第261話 残された者たち
ラカルド子爵が死んだ時点でレンの目的は達成された。後の処理に関しては、死んだ子爵の家臣と神聖騎士団の間で話し合いがもたれている。レンは口出しするつもりはなかったので、後処理は全部神聖騎士団にお任せだ。
その神聖騎士団にしても、この地を占領してどうこうするつもりはないので、さっさと引き上げて国王に報告し、後はそちらに任せることになる。
おそらくラカルド子爵家は取り潰し、ここは新しい貴族の領地になるのだろうが、レンには関係ない話だ。
「オーバンス様、少しよろしいでしょうか?」
カエデと話していたレンに、マローネ司教が声をかけてきた。楽勝で終わってみんな上機嫌の中、出番のなかったカエデだけが不満そうだったので、なだめていたところだ。
「どうかしましたか?」
「はい。オーバンス様のご判断を仰ぎたいことがありまして」
はて? 僕の意見を聞きたいことって何だろうと思いながら、マローネ司教に案内されたのは屋敷の離れだった。
「こちらにいる方々の処遇についてなのですが」
マローネ司教が扉を叩き、お連れしましたと中に声をかける。
すぐに扉が開き、中から一人の女性が出てくる。二十歳ぐらいの美人だった。
「お初にお目にかかります。あなた様が新しいご主人様ですね?」
「え、いや……」
女性にぐっと詰め寄られて、思わず一歩下がるレン。相変わらず女性は苦手だ。
「というか新しいご主人様って?」
「ラカルド子爵様がお亡くなりになり、これからはオーバンス様が新しいご主人様とうかがいました」
「いや、それはですね――」
「みんなも新しいご主人様に挨拶しなさい」
レンが違うという前に、女性が呼びかけると、離れの中から「はーい!」という元気な返事とともに、五人の女の子が出てきた。いずれも小学生ぐらいの女の子たちだ。
「よろしくおねがいします」
五人の女の子が、揃って元気よく挨拶する。
レンは驚いてマローネに訊ねた。
「もしかしてこの子たちって……?」
「はい。ラカルド子爵の愛人たちだそうです」
レンはもう一度五人の女の子たちを見た。いずれも十代前半、小学校高学年ぐらいの女の子だ。
ラカルド子爵がロリコンだとかいう話は聞いていたが、こうして本物の女の子たちを目の前にすると、本当にガチだったんだなあと思い知らされた。
「それでこの子たちの処遇でしたっけ? 僕には何の関係もないと思うんですけど……」
「こちらのルメニアさんが、ぜひオーバンス様にお話ししたいことがあると。もちろんオーバンス様にその気がないのでしたら、全てこちらで取り計らいますが」
ルメニアというのが女性の名前だろう。女性が苦手なレンとしては、話なんてしたくありませんと帰りたいところだが、ここまで来て何も聞かないというのも悪い気がする。
「まあ話を聞くだけなら」
許しを得たルメニアがさっそく話し始める。
「ありがとうございます。お話というのは他でもありません。私たちは今までラカルド子爵様にお仕えしてきましたが、これからはオーバンス様のお側にお仕えさせていただきたく」
「僕に?」
ちょっと驚いたレンだったが、すぐに彼女が何を言いたいのか察した。きっと彼女は、レンが今まで通り彼女たちを愛人として扱うと思い、ご機嫌取りにそんなことを言い出したのだろうと。
「安心して下さい。僕にはあなたたちを愛人にしようなんて気はありません。全員解放されて自由の身ですよ」
これで喜んでもらえると思ったのだが、ルメニアの反応は違った。
「そんなひどいことを仰らないで下さい。私やこの子たちには、ここを追い出されたら行くところなどないのです」
「親元に帰ればいいのでは?」
「私も含め、みんな親に金で売られてここに来たのです。家に帰っても邪魔者扱いですし、そもそも自分の家がどこにあるか知らない子もいます」
ミリアムのこともあり、みんな無理矢理さらわれてここに来たと考えていた。だから解放すれば喜んでもらえると思っていたのだが……。
思い返してみれば、ミリアムも元々は金で売られようとしていたのだ。家に帰っても邪魔者という彼女の主張は正しいかもしれない。自分の家がどこかわからないという子も問題だ。
「もし僕が何も言わなければ、神聖騎士団はこの子たちをどうするつもりですか?」
「どうもしないでしょう」
というのがマローネの答えだった。
「我々もラカルド子爵の愛人がどうなろうと関知しません。残った家臣たちがどうするかですが……そこはオーバンス様次第かと」
「僕次第ってどういうことですか?」
「おそらく残った家臣たちは、オーバンス様のご機嫌を取ろうと、この子供たちを保護していたのです。もしオーバンス様も関知しないというなら、家臣たちにとっても子供たちは邪魔者。すぐにここから追い出されるか、あるいはどこか別のところに売り払われるか」
一部で「レンとラカルド子爵は女の子を巡って争っている」という噂が流れているのは知っている。いや、それ自体は間違っていないが、間違って解釈する者がいるのだ。二人は同好の士だと。
文句を言いたいところだが、ここでそんなことを言っても始まらないし、マローネの言葉が正しいなら、その勘違いのおかげでこの子たちは大事に扱われているわけだ。
さっきまでのレンなら、ここから追い出されたら家に帰れてめでたしめでたし、と思っていただろう。しかし話を聞いてそう単純ではないことはわかった。
ルメニアが媚を売って取り入ろうとしてくるのも理解できた。
「もしオーバンス様がお望みでしたら、教会の孤児院で引き取ることも可能です」
それは名案に思えたが、ルメニアが反対した。
「お待ち下さい。教会の孤児院には様々な戒律があり、厳しい生活を送らねばならないと聞いております。今さらこの子たちが、その生活に耐えられるとは思えないのです」
冷や汗をかきながらルメニアが言う。言葉は選んでいるが、教会批判とも受け取られかねない内容だ。それをよりにもよって司教の前で言うのだから、かなり勇気がいった。
だが彼女もそれだけ必死だった。子供たちのためというのもウソではないが、それよりも自分のためだ。
教会の孤児院が、有り体に言えば貧乏暮らしなのは誰でも知っている。今さらそんな貧乏暮らしに戻りたくないし、それに自分の年齢だと、孤児院で受け入れてもらえない可能性が高い。
そのまま放り出されてしまったら、よくてどこかの娼婦だ。彼女が必死になるのも当然だった。
レンも教会の孤児院が貧しいことは知っていた。それでもこの世界では生きていけるだけマシなのだが。
もう一度、女の子たちを見てみる。みんな愛想よくニコニコ笑っているように見えるが、よく見ればその笑顔はどこか不自然だ。きっと内心の恐怖を押し殺し、必死に笑顔を浮かべているのだろう。
考えてみれば、小さな女の子が初対面の男性相手に――しかもレンは大柄でゴツい――ニコニコ笑いかける方がおかしい。普通は恐がるはずだが、それができない状況で生きてきたのだろう。
「……わかりました。この子たちの身柄は一時的に僕が引き受けます」
あくまで一時的にだ。レンには教会の孤児院がらみで、一つ考えていることがあったのだが、彼女たちもそこに加えてしまえと思った。
いつものことだが話を聞いただけの赤の他人なら見捨てられても、こうして顔を見てしまうと中々見捨てられない。
「ありがとうございます! ほら、あなたたちもお礼を言いなさない」
「あ、そういうのはいいですから」
その場にひざまずいてお礼を言うルメニアに、女の子たちも続こうとしたのをレンが止める。
レンはしゃがんで女の子たちと目線を合わせて話しかける。
「これまでどうだったかは知らないんだけど、僕に対しては無理して笑わなくてもいいからね」
女の子たちが、どうしていいかわからないといった様子で顔を見合わせる。
「今すぐは無理かもしれないけど、何か僕に言いたいことがあるなら何でも言ってくれていいからね」
レンはそう言って笑った。
ラカルド子爵の死から一夜明けた次の日。
レンと神聖騎士団は早々に王都に向けて出立した。
ラカルド子爵領の今後については、国王からの指示があるまで現状維持に務めよ、ということで話がまとまった。残された家臣たちは、これからしばらく不安な日々を過ごすことになるだろう。
唯一の例外がラカルド子爵の愛人たちだったが、一緒には連れて行けないので、できるだけ早く迎えの馬車を送るということで、これまたしばらく現状維持だ。
「オーバンス様。最後に一言、お礼を申し上げたいという者が来ているのですが」
出発間際、マローネ司教がそう言って一人の男を連れてきた。若い農民だろうか。大柄でたくましそうな青年だった。
「あの時は命を助けていただき、ありがとうございました」
とお礼を言われても、レンには誰だかわからない。
向こうもそれに気付いたのだろう。慌てたように自己紹介する。
「すんません! オレ、いや私はジレックといいます」
ジレックは緊張しているのか、しどろもどろになりながら何があったのかを話した。それを聞いてレンも思い出す。
先日の戦いで突撃を成功させ、敵軍が崩壊した直後のことだ。逃げ遅れた敵の中で、最初にレンに平伏して降伏してきたのが彼だった。彼の顔は覚えていなかったが、そのことはよく覚えている。その最初の一人をきっかけに敵の生き残りは次々と降伏したのだから。
「この者はガー太様に逆らったという己の不明を恥じ、それにもかかわらず命を助けていただいたこと深く感謝しているそうです。何としても一言お礼を申し上げたいと、そう熱心に申すものですから」
「その通りです。オーバンス様、ガー太様、本当にありがとうございました」
「はあ」
「ガー」
熱心に頭を下げるジレックに対し、レンもガー太も気の抜けた返事をする。別にいいけどといった感じだ。
だがジレックの方はガー太から返事があったことに感激したようで、
「ガー太様にお救いいただいたこの命、決して無駄にはいたしません!」
と何度も何度も頭を下げるのだった。
この後、故郷の村に戻ったジレックは、それまでの乱暴者がウソだったかのような落ち着きを見せ、村のために尽力することになる。さらに後年には村長となり、地域の顔役として周辺の村々からも頼られるほどになっていく。
戦で手柄を立てて出世するというジレックの夢はかなわなかったが、代わりに彼は希代の名村長として語り継がれ、郷土史にその名を残すこととなる。
先週はまた更新できずにすみません。
でも次の話は早いと思います。(フラグじゃない……はず)