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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第二章 胎動
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第35話 集落防衛戦(下)

「レン様!?」


 ディアナはレンに噛みついたハウンドの口に手をかけた。右手で上あごを、左手で下あごをつかみ、口をこじ開けようとする。

 魔獣であるハウンドの噛む力は強い。人間の男が数人がかりでも引きはがせないと言われているのだが、ディアナはそれを力任せにこじ開けると、口をつかんだまま放り投げ、数メートルほど離れた木の幹に叩きつけた。

 以前、ロゼはレンに言っていた。三人の中で一番身体能力が高いのはディアナだと。


「大丈夫ですか!?」


「大丈夫。痛いけど、ちゃんと動くし」


 かなり痛みはあるし、左肩の傷口からは血も流れている。だが左手を握ったり開いたりしてみると力は入る。これならまだ戦えるだろう。

 泣きそうな顔でレンの傷を見ていたディアナが、背後を振り返る。

 木に叩きつけたハウンドが、うなり声を上げながら体を起こすところだった。魔獣は打撃に強い。かなりの勢いで叩きつけられていたはずだが、ほとんどダメージはないようで、敵意のこもった赤い目でレンたちをにらみつけている。

 その眼光を受け止めるディアナの目には、依然、恐怖が残っている。だが恐怖以上に強い怒りが浮かんでいた。レンを傷つけた魔獣に対する怒り、そしてなにより不甲斐ない自分に対する怒りである。

 怖がってる場合じゃない――心の中で自分を叱りつけながら、ディアナは剣を抜く。

 そんなディアナに向かってハウンドは再び襲いかかった。


「あああああああッ!」


 悲鳴混じりの叫び声とともに振り下ろされたディアナの剣は、飛びかかってきたハウンドを一刀両断した。真ん中から斬られた魔獣の体が、左右に分かれて地面に落ちる。これでは魔獣の再生能力も意味がない。


「や、やりました……」


「お見事」


 自分のやったことに自分で驚いているようなディアナに、レンが笑いかける。


「は、はい」


 ディアナも笑顔で返事をしてくれたが、その笑顔は少しこわばっているというか、ゆがんでいるというか。だが恐怖で動けないということはなくなったようだ。


「ガー」


「ありがとう。心配しなくても大丈夫だよ」


 魔獣を倒したガー太が駆け寄ってきたので、レンは再びその背にまたがったが、その間にも二体のハウンドが襲いかかってきた。そのどちらもディアナが難なく斬り捨ててくれた。


「やれます。私はやれます」


 自分に言い聞かせるようにつぶやくディアナを見て、レンは彼女が一種の錯乱状態にあるのでは? と危惧したが、戦いの最中にあっては、錯乱だろうがなんだろうが、戦えた方がいいと判断する。

 そしてこの頃には、戦いの趨勢は傾きつつあった。ダークエルフ有利に、である。

 最初は乱戦となってどっちが優勢なのかもわからなかったが、徐々にダークエルフが押し始めていたのだ。

 人間の軍勢と魔獣の群れが戦う場合、一番肝心なのは最初だと言われている。最初に魔獣の勢いを受け止めきれるかどうか、そこで勝負が決まる、と。

 例えば人間同士の軍勢が戦う場合、双方の兵士たちが最後の一兵まで戦う、などということはまず起こらない。どちらかが優勢になった時点で、劣勢になった方から逃亡者が出始め、後はそのまま勝負が決まることが多い。

 魔獣の群れは圧倒的な凶暴性で人間へと襲いかかってくる。最初にこの魔獣の凶暴性に押されると、恐怖から逃亡者が出始め、そのまま一気に軍勢が崩壊してしまう、だから最初が肝心だと言われているのだ。

 ダークエルフの軍勢も人間の軍勢と同じように思えるが、上の命令に従うかどうかという点で、両者には大きな違いがある。序列に従う彼らは、基本的に上からの命令に絶対服従である。だから逃げずに戦えと命じられれば、その通りに戦う。まるで上官に絶対の信頼と忠誠を誓うベテラン兵のように。

 さらに今回の戦いは背後に世界樹を置いての戦いだ。背水の陣ならぬ背樹の陣というわけで、元よりダークエルフに逃亡の二文字はなかった。

 だから最初の乱戦で死傷者が続出しても、ダークエルフたちはその場に踏みとどまって戦い続けた。

 だが数はハウンドの方が多かった。身体能力の高いダークエルフは、ハウンドとほぼ互角に戦うことができたが、相手の方が数が多かったため、単純な消耗戦なら最後は押し切られていた可能性が高い。

 ここで活躍したのが屋根の上の射手たちだった。彼らは下の乱戦にも動揺することなく、しっかりと狙いを定めて矢を射続けた。彼らが持つ特別製の矢は、一本命中するだけでハウンドの超回復を阻害し、その動きを大きく鈍らせる。そうやって確実に一体ずつ数を減らし、やがて数の上でもダークエルフが上回るようになり、戦局を有利な方へと傾けることに成功したのだ。

 だが戦いはまだ終わっていなかった。ハウンドの側には切り札とも呼べる存在がいたのだ。


 グオオオオオッ!!


 巨大な咆哮を響かせたのは、群れを率いる超個体だった。

 これまで一体だけ後ろに控え、悠然と戦いを眺めているようだった巨大ハウンドがついに動いた。

 駆けだしたハウンドが狙ったのは、下で戦うダークエルフたちでなく、屋根の上の射手たちだった。

 レンたちから見て右側の家に向かって、ハウンドは大きくジャンプした。その高さは屋根を余裕で越えた。


「逃げろ!」


 上から落ちて来る巨大ハウンドを見て、ダークエルフたちは一瞬呆気にとられた後、すぐに悲鳴を上げて屋根から飛び降りた。しかし一名が逃げ遅れ、悲鳴を上げる間もなくハウンドの巨体に押しつぶされた。

 落下の衝撃で屋根が抜け、ハウンドはそのまま家の中へと落下する。轟音とともに家の屋根が崩れ、もうもうとホコリが舞い上がる。

 半壊した家の中から、のそりと巨大ハウンドが姿を現す。打撃に強い魔獣らしく、なんのダメージも受けていないようだ。


「奴を狙え!」


 もう一軒の屋根に陣取る五人の射手が、ほぼ同時に特別製の矢を放つ。

 この至近距離でこの巨体、外す理由はなく五本とも命中するが、巨大ハウンドには全くこたえた様子がない。通常のハウンドなら一本命中すれば苦しみ出すのだが、魔獣が強力になればなるほど、その効果は薄れていく。どうやらこの巨大ハウンドに対しては、彼らの持つ特別製の矢も普通の矢と変わらないらしい。

 巨大ハウンドは自分に矢を射てきたダークエルフたちを見上げ、今度はそちらに襲いかかろうと身構えたが、そこへ突っ込んできた者がいた。


「こっちだ化け物!」


 ガー太に乗ったレンである。

 巨大ハウンドが動き出したのを見たレンも、それを迎え撃とうと動いたのだ。


「私も一緒に行きます!」


 ディアナがレンの後ろに続く。

 危ないから来てほしくはなかったが、止めている余裕はない。それに今のディアナなら大丈夫だろうと思い、一緒にダークエルフとハウンドが戦っている中を駆け抜け前に出る。最後は柵を跳び越えて巨大ハウンドの前に着地した。

 ディアナも軽々と柵を跳び越え、レンの横に降り立つ。

 巨大ハウンドは屋根の射手たちよりもレンたちの方を脅威と感じたのか、彼らの方に向き直ると、うなり声を上げて襲いかかってきた。


「クエーッ!」


 対抗するようにガー太が高く鳴き、こちらも巨大ハウンドに向かって走り出す。ディアナもレンに続いた。

 両者は互いにまっすぐ走ったが、ぶつかる直前でレンを乗せたガー太は左に、ディアナは右に飛んで衝突を回避する。

 さらにレンは回避しながらも矢を放っていた。

 眉間のあたりを狙った矢はわずかに逸れたが、結果にはそれがよかった。矢はハウンドの左目に突き刺さったのだ。

 さすがにこれは効果があったのか、巨大ハウンドが悲鳴のような叫びを上げた。強力な魔獣は目でも再生するが、いくらなんでも矢が刺さった状態では回復できない。

 そしてディアナもすれ違いざまに斬りつけ、相手の横っ腹をざっくりと切り裂いていた。

 ここからは三対一、レンとガー太を一つと数えるなら二対一の戦いとなった。

 巨大ハウンドが主に狙ったのはレンとガー太の方だ。


「クエーッ!」


 ガー太は鳴き声を上げ、まるで相手を挑発するかのように派手に跳び回る。紙一重で巨大ハウンドの牙や爪を回避しつつ、隙を見つけては相手の体に蹴りをたたき込む。スピードでは相手を上回り、パワーでも引けを取っていない。

 上に乗るレンも矢を射続けた。目を射貫いた最初の一矢ほどの効果はなかったが、それでも矢は相手に命中し、その動きを妨げた。

 ディアナも果敢に戦った。巨大ハウンドがレンたちを攻撃したところへ斬りつけ、相手が彼女の方を向くと後ろへ下がる、というのを繰り返す。レンと打ち合わせなどしていなかったが、自然とそんな連携がとれていた。

 さらに屋根の上のダークエルフたちも加勢する。


「ガー太様を援護しろ!」


 と次々と矢を放つ。もちろん狙いをしっかりと定め、無駄撃ちはしない。すでに魔獣の骨を使った特別製の矢は尽きていたが、どのみち巨大ハウンドには効果が薄い。構わず通常の矢を射続けた。

 矢が数本刺さったところで、巨大ハウンドにとってはどれほどのこともない。だがわずかとはいえ、刺さった矢は超回復を阻害する。何十本も刺されば、さすがに無視できなくなってくる。

 そしてそれら全ての攻撃が与えたダメージが、ついに巨大ハウンドの超回復能力を上回り始めた。ダメージの回復が遅れ、動きが少しずつにぶくなっていく。


「たあッ!」


 勝負の行方を決定づけた一撃は、ディアナの斬撃だった。低い姿勢から薙いだ一撃は、巨大ハウンドの左足を、足首の上あたりで切断した。

 巨大ハウンドがバランスを崩して倒れたが、これでもまだとどめとはいかない。相手はすぐに起き上がった。とはいえ、やはり足の長さが違うので動きが明らかにおかしい。

 時間があれば超回復で失った足首も再生しただろう。しかしレンたちがこの好機を逃すはずがない。


「一気にやるぞ!」


 レン、ガー太、ディアナ、屋根の上のダークエルフたちが、ここぞとばかりに攻撃を加える。

 さらに他のダークエルフたちも加勢に加わる。この時点で他のハウンドの多くが倒されており、手の空いたダークエルフたちが殺到してきた。

 後はもう一方的だった。

 途中、不用意に近づきすぎた一人のダークエルフが、相手の巨大な爪で顔を飛ばされ即死したが、犠牲者はその一人だけだった。

 とどめの一撃を決めたのもディアナだ。

 巨大ハウンドは最後の力を振り絞るようにレンとガー太に突撃してきたのだが、そこへディアナが横から割り込み、一撃で巨大ハウンドの首をはね飛ばしたのだ。

 首をなくした胴体は、それでも何歩か進んだが、そこで力を失ってついに倒れた。


「レン様!」


「ああ、やったね!」


 ガー太から降りたレンは笑顔を浮かべ、こちらも笑顔を浮かべて駆け寄ってきたディアナを抱き止めた――と思ったのだが、受け止めきれず後ろに倒れた。

 勝利したダークエルフからも大きな歓声が上がる。

 あれ、おかしいな、とレンは思った。

 倒れたのはディアナの勢いが強すぎたからだと思ったのだが、なんだか体に力が入らない。ダークエルフたちの声も遠くなり、上からのぞき込んでくるディアナの顔もぼやけていく。いつの間にか、彼女の顔も笑顔から泣き顔に変わっているような……

 そしてレンは意識を失った。

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