第36話 処罰
二話前の34話の途中から、ディアナの名前がディーナになっていました。
修正しましたが、混乱した方がいたらごめんなさい。
顔に当たる木漏れ日で目を覚ましたレンは、自分がどこにいるのかまるでわからなかった。
「領主様! 大丈夫ですか?」
「ロゼ?」
心配そうに声をかけてくるロゼを見ながら、レンはゆっくりと体を起こす。
「ガー」
すぐ横にガー太がいた。どうやらガー太にもたれて眠っていたようだ。
「ここは……」
言いながら周囲を見れば、自分と同じように多くのダークエルフが地面に体を横たえている。
頭上には大きな木が枝を広げていた。
それでレンは自分がどこで寝ていたのかわかった。
「世界樹の下です領主様」
ロゼの言葉もレンの予想通りだった。
「あの超個体を倒した後、領主様は倒れたのです。おそらくハウンドに噛まれた傷から、血を流しすぎたのではないかと」
確かに左手が動くからということで、血止めもせずに戦い続けていた。戦闘中は気合いが入っていたからどうにかなったが、戦いが終わってホッと気が抜け、一気に反動が来たのではないだろうか。
「すぐに手当を、と思ったのですが、ここにはダークエルフ用の薬はあっても、人間用の薬はありません。それでも一応、我々の薬で手当てさせていただきました」
肩には包帯が巻かれていた。
「そして、これも人間である領主様にどこまで効果があるかわかりませんでしたが、世界樹の下に寝かせていただきました」
「そういうことか……」
周囲にはレンの他に多くのダークエルフが寝ている。彼らもそうやって傷や疲れを癒しているのだ。
「効果はあったと思うよ。もう傷も全然痛くないから」
左腕をゆっくり動かしてみたり、包帯の上から傷口のあたりをさわってみたりするが、少し違和感が残っているぐらいで、もう痛みは感じなかった。
「というか、あれからどれくらいたったの? 僕らは勝ったんだよね?」
「はい! 我々は勝ちました。領主様のおかげです」
「そうか」
とりあえずホッとする。
あれは夢などではなく、本当に僕らは勝ったのだ。
「でも僕のおかげっていうのは言い過ぎだよ」
「いえ、領主様がいたから勝てたのです」
ロゼは真剣な顔で言う。
そう言われてもちろん悪い気はしなかったが、
「いや、勝てたのは集落のみんなが必死に戦ったからだよ。僕のおかげじゃなく、みんなのおかげだ」
謙遜ではなく本心だった。
「それで、今はいつなの?」
「はい。一夜明けて朝になったところです」
「もしかして、その間ずっと僕に付いていてくれたの?」
「いえ。ディアナとリゲルと交代しながらです」
「そうなんだ。どうもありがとう」
後で二人にもお礼を言っておかなきゃ、と思いながら立ち上がる。
「それこそお礼を言われるようことでありませんが、あの、本当に大丈夫ですか?」
「うん。むしろ調子がいいよ」
ぐっすり寝て疲れがとれたかのように気分爽快だった。
「本当に大丈夫でしたら、ダールゼンがお話したいことがある、と言っていたのですが」
「わかった」
ロゼと一緒にダールゼンのところへ向かう。ガー太も一緒だ。
途中、すれ違ったダークエルフからは、
「領主様、もう大丈夫なのですか?」
「領主様! どうもありがとうございます」
などと口々に気遣われたり、感謝されたりした。そしてその後彼らは、
「ガー太様。我々を救って下さりありがとうございます。今回の戦いでの活躍、誠にお見事でした」
などとガー太にもお礼を言う。なんだかレンよりもガー太の方に深く感謝しているように見えたのは気のせいだろうか?
ダールゼンは数人のダークエルフと立ち話をしていたが、レンに気付くと慌てて駆け寄ってきた。
「領主様、もう大丈夫なのですか?」
「はい。傷もすっかり治りました」
すでに包帯も外している。噛まれた傷口はほとんど塞がり、少し赤い跡が残っている程度だ。
「世界樹の回復効果でしょうか? すごいですね」
「人間の方には、世界樹の加護の効果はないと思っていたのですが、領主様が特別なのかもしれません」
「そうなんですか?」
よくわからないが、ここまで人間のけが人を連れてきて調べるわけにもいかない。個人差がある、ぐらいに考えておこうと思った。
「お目覚めになって早々で申し訳ありませんが、少しお話ししたいことがあるのですが?」
「いいですよ」
では、ということでダールゼンの家に向かった。
「ロゼ。ディアナを呼んできてくれ」
とダールゼンに言われたロゼが、走って彼女を呼びに行く。何か彼女に関しての話でもあるのだろうか?
ダールゼンの家についたので、ガー太には外で待っていてもらおうと思ったのだが、レンがなにか言う前に、ガー太は逃げるように森の中へ駆け込んでいってしまった。
なんで? と思ったレンだが、周囲を見て理由を察する。何人か、逃げたガー太を残念そうな目で見ているダークエルフがいたからだ。
ガー太はダークエルフたちに大人気だ。元々、彼らはガーガーを敬愛していた。世界樹の森に多く棲息しているので、世界樹の使いと見なされているのだ。だが黒の大森林にある集落にガーガーは寄ってこない。そして森の外で見かけても、臆病なガーガーは彼らが近付くとすぐに逃げてしまう。
そんな集落にガー太はやって来た。しかもガー太はダークエルフを怖がったりもしない。おかげで、以前この集落に来たときに、ガー太はダークエルフたちに囲まれてもみくちゃにされたことがある。どうやらそれを忘れていなかったようだ。きっと、その時と同じような空気を嗅ぎ取ったのだろう。
今回は集落を救った英雄として感謝されているようだし、あれ以上の感謝の抱擁を恐れて逃げ出したのではないか?
まあガー太なら大丈夫だろう、と放っておくことにして、レンはダールゼンと二人で家の中に入った。
テーブルを挟んで向かい合わせに座ると、
「申し訳ございませんでした」
いきなりテーブルに頭をぶつけるような勢いで頭を下げられた。
「あの、ダールゼンさん?」
「領主様には加勢していただいたあげく、怪我まで負わせてしまいました。全て我々の責任です」
いきなり謝られて何事かと思ったが、そういうことか。
「頭を上げて下さい。戦うと決めたのは僕です。謝ってもらう必要なんてありませんし、それに……」
ちょっと照れくさかったが、思い切って言う。
「僕らはもう一緒に戦った仲間だと思っています。ですから謝罪とか、そういうのは無しにしましょう」
共に命をかけて魔獣の群れと戦ったことで、レンはダークエルフたちにより強い親近感を覚えていた。もしかして、これが戦友ってやつなのかな? とも思った。ただ、今まで人付き合いが希薄で、ろくに友達もいなかったレンだから、ちょっと確信が持てなかった。この思いが一方通行だったらどうしよう、と少し心配していた。
だがそれは杞憂だったようだ。
「そう言っていただけるとは……」
ダールゼンは感激したような表情を浮かべた。
「ありがとうございます領主様」
もう一度頭を下げたダールゼンに、レンは気になっていたことを確認する。
「ロゼから少し話を聞いたんですが、ダークエルフの方にも大きな被害が出たとか?」
「はい。死者は三十四名です。負傷者も程度の差はありますが、残り全員といっていいでしょう」
「三十四人ですか!?」
あまりの多さに絶句する。
集落全体で百人ちょっとなのだ。つまり三分の一が死んだことになる。魔獣の群れを撃退することはできたが、はたしてこれを勝利と呼べるのかどうか。
「死者がこれ以上増えないことだけが救いです」
人間の場合、重傷者が亡くなって後から死者が増えていく。だがこの集落には世界樹がある。世界樹の加護でも回復しないほどの重傷者はすでに亡くなっており、後は回復に時間がかかっても死ぬことはない。
「復旧はどんな感じで進めていくんですか?」
「それなのですが――」
ダールゼンが言いかけたところで、ロゼがディアナを連れてやって来た。
「よかった。ディアナも無事みたいだね」
最後の超個体との戦いで、ディアナは怪我をしなかったはずだが、すぐに気を失ってしまったのでちゃんと確認していなかった。それで少し心配していたのだが、見た限りどこにも怪我はないようなので、安心したレンは笑顔で話しかけた。
「レン様も無事でよかったです」
ディアナも笑顔でこたえてくれたのだが、すぐに沈んだ顔になった。
どうかした? とレンが訊く前に、ダールゼンが言った。
「領主様。先程は謝罪など無しでと言っていただきましたが、今回のディアナの不始末、これだけはそうはいきません。本当に申し訳ございません」
ダールゼンがまたも頭を下げる。ロゼとディアナも一緒に頭を下げる。
「えっ?」
不始末と言われてもレンにはなんのことかわからない。
「すぐに処罰しようかとも思ったのですが、領主様が起きてからの方がいいだろうと思い、待っておりました。ディアナの処罰は領主様にお任せいたします。殺すなりなんなり、どうかお好きなようにして下さい」
「いや、ちょっと待って下さい。そもそも処罰とか、一体どうしてですか?」
「ディアナは本来、領主様を守るのが役目でした。それが守るどころか、領主様に助けられ、しかもそれで領主様は傷を負いました。まさに大罪です。ディアナもそれはわかっております」
「はい……どんな罰でも覚悟しています」
泣きそうな顔でディアナが言う。隣に立つロゼも、冷静を装ってはいるが、やはり少し暗い顔をしている。
「ですから、ちょっと待って下さい。ディアナを処罰する気なんて僕にはありません」
「ですがディアナの罪は明白です。それを見過ごすことはできないと思いますが?」
「さっき僕は皆さんのことを仲間だと思っているって言いましたよね? もしそうなら助け合うのが当然でしょう? 確かに僕はディアナを助けようとして怪我しましたけど、その後はディアナにも助けられました。それで貸し借り無しです。ディアナに罪なんてありません」
罪は明白と言うが、レンはディアナにはなんの罪もないと思っている。だが、きっとそれは日本人としての常識なのだ。
この世界の常識だと、貴族に怪我をさせればそれだけで罪なのだ。理由なんて関係ない。前のレンが起こした落馬事故についての話を聞いた時も、マーカスから同じようなことを言われた覚えがある。
だが自分の行動が原因でディアナが処罰されるなど、レンには認められない。
「領主様がそうおっしゃるのでしたら……。ですが本当によろしいのですか?」
「もちろんです」
わかりましたとうなずくダールゼンを見て、レンは安堵する。
しかし実はここまでの流れはダールゼンの予想通りでもあった。厳しい処罰を口にした彼の行動は半分演技だったのだ。
すでにダールゼンは、レンがずいぶんとディアナに甘いという報告を受けていた。だからこちらから厳しい処罰を言い出せば、ディアナのことを許してもらえるのではないか、と期待していたのだ。
幸い期待していた通りの結果になったが、半分演技ということは半分本気だった。もしレンが厳しい処罰を言い出せば、それがどんな内容であれ受け入れる覚悟も決めていた。
「ありがとうございます。レン様」
ディアナにお礼を言われ、ロゼにも同じようにお礼を言われる。
「お礼なんていいよ。別にディアナは悪いことなんてしてないんだから。ね?」
レンが笑ってそう言うと、今度こそディアナは笑顔で、
「はい。ありがとうございます」
と答えてくれた。