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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第六章 王都の華
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第254話 後始末

 レンが誘拐犯たちを倒した後、しばらくしてから王都警備隊の一団が教会へ駆けつけてきた。


「こりゃまた派手にやったもんだな」


 部隊を率いてきた百人隊長のガトランが、気さくな調子でレンに話しかけてきた。

 レンとは顔なじみの百人隊長だ。彼とは特に親しかったが、彼に限らずレンは王都警備隊と良好な関係を築いている。

 理由は彼らと協同で作った出入組と呼ばれる組織だ。

 ダークエルフの運送屋が王都まで荷物を運んできても、そのまま王都内へ入るには色々と面倒な手続きがある。ダークエルフというだけで差別され、人間以上に警戒されるので、外壁の門でのチェックも厳しい。

 そこでガトランや、もう一人キリエスという百人隊長に話を持ちかけ、作ったのが出入組だった。

 ダークエルフたちは王都近郊まで荷物を運び、後はその出入組が壁の中へと荷物を運ぶ、あるいは中から外へと荷物を運んでくる。

 出入組は王都警備隊を退職した人間が多くを占めている。高齢とか、怪我や病気で職を失った人間の受け口となったのだ。いわゆる天下りに近い。

 出入組を介したことで、その分出費も増えた。だが荷物の検査を出入組が保証することで、門でのチェックが大幅に簡素化され、王都の出入がスムーズになった。王都警備隊がバックについているということで、王都の商人たちの信頼度も大きく上がった。

 どんな世界でも新参者は最初は中々信頼されないものだ。だが王都警備隊がバックについてくれたことで、その最初のハードルが低くなり、運送屋と取引してくれる商人が増えたのだ。

 多少の出費があっても、総合的に見て利点の方が遙かに大きかったといえる。

 当初、出入組は小さな組織としてスタートしたが、ダークエルフたちが取り扱う荷物量は増加の一途をたどり、それに伴い出入組も規模を拡大した。人員が増え、動く金も巨額となり、今や王都警備隊の中で大きな利権となっていた。

 そうなってくるとレンの扱いも変わってくる。王都警備隊にとってレンは大事な商売相手になったので、対応も丁寧を通り越して特別待遇だ。

 今回もレンはガー太に乗って急行してきたが、普通なら壁の門のところで止められていたはずだ。王都は基本、外から入る方がチェックが難しく、中から外へ出るのは比較的簡単なのだが、ガーガーに乗った人間が素通りできるはずもない。

 だが門番の王都警備隊がレンの顔を知っていたので、事情を話しただけで、すぐに通してもらえたのだ。

 門の前で並んでいる人たちを尻目に、さっさと門を通り抜けるのは露骨なひいきだが、この世界では権力者が特別扱いされるのが当たり前だ。レンはそういう不平等はよくないという価値観を持っているのだが、この時ばかりは特別扱いで助かった。

 事件のことは、すぐに百人隊長のガトランにも連絡が行き、こうして部隊を率いて急行してきたというわけだ。


「こいつら全員、お前がやったのか?」


 教会には二十人を超える死体があった。


「いえ、僕が倒したのは一人だけです」


 誘拐犯たちに殺された被害者四人――神父、御者、神聖騎士二人――を除けば、後の死体は全て誘拐犯たちだ。そのほとんどを倒したのは神聖騎士の二人だった。

 ここで何があったのか、レンはすでにマローネ司教から聞いていた。

 犠牲になった人には申し訳ないが、マローネたちがここに来てくれたのは幸運だった。もし彼らがいなければ、レンが来る前にミリアムはさらわれていただろう。

 それにしても死体を見るのにもずいぶん慣れてしまった。この世界に来た当初は、惨殺死体などとても直視できなかったが、今ではむごたらしい死体を見ても平然としていられる。もちろんいい気分はしないが。


「なるほど。司教様の護衛の神聖騎士がやったのか」


 レンから事情を聞いたガトランが、納得したようにつぶやく。彼も神聖騎士が精鋭であるという話は聞いて、その実力が本当だったと思っているのだろう。


「後の始末はこちらに任せてもらえるのか?」


「お願いします」


 誘拐犯の生き残りは、全て王都警備隊に引き渡した。

 逃げた者はいない。生き残りは全員がレンに降伏した。その後でコッソリ逃げだそうとした者もいたのだが、それに気付いたガー太が追いかけて蹴り飛ばしたので、以後は全員がおとなしくしていた。


「ただあのダークエルフ二人にはちょっと借りができました。寛大な処置をお願いします」


 誘拐にはルーセントともう一人ダークエルフが加わっていた。二人ともラバンの部下だ。

 ルーセントからも話を聞いていたが、彼はレンとの関係を表沙汰にするのを嫌がった。最初から味方だったと明らかにすれば、処罰を受けることもなくなるはずだが、


「そうすると私とオーバンス様の関係を疑問に思い、そこからダークエルフ全体の秘密にたどり着く者が出てくるかもしれません」


 というのがルーセントの主張だった。

 レンが多くのダークエルフたちを従えているのは周知の事実だ。ここでルーセントとレンが最初から仲間だったと知られれば、もしや他のダークエルフも? と疑う者が出てきてもおかしくない。

 そこからさらに調査を進め、ダークエルフたちが序列によって統率されている、というところまでたどり着く者が出てくるかもしれない――そんなことをルーセントは危惧していた。

 わずかな危険でも序列の秘密がバレるようなことを、彼はするつもりはなかった。もしそれで自分が死罪になったとしてもだ。

 ただレンの口添えがあれば何とかなるだろうと楽観視もしていた。事件の主犯ならともかく、末端のダークエルフの一人や二人、権力者の言葉一つでどうとでもなるものだ。

 というわけでルーセントたち二人のダークエルフも王都警備隊に捕まり、レンは彼らの罪を軽くするよう頼むだけにしておいた。


「だがこいつらのボスを殺したのは痛いな。生き残った中に、事情を知る者がいればいいんだが」


「すみません。そこまで考えが及ばずに」


 ミリアムが怪我をしているのを見て激怒してしまい、そこまで考える余裕はなかった。もう少し冷静だったなら、ラバンを殺さず生け捕りにしていただろう。


「レンが謝ることじゃないさ。とにかく連中を尋問して情報を集めよう」


 レンは先にルーセントから話を聞いていたので、まずはそれを伝えておく。

 犯行はラバンの思い付きではなく、誰かが彼を雇ってミリアムを誘拐させようとしたらしい。だがルーセントもその雇い主が誰かまでは知らなかった。

 ガトランが他の連中も尋問したが、やはり雇い主を知る者はいなかった。

 だが得られた情報もあった。

 雇い主は知らなくても、その雇い主とのミリアムの引き渡し場所を知っている者がいたのだ。

 ガトランの行動は迅速だった。

 兵士たちを率いて、すぐにその引き渡し場所へ急行し、そこにいた馬車と兵士たちの一団を捕らえることに成功する。

 これでラバンたちを雇った犯人が判明した。捕まった兵士たちはラカルド子爵の部下だったからだ。


「捕まえた連中はラカルド子爵の部下で、ラバンたちがミリアムを連れてくるのを待っていたそうだ。ラバンが誘拐だけじゃなく、司教や伯爵家のお嬢様まで殺そうとしたことを伝えると、全部素直に話してくれたよ」


 というのはガトランから後で聞いた話だ。


「オレたちはラカルド子爵に命じられ、子供を一人連れて行くだけだったんだ。他のことは何も知らない。司教様を襲ったのは、そのラバンとかいう男たちが勝手にやったことで、オレ達は関係ない」


 などと必死に訴えているそうだ。

 平民の少女を一人さらうぐらい、どうってことはないと軽く考えていたのかもしれない。だがそこに司教や貴族殺しの罪まで加わると話は別だ。どう考えても死罪は免れない。彼らが保身のために必死になるのも当然だった。

 証言を得てからの王都警備隊の動きも迅速だった。

 レンの関係者の誘拐未遂というだけで、王都警備隊が本気で動く理由は十分だったが、そこに司教と伯爵家令嬢の殺人未遂まで加わったのだ。

 この事件の捜査に手落ちがあったりしたら、後々、自分たちにどんな災難が降りかかるかわかったものではない。

 動けるだけの警備隊の兵士を総動員し、すぐに王都にあるラカルド子爵の屋敷を急襲した。だが時すでに遅く、ラカルド子爵は王都を出て自分の領地へ帰った後だった。

 どこからか捜査情報が漏れたのか!? と王都警備隊は色めき立ったが、屋敷の人間を尋問すると、どうやらそうではないらしい。


「花嫁を迎える準備をしなければとおっしゃって、上機嫌で領地へお戻りになりました」


 というのが屋敷の人間たちの証言だった。子爵は誘拐が失敗したのを知って逃亡したのではなく、成功すると信じたまま領地へ戻ったようだ。

 では次は子爵を追って彼の領地へ――とはいかなかった。

 王都警備隊はその名の通り王都とその周辺での警察権を有しているが、王都の外、他の貴族たちの領地では何の権限も持っていない。自分の領地にいる貴族に対して、彼らは手を出すことができない。

 ここで事件は王宮へと上げられた。王都警備隊は、これ以上は自分たちの手に余ると判断し、事件の裁定を国王に委ねたのだ。

 事件の報告を受けた国王は頭を抱えることとなった。

 これがミリアムの誘拐だけであれば、あるいは巻き込まれたのがリネットだけならば、事件は貴族同士の争いであり、国王は関係者全員を集め、裁定を下せばよかった。

 おそらく、結果的にミリアムもリネットも無事だったということで、ラカルド子爵はレンとリネットの父親のダグオール伯爵に謝罪し、両者に多額の賠償金を支払う、というあたりが落とし所となっていた可能性が高い。

 だがそこにマローネ司教がいたことで話がややこしくなった。教会は国王の権力の外にいるからだ。

 当初、国王は事件にマローネ司教が巻き込まれたことを重く見ていた。司教が殺されかけたのである。これは教会にとって見過ごすことはできない大事件だ。

 司教を殺すということは、単に司教個人を殺すということではなく、教会そのものへの犯行と見なされる。放置すれば教会が甘く見られてしまう。犯人が貴族でも、いや貴族だからこそ、厳罰を主張してくるのではないかと国王は予想したのだ。

 だがこの予想は外れた。良くも悪くも。

 マローネ司教には、この事件を大きくするつもりはなかった。また彼の上司のハガロン大司教もそれは同じだった。

 ライバルのガーダーン大司教が失脚し、次期聖堂長を確実視されるハガロン大司教だが、まだ彼は聖堂長になっていない。自分の権力基盤が定まっていない状態で、国王と争うのは得策ではないと判断した彼は、事件の後始末は国王に任せようと考えていた。

 だがそれに反対の声を上げたのが神聖騎士団だ。

 今回の事件で彼らは二名の犠牲者を出している。神の敵と戦い死ぬのが神聖騎士団だ。教会を襲った者たちと戦い、二名の騎士が死んだこと自体は問題ではない。問題は敵が誰であるか、だった。

 例えば強大な魔獣相手に雄々しく戦って死んだとか、どこかの軍勢相手に奮戦して死んだとか、そういう死に方であれば文句はない。だが今回の相手は犯罪ギルドのチンピラだという。

 名誉ある神聖騎士が、高々チンピラ相手に戦って死んだなど、彼らは認められなかった。戦って死ぬならばもっと強大な相手でなければならない――と考えた神聖騎士団は、黒幕であるラカルド子爵の討伐を主張した。


「死んだ二人は犯罪ギルド相手に戦ったのではない。犯罪ギルドなどラカルド子爵の使いっ走りにすぎない。二人は子爵の魔の手からマローネ司教とリネット嬢を守り、戦って死んだのだ。その黒幕を許すわけにはいかない。我らの手で、神の敵であるラカルド子爵に神罰を下すのだ」


 というのが彼らの主張である。

 ハガロン大司教はその主張を無視できなかった。

 神聖騎士団は神の剣を自認し、


「剣は自ら考えない。ただ神の手によって振り下ろされるのみ」


 という理念を掲げ、普段から教会の政治には関わってこなかった。今回の次期聖堂長を巡る争いにも中立を保ってきた。

 だがそんな神聖騎士団だからこそ発言には重みがある。一度、神の敵を罰するべし、と言い出せば聖堂長でも無視できない。

 ましてやハガロン大司教はまだ聖堂長ではない。次期聖堂長は確実といわれているが、ここで神聖騎士団の機嫌を損ね、万が一にも足下をすくわれるようなことは絶対に避けねばならない。

 故にハガロン大司教も、内心とは異なる強硬路線を主張するしかなかった。


「今回のラカルド子爵の行いは、明確な神への反逆である。教会は彼を破門し、我らの手で神の裁きを下すであろう」


 というのがハガロン大司教が出した公式声明だった。

 国王はそんなハガロン大司教の苦しい立場を、ほぼ正確に把握していた。しばらく前、レンが主催したミリアムの舞台に出席し、そこでハガロン大司教と会って直接話をしていたことも大きかった。あれで互いの状況や、人柄をそれなりに理解することができた。

 だが相手の苦しい立場がわかっても、それでこちらが譲歩できるかどうかは別問題だ。

 教会が貴族を裁くような事例を認めてしまえば、後々まで禍根を残す。貴族を裁けるのは国王のみ、例外は断固として認めることはできない。だがハガロン大司教も簡単には譲らないだろう。そうやって両者の対立が大きくなるのも、また望ましいものではない。


「仕方ない。ここはレンに責任を取ってもらうとするか……」


 悩んだ末に、国王がポツリとつぶやいた。




 ちょうど同じ頃、シャンティエ大聖堂でもハガロン大司教が同じ問題で悩んでいた。


「マローネ、やっかいごとを起こしてくれたな」


 お前があの場にいたのが問題だ、どう責任ととるつもりだ、といった非難の意味を込めて、ハガロン大司教がマローネ司教に言う。ここはハガロン大司教の部屋で、室内には彼とマローネ司教の二人しかいない。


「申し訳ありません。お叱りはいくらでも受けますが、それより今は神聖騎士団をどう抑えるか、それを考えるのが先かと」


「そんなことはわかっておる。だが一度火がついた連中を止めるのは簡単ではないぞ」


「わかっております。それについては一つ案があるのですが」


「どんな案だ?」


「神聖騎士団は止められず、しかし国王陛下の譲歩も望めないとなれば、両者の折衷案を取るしかありません」


「具体的には?」


「レン・オーバンス様に動いていただくのはどうか、と考えております」

まーた間が空いてしまってすみません。

なんか後書きでずっと同じようなことを書いてる気もしますが……

リアルの方がですね、やっと少し落ち着いたか→落ち着いてませんでした、なんて状況を繰り返してまして、

今回もこれでやっと一段落、と思ってるんですけど、どうなるか。

とにかく少しずつでも書いていきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 細かいですが・・・ 「捕まえた連中」ではなくて 「捕まえられた連中」とか「捕まってる連中」 の方が日本語として普通と思う、です。
[一言] 誰も得してない結果がトホホという感じですねw
[気になる点] また、すっきりしない結末になるのか
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