第256話 けじめ(上)
葬儀の翌日、レンは襲撃事件の別の当事者と面会していた。
犯罪ギルド・ダルカンのボス、ギブラックと幹部のシーゲルが二人して、レンのいるダークエルフの集落を訪れたのだ。
二人はレンのいる部屋に入ってくるなり、床にひざまずいて頭を下げた。
以前、レンがギルドの会合に行った時には、ギブラックはどちらが先に挨拶するかとか、そんな主導権争いを――勝手に一人で――行ったが、今回はあの時とは事情が違う。今日は謝罪に訪れたのだから。
いつものレンなら、慌てて「頭を上げてください」などと言うところだが、こちらも今日はそういうわけにはいかなかった。
ミリアムをさらおうとしたラバンは、犯罪ギルド・ダルカンの幹部、つまりギブラックの部下である。部下の不始末をボスが詫びるのは当然だ。
これが狙われたのが自分だったなら、レンも「そんなに気にせず」などと言っていただろう。だが狙われたのはミリアムだ。いつものように、なあなあで終わらすわけにはいかない。
ここでお咎めなしとなれば、また同じことをする連中が出てくるかもしれない。レンがギブラックを罰したということを、わかりやすく周囲に示す必要があった。
とはいうものの、どう罰すればいいのかレンも悩んでいた。
ボスのギブラックが神妙な顔で口を開く。
「今回のラバンの不始末、お詫びのしようもございません。ですが、どうかここはこの老いぼれの首一つで勘弁願えないでしょうか」
これである。
ラバンは、ミリアムがレンの舞い手であることを重々承知の上で犯行に及んだ。つまりレンに対する明確な攻撃である。
それを部下が勝手にやったことだから、と責任逃れなどできない。ギブラックの首をはねて当然どころか、この世界の常識で考えれば、それでもまだ甘い。有力な貴族に公然と逆らったのだ。見せしめにダルカンのメンバーを皆殺しにしてもおかしくなかった。
だがレンにメンバーを皆殺しにする気はなかった。というか、やれと言われてもできないだろう。そこまで冷酷にはなれない。
なにしろボスのギブラックをどうするかを迷っているぐらいなのだ。
ラバンが単独で動いていたのは、ほぼ間違いない。彼の部下だったダークエルフのルーセントの証言もそれを裏付けている。
裏でギブラックが命じていたなら容赦しなかっただろうが、暴走した部下の責任を取らせて殺すというのは躊躇した。部下の不始末はボスの責任という理屈はわかるが、だから殺すとまではいかない。
このあたり、レンの性根は現代日本人のままだった。いくら修羅場をくぐったといっても、人間根っこの部分はそう簡単に変わらない。甘いと言われてもどうしようもなかった。
さらに問題はギブラックの処分だけではなかった。
「ちょっと待ってくれ兄弟。今回のラバンのやらかしは、元はといえばオレの責任だ」
ギブラックの後ろでひざまずくシーゲルが口を開いた。
「お前は黙ってろ!」
「いいやボス、これだけは黙ってられねえ。ラバンはバカだが、兄弟に正面からケンカを売るほどバカじゃなかった……と思いたいが……とにかくあいつがあんなバカなことをやらかしたのは、前の会合で大恥かいたからだろう」
それはレンにもわかる。カエデが蹴り倒したあれだろう。あれでラバンからひどく恨まれることとなった。もっともあれは向こうの自業自得だと思うが。
「お前、その言い方はオーバンスさんに失礼だろう」
「いやいやボス。オレは事実を言っているだけですよ。兄弟も、もうちょっと手加減してくれればよかったとか、そんなことを言ったりはしません」
「言ってるじゃないですか……」
だがシーゲルの言いたいこともわかる。メンツを完全に潰された人間は、やけになって何をやるかわからない。あの時はレンもちょっとやり過ぎでは? と思ったりしたのだから。
「とにかく元々の責任は、会合に兄弟を呼んだオレにある。だから兄弟、ここはボスの首じゃなく、オレの首に免じて許してくれ」
そう、ギブラックの処分だけではなく、シーゲルの処分も問題だった。というのもシーゲルは、
「もしボスが兄弟に殺されるなら、オレも一緒に殺されますよ」
と公言していたからだ。
本気かどうかわからないが……多分本気だろうとレンは思っている。
一緒に死ぬと言っておいて、後でやっぱりやめました、なんてことになれば大恥もいいところだ。口に出した以上、後戻りはできないだろう。
そしてレンにはシーゲルを殺す気はない。というより死んでほしくない。
彼とは仲間と呼べるほど親しくないが、これまで色々な付き合いがあったし、もう他人ではない。それに有力な仕事の取引先でもある。
心情面からも、実利の面からも、ラバンのせいで死んでもらっては困るのだ。
シーゲルは、そんなレンの心情をある程度読み取っていた。今までのレンの言動から考えても、自分はそう簡単には殺されないだろう、との読みもある。もちろん向こうの怒りが予想以上で、全員皆殺しだ、なんて可能性もあるが、その時はその時だと覚悟は決めていた。
だが今のレンの表情を見ている限り、どうやら自分の読みは正しかったようだ、とシーゲルは確信を深める。
兄弟は身内に甘いからな――と思いつつ、彼は口を開いた。
「もう一度言うが、ラバンのことはオレに全責任がある。それで兄弟に殺されても文句は言わねえ。けど兄弟もちょっとは悪かったと思ってくれてるなら、ここは一つ、でっかい貸し一つってことで手を打ってくれないか?」
あえて気安い調子でシーゲルは言う。これは彼にとって賭けだった。ここでレンがふざけるなと激怒すれば終わり、だが少しでも聞く耳を持ってくれたなら……
はたしてレンは怒ったりせず考え込んだ。
「貸しですか……」
「自分で言うのも何だが、オレは結構兄弟の利益にも貢献してると思うぜ? そんなオレをラバンのために殺すっていうのは兄弟にとっても損失だ。正直、オレもあんな奴のせいで死にたくない。だからここは貸し一つ、オレを殺すのはまた今度ってことにしておこうや」
自分の生死に関わることなのに、シーゲルはまるで他人事のように言う。
殺すのを一時保留にするって、死刑の執行猶予みたいなものか? それってありなのか? などとレンは考えるが答えは出ない。ここには相談できる相手もいない。
シーゲルを殺したくないのは確かだが、調子よく彼に言いくるめられているような気もする。対人スキルが低く、交渉ごとにも不慣れなレンは、なんて言い返せばいいのかもわからず黙り込んでしまった。
言うだけ言ったシーゲルはレンの返答待ちだし、ギブラックはシーゲルに任せることにしたのか黙ったままだ。
しばらくしてレンが口を開いたのは、考えがまとまったからではなく、沈黙に耐えきれなくなったからだった。
「実際に犯行に及んだラバンは僕が殺しました。そんなラバンのためにシーゲルさんに死んでほしくない、というのは僕も同意見です」
「だったら――」
「でもここでシーゲルさんを許したら、きっと僕を甘く見る連中が出てきますよね? それだけは避けたいんです。同じことが起こらないようにしなければ」
「確かになあ。ここでボスやオレがお咎めなしなら、兄弟を甘ちゃんだと思う連中も出てくるだろうなあ」
「じゃあ、やっぱり死んでいただくことに……」
「待て待て、早まるな。こうしてボスとオレは兄弟にきっちり詫びを入れたんだ。それで許せば、兄弟は度量の大きさを示したことにもなる。一概に悪い話じゃない」
「でも、やっぱりわかりやすいケジメは必要でしょう?」
「だったら話は簡単だ。オレの首一つでケジメをつけてくれればいい」
二人のやりとりを聞いていたギブラックが口を挟む。
「ボス、それじゃあ話が振り出しに戻っちまう」
「ケジメですか……」
ポツリとレンがつぶやく。ふと思いついたことがあったのだ。
「ちょっと思ったんですけど、そのケジメとして髪を切って頭を丸めてもらうっていうのはどうですか?」
シーゲルとギブラックがびっくりした顔になる。
日本では反省の証として頭を丸める、というのはよく聞く話だった。戦国時代なら頭を丸めて出家する、なんて話もあったが、レンもそこまでは考えていない。ギブラックがレンに謝罪したということを、わかりやすく周囲に示す方法としてどうかと思ったのだ。
言われた方の二人は意表を突かれたようだ。この世界では、あまり一般的ではないのかもしれない。
「髪を全部切ってハゲにしろと?」
「まあ、言ってしまえば」
「やれと言われればやりますが……」
嫌がっているというより、予想外のことで考えがまとまらないといった様子のギブラックに対し、慌てた声を上げたのはシーゲルだった。
「ちょっと待ってくれ兄弟、オレにハゲになれっていうのか!? そりゃあんまりじゃないか?」
「嫌なんですか?」
「当たり前だ。大事な髪を全部切るなんて」
「つまり責任の取り方として効果的ってことですね?」
レンにしては珍しく意地の悪い笑みを浮かべると、シーゲルがうっ、と黙り込む。
「謝罪の証として首の代わりに髪を切れと。なるほど、誰が見てもわかりやすいケジメの付け方かもしれません」
「ボス!?」
「お前も死ぬ覚悟を決めてきたんだろうが! ゴチャゴチャ言わずにハゲになれ」
「……わかりましたよ。オレも男だ。潔く丸っパゲになりますよ。それでいいんだな兄弟?」
やけっぱちのようにシーゲルが言って、これで二人が頭を丸めると決まった。
だが今ここで、とはいかなかった。髪を切るだけならいいが、きれいに頭を剃るならちゃんと散髪屋に行かねばならない。
ダークエルフの集落に散髪屋はなかった。彼らはみんな髪型に無頓着で、髪は伸びたら適当に切っているだけだ。というか彼らは身だしなみ全般に無頓着だ。
男女とも化粧はしない、装飾品もつけない、服は機能性で選ぶといった感じで、見た目を全然気にしないのでオシャレとかいった感覚もない。
貧しい生活を送っていたのでオシャレなど気にする余裕はなかったというのもあるが、どうやらこれはダークエルフ生来の気質のようだ。密輸や運送業でそれなりの稼ぎを得るようになっても、着飾ることに誰も興味を示さない。
人間が高い衣服や装飾品を身に付けるのには色々な理由があるが、自分の権威を示すため、異性の気を引くため、というのはどちらも大きな理由だろう。
しかしダークエルフには、どちらの必要性も薄い。
まず権威についてだが、序列による社会が形成されているダークエルフには、権威という考え方自体が存在しない。だから着飾って自分を偉く見せる必要もない。
人類の歴史を振り返れば、身分制度と服装が結びついていた時代も多い。特定の色の服は、特定の身分の人間しか着てはいけないとか、そういう事例は前の世界でも、この世界でも多数存在する。
一方、ダークエルフたちにそんな決まりはない。序列で上下が決まるのだから、誰が何を着ようが関係ないのだ。
さすがに裸でいれば注意されるだろうが、必要最低限の服さえ着ていればそれでいいし、礼服とかも存在しなかった。
そして異性関係だが、これはレンも詳しいことまでは知らない。自慢ではないが恋愛はレンが一番不得意とする分野である。
ダークエルフたちの恋愛事情に興味はあるが、それを聞いて逆に、
「ではレン様の恋愛経験はどうなのですか?」
なんて聞き返されたら、非常に困ったことになる。
前世でも、この世界でも、レンの恋愛経験は0である。だからそういう話題には極力ふれないようにしていた。そんな中で手に入れた少ない情報によると、ダークエルフたちは外見で相手を好きになることはないらしい。
というよりダークエルフにも恋愛感情あるみたいだが、どうもその優先順位が低い。
人間なら恋愛最優先、好きになった相手のためなら何でもする、なんていうのは珍しくないが、ダークエルフにそんなことはあり得ない。序列最優先なのだから、極端な話、
「好きな相手を殺せ」
と命令されれば、躊躇なく殺すのがダークエルフだ。
人間にも様々な好きと嫌いがあるが、ダークエルフにとっての好き嫌いは、人間とは別物と考えた方が良さそうである。
ダークエルフには結婚という概念もないし、恋人という考え方もないようで、強いていうなら仲のいい同僚、ぐらいの相手しかいないようだ。だからといって孤独を感じるダークエルフもいない。
全てのダークエルフは序列によってつながっているから、全員が一つの共同体で、全員が気安い間柄だ。その中で少し仲のいい相手がいる、といった状況だろうか。特定の相手を自分だけのものにしたい、という独占欲もないらしい。
子供を産んで育てるのも、好きな相手の子供を産んでとかではなく、義務感の方が強いようだ。ちょっと話を聞いた限りでは、
「将来のことを考えれば、一人でも多くのダークエルフが、一人でも多くの子供を産むのが望ましい」
みたいな感じで、まるで貴族の政略結婚か、あるいは国の少子化対策みたいな考えで子供を産む。
ただ好き嫌いが全然関係ないかというと、そういうわけでもないみたいで、子供を作る相手は好き嫌いで選ぶらしい。ただしここにも序列が関係していて、序列が上の者が、相手を選ぶ形になっている。
「私はお前と子供を作りたいと思うが、お前にその気はあるか?」
と上の者が質問する。重要なのは質問であって命令ではないことだ。
ここで下の者が、問題ありませんと答えれば二人で子供を作ることになるし、そんな気はありませんとか、今は他の仕事がありますとかの返答なら、話はなしになる。
ダークエルフ同士には、ウソも忖度もないので、それだけで話が終わる。
人間の好きにも色々種類があるが、ここまで違うとダークエルフの好きと人間の好きは、根本的に別物ではないかと思えてくる。
人間にとって恋愛、結婚、子育てはどれも非常に重大な問題だ。人生の問題といっても過言ではない。一方、ダークエルフにとってそれらはあまり重要ではないようだ。彼らにとって一番重要なのはやはり序列。そこに大きな違いがある。
話を聞いたレンも、本当に彼らの気持ちを理解するのは無理だろうと思っている。同時に彼らが人間の気持ちを理解するのも無理だろう。
話が少し横道にそれてしまったが、とにかくそんなダークエルフたちは、外見や衣服には無頓着だ。衣服にこだわるとしたら、見た目ではなく実用性や機能性だ。
ちなみにレンもオシャレとかには全く興味がないので、衣服は動きやすいものを適当に選び、髪も伸びたら適当に切っている。レンのような人間にとって、ダークエルフの世界は非常に住み心地がいいともいえた。
というわけでここに散髪屋などはなく、シーゲルとギブラックには街に戻ってから頭を丸めてもらうことになった。
長くなりすぎたのでまた上下に分けました。
下は今日か明日には更新したいと思います。