第262話 静かな帰還
レンたちはほぼ行きと同じ行程で王都へと帰還した。行きと違って帰りは急ぐ必要もなかったのだが、レンも神聖騎士団も、ゆっくり帰ろうとは考えなかったので結果的に同じぐらいのペースになったのだ。
大勝利の後の凱旋だ。普通なら大騒ぎになるはずだが、今回は事情が事情なので、ひっそりとした帰還となった。
あまりにひっそりしすぎていたので、国王はレンの帰還に二日ほど気付かなかった。
王都の近くで神聖騎士団と分かれたレンは、王都へは入らず、ダークエルフたちの集落へと向かって、そこで国王からの呼び出しを待つことにした。
「オーバンス殿、ガー太様。今回の偉大な勝利は長く語り継がれていくことでしょう。ともに戦えて光栄でした」
別れ際、ゼルケインはそんなことを言った。
大げさだなあと思ったレンだが、彼の言葉は大げさではなかった。今回の戦いは、神聖騎士団の輝かしい勝利として、教会で長く語り継がれていくことになるのだから。
集落へ帰ったレンは、すぐに国王から呼び出しがあると思っていたのだが、前述の通り国王が知ったのが遅れたので、呼び出しは三日後になった。
遅いなあと思ったレンだったが、これは何の報告も入れなかった彼に原因がある。この時点で国王は少し腹を立てていた。報告、連絡、相談のホウレンソウはどの世界でも大事なのだ。
迎えの馬車に乗ったレンは、少し重めの気分で王城へと向かう。とはいえ事前に国王と話は付いているのだ。この時点ではまだ余裕があった。ちょっと怒られるかもしれないが、それはあくまでフリだと。
王城に着いたレンは、個室でしばらく待たされた後、衛兵に案内されて謁見の間へと向かった。
扉を開けると、奥の一段高い玉座に国王が座り、レンを待ち構えていた。ここまではまだよかったのが、それ以外にも貴族や護衛の騎士たちがズラリと並んでいる。
途端にレンは気後れする。
思わず帰りそうになるのを我慢して、どうにか一歩を踏み出す。
周囲の人間たちに注目されながら、玉座の前まで進んでひざまずくレン。すでに帰りたくなっていた。
レンが想像してたのは、どこかの応接室で国王と一対一で向かい合い、
「ご苦労だったなレン」
「いえいえ」
「じゃあ約束通りしばらく謹慎で」
「わかりました。では帰ってしばらく家から出ないで謹慎してます」
みたいな軽いやりとりである。
こんな多くの人の前で、本格的な謁見など予想していなかった。
聞いてないよ。大げさすぎるでしょ。みんなヒマ人なのか? といった文句を心の中で並べるが、もちろん口には出せない。
「レンよ。何か申し開きはあるか?」
いきなり国王がそんなことを言ったので、レンは少し反応が遅れた。しばらくしてから自分への質問だとわかったが、どう答えていいかわからず聞き返す。
「と言いますと?」
「余はお前に自重せよと命じたはずだ。だが、お前はその命に背き、神聖騎士団とともにラカルド子爵を討った。これはどういうことか?」
想定している話の流れでいえば、自重を命じた国王に対し、反発したレンが勝手に行動したという構図だ。
ならばここで頭を下げて謝るより、ちゃんと反論しておいた方がいいだろうと判断する。それで怒られて謹慎処分になるのだ。
「先に手を出してきたのは向こう側です。私はそれに報復しただけです」
「余の命に従えぬと言う気か?」
「そんなつもりは毛頭ございません。私は正当な権利を行使しただけです」
「お前の勝手な行動が、国内に余計な混乱を招くとわかっているのか?」
「お言葉ですが信賞必罰こそ基本。ラカルド子爵の行為を見過ごす方が、国内に余計な混乱を引き起こすことになります」
謁見の間にいた他の貴族たちがざわつく。彼らもまさかレンがここまで堂々と国王に反論すると思っていなかったのだ。
国王にとっては、レンの反論は想定通りだ。
それなのに国王はだんだんと腹が立ってきた。最初は芝居で怒っていたのに、本気でイライラしてきたのだ。
理由はレンの態度だ。
普通、貴族だろうが平民だろうが、国王の前に呼び出されて詰問されれば、恐怖で身を震わせるものだ。いくら事前に話がついているといっても、国王相手に平静ではいられない。
レンの様子を見れば、なるほど確かに緊張しているようだ。だがこれはちょっと違う。人前に出たから緊張しているのと、国王を前に緊張しているのとは違う。レンの言葉には、自分への畏敬の念がこもっていないことを、国王は敏感に感じ取っていたのだ。
これはレンが図太いとか、そういう問題ではない。
この世界の人間なら、生まれた時から「国王様は偉い人だ」と教えられて育ってくる。それは心に深く刻み込まれ、自然と言葉や態度に出る。理屈ではないのだ。
だがレンの中身は現代日本人だ。この世界の国王が偉いと頭ではわかっていても、それは理屈だ。表面上は礼儀正しくても、不遜な態度が――国王から見て不遜と思われるような態度が出てしまう。
帰還の報告を上げなかったこともそうだ。これが元の世界の会社だったなら、大事な出張から帰ってきたら、まずは上司に報告しただろう。
「陛下。私は今回の自分の行いが――」
「黙れ!」
しばらく問答を続けていた国王が、突然大声で怒鳴った。レンの態度についにキレてしまったのだ。
これにはレンも、謁見の間にいた他の貴族たちも驚いてしまう。
「もうよい。お前が余を軽んじていることはよくわかった。お前にはしばらくの謹慎を命じる。しばらく家から一歩も出ることは許さん」
「わかりました」
突然の大声には驚いたが、ここまではレンにも想定通り。まだ余裕があったが、
「ちょうどオーバンス伯爵家の家臣たちも城に来ているようだ。その者たちにもお前を監視するように命じておく。王都内の屋敷で反省していろ」
「ええっ!?」
と思わず声を上げてしまった。
今、国王はわざわざ王都内の屋敷と言った。普通の貴族なら当然の話だ。王都内にそれぞれの家は屋敷を持っている。だがレンはそっちに行ったことはない。いつも郊外のダークエルフの集落に滞在している。国王もそれを知っているはずなのにどうして!?
国王がなぜそんなことを言い出したのか、全く理由がわからないレンは混乱するが、謁見はそれで終わってしまい、レンは退出するしかなかった。
そんな彼のところに、迎えの人間がすぐにやって来た。
「レン様! やっと捕まえましたぞ!」
数人の部下を引き連れ、レンのところに走り寄ってきた初老の男性。彼の名はドノバン。オーバンス伯爵家の王都屋敷を任されている男だ。
以前にもレンと会っているのだが、その時はミリアム誘拐の急報が飛び込んできたため、レンはすぐに走り去ってしまった。以来、レンは彼のことを忘れていたというか、忘れようとしていたというか。
だが当然ながらドノバンの方はレンのことを忘れていなかった。
というかこちらは忘れようと思っても忘れられない。
元々レンが――ドノバンから見て――色々と問題を起こしていたのに、ラカルド子爵と舞い手の少女を巡って争い、教会まで巻き込んで対立するなど、さらに大問題を起こしているのだから。あげくに国王の命令を無視して、神聖騎士団と一緒に出陣したと聞いて、ドノバンは卒倒しそうになったのだ。
まさにここで会ったが百年目、今度こそ逃がしてなるものかとドノバンは部下に命じて、レンの左右をがっちり固める。まるで犯罪者の護送である。
逃げ出したいレンだったが、ここで暴れるような勇気もなく、ドノバンに連れられて屋敷へ向かうしかなかった。気分はまるでドナドナだった。
謁見の間で国王がレンに激怒したという話は、瞬く間に広がった。
元々、教会も巻き込んだ今回の事件は、多くの貴族たちが注目していた。そのため国王からレンが呼び出されたと聞いて、多くの貴族が謁見の間につめかけたのだ。
事件について貴族たちの見解は割れていた。
「陛下から目をかけられ調子に乗っていたレンが、自重しろという命令を無視して暴走、教会の神聖騎士団と一緒にラカルド子爵の領地を勝手に攻めたのだ」
と考える貴族たちは、起こった出来事をそのまま解釈していた。
レンが教会をそそのかしたのか、教会がレンを利用したのか、そういう細かい違いはあったものの、レンが勝手に行動したと考えている点は共通している。
こちらが多数派だったが、別の見方をする貴族たちもいた。
「ラカルド子爵の処遇を巡り、教会との対立を避けたかった陛下が、密かにレンに命じて邪魔者となったラカルド子爵を始末したのではないか?」
と疑った者も少なからずいたのだ。
実際は後者の方が正しかったわけだが、国王がレンを怒鳴りつけたために、前者の方が正しかったと多くの者が思い込んだ。
もし裏で国王がレンにラカルド子爵討伐を命じていたのなら、それなりの配慮を見せるはずだからだ。
少なくとも多くの貴族が見ている前で、怒鳴りつけたりはしないだろう。
貴族にとって、人前で怒られるのは大きな恥になる。もしレンが国王の密命で動いていたのなら、怒鳴ってレンの面目を潰したりしないはずだと考えたのだ。
注目の事件だけに、国王激怒の話はあっという間に広がったが、特にそれを熱心に広めた者がいた。レンを憎んでいたドーゼル公爵である。以前の式典でレンに恥をかかされていた公爵は、その恨みを忘れていなかった。ここぞとばかりにレンの悪口を言いまくった。
「ちょっと武功を立てたり、物珍しい舞を披露したりして、あのレン・オーバンスとかいう若者は調子に乗りすぎてしまったのでしょうなあ」
「陛下が自重せよと命じたにもかかわらず、適当なことを言って教会まで動かし、ラカルド子爵を殺してしまった。大方、殺してしまえば死人に口なし、どうとでもなると軽く考えたに違いない」
「謁見の間に現れたレン・オーバンスは自信満々の顔でしたが、国王陛下に面罵され、顔色を失っていましたよ。増長した愚か者の末路ですな」
などというドーゼル公爵の言葉は、ある程度の説得力を持っていた。
古今東西、権力者に気に入られて増長、調子に乗りすぎて身を滅ぼした人間は多く存在する。レンもそんな愚か者の一人だった、と多くの貴族たちは受け取ったのだ。
ここでレンを擁護しようという貴族はほとんどいなかった。
なにしろレンはこれまで人付き合いを面倒くさがって、他の貴族たちとの人脈を全く作ってこなかった。そのため王都の貴族社会に、レンの味方と呼べるような貴族はいなかったのだ。
唯一、味方といえる存在が国王だったが、その国王がレンを叱りつけた張本人なので、今さらそれを否定はできない。実のところ国王本人は感情的になってしまったと反省していたのだが、表向き国王に逆らったことになっているレンを、助けるわけにはいかなかったのだ。
おかげでレンに関する悪評はどんどん広がっていった。
「陛下に少しほめられたぐらいで調子に乗って、近衛騎士団すらバカにしていたようですよ」
「教会にも上手いこと取り入ろうとしていたようですが、今回のことで化けの皮が剥がれたでしょうな。教会からも見捨てられるのでは?」
「ラカルド子爵との争いも、元はラカルド子爵が目をつけていた舞い手を、レン・オーバンスが横から奪い取ったようですな。それをさも自慢げに、自分が見出したのだと語るのですから、ラカルド子爵が怒るのも当然でしょう」
「ラカルド子爵もレン・オーバンスに挑発され、あのようなことをやらかしたようですな。つまり罠にはめられたという見方も……」
「レン・オーバンスはラカルド子爵の愛人たちを全部自分のものにしたとか。最初からそれが狙いだったのでは?」
「では教会もレン・オーバンスに利用されたと?」
「ラカルド子爵の愛人というと、例の特殊な趣味の?」
「ええ。つまりはレン・オーバンスも同じ特殊な趣味の持ち主なようで」
「恐れ多くも陛下の孫娘のブレンダ様を狙っていたという話もありますな。それもあって陛下は激怒されたのでは?」
などなど、あることないこと言いたい放題である。
なお、これらの悪評はレンだけでなく、遙か後生の歴史家まで悩ませることになる。
貴族たちの中には、悪評を真実のように日記に記した者もいる。一方、教会側の書物には事実に近い記述が多い。そのため逆のことを書いた書物が複数残り、真実がどこにあるのか、後の世からは判定できなくなってしまったのだ。
後に作られた物語の中には、この事件をラカルド子爵とミリアムの悲恋として描いたものまである。その物語の中では、ラカルド子爵とミリアムの二人が悲劇の主人公で、レンは愛する二人の仲を裂く悪者だったりする。
当のレンは屋敷で軟禁状態で、貴族たちのうわさ話を打ち消すことなどできなかった。もっとも自由に行動できていたとしても、人付き合いの苦手なレンが貴族たちの間に入り、誤解を解けたかどうかはあやしかったが。
前回の後書きでフラグじゃないとか書いて、見事に先週末更新できずにすみません。
あの時点じゃ週末に何の予定もなかったんです……
有言実行できるように頑張ります。