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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第二章 胎動
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第28話 売り方

 マルコは予定通り二週間ほどで東から戻って来て、またレンの屋敷に顔を出した。

 今回は一人ではなくミーナを連れてだ。


「明日、ミーナを伯母の家まで連れて行こうと思いまして」


 西の監視村、東の監視村と一通り挨拶回りを済ませたマルコは、明日からジャガルの街へ仕入れに向かう予定だ。その途中にあるダバンという街にミーナの伯母が住んでいる。家族を全て亡くしたミーナは、その伯母の家に引き取られることになっていた。

 マルコの話ではミーナもよく知っている相手だそうだが、やはり不安なのだろう。少し沈んだ顔をしていた。


「ミーナちゃん。しばらくしたら、ガー太と一緒にミーナちゃんの新しい家に遊びに行ってもいいかな?」


「お兄ちゃんとガー太が?」


「うん。いいかな?」


「いいよ! 待ってるから早く来てね」


 少し元気が出たのか、うれしそうに笑う。


「ガー太と遊んできていい?」


「いいよ」


 前と同じように、ミーナは庭へ飛び出していった。


「また様子を見といてくれる?」


「わかりました」


 子守を頼まれたロゼたち三人が、どこかうれしそうな顔に見えたのは、レンの気のせいではない。

 前回ミーナが来たときには、ロゼたちも一緒になってガー太と遊んでいた。ところがミーナがいないと、ガー太はロゼたちの相手をしてくれないのだ。

 ガー太は普通のガーガーと違い、人間やダークエルフを怖がらないし、レンがひっついたりしても嫌がるそぶりを見せず、むしろうれしそうにしている。だから人なつっこい性格なんだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 ロゼたちが呼んでも、プイッと無視してしまう。レンが呼んだら来てくれるのだが、ロゼたちが構おうとすると、すぐにどこかへ行ってしまう。

 ミーナのことは気に入っているのか、あるいはまだ小さいミーナに保護欲が刺激されるのか、彼女の相手をしているときはおとなしくしている。ロゼたちはそれに便乗しようというわけだ。


「なにか変わったことはありましたか?」


 二人だけになってから、レンはマルコに訊ねた。


「いえ。道中は魔獣に出会うこともなく順調でした。ただ、東の村でも、こいつで大丈夫か? みたいな顔をされまして。仕方ないですけどね」


 これはレンも同感だった。前任者のナバルが強面の大男だったのに比べると、マルコは細身で顔も怖くない。初対面の親しみやすさならマルコが上だが、どうしても頼りなく見えてしまう。

 後は特に話すこともなかったので、マルコはすぐに村へ帰っていった。

 ガー太と遊んでいたミーナはそのまま残った。また前と同じように、後でマーカスに送ってもらうことにする。

 ロゼたちもミーナと一緒になって、ガー太に乗ってわいわい騒いでいる。今日は夕方までこの調子だろうと思ったレンは一人で自室に戻った。

 ちょうどいい、これを仕上げてしまおうと一枚の獣皮紙を取り出す。そこには数字が並んで書かれていた。

 九九の表である。

 今はロゼたちに足し算と引き算を教えているが、それが終われば九九を教えようと思っていた。

 この世界に九九のようなものがあるかないか、それはわからないが、ハンソンはそういうものを知らなかった。だから自作することにしたのだ。

 ただし数字の読み方が違うので、どういう言い方をするか考えなければいけない。

 例えば数字の一は、この国の言葉では「ワウ」と言う。だから「いんいちがいち」ではなく「ワウワウがワウ」とでもすべきだろう。

 九九を覚え終わったら、次はどうしようか? 割り算だろうか? それともそろばんを始めるか。

 そろばんについては、現在三人が使うものも作ってもらっている。それが来たら教えられるが、その前にレンがもっと練習しないとダメかもしれない。

 それに一度にあれもこれもと教えるのもまずい気がする。じっくり教えてしっかり身につけてもらわないと。

 先生になった気分で、ああでもない、こうでもない、とレンは色々悩んでいた。




 商品の仕入れに向かったマルコが帰ってきたのは十日後のことだった。屋敷に顔を出した彼は開口一番、


「バゼが売れましたよ」


 と自慢げな顔で報告した。


「それはよかったです」


 レンにもうれしい報告だ。売れるとは思っていたが、実際に売れたと聞くとやはりうれしい。自分が言い出しっぺなのでなおさらだ。


「いくらで売れたんですか?」


「いくらだと思いますか?」


 前の話し合いでは原価は銅貨五十枚で計算すると言っていた。だったら……


「銀貨一枚ぐらいですか?」


「銀貨三枚です」


 さらに自慢げに笑うマルコ。


「そんなに高く売れたんですか?」


 いい意味で予想外だ。

 設定した原価の六倍。レンの脳内レートでは銀貨三枚は三万円だ。言ってしまえば、バゼのつるを編んだだけのものが三万円。


「ジャガルの街に住む顔見知りの商人のところへ持って行ったんですが、えらく気に入ってもらえまして。見本品は全部買い取ってもらえました」


 マルコは見本として三つか四つ持って行ったはずだ。それが全部売れたのなら、ダークエルフにとってはうれしい収入になるだろう。


「やはりあの弾力性がいいようで」


 この国には、まだゴムがない。バネを入れたソファーやベッドも発明されていないようなので、バゼのように弾むものは、それだけで珍しいのだろう。また布団も薄くて硬く――王様が使うような布団はまた別だと思うが――寝心地も悪い。実際、レンは硬いベッドよりバゼの方が寝心地がいい。一度使ってもらえれば、気に入ってもらえるのだ。


「それにしても銀貨三枚とは、強気な値段設定ですね」


「安値で売ることも考えたのですが、それよりも付加価値をつけようと思いまして。ターベラス王国の方から仕入れてきたと言って売ったのですよ」


「嘘ついて売ったんですか?」


「品質に問題がなければ、どこで作ったかは関係ないでしょう? まさか黒の大森林でダークエルフが作っているとは思わないし、まずバレることはないでしょう」


 日本での産地偽装問題を思い出した。中国産を国産だと偽って販売した事件などを。確かにこの世界では簡単にバレるとは思えないが……


「他国から入ってきたなら高くても当然、むしろ多少高い方がありがたがってもらえますから。それに残念ながらダークエルフが作ったと知られたら、売れるものも売れません」


「それはまあ……」


 実際にハンソンはダークエルフが作ったと聞いただけで拒否した。

 誠意を持って正直に売るべきだ。

 いや、嘘をつくのは悪いことだが、品質に問題なければいいではないか。

 二つの思いがレンの中で争ったが、勝ったのは後者だった。

 ダークエルフが差別されている現状では、きれい事だけではやっていけない、とレンは自分を無理矢理納得させた。

 いつか差別がなくなって、堂々と売れる日が来ればいいと思う。だがその日が来るのを待っている間もお金が必要なのだ。


「売った相手の商人からは、もっとバゼを持ってきてくれと言われましたよ。自分に売らせてもらえないか、とも」


「マルコさんはどう思いますか?」


「私はそれでもいいと思います。私がジャガルに行く度に売り歩いてもいいのですが、それだと手間がかかるし、数もそれほど捌けません。ですがその商人に卸すようにすれば、後は向こうが売ってくれます。向こうは仕入れ値に銅貨二百五十枚を要求してきました。直接売ればもっと高値で売れるかもしれませんが、それでも十分利益が出る値段です。いかがでしょうか?」


 銀貨三枚と比べてマイナス銅貨五十枚。しかしそれでもマルコの言うように十分利益が出るだろう。もし安定して取引ができるなら、多少値段が下がっても、その方がいいと思う。


「僕もそれでいいと思いますけど、一度ダールゼンさんにも聞いてみないと」


「あのダークエルフにですか?」


 マルコが不思議そうな顔で聞いた。


「レン様がそれでいいのなら、別に聞く必要はないでしょう?」


「いえ。作っているのはあくまでダークエルフですから」


「まあレン様がそうおっしゃるなら……」


 やはり合点がいかないようだ。マルコにしてみればダークエルフたちは皆、レンの配下なのだから、レンが決めたならそれで決まりである。

 だがレンはダークエルフたちを自分の部下だと思っていない。いや、今の自分は貴族なのだから、立場は自分の方が上なのはその通りだが、あれこれ勝手に決めて無理矢理従わせるようなことはしたくないし、自分にそんな能力があるとも思えない。なにしろ以前は下っ端サラリーマンなのだ。人を率いるような器ではない。

 会社でいえば社長ではなく、顧問とか相談役みたいな? いや、あんまりいいイメージないけど……

 レンの中では顧問や相談役というと、ろくに働きもせず高い給料だけもらっているという勝手なイメージがある。実際に顧問や相談役をやっていた人間を知っているわけではないので、ちゃんと働いてた人たちも多いとは思うのだが。

 とにかくレンは自分一人で方針を決めるつもりはなかった。


「まあ売り方はともかく、売れることはわかりました。ですからダークエルフたちには、バゼをどんどん作るように言って下さい」


「わかりました」


 マルコは、これからまた西と東の監視村へ向かう。全部回って戻ってくるのは約一ヶ月後。その後でジャガルへ仕入れに向かうので、一ヶ月後までにバゼを用意しておく必要がある。


「後はミーナのことですけど」


「ええ。無事送り届けてきましたよ。向こうにはレン様が気にかけていることも、ちゃんと伝えておきました」


「そうですか。ありがとうございます」


 様子を見に行くと言ったのは嘘ではない。しばらくしてから、一度ミーナが引き取られたダバンという街へ行ってみるつもりだった。都合が合うなら、次にマルコがジャガルへ行くときに同行させてもらうのもいいかもしれない。

 これで今回の話は終わり、マルコは帰っていった。

 話の内容をダールゼンに伝える必要があったが、さてどうするか。

 またレンの方から集落へ行ってもいいとも思ったが、予定だと明後日に定期連絡のダークエルフが来ることになっているので、それを待つことにした。

 そして二日後。予定通りやって来たダークエルフに用件を伝えると、さらに次の日、ダールゼンが屋敷までやって来た。

 ちなみに集落とレンの屋敷は、森に慣れたダークエルフでちょうど日帰りできるぐらいだ。早朝に集落を出て、昼過ぎにレンの屋敷に到着。そこでしばらくレンと話をしてから帰り、暗くなる頃に集落へと戻る。

 レンはダールゼンや連絡役のダークエルフに、ゆっくり泊まっていけばどうですか、と聞いたこともあるのだが、彼らは遠慮しているのか、それともさっさと帰りたいからか、いつも日帰りで帰っていく。


「三日前にジャガルから戻ってきたマルコさんと話をしたんですが――」


 レンはバゼが銀貨三枚で売れたこと、銅貨二百五十枚で仕入れたいと言っている商人がいることなどを伝えた。


「もちろん大歓迎ですよ。銅貨二百五十枚で売れるなら十分です。作る人数も増やして、どんどん作っていきますよ」


 ダークエルフが作っていることを隠して売ったことも伝えたが、ダールゼンはそんなことは全く気にしていないようだ。売れる、という事実の方が大事なのだろう。

 勢い込んで言うダールゼンに、しかしレンは待ったをかけた。


「それなんですけどね、安易に生産数を増やすのは、ちょっとどうかと思うんですけど」


「どういうことですか?」


「もちろんたくさん作ることはいいことですけど、その前に品質を重視すべきだと思うんです」


 それはマルコと話してから、ここ数日ずっと考えていたことだった。


「数を増やしても、作りが雑になれば売れないかもしれません。もし売れたとしても、類似品が出てきたときに対抗できなくなるかもしれません」


 今はバゼのような品物がないようだが、もしバゼの売れ行きがよければ、同じような品物が作られる可能性が高い。黒の大森林の他にバゼがたくさん生えている場所があれば、全く同じものを作ることもできる。

 そうなったときにどうするか。普通に考えれば値段で対抗するか、品質で対抗するかだ。

 レンは品質で対抗すべきだと思った。念頭にあったのは、高品質な日本の物作りや職人芸だ。それが実現できれば、類似品とも戦えるはずだ。


「品質、ですか。それは具体的にどういう部分でしょうか?」


「色々あると思います。例えばもっとしっかり編んで耐久性を上げるとか。見た目にもこだわって、編み目の大きさを整えてきれいにしたり。バゼのつるも枝とか葉っぱとかをもっときれいに落として、まっすぐ整えるとか」


 今までのバゼは自分たちが使うために作ってきた。良くも悪くも使えれば問題ないので、見た目もあまり気にしなかった。だが売り物にするなら話は別だ。きっちり大きさを揃えたりして、もっと細部まで作り込むべきだ。安売りしないのならなおさらである。


「そのように作ることもできますが、そうすると一つ作るのに時間がかかってしまいます。それに作る人数も簡単には増やせなくなります。作るのが下手な者は、まずは練習するところから始めなければなりません」


「銅貨二百五十枚で売れるなら、今より手間をかけて作っても儲かりますよね?」


「それはそうですが、数を作った方がもっと儲かると思うのですが」


「短期的にはそうだと思います。ですが長い目で見たら、いいものを作った方が長く売れ続けるはずです」


「長い目で見て、ですか……」


 ダールゼンは考え込んだ。

 彼にとって金を稼ぐということは、一度にどれぐらいの金が稼げるのか、ということだった。

 ダークエルフの集落自体、明日には消えるかもしれない不安定な立場にあったのだ。稼げるときに、稼げるだけ稼ぐべきだというのは、当然の発想ともいえる。

 だが今は領主のレンと友好的な関係を結べている。それこそ先のことを考えるなら、彼の言うことに従っておくべきだろうと彼は判断した。


「わかりました。私にはちゃんとした商売の経験もありませんし、ここは領主様の言う通りにいたします」


 レンにも商売の経験などない。だが知識として知っている。

 いい物を作り続けることが信用を生み、信用が商売を続けさせてくれる。

 それにこれは全ての仕事に共通するはずだ。きちんと仕事をしていれば信用される。手抜きの仕事をしていれば信用を失い、やがては仕事を失うだろう。レンはバゼ作りを長く続けていける商売にしたかった。

 こうしてバゼ作りについては、数ではなく品質重視の方針で行くことが決まった。

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