によって、我々の集落には新しい道が開けました。私もこの集落をもっと発展させることができると思いました。しかし、今はそれが間違いだったのではないかと思っているのです」
「どういうことですか?」
「今回の魔獣の群れの襲撃は、世界樹が我々に下した罰なのではないでしょうか?」
これまた全く予想外の言葉だった。
「我々ダークエルフは世界樹の森から追放された呪われた種族です。そのため、ずっと息を潜めるようにして生きてきました。ところが今回、領主様のお力添えによって、我々には明るい未来が見えました。世界樹はそんな我々に、思い上がるな、身の程を知れ、と罰を与えたのではないでしょうか」
レンには理解できない考え方だったが、これは世界樹という神を信仰する、彼らの宗教に付いての話なのだ、と考え直してみると少しは理解できる気がした。
現代日本でさえ、終末思想とか、神の試練だとか、そういうことを唱える宗教があったではないか。そして、それを信じる信者もいたではないか。この世界において、降りかかった災難を神の与えた罰だと本気で考える者がいてもおかしくはない。
「ダークエルフは呪われた種族だと、ダークエルフであるダールゼンさんが言うんですか?」
「我々は世界樹によって作られた種族です。エルフに魔獣の力を取り込み、さらなる力を得ようと作られましたが、その過程で感情や自我という余計なものまで得てしまった失敗作なのです。そして不要と判断され、追放されてしまいました。まさに呪われた種族です」
「まるで普通のエルフには感情がないような言い方ですね」
「その通りです。純粋なエルフにはほとんど感情がありません。余計なことは何も考えず、世界樹に命じられた通りに動く存在なのです。対して我々には不要なものが多すぎる」
「エルフってそうなんですか?」
「はい。世界樹の忠実なしもべ。それが本来のエルフです」
日本でのファンタジー作品のイメージから、この世界のエルフも高慢で閉鎖的な種族だと勝手に思っていたのだが、ダールゼンの言うことが本当なら、想像と全然違う。話を聞く限り、忠実なしもべというより操り人形ではないか。
「ダールゼンさんはエルフのようになりたいんですか? 感情なんていらないと思っているんですか?」
「そうですね。世界樹の命令だけ聞いて生きていければ、どれほど素晴らしいことでしょう」
考え方の根本が違いすぎると思った。
人間でも尊敬できる先輩とか上司とかのため、全力で尽くしたいと思う者はいるだろう。それでも、それはあくまで本人の意志によってだ。いくらなんでも命令通りに動くだけのロボットになりたいと思う者はいないだろう。
ダールゼンの言ったことがダークエルフに共通する思いだとすれば、レンには理解不能な領域である。
だが逆にわかったこともある。ダークエルフの境遇についてだ。
この世界でダークエルフは人間に差別されているが、なぜそれにダークエルフは強く反抗しないのだろう、とずっと不思議に思っていたのだ。おそらく人間の方が人口が圧倒的に多いというのが一番の理由だろうが、ダークエルフの個々の身体能力は人間を超えているのだ。激しい反抗の歴史があってもおかしくないと思うのだが、そういう話を一つも聞いたことがなかった。
だが、なんのことはない。ダークエルフ自身がダークエルフを差別していたのだ。これでは反抗のしようがない。
だがレンは彼らのそんな考えを認められなかった。ダークエルフにはもっと豊かに、もっと幸せになってほしいのだ。世界樹からの罰だと言って、現状の苦しい生活を受け入れてほしくない。
何かダールゼンを説得する方法はないかと考え、一つ思い付いたことを口にしてみる。
「ちょっと話は変わりますが、ダールゼンさんはたんぽぽって花をご存じですか?」
「タンポポですか? 聞いたことがありませんが……」
それはそうだろう。レンはそのままたんぽぽと訊いた。もしこの世界でたんぽぽが存在していたとしても、きっと別の名前で呼ばれているはずだ。
「野原に咲いたりする黄色い花なんですけどね、この花は白い綿毛のついた種を作るんです」
「はあ……」
何を言ってるんだ? という顔でダールゼンは話を聞いている。
「それでこの種がすごく小さい種で、風が吹くとふわりと綿毛が飛ぶんですよ。それで種を遠くまで飛ばして、自分の繁殖地を広げるわけです。何が言いたいかというと、ふと思ったんです。ダークエルフってこのたんぽぽの種なんじゃないかって」
「……どういう意味ですか?」
「世界樹だって木ですよね? だから植物が種を飛ばすように、自分の繁殖地を広げようと思ったんじゃないかなって。そのために挿し木で増やすとして、誰かが苗を運ばなくちゃいけませんよね? その運び屋としてダークエルフは作られたんじゃないですか?」
「よくわからないのですが……。どうしてそう思われるのですか?」
「だって世界樹の森を出て活動するなら、ただ世界樹の命令を聞くだけじゃなくて、臨機応変に行動しないとダメですよね? そのためにエルフが持っていない自我を与えられたと考えられませんか? 失敗なんかじゃなく」
ダールゼンは真剣な表情で考え込む様子を見せた。
これはいけるかもしれないと思い、話を続ける。
「そもそもこの集落に世界樹があるってことは、ダークエルフが最初に世界樹の森を出るときに、世界樹から挿し木を与えられたってことですよね? 本当にダークエルフが失敗作として追放されたのなら、そんなものを与えたりしないと思うんです。もっと言えば、追放なんてしなくても、その場で処分するとか、死ねと命じればいいわけで。それを追放したっていうのは、追放したんじゃなくて外での仕事を与え、送り出したってことじゃないですか?」
「世界樹の森の外での仕事、ですか?」
「世界樹を世界中に植樹して、それを守って育て、繁殖地を広げることがダークエルフの役目なんじゃないですか?」
「我々にそんな役目が……? 本当なのでしょうか?」
「どう考えてもその方が理屈に合うと思いますよ」
全てはレンが今、思い付いたことだ。証拠なんて何もないし、反論しようと思えばいくらでもできたはずだが、ダールゼンは反論しようとしなかった。
なぜならレンの言葉は彼にとって、いやダークエルフにとって、あまりに甘い夢だったからだ。崇拝する世界樹から役立たずと捨てられたのではなく、実は大事な役目を与えられて送り出されていた――そんな甘く心地よい夢。
しかもこの時は魔獣の群れとの戦いで大きな被害を受けた直後だった。ダールゼンも傷つき疲れ果てていた。そんな彼にレンの言葉をはねのける力はなかった。
「本当にそうなのでしょうか?」
ダールゼンはもう一度訊いた。
レンは強くうなずいてそれに答える。
「きっとそうです。少なくとも僕はそう思っています」
「もしそうなら……我々はもっと働かねばなりませんよね? 世界樹のために」
「そうです。ひっそりと暮らしているだけじゃ役目なんて果たせません。もっと強く、もっと豊かにならないとダメです。世界樹の苗木をもっと植えて、いずれは世界中を世界樹で埋め尽くすぐらいの勢いでいかないと」
「世界中を世界樹で……いいですね。ぜひやりましょう」
そう言うダールゼンは、先程までのうちひしがれた男ではなかった。目には強い意志の光が宿っていた。
ダークエルフ戦記の著者バンバ・バーンは、その著作の中で次のように書いている。
レンが当時のダークエルフたちに与えた影響は多岐にわたるが、その中で最大ものを挙げるとすれば、それはやはりダークエルフの意識改革であろう。
それまでのダークエルフは、自分たちのことを呪われた種族だと卑下していた。レンはそんな彼らの意識を変えた。彼らにダークエルフとしての誇りを持たせたのだ。
人間であれダークエルフであれ、最初から自分はダメな奴だとあきらめている者には何もできない。自分ならできるはずだ、と自分を信じるところから全ては始まるのである。
レンはダークエルフたちに誇りを持たせた。ダークエルフが自分たちダークエルフを信じるようになったのだ。それは新しく生まれ変わったといっても過言ではないほどの変化だった。