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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第二章 胎動
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第25話 交易路

 レンがダークエルフの集落へ向かったのは、マルコと会った次の日だった。

 新しい巡回商人が来たことを知らせ、次の話し合いについて、何をどう話すか決めておかねばならない。また他にも相談したいことがあった。

 レンは自分の足で――とはいってもガー太に乗ってだが――集落へとやって来たのだ。ロゼたち三人も一緒である。

 早朝に屋敷を出て、道中は魔獣に遭遇することもなく、昼過ぎには集落に到着できた。


「これは領主様。なにかあったのですか?」


 突然の来訪にダールゼンは驚いた。

 今は定期的な連絡行っているから、用があるなら連絡役に伝えて呼びつければいい。貴族ならそれが当然だ。それなのにわざわざ出向いてきたのは、余程の緊急事態かと思ったのだ。

 レンは単に自分で行った方が早いから、と思ってやって来ただけだったのだが。


「新しい巡回商人が来ましたよ」


 レンはマルコのことをダールゼンに伝えた。ダークエルフとの取引も積極的に行ってくれそうだと。


「それは朗報です。食糧の備蓄も心許なくなってきていましたから」


 ナバルが死んでしまったので、食料の買い付けが止まったままになっていたのだ。今日明日で食べ物がなくなるわけではないが、先の仕入れの目処がついて一安心、といったところだろうか。


「それをお伝え下さるためにわざわざ?」


「他にも相談したいことがありまして」


 マルコがダークエルフとのさらなる取引を望んでいること伝え、集落に何か売り物になりそうな物がないか聞いてみる。


「残念ながら、人間に売れるような物は……」


「武器はどうですか? 弓矢とか。簡単に売っていいかどうかわかりませんけど」


「弓矢ですか……」


 少し考えてからダールゼンは首を横に振った。


「それは難しいです」


 理由はレンが考えていたのとだいたい同じだった。


「我々の弓矢は集落を守るために必要なものです。魔獣の皮や骨を使っているので数も多くありません。それを売り払ってしまうのは……」


「やっぱりそうですか」


 断られる可能性が高いと思っていたので、あまり落胆はしない。


「ではもう一つお聞きしたいことがあるんですが」


 次の提案。こちらが本命だった。


「なんでしょうか?」


「黒の大森林を北に抜けることってできますか?」


「北というと、どのあたりまででしょうか?」


「ターベラス王国までです。道とかありませんか?」


 ターベラス王国はグラウデン王国の北東にある国だ。グラウデン王国とは黒の大森林を挟んだ隣国だが、今は直接の行き来はない。直接行くなら黒の大森林を通り抜けねばならず、そんな危険を冒す者はいなかった。普通に行こうと思うなら、まずは北に上がってザウス帝国へ入り、そこから東へ向かうしかない。


「残念ながら我々が知っているのは、ここから少し北までです。その向こう、ターベラス王国の方となると未知の領域です」


「行こうと思えば行けますか?」


「我々でもかなり厳しいですね。……何をお考えなのか、聞いてもよろしいですか?」


「ターベラス王国と直接交易できないかと思いまして」


「黒の大森林を通ってですか?」


「はい。マルコさんの話を聞いて思い付いたんですよ。今は黒の大森林とガスパル山脈があるせいで、交易路は西回りしかないじゃないですか。その上、途中で税金なんかも取られて、余計に費用がかかっているとか」


 大規模な戦争こそ起こっていないが、グラウデン王国とザウス帝国の間は険悪だ。というか覇権主義を取るザウス帝国は、近隣諸国のほとんどと険悪な関係にある。

 その影響が両国間の交易にも及んでいるのだ。国境を越える際に高い通行税を取られたり、そもそも入国が認められなかったり。そしてそれが輸入品の値段の高騰につながっている。

 マルコの話によると、物によってはグラウデン王国とターベラス王国で値段が十倍も違うそうだ。


挿絵(By みてみん)


「だからもし、この森を抜けて直接交易できれば、十分な利益を得られるんじゃないかと思ったんです」


 頭の中でイメージしたのは、貿易がメインのシミュレーションゲーム。あるいは、特産品などを街で買い、別の街で高値で売って金稼ぎができるロールプレイングゲームだ。

 とはいってもいきなり自分たちで商品の売り買いまでするのはリスクが高い。だから最初は別の商売を考えている。


「ターベラス王国まで行けるようなら、マルコさんに話を持ちかけてみようと思います。彼は隊商の経験もあるみたいなんで、その伝手でターベラス王国での取引先を見つけてもらおうかと。実際の商品の売り買いもマルコさんたち本職に任せ、こちらの皆さんには黒の大森林での運搬をやってもらえないかと」


 つまり商品を売って利益を得るのではなく、運搬業で儲けようというわけだ。


「一番危険な仕事を我々がやるわけですか」


「もちろん危険に見合った報酬を取り分を要求するつもりです。本当に値段に十倍もの差があるなら、かなりの利益が出るはずですから、こちらもそれなりの報酬を要求できるはずです。それに、これのいいところは元手がかからないことです」


 物を売るなら、まずは仕入れにお金がかかる。運搬業ならそれが必要ない。現状、お金に余裕のないダークエルフにとって、体一つで始められる商売というのは都合がいい。


「確かに我々にとっていい仕事になるかもしれませんが、よろしいのですか?」


「何がですか?」


「これはつまり密輸をやるということですよね?」


「えっ?」


 それは予想外の指摘だった。ゲーム的な考えでは国境などなく、街から街へ品物を運んで商売するだけだった。だが実際には外国との取引は国が管理しており、隠れて勝手にやれば犯罪になる。

 そういえば時代劇でもそんなのあったな。抜け荷だっけ?

 江戸時代は鎖国で外国との取引が禁じられていた。それを商人がこっそり――悪代官と一緒になったりして――外国と貿易して、多大な利益を上げるというのは、時代劇でもよくある設定だった。


「密輸は犯罪ですよね?」


「当然犯罪だと思いますが……」


 まさか考えていなかったのですか? とでも言いたげな顔のダールゼン。


「だったら――」


 ちゃんとしかるべき手続きを踏んで、と言いかけたレンだったが、少し考えただけでそれは無理だと思った。

 黒の大森林を刺激してはいけないから、監視村を置いて近づかないようにしているのだ。それなのに森の中を通っての交易など認められるはずがない。

 問題は他にもある。

 万が一、黒の大森林を通ることが認められたとしよう。そして貿易も上手くいき、利益を得られとしよう。

 だがその利益のうち、どれだけがダークエルフたちの取り分になるのか?

 この国の法律がどうなっているかは知らないが、他国と貿易するとなれば、色々とややこしい手続きがありそうだし、税金だってかかってきそうだ。

 さらに父親のオーバンス伯爵もいる。きっと伯爵は貿易に口を出し、利益を寄越せと言ってくるだろう。元よりダークエルフたちに人権などない。儲けの大部分をオーバンスが持って行き、ダークエルフに残されたのはちょっとだけ――なんてことになったら、危険を冒して行う意味がない。


「黒の大森林を通り抜けたいと申し出ても、魔獣を刺激するような、そんな危険なことはダメだと却下されると思います。それに万が一許可されたとして、今度は利益の大部分を持って行かれてしまいます。それじゃあ意味がありません」


 考えたことをダールゼンに話す。


「しかし密輸は重罪です。バレたら我々だけでなく、領主様もただではすみません」


 やはりそれが問題だった。大丈夫だろうか、バレないだろうか、と考えたレンは一つ言い訳を思い付いた。


「もしバレても、密輸じゃないと言い張ればどうでしょうか?」


「言い訳したところで、調べられれば終わりだと思いますが?」


「どうやって調べるんですか?」


「あっ」


 ダールゼンもレンの言いたいことに気付いたようだ。


「マルコさんが行う取引は、あくまでダークエルフの集落との取引です。国内の取引なのでこれは全然問題ありません。その先でダークエルフが何をやっているかは、知らぬ存ぜぬで押し通します」


「それをあやしいと思っても……」


「そうです。黒の大森林に調査に入れるわけがない」


 稚拙な言い訳だが、通用する可能性は高いと思う。ようはどれだけ手間がかかるかだ。密輸が疑われたとして、わざわざ魔獣うごめく黒の大森林まで調べに来るかどうか。大規模にやっているならともかく、コソコソ少額の取引をやるだけだ――少なくとも最初のうちは。だったら面倒だと見逃してくれるのではないか?

 楽観的すぎるかもしれないが、最悪でも証拠隠滅はできるだろう。


「そう聞いているとやれる気がしてきますが……」


「やっぱり北へ抜けるのは難しいですか?」


 全ては黒の大森林を通ってターベラス王国へ行けるかどうかだ。

 この集落のダークエルフは森で狩猟を行っている。普通の人間なら無理でも、そんな彼らなら森を通り抜けることも可能ではないかと思ったのだが。


「そうですね。一度見てもらった方が早いかもしれません。少し歩くことになりますが、お付き合いいただけますか?」


「いいですけど、どこへ?」


「青い湖です」


 ダールゼンの案内で、レンはその青い湖に向かうこととなった。ダールゼンに護衛役のダークエルフが二人、レンとガー太を加えて四人と一羽の一行は、集落を出て北へと向かった。

 森の中を歩くこと二時間ほど。ダールゼンは一本の大木の前で止まった。


「これを登っていただけますか?」


 木にはツタで作られた縄ばしごがかけられていた。枝や葉に隠れてよく見えないが、かなり上の方まで続いているようだ。


「まずは私が登ります。上まで行ったら合図しますので」


 まずはダールゼンが縄ばしごを登っていった。その様子を見る限り、強度的には問題なさそうだ。

 しばらくして上の方から、


「どうぞ! 上がってきて下さい」


 という声が聞こえてきたので、レンも登り始める。

 最初は軽い気持ちで登り始めたのだが、上に行くにつれて怖くなってくる。ちょっと高所恐怖症なところがあるレンにはつらい。

 降りたくなるのを我慢して、下を見ないように見ないようにと言い聞かせながらはしごを登る。

 最初は周囲に木があったが、やがてそれらを越えて一気に見晴らしがよくなった。この木は周囲の木よりも頭一つ高かったのだ。

 いい景色なのだが、レンは景色を楽しむより恐怖を感じた。


「領主様。こちらです」


 もう少し上がったところにダールゼンはいた。太い枝のところに板を置き、小さな展望台のような場所が作られていた。

 最後はダールゼンの手を借りて、その展望台の上にあがる。


「うわあ」


 思わず声が出た。展望台からの眺めは非常によかった。かなり怖かったが。

 眼下には森がずっと続いている。地平線の彼方まで。


「あちらをご覧下さい」


 ダールゼンが指さす方へ目をやると、そちらは少しいったところで木々が途絶えていた。

 代わりに広がっているのは青い水面だ。


「あれが青い湖です」


 ダークエルフたちはその湖をそう呼んでいた。見たまま、青く広い湖だ。ここから見ても対岸が見えないほど広い。鮮やかな青の湖面が、太陽の光を受けて輝いていた。


「きれいな湖ですね」


「はい。ですがあれは恐ろしい湖でもあります。あそこには巨大な主がいるのです」


「主?」


 大きなコイを想像する。


「はい。全長――あっ」


 言葉の途中で、驚いたように声が途切れる。


「どうかしましたか?」


「ちょうどいいところへ来たようです。領主様、向こうの方にいる鳥の群れが見えますか? 湖の上を飛んでいるやつです」


 少し探すと見つかった。ここからだと距離があるからよくわかないが、かなり大型の鳥のようだ。それが三羽、湖の水面近くを飛んでいる。エサの魚でも探しているのだろうか。


「大きな鳥ですね」


「魔鳥バーダーです。大きなものは翼を広げると十メートルにもなります。人や馬も襲う獰猛な魔獣です」


「鳥の魔獣ですか?」


「そうです。人間ぐらいなら軽々と持ち上げる恐ろしい魔獣です」


 どうやらとんでもない化け物のようだ。だが本当の化け物は他にいた。


「領主様。あのバーダーの近くの水面に影があるのがわかりますか?」


 ダールゼンの言う影を探す必要はなかった。彼がそう言った瞬間、水面を割って巨大な魚が飛び出してきたのだ。


「なっ――」


 レンは絶句する。

 巨大な魚は空中のバーダーに食らいつき、そのまま水面へと落下、盛大な水しぶきが上がる。水面には大きな波が立ったが。しばらくして静けさを取り戻す。

 まるで今のが幻だったかのように思えてくるが、レンはそれをはっきりと見ていた。

 魚は角張った顔付きをしていた。レンが知っている中で似た魚をあげるとすればシーラカンスだろうか。

 問題はその大きさだった。あの魚は十メートルにもなるというバーダーをほぼ丸呑みしたのだ。飛び出したのは一瞬だったが、大きさの対比からして、あの魚の全長は百メートルぐらいあるのではないか?


「大魔魚ガングと我々は呼んでいます」


 ダールゼンが魚の名前を教えてくれた。


「詳しい話は下へ降りてからでよろしいですか?」


「ええ」


 来たときとは逆に縄ばしごを降りていく。

 登りと比べて下りはそれほど恐怖を感じなかった。ガングを見た衝撃の方が大きかったからだ。

 地面に降りて一息ついたところで、ダールゼンが話してくれる。


「昔、我々の集落はもっと湖の近くにありました。その方が便利だったからです。ですがその集落はあのガングに襲われて壊滅しました。私がまだ成長期の頃の話です」


「湖の近くっていっても陸地ですよね? それを魚が襲ったんですか?」


「はい。激しい雨の夜でした。ガングは湖から高く飛び出し、集落の中に飛び込んできたのです。それからこう、蛇のように体をくねらせ」


 ダールゼンが右手をゆらゆらと動かす。


「家を押しつぶし、あるいは丸ごと飲み込んだり。多くのダークエルフが犠牲になりました。それ以来、我々は青い湖に近づかなくなりました。たまにこの見張り台に登り、ガングの様子を確認するぐらいです」


 あの巨体で陸上を動き回れるとは、まさに化け物である。


「確かにそんな化け物がいたんじゃ近づく気になれないですね……」


「問題なのは森を北に抜けるためには、あの湖を渡らなければならないということです」


「それは……」


 あんな魚のいる湖を渡るなど冗談ではない。


「別に湖を渡らなくても、迂回すればいいのでは?」


「はい。青い湖はこのように――」


 ダールゼンは地面に絵を描いて説明してくれる。


「ここから北西に広がっています。ですから東へ行けば湖を迂回できます。しかし東には川があるのです。ダーンクラック山脈から流れてきて青い湖に注ぐ川が」


 そういえば、とレンは思い出す。

 東五の村の先には巨大な川があると聞いていた。おそらくその川が森の中を流れ、青い湖につながっているのだ。


「問題はこの川の大きさです。ガングが泳げるほどに広くて深いのです」


「川幅とか、どれぐらいあるんですか?」


「湖に近いところだと少なくとも数キロはあります。もしかしたら十キロ以上あるかもしれません」


「ひろっ!」


 思わずそんな声が出てしまった。

 日本の川とはスケールが違いすぎる。さすがは大陸といったところか。


「上流に行けば狭くなるんじゃないですか?」


「なるとは思いますが、どこまで行けばいいのか……」


「あまり遠いとダメですよね」


 川を渡ることが目的ではない。川を渡ってターベラス王国と行き来するのが目的なのだから、遠回りになってしまっては意味がない。

 どうしたものかと考えたレンは、思い付いたことを提案してみた。


「じゃあ橋を架けるのはどうでしょうか?」

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[気になる点] 主人公が頭が弱すぎ 主人公なにもしなさすぎだと思う
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