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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第六章 王都の華
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第259話 ラカルド子爵討伐(中)

 ラカルド子爵軍の指揮官はドメリコという男だった。だが彼は傭兵でラカルド子爵の家臣ではない。

 名目上の指揮官は別にいて、そちらはラカルド子爵の家臣だ。ドメリコの立場は参謀役だが、ラカルド子爵の家臣には千人もの軍勢を指揮した経験はない。そのためラカルド子爵はドメリコに全権を委任し、彼は実質上の指揮官となった。

 ドメリコはとある傭兵団――彼の名前からドメリコ傭兵団と呼ばれている――を率いる団長だった。普段のドメリコ傭兵団はここではなく北の隣国、ザウス帝国で活動している。

 それがどうしてグラウデン王国までやって来たかといえば、儲け話になりそうな情報を聞かされたからだ。

 グラウデン王国のラカルド子爵領で戦争が起こりそうだ、という話を。

 情報を教えてくれたのはザウス帝国のベルカイン伯爵だ。グラウデン王国との国境近くに広い領地を持つ大貴族で、周辺貴族のまとめ役でもある。

 過去、ザウス帝国とグラウデン王国で戦いが起こった際も、ベルカイン伯爵はザウス帝国軍の中心にいた。ドメリコ傭兵団も何度か雇われて仕事をしている。

 国境に位置するベルカイン伯爵は、常日頃から情報収集を怠らず、グラウデン王国にも多くのスパイを送り込んでいる。その情報収集網はグラウデン王国の王都にも伸びており、今回のレンとラカルド子爵の事件の情報も早い段階で入手していた。


「王都のドルカ教会に動きあり。近日中にラカルド子爵討伐のため、神聖騎士団を派遣する模様」


 というスパイからの急報を受け、ベルカイン伯爵はほくそ笑んだ。

 敵対する隣国の内紛は自国の利益だ。ドルカ教がラカルド子爵討伐の兵を挙げ、それが大きな内乱にでも発展すればうれしいことだ。だが残念ながらラカルド子爵は弱小貴族、教会に逆らえるはずもなく、あっさり潰されて終わりだろう――誰かが助けの手を差し伸べなければ。

 グラウデン王国内では、助けるどころか巻き添えになることを恐れ、誰もがラカルド子爵と距離を置いていた。ならば自分が助けてやればいいとベルカイン伯爵は動くことにした。

 とはいえ、いきなり自分の軍勢を動かすわけにもいかない。大義名分もないのに軍勢を動かし国境を越えれば、こちらが一方的に非難される。それにザウス帝国全体の指針として、西方諸国には宥和政策をとっている。

 ベルカイン伯爵はこの宥和政策に反対する好戦派の貴族だが、正面から皇帝陛下の命令に背くわけにもいかない。自分から軍勢を動かすことはできなかった。

 そこでベルカイン伯爵は別の手段を取った。自分の軍勢を動かせないなら、別の軍勢を動かせばいいのだ。彼は取引のある傭兵団に話を持ちかけた。

 国境紛争や魔獣退治のため、ベルカイン伯爵は多くの傭兵団と取引があった。そんな傭兵団に隣国のラカルド子爵領で戦いが起こりそうだと伝えたのだ。

 傭兵は勝ち馬に乗らなければならない。だが本当に勝ちが確定している方に雇われても旨みは少ない。勝つのがわかっているなら高い金を出して傭兵を雇う必要もないからだ。

 理想的なのは負けそうな方に加担して勝たせることだ。

 今回のラカルド子爵の紛争は、まさにその理想的な儲け話になる可能性があった。

 何もしなければラカルド子爵は教会に負ける。だが子爵は弱小貴族なので、教会も大軍勢を送ったりはしないだろう。そこへある程度の数の傭兵が加われば、逆転も夢ではない。

 負けたら終わりのラカルド子爵は金を惜しまないだろうし、勝てば大きな儲けになる――そう考えたいくつかの傭兵団が、国境を越えてラカルド子爵領へと向かったのだ。ドメリコもそんな傭兵の一人で、自分の傭兵団を率いてラカルド子爵のところやって来た。

 グラウデン王国とザウス帝国の国境付近では、多くの傭兵団があっちに雇われたと思ったら、次の日にはこっちに雇われて、といったことが頻繁に繰り返されているので、傭兵団が国境を越えるのは難しくなかった。

 結局、七つの傭兵団、総勢千人ほどの傭兵が、ラカルド子爵領へ入った。

 その中ではドメリコ傭兵団が一番大きく、自然と彼が全部の傭兵団を代表する立場となった。

 彼らが急いでラカルド子爵領に来てみれば、あきれたことに当事者のラカルド子爵は教会の動きにまるで気付いていなかった。

 彼はミリアムの誘拐を企てたが、それが成功すると信じて疑わず、失敗した時のことを何も考えていなかったのだ。しかも事件直後に、王都警備隊がラカルド子爵の王都屋敷を急襲し、そこの人間を全員拘束したため、王都からの連絡が入らなくなってしまった。

 周辺の貴族たちは情報を耳にしていたが、巻き込まれることを恐れてラカルド子爵には近付かない。

 こうしてラカルド子爵だけが何も知らない状況におかれていたのだ。

 傭兵たちから話を聞いたラカルド子爵が、


「教会が我が領地に侵攻してくる? そんなバカなことがあるか」


 とあきれたように言うので、ドメリコの方が、もしかしてガセネタをつかまされたのか? とあせったほどだった。

 だが念のためにラカルド子爵が情報を集めると、すぐにそれが本当だとわかった。周辺の貴族がみんな知っていたのだから、その気になれば情報の入手は簡単だった。

 それでやっと彼も事態の深刻さに気付いた。

 ミリアムを救出しようとして――彼の視点では誘拐ではなく救出である――教会の人間を巻き込んでしまったらしい。そのせいで教会が激怒し、ラカルド子爵討伐のため神聖騎士団を派遣したというのだ。

 ラカルド子爵は一縷の希望にすがるように、真偽を確かめるための使者を王都に送ったが、もし本当に神聖騎士団が派遣されたのなら、早急に防備を整えねばならない。

 教会の神聖騎士団相手に話し合いなど無駄だ。彼らは敵を殲滅するまで止まらない。

 そこからはドメリコのもくろみ通りに話は進んだ。

 追い詰められたラカルド子爵は、ドメリコたち傭兵を高額な報酬で雇うしかなかった。

 幸いなことにラカルド子爵家の財政にはかなり余裕があった。彼は多くの愛人を抱えているが、それ以外にはたいした趣味もなく浪費もしない。普通、多くの愛人がいれば服や装飾品などに多額の金がかかるものだが、彼の愛人は皆幼い子供ばかりだったので、大人の女と比べれば出費は微々たるものだ。

 領内の全ての街と村に通達を出し、可能な限りの徴兵も行った。

 こうしてラカルド子爵に雇われたドメリコたち傭兵部隊は、やって来るであろう神聖騎士団を迎え撃つための準備に入った。地形を調べて、街道を封鎖するように布陣した。それが昨日のことだ。彼らもギリギリだったのだ。

 ラカルド子爵軍はドメリコたち傭兵千人ほどに、急遽徴兵された領民たちが二百人ほど加わり、合わせておよそ千二百の軍勢となった。

 それに対して現れた神聖騎士団は二百から三百といったところか。兵力差は四倍以上だが、ドメリコは油断しなかった。

 魔獣相手に騎兵は役に立たないが、人間相手ならその効果は絶大だ。戦い方次第では、数倍の兵力差も簡単にひっくり返す。しかも相手は精鋭と名高いドルカ教の神聖騎士団だ。

 ドメリコは神聖騎士団と戦ったことはない。基本、神聖騎士団は国と国との戦争に介入しないからだ。

 大陸西方全域で信仰されるドルカ教は、どこの国にも教会がある。だからどこの国がどこを支配していても関係ない。各国もそれをよく理解しているので、他国に攻め込んでも教会には手を出さないのが普通だ。

 ザウス帝国とグラウデン王国の争いでもそれは同じで、両国とも教会には可能な限り手を出さず、教会も両国の戦争には介入しなかった。

 だからドメリコも神聖騎士団と戦った経験はなく、彼らの戦いを見たこともない。だが噂は色々と聞いていた。噂半分だとしても侮れる相手ではない。

 もちろん負けるつもりもなかった。数はこちらが上だし、地の利もこちらにある。

 騎兵がその力を最大限に発揮するのは、だだっ広い平原だ。縦横無尽に走り回られては、歩兵で対抗するのは難しい。しかしここは一本道の街道だ。まっすぐ正面だけを向いて待ち構えればいい。

 できれば柵なども準備したかったのだが、昨日の今日で時間がなかった。

 それでも彼はもう一つの手を準備していた。


「弓隊構え!」


 ドメリコの号令に従い、兵士たちが弓を構える。その数およそ百名。


「上手くいきますかねえ?」


 と声をかけてきたのは部下のバケムだ。ドメリコとは長い付き合いで、ドメリコ傭兵団の副長でもある。


「道はまっすぐで、両側は山で道幅も狭い。ここまで条件がよければ、急造の弓隊でも当てられるさ」


 ドメリコが答える。

 傭兵たちの中から弓の扱い慣れた者を集め、さらに徴兵された領民からも弓を使える猟師などを選び出し、急遽、百人ほどの弓隊を編成した。それが彼のもう一つの手だった。


「弓で奴らの勢いを弱め、どうにか受け止める。そうしたら後は数で囲んで殺していけばいい。騎兵も足を止めりゃ、そこまで怖くない」


「受け止められなかったら?」


「その時は終わりだ。さっさと逃げるしかねえな」


「危ない橋を渡ることになりそうですな」


「それだけの価値はある。ここで神聖騎士団に勝てば箔がつくってもんだ」


 彼らがわざわざここまでやって来たのは、高い報酬だけではなく、それも理由だった。

 精鋭と名高い神聖騎士団を打ち破れば、ドメリコ傭兵団の名声は上がる。そうすれば次はもっと高値でお呼びがかかることだろう。


「後は連中が仕掛けてくるかどうかですが……どうやらやる気みたいですな」


 こちらが有利なのは向こうもわかっているはずだ。戦いを避けて退却する可能性もあったが、どうやら向こうもやる気のようである。

 さすがは狂信者とも呼ばれる神聖騎士団、数の差にひるむどころか士気旺盛のようだった。




 そりゃ一緒に戦うとは言ったけど、どうしてこんなことに?

 騎士団の先頭に立ったレンは、心の中でぼやいた。先頭に立つということは、当然先頭で突撃するということだ。そしてこれまた当然ながら、先頭は一番危険が大きい。

 一緒に突撃するとしても、レンは中団とか後方で参加するつもりだったのだが……

 そもそも先陣というのは危険だが名誉でもある。普通なら神聖騎士団が一番槍の名誉を部外者に譲ることはない。

 だがレンが戦闘に参加すると言った途端、


「おおっ! ガー太様に先陣を切っていただけるならば我らに恐れるものはなし」


「皆の者、ガー太様に続け」


「ウオーッ!」


 といった感じで一気に話が盛り上がり、当然のごとくレンとガー太が先頭になってしまった。

 こうなったからにはやるしかないか、とレンも覚悟も決める。

 隊列が整ったところで、レンは右手を上げ、一呼吸おいてから前に向かって振り下ろす。


「突撃!」


「クエーッ!」


 大きく一鳴きしたガー太が走り出す。

 レンには突撃の経験などないので、これで後ろがついて来てくれなかったらどうしよう、と不安だったのだが、


「ウオーッ!」


 と雄叫びを上げて騎士たちが続いてくれたのでホッとする。

 騎兵の後ろからはダークエルフたちも続いてくれているはずだ。いくら身体能力の高いダークエルフたちでも、さすがに全力疾走する騎兵と一緒には走れない。それはカエデも同じだったので、今回彼らは最後方だった。

 こうしておそらく人類史上初、ガーガーを先頭にした騎兵突撃が始まった。




「まだだ。もっと引きつけてからだ!」


 ドメリコが叫ぶ。

 遠くから弓を射ても効果は半減だ。ギリギリまで引きつけてから攻撃しなければ、相手の勢いは止められない。

 突撃してくる騎士団を見つめ、距離を測ろうとするドメリコだったが、その顔が怪訝なものに変わる。

 騎士団の先頭に妙なものが見えたのだ。目の錯覚かと思ったが、何度見ても同じものが見える。馬ではなくガーガーが。


「ボス、俺の目がおかしくなったんですかね? 馬じゃなくてガーガーに乗ってる奴が見えるんですが」


「お前にも見えるのか? オレにもそう見えるんだが……」


 どうやらバケム副長にも同じものが見えているようだ。ならば目の錯覚ではないはずだが……。

 それでも信じがたい。馬ではなくガーガーに乗った騎士など、見たこともなければ聞いたこともない。

 他の傭兵たちもそれに気付いたようで、周囲がざわつき始める。

 これはマズいぞ、とドメリコはあせりだした。

 傭兵は金さえもらえれば何でもやるし、金がなければ盗賊まがいのことも平気でやるような連中だ。教会の神聖騎士団と戦うと聞いても、神なんてクソくらえだ、などとうそぶいていた。

 だが口では大きなことを言っても、彼らにも神への畏れはあるのだ。死にかければ神に助けを求めるし、理解不能な異常事態に遭遇すれば神に許しを請うたりもする。

 そして今がまさにその理解不能な異常事態だった。

 神の使いとされるガーガーが、臆病で決して人に近付かないのは誰だって知っている。そのガーガーが、神聖騎士団を率いて突撃してくるのだ。

 まさか本当に神罰を下すため、神がガーガーを遣わしたのか? と傭兵たちが動揺したのも当然だった。

 なにしろドメリコも動揺したのだ。もし本当にあれが神の使いならば、自分たちに勝ち目はない。

 そんなわけがあるか! とドメリコは不吉な想像を振り払う。

 あれは偶然か何かだ。神の奇跡などあってたまるものか、と彼は自分に言い聞かせながら叫ぶ。


「弓隊、奴らを攻撃しろ!」


 まだ少し遠いが、そんなことを言っている場合ではない。とにかく攻撃しなければ。このままだと怖じ気づいて逃げ出す者が出てきそうだ。

 だが弓隊は攻撃しない。横の者と顔を見合わせたりするだけで、誰も弓を射ない。

 大きく舌打ちしたドメリコは、


「よこせッ!」


 と傭兵の一人から弓を強引に奪い取ると、それに矢をつがえた。

 いったん戦闘が始まってしまえば、相手がガーガーだろうが何だろうが関係ない。とにかく最初の一撃さえ放てば、他の者もそれに続く。ドメリコも歴戦の傭兵だ。戦場の空気というものをよく知っていた。

 他の連中ができないなら、自分で最初の一撃を放てばいいと、ドメリコは迫り来る騎士団に向かって弓を放った。

 大きな放物線を描いて矢が飛ぶ。

 狙いなどろくにつけずに射たのだが、矢はまっすぐ敵に向かって飛んだ。

 もしかして当たるのでは!? とドメリコや他の傭兵たちは矢の行方を見つめた。




 ガー太に乗って先頭を走るレンは、敵から矢が放たれたのに気付いた。

 何で一本だけ? と疑問に思ったが、矢がまっすぐこちらに飛んでくるのを見て、敵にも弓の名手がいるのだろうと納得する。

 強化されたレンの目は、矢の軌道をしっかりと見切っていた。わずかに右にずれている。このまままっすぐ進めば、右横をかすめて当たらないだろう。

 だがレンはわずかに右に寄った。ちょっと思い付いたことがあり、わざと矢に当たりにいったのだ。

 飛んできた矢を、体に当たる直前で右手でつかみ取る。


「オーバンス殿!?」


 後ろに続く騎士から悲鳴のような声が上がった。後ろからは矢がレンに命中したように見えたのだろう。だがレンがつかみ取った矢を掲げると、悲鳴はたちまち歓声へと変わった。

 レンは背負っていた弓を構え、つかみ取ったばかりの矢をつがえた。

 ダークエルフ製の強力な合成弓だ。並の男なら引くのも苦労するような強弓を軽々と引いてレンは狙いを定めた。




「やったぞ!」


 叫び声を上げ、ドメリコは右手を突き上げた。

 ろくに狙いもつけずに放った矢が、見事に敵に、しかも先頭を走るガーガーに乗った騎士に命中したのだ。何がガーガーだ、これこそ神の奇跡ではないか!

 それを見ていた他の傭兵たちも、興奮して大騒ぎだ。

 先ほどまでの萎縮した空気は霧散し、兵士たちはやる気になっている。まぐれ当たりでも何でもいい、とにかくこの勢いで迎え撃たねば、とドメリコは声を張り上げる。


「見たか! 何がガーガーだ、神の奇跡などあってたまるか! このまま連中を――」


 ドメリコの声が急に途切れる。あり得ない光景を目にしたからだ。

 矢は確かにガーガーに乗った騎士に命中したはずだ。それなのに相手の騎士は平然と矢を引き抜き、それを右手に掲げたのだ。

 バカな!? 矢が当たって平気な人間などいるはずがない。いるとすれば、それこそ神の――


「団長、あれはいったい……?」


「おう。当たり所がよかったのか、運のいい野郎だ」


 おびえたようなバケム副長の声に、少し冷静さを取り戻したドメリコは、何でもないことのように答える。少し語尾が震えていたが。


「いや、運がいいとかの問題じゃ……」


「うるせえ! ふぬけたことをぬかしてるんじゃねえ。神の奇跡とか、そんなものがあってたまるか!」


 バケムを怒鳴りつけるというより、自分に言い聞かせるかのようにドメリコが叫ぶ。


「弓隊、何やってやがる! さっさと攻撃しろ!」


 だが弓を持った傭兵たちは、おびえたように顔を見合わせるばかりだ。ガーガーに乗り、矢を受けても倒れない常識外れの敵を前にして、完全におびえている。


「腰抜けどもが!」


 だったらオレがもう一撃食らわせてやる、と再び矢をつがえようとしたドメリコだったが、その前に敵が動いた。

 ガーガーに乗る騎士が矢を放ったのだ。

 先ほどドメリコが放った矢は、大きな放物線を描いて飛んだが、相手の矢はもっと直線的な軌道で飛んできた――まっすぐドメリコの方へ。


「なっ――」


 驚愕するドメリコの喉元に矢が突き刺さり、体を貫いて串刺しにする。

 彼の体がぐらりと後ろに倒れた。


「団長!?」


 悲鳴を上げたバケムが、倒れたドメリコを助け起こそうとしたが、すでに彼は絶命していた。

 それを見た傭兵たちが口々に恐怖の叫びを上げる。


「神罰だ!」


「やっぱりありゃ神様の使いだ!」


 この時点で、すでに逃げ出す目端が利く者もいた。それ以外のほとんどはうろたえるばかりだ。

 そこへレンとガー太率いる神聖騎士団が突っ込んできた。

 ラカルド子爵軍は、複数の傭兵団と徴兵された兵士からなる混成部隊だ。数は揃えたが急造部隊で、ドメリコの指揮の下、万全の状態で迎え撃ったとしても、騎士団の突撃を受け止められたかあやしい。

 それなのに指揮官のドメリコが真っ先に倒され、後の兵士は混乱するばかり――こんな状態で騎士団の突撃を支えきれるはずもなく、ラカルド子爵軍は一瞬で崩壊した。




「クエーッ!」


 と正面の兵士を蹴り飛ばし、敵陣に突入したガー太が、そのままスピードを落とさず敵軍のど真ん中を駆け抜ける。

 立ち向かってくる敵はいない。敵軍の兵士は逃げ惑うばかりで、ガー太の前には自然と道ができていく。

 事前の打ち合わせでは、とにかく足を止めずに走り抜けてほしいと言われていたが、この勢いなら大丈夫そうだ。レンには落ち着いて周囲を確認するだけの余裕があった。

 レンとガー太の後ろには三百騎の騎兵が続く。逃げ遅れたあわれな敵兵が馬に跳ね飛ばされ、踏み潰される。

 レンはテレビの競馬中継で馬を見たことがあるが、この世界の馬とは全然違う。彼がテレビで見た競走馬――サラブレッドは、ただ速く走ることだけを追求し、何世代にもわたる交配によって生み出された馬だ。走る芸術品であり、もろく壊れやすい生き物でもある。

 一方この世界の馬、特に騎士団が使用している軍馬は、見た目からしてサラブレッドとは全然違う。サラブレッドの馬体は引き締まっていて足も細いが、軍馬の馬体はもっとどっしりしていて足も太い。

 サラブレッドの方が最高速度は上だろうが、代わりにパワーや頑丈さは圧倒的に軍馬の方が上だ。サラブレッドがスポーツカーだとしたら、軍馬はダンプかブルドーザーだろう。人間など簡単に跳ね飛ばして突き進む。

 ラカルド子爵軍には死傷者が続出するが、馬による直接的な被害よりも、むしろ味方による被害の方が多い。逃げようとした兵士が別の兵士を押し倒し、踏みつける。かと思えばその兵士も他の兵士に押し倒されて、といった風にどんどん死傷者が増えていく。

 街道の細い場所に布陣していたのも災いした。逃げ場がなく、味方同士で押し合いになってしまったのだ。

 軍勢の中を切り進んでいたレンの視界が不意に開けた。

 敵陣を突破して後ろ抜けたのだ。

 徐々にスピードを落としたところに、神聖騎士団が追いついてくる。


「やりましたなオーバンス殿! 我らの大勝利です」


 ゼルケインが興奮した口調で言う。

 敵の軍勢はバラバラになって逃げ出している。もはや戦う意思はないだろう。彼の言う通り大勝利だ。


「再突撃し、敵を殲滅しましょう」


「わかりました。では後はお任せします」


 勢い込んで言ってきたゼルケインだったが、レンはこれ以上動くつもりはなかった。

 この戦いはこちらの勝ちだが、ここで敵の兵士を一人逃がせば、その一人が再び敵として立ち向かってくるかもしれない。だから一人でも多くの敵をここで殺すべきだ、というゼルケインの主張はレンにもわかる。

 だが戦意をなくして逃げる相手を殺すというのは、戦いというより虐殺に近い。それが戦術として正しくても、レンはやりたくなかった。

 断られたことに、ちょっと意外そうな顔をしたゼルケインだったが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、


「わかりました。ならば我らの戦いぶりを、そこでご覧になっていて下さい」


 と自信に満ちた口調で答えると、すぐに部下の神聖騎士たちをまとめ、追撃を開始した。

明けましておめでとうございます。

本当は昨日というか去年の内に更新して、来年もよろしくお願いしますで締めたかったのですが……

とにかく今年もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] これで愛人になってたロリとか保護したりしたら ロリコン達によるロリ収奪戦争って後世に伝わっちゃうんじゃ?
[一言] >普通、多くの愛人がいれば服や装飾品などに >多額の金がかかるものだが、 >彼の愛人は皆幼い子供ばかりだったので、 >大人の女と比べれば出費は微々たるものだ。 なるほど、ロリコン趣味は金が…
[一言] 明けましておめでとうございます。 今年も、内心とは裏腹に、 ますます派手になっていくレンの活躍 楽しみにしております。 作者さまもお体に気をつけてがんばってください。 僭越ですが、256話…
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