第266話 舞台袖
レンにもよくわからない断髪式が終わった次の日、レンは劇場にいた。今日ここで、ミリアムの二回目の舞台が行われる。
レンがマローネ司教に頼んで、実家へ帰るのを引き延ばしてもらっていたのも今日までだ。最後にミリアムの舞台を見て、明日は王都を出発する予定だ。
レンは劇場の正面からではなく、裏口から中へ入る。関係者以外立ち入り禁止の裏口だが、マローネが話を通してくれているので、レンも関係者扱いで入れた。
中を進んでミリアムがいる控え室に入ると、
「あ、レン様」
中にいたミリアムがこちらに気付いて駆け寄ってきた。あんまりうれしそうには見えなかったが、レンには彼女が喜んでいるのがわかった。
舞台の上では感情豊かに舞うミリアムだが、普段の彼女はなんだかぼーっとしていて、あまり感情を表に出さないのだ。しかも舞以外のことにはあまり興味を示さないので、さらに無愛想に見えたりする。
それでも付き合っていくうちに、彼女の表情が読めるようになってきた。今だって十分喜んでいる――はずだ。
「あの時は助けてくれてありがとうございました」
「いやいや、無事でよかった。あれから大丈夫?」
体のケガは問題ないのは確認している。レンが心配していたのは心の問題だ。小さな女の子にとって、襲われたというのは大きなショックだろう。おかしなトラウマになっていたら大変だ。
「大丈夫です。いっぱい練習もしました」
舞のことを聞いたわけではなかったのだが、特に気負った様子もなく、落ち着いて答えるミリアムを見て、これなら大丈夫そうだと安心する。
民間から教会に移ったことも大変だったと思うのだが、もしかしたら環境がガラリと変わったのもいい方に作用したのかもしれない。舞に打ち込むことで嫌なことを忘れられたのなら何よりだ。心機一転、ミリアムにはこのまま頑張ってもらいたい。
「私も一応お礼を言っておきます」
もう一人、別の女の子が声をかけてきた。年はミリアムと同じく十歳ぐらいだろうか。
おとなしそうなミリアムとは対照的に、こちらの女の子は気が強そうだ。長い金色の髪に整った顔立ち――レンはこちらの美少女にも見覚えがあった。
「リネットさん、だったよね? あなたも元気そうでよかった」
「はい。ミリアムと二人で、元気に仲良くしています」
まるでミリアムをかばうように前に出た少女の名はリネット。ミリアムが襲われた時に一緒にいて、彼女も事件に巻き込まれている。
助けた時に会っているので顔は覚えていたのだが、ほとんど会話もしていないし、あれ以来会うこともなかったので、初対面みたいなものだ。
ただ彼女についても、マローネを通じてある程度の話は聞いている。
元々、気の強さが行き過ぎて高慢になっていた部分があったのだが、事件以降、少し性格が丸くなって、周囲に優しく接するようになったそうだ。特に新しく教会に来たミリアムのことを気にかけてくれていて、色々と世話を焼いてくれているらしい――といった話を聞いてレンも彼女に感謝していたのだが……
こちらを見てくるリネットの目には、気の強さというか、それを越えてなんだか敵意がこもっているような気が……
「ミリアムのことは、これからは全部私に任せて下さい。オーバンス様にはこれ以上面倒をおかけしませんので、もう会いに来られなくても結構です」
気のせいなどではなく、あからさまな敵意を向けられ驚いたレンだったが、すぐにそれも仕方ないかと納得する。
きっとリネットにはレンが自分たちを襲った男たちと同じように見えているのだろう。小さな女の子があんな目に遭ったのだ。大人の男を警戒し、敵視しても仕方ない。
「リネットさん。あなたがそう思うのも――」
「リネット」
誤解を解こうと口を開いたレンだが、その前にミリアムが彼女の名を呼んだ。
「レン様にそんなことを言ったらダメ」
「どうして? 前にも言ったでしょう。もうあなたはこんな男に頼らなくてもいいの。これからのことは全部私が――」
「リネット」
「……わかったわよ」
ミリアムに何か言おうとしたリネットだったが、再び名前を呼ばれて黙り込む。
二人のやりとりを見ていたレンはおや? と思った。
二人の関係は、きっとリネットが上なのだと思っていた。性格的にもそうだし、何より貴族と平民という身分差がある。
ところが今のやりとりだ。
ミリアムはリネットのことを呼び捨てにしていた。レンなら呼び捨てにされても気にしないが、普通の貴族なら怒るだろう。
二人の関係は同等か、むしろミリアムの方が強そうに見える。不思議な組み合わせだった。
「今日は私の舞を見に来てくれたんですか?」
「うん。練習の時は見に来られなかったけど、そのかわりどんな舞か全然知らないんで、どんな舞を見せてくれるのか楽しみにしてるよ」
「がんばります」
ミリアムが気合いを入れた――ように見えた。
「リネットさんの舞も楽しみにしてるよ」
「……どうも」
短くリネットが答える。不満たらたらといった感じで。
何か文句を言いたそうにしていたが、ミリアムの目を気にして、それだけ答えたようだ。
今日の舞台ではミリアムとリネットの二人が踊る。
ミリアムには二回目の舞台だが、教会に移っての初舞台。そしてリネットにとっては正真正銘の初舞台、今日で彼女は見習いから一人前の舞い手になる。
二人ともまだ十一歳で、こんな子供が舞い手になるというのも異例だが、それが二人揃っての舞台となると、まさしく前代未聞のことだ。
だが話題性は十分だ。
ミリアムは最初の舞台で踊った誘惑のフィリアが良くも悪くも大評判になった上、彼女を巡ってレンとラカルド子爵の戦争まで起こった。
一度彼女の舞を見てみたい、という人間は多く、今回の舞台もすぐに満員になった。それも観客のほとんどが貴族と教会関係者だ。
一緒に舞台に立つリネットは、はっきり言ってしまえばそんなミリアムのオマケみたいなものだった。
事件に巻き込まれたリネットが同じ舞台に立てば話題になる、ということで父親であるダグオール伯爵の強い働きかけがあり、教会側も損にはならないだろう、と承諾したという経緯がある。
以前のリネットなら、自分がオマケ扱いされていると聞けば激怒していただろうが、今の彼女はミリアムと同じ舞台に立てることを素直に喜び、周囲の人間を驚かせていた。
ちなみにその父親のダグオール伯爵だが、レンは彼とはまだ会っていない。
マローネからは、レンの謹慎を解いてくれるよう、伯爵が国王に口添えしてくれたと聞いてはいた。だがレンは最初から国王と話がついていて、放っておいても謹慎は解かれただろうと思っていたので、
「会ったらお礼を言っておいた方がいいかな」
ぐらいにしか考えておらず、自分から積極的に会いに行こうとはしていなかった。
実際、今日も伯爵はリネットの舞台を見に来ているのだが、レンは全然気にしていなかった。
一方、ダグオール伯爵の方は自分の取り成しがあったからこそ、レンの謹慎が解除されたと思っているので、当然、すぐにレンは自分にお礼を言いに来るべきだと思っている。
二人には認識のズレが生じていたのである。
舞台の幕が上がると、最初に登場したのはリネットだった。
観客席からはまばらな拍手が上がる。観客のほとんどはミリアムの舞台を楽しみに来ていて、リネットのことは前座の子供ぐらいにしか思っていなかったのだ――リネットが舞うまでは。
彼女の舞が始まると、観客席からはざわめきが上がった。
リネットが舞うのは勝利の剣。敵を打ち倒し、神に感謝の祈りを捧げる舞だ。
舞台の上のリネットは、もはや小さな女の子ではなかった。観客の目には、剣を振るって敵と戦う勇壮な戦乙女の姿がはっきりと見えていた。
そんな彼女を満足そうに見ている女性が一人。舞台袖にいた彼女の師、シスター・ヘレナだった。
そもそも彼女はリネットの才能を高く評価していた。そして強い危機感も抱いていた。リネットが自分の才能にあぐらをかき、努力を怠っていたからだ。才能があってもそれを生かせず消えていった舞い手を、ヘレナはこれまで何人も見てきた。リネットもそうなるのではないかと危惧していたのだ。
だがリネットはミリアムに会って変わった。
事件に巻き込まれたと聞いた時には肝を冷やしたが――彼女がミリアムに会いに行けたのも、ヘレナがマローネ司教に頼んだからだ――結果的にそれはよい方向へ作用した。
あの事件以降、リネットは舞に真摯に取り組むようになった。師であるヘレナの言葉に素直に耳を傾け、日々の地道な鍛錬も怠らない。
やはり同年代のライバルの存在がよかったのだろう。今のリネットはミリアムだけを見つめ、彼女に追いつこうと努力を重ねているのだ。
そして今日。その努力は見事に結実した。たぐいまれな才能を持つ、一人の舞い手が誕生したのだ。
神よ感謝いたします――愛弟子を見つめるヘレナの目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
リネットとミリアムという二人の少女が同じ時代に生まれ、その二人がこうして出会ったことこそ神の思し召しだ。ヘレナは深い感謝の祈りを捧げた。
やがてリネットが舞い終わると、観客席からは大きな拍手が上がった。最初のまばらな拍手とは全然違う、盛大な拍手だ。
観客たちの拍手は、まだ幼いながらも将来有望な舞い手への祝福だ。舞台の上のリネットは、やり終えたという顔で、その祝福を受け止めていた。
リネットの舞を見た観客たちの中で、一番喜んでいたのは、他でもない父親のダグオール伯爵だっただろう。
もっとも彼の場合、純粋に娘の成長を喜んでいたわけではなかった。多少はそういう気持ちもあったが、それよりも大きかったのは、
「さて、これをどう活用していくべきか……」
という打算だった。
今回のリネットの舞いはきっと話題になるだろう。そして話題性のある舞い手には、色々な利用価値がある。きっと人脈を広げる有効な手段になってくれるに違いない。
伯爵の頭の中では、すでに目まぐるしい計算が始まっていた。
そんな彼のような例外はいたものの、ほとんどの観客は純粋にリネットの舞いを楽しみ、賞賛を惜しまなかった。
レンも惜しみない拍手を送る。
舞に関してはまだまだ素人のレンだったが、それでも鳥肌が立つほど感動していた。ミリアムの舞を見た時と同じだった。
おかげでレンは少し勘違いしてしまった。
ミリアムもリネットも素晴らしかった。だったら他の見習いの子供たちも、二人には及ばないにしても、素晴らしい舞の才能を持っているのではないかと。
もし舞に詳しい人間がこれを聞けば、
「とんでもない! あの二人は十年に一人、いや百年に一人の天才です。そんな二人と一緒にしたら、他の見習いの子がかわいそうです」
と強く否定しただろう。
一人前の舞い手として成功するのはごく一部、その他の多くの見習いは人知れず消えていく。これは現代日本の芸能界にも通じる話だろう。トップに立ってスポットライトを浴びるのは選ばれた者だけだ。
レンもそういう厳しい現実を知っていたはずだったが、ミリアム、リネットという天才二人と立て続けに出会ってしまったため、判断基準がズレてしまった。
優れた才能を埋もれさせたままにするのは、当人はもちろん、周囲にとっても損失だろう。見習いの子供たちの才能を発揮させる手助けをしたい、との思いを強くしたレンだった。
そして次はいよいよミリアムの舞台だ。
ちなみに今、レンがいるのも観客席ではなく舞台袖だ。
マローネからはいい席を用意することもできますよ、と言われていたが、一人でも多くのお客さんに見てもらった方がいいだろうと思って、自分の席を取らなかったのだ。
それに何というか、関係者気分を味わいたいという思いもあった。ある意味、ここはどんな席よりも特別な観客席だ。
「見ていて下さい」
いつもと同じく淡々と――しかし少しやる気のこもった声で言い残し、ミリアムが舞台へと向かう。
大丈夫だろうかとレンは心配になった。
ミリアムの実力は心配していない。だが観客の反応は心配だった。
映画などで、事前に期待してハードルを上げすぎると、いざ見た時に「こんなものか」とガッカリすることがある。
今がまさにそんな状況ではないかと心配になったのだ。
ミリアムの舞台は話題先行で、観客たちの期待は最初からかなり高かったはずだ。そこへ最初のリネットが素晴らしい舞を見せた。これでまた観客たちのハードルが一段高くなっただろう。
はたしてそのハードルを飛び越えられるだろうか……というレンの心配は杞憂だった。
舞台の幕が上がり、舞い始めたミリアムはいつもの彼女とは別人だった。
姿形は小さい女の子のままなのに、舞台で舞う彼女の姿が何倍も大きく見える。
初めての彼女の舞台と同じ、いや、それ以上だ。
彼女の動きに、レンの目が吸い寄せられる。
今回、ミリアムが踊ったのはリネットと同じく勝利の剣。
だがミリアムの勝利の剣は、先に踊ったリネットとはまるで違った。
リネットが踊ったのは勇壮な戦乙女であり、多くの人が思い浮かべる勝利の剣そのものだった。
しかしミリアムが踊る戦士は違う。
神に選ばれたはずの戦士は、しかし苦悩に満ちていた。
本当にこの戦いは必要なのか? 本当にこの者たちを倒さねばならないのか?
本当に神はこの戦いを望んでおられるのか?
神よ、どうかお答え下さい――だが戦士の必死の問いかけにも神は答えない。
敵を打ち倒した戦士に喜びはなく、悲しい余韻を残して舞は終わった。
わずかな沈黙の後、観客席からは、またも盛大な拍手と歓声が上がる。
舞台袖に立つレンは、腕組みしながら満足げな顔でうなずいていた。さも、よくやったミリアムとか言わんばかりの顔だが、実のところ今の舞の完成度がどの程度なのかよくわかっていない。観客の反応から、成功に終わったと判断しただけだ。
個人的な感想を言えば大満足だ。他の観客と同じように、拍手と歓声でミリアムを祝福してもよかったのだが、何となく関係者ムーブを気取ってみた。
拍手と歓声に見送られてミリアムが舞台から戻ってくる。
「とてもよかったよ」
と笑顔でレンは出迎えたが、ミリアムは黙ったまま、じっとレンの顔を見上げてくる。踊り終えたばかりで息は乱れ、額から汗が流れ落ちた。
何だろうとレンは少し戸惑う。相変わらずミリアムの表情は読みにくいのだが、こちらを見てくる彼女が、何かを期待しているように思えたので、
「うん、すごくよかった。感動したよ。さすがはミリアム、すごい上手な舞だったね」
取りあえずほめまくってみる。語彙の貧しさに自分でも呆れてしまうが、素人なんだから仕方ない。それでも言っていることは本当だ。
その思いが通じたのだろうか、ミリアムがかすかに、しかし満足げに微笑む。
どうやらレンの言葉に満足してくれたようだった。
こうしてミリアムの二回目の舞台も大好評の内に幕を下ろした――下ろしたのだが、問題なしとはいかなかった。
初回の舞台では、彼女の踊った誘惑のフィリアが、その斬新な演出で話題を呼んだが、今回彼女が踊った勝利の剣も――前回ほどではないが――斬新な演出だった。
二回続けてこうなったのは偶然ではない。
この時代の舞の世界は、伝統こそが最重要視されていた。解釈や演出は決まり切っており、まずはそれを忠実に再現するのが第一とされ、多少の改変ぐらいは許されても、大胆なアレンジなどは受け狙いの二流品扱いされるような状況だった。
そんな中、ミリアムの誘惑のフィリアは関係者に衝撃を与えた。
これまでとは違う大胆なアレンジだったのに、国王からも高い評価を得ることに成功したのだから。
舞の世界にも閉塞感を覚えている者は多くいた。もっと自由に、もっと大胆に舞台を作り上げたいという思いは、特に若手の中にくすぶり続けていたのだが、それにミリアムの舞台が火をつけたのだ。
教会に移籍してきたミリアムの元には、意気軒昂な若手が集い、今回の舞台を作り上げたのだ。従来とは違う挑戦的な内容になったのも意図的だった。
これにはミリアムの後ろにいるレンとマローネ司教の存在も大きかった。
有力な舞い手の舞台には、必ずといっていいほど後援者が口を挟んでくるものだ。舞台が失敗に終われば、その後援者の名誉にも傷がつく。だから多くの貴族は、あまり挑戦的な舞台を好まず、従来通りのものを望むことが多い。
だがレンは舞台の内容には一切口を出さず、全部現場の方針に任せた。新しいことに挑戦するのも大いに結構、失敗しても次につなげればいいだけだし、自分の名誉なんて気にしない。金は出すが口は出さないという、舞い手にとっては理想的な後援者といえただろう。
さらにそれをマローネが支えた。有力者のマローネがミリアムのバックについたので、他の教会関係者も横槍を入れることができず、自由に舞台を作り上げることができたのだ。
今回のミリアムの舞台は、まだ小さな火種に過ぎなかった。だが火は着実に燃え広がり、どんどん飛び火していくことになる。
その勢いは王都にとどまらず、やがて他の国へも広がり、舞の歴史そのものに影響を与えていく。
もちろん賛同者だけではなく反対者も多くいた。その反対者の筆頭にあげられるのは、他でもないギブリー伯爵だろう。
最初の誘惑のフィリアを激しく非難したギブリー伯爵だが、実はこの二回目の舞台も見に来ていて、
「前と同じだ。先人が脈々と積み上げてきた舞の歴史をなんだと思っているのか。ちょっと人と違うことをやって、調子に乗っているだけの子供ではないか。というか実際にあの子は小さな子供で、一番罪深いのはそんな子供をいいように利用する周りの大人たちだ」
等々、前回と同じように文句を言いまくっていた。
その話を聞いたレンは、あきれた顔を浮かべるしかなかった。
アンチの中には、下手なファンより熱心に情報収集するような者がいるが、ギブリー伯爵もそのタイプかと思ったのだ。レンはそういう人物を、前の世界のネットで何度も見ていた。
そんなにイヤならわざわざ見に来なければいいのに、と思うのだが、そういう相手に何を言っても無駄なこともわかっている。
アニメでもゲームでも、人気作には絶対にアンチがいたし、これもミリアムの人気の裏返し、と前向きに考えるぐらいしかできなかった。
レンにはイチャモンとしか思えないギブリー伯爵の主張だったが、それに賛同する人間は一定数いた。変化を嫌う保守的な人間にしてみれば、ミリアムの舞は伝統をないがしろにしているとしか思えなかったのだ。
何でもかんでも変えればいいとはレンも思っていなかったし、変えてはいけないものだってあるだろう。伝統や文化には譲れない一線があるとレンも思っている。だがミリアムの舞が、舞の伝統を冒涜しているとは思えない。だからレンとしては、これからもミリアムを応援するだけだった。
それに今日の舞台でも、観客たちの多くは大きな拍手と歓声を送っていた。この拍手と歓声こそが、ミリアムに対する正当な評価に違いない。
これからミリアムがどこまで成長していくかわからないが、レンはずっと彼女を応援するつもりだった。
舞の歴史を語る時、ミリアムとリネットの二人の舞い手を外すことはできない。二人は同じ時代を生きた舞い手で、双華とも讃えられる希代の舞い手だった。そして二人は偉大な先駆者でもあった。
彼女たちは次々と新しいことに挑戦し、旧態依然としていた当時の舞の世界に、改革の風を吹き込んだのだ。
そんな二人に深く関わっていた人物がいる。あのレン・オーバンスだ。
ミリアムとレンの関係については、色々な物語にもなっているので知っている方も多いと思う。
二人の出会いについては、有名な逸話がある。
当時、見習いだったミリアムをレンが見初め、強引に身請けして自分の愛人にしようとした。しかし舞い手を続けたいミリアムは、レンに条件を出した。
「一度私の舞を見て下さい。それでダメだというなら、私はあなたの愛人でも何でもなりましょう。ですが私の舞をいいと思ったなら、その時は私を応援して下さい」
レンはその申し出を受けた。だがすでに彼の心は決まっていた。例えミリアムが素晴らしい舞を踊ったとしても、全然ダメだと言って彼女を愛人にするつもりだったのだ。
しかしミリアムはそんなレンの思惑を越えた。彼女の舞は圧倒的で、さしものレンでさえ、その素晴らしさを認めるしかなかった。
こうしてレンはミリアムの実力を認め、彼女を応援していくことになる。
ミリアムの実力を物語る有名なエピソードだが、実は筆者はこの話を疑問に思っている。
レンがミリアムの舞を見て、その高い実力に驚いたというのはその通りだと思うが、筆者が疑問に思うのは、強引に身請けしようとしたという部分だ。
レンが特殊な女性趣味を持っていたというのは有名だ。いわゆるロリコンだ。妖艶な美女には目もくれず、小さな女の子ばかり狙っていた、なんて話が数多く残っている。そんな彼だから、幼かったミリアムに目をつけ強引に身請けしようとしたというのは、いかにもありそうな話に思える。
だが一方で、レンは子供には非常に優しかったという話も多く残っている。
一番有名なのはロレンツ公国のサーペント退治だろう。
ロレンツ公国のサーリア公女に一目惚れしたレンは、彼女を助けるためにサーペントを倒し、彼女のキスだけを受け取り、それだけで満足して帰って行ったという。それで付いた呼び名が「少女のキスのために街を救った男」だ。
なんだ、やっぱりロリコンじゃないか! という意見には、筆者も反対しない。むしろ同感である。
しかし考えてみてほしい。
幼い少女に一目惚れして、そんな少女のためにサーペントを倒し、キスだけで満足して帰ってしまうような男が、舞い手を目指すという少女の夢を、無残に踏みにじろうとするだろうか?
むしろ積極的にミリアムを応援したのではないか、というのが筆者の考えだ。
ミリアムを強引に身請けしようとしたが、彼女の舞を見てあきらめたというのは、ミリアムの舞を高めようとする後世の創作で――あるいはレンの悪名を広めようとしたものという可能性もある――実際のレンはよき後援者として、ミリアムを応援していたのではないだろうか。
レンとミリアムの関係については、ネット上でもしばしば議論が交わされる。
誰もレンがロリコンだったことを否定しないが、ミリアムにどう接していたかで意見が割れる。
擁護派の中には、
「少女のキスのために街を救った男が、少女の夢を潰すはずがない。きっとミリアムの舞を見ただけで満足していたはずだ」
などと「レンは悪いロリコンじゃないよ説」を唱える者もいる。
そこまでいくと、もはや善人ではなく聖人の域に達しているのではないかと思うが、もしレンが遠い未来で、このような議論が交わされていると知ったら、はたしてどのように思うだろうか? 真相を含め、ぜひ聞いてみたいところである。
(とある歴史コラムから抜粋)
一ヶ月以上も更新が止まってしまってすみません。リアルの方でちょっとトラブルが……
いきなり人が辞めるって、まれによくあることだと思うんですけど、いきなり音信不通っていうのはどうかと思うんですよ。
しかもそれなりの地位にいて、まじめに働いてきた人が。ガチで事件や事故じゃないかと心配になったんですが、結局、話を聞けても理由はわからずじまいだったらしく。
急に何もかも嫌になったんですかね……?
本人も色々あったんでしょうが、残された方も大変ということで、やっと余裕が出てきたんで更新を再開します。
そしてこの話で6章も終わりです。どうせ間が空くにしても、ここまで書いてからの方がよかったんですが、中々上手くいきませんね。
後、これ書いてて今思ったんですが、活動報告の方に、しばらく更新止まりますって書いておけばよかったですね。色々とすみません。