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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第二章 胎動
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第24話 新たな巡回商人

 ガー太の乱入事件以降、ロゼたちが夜中に部屋に忍び込んでくることはなくなった。

 あの事件は大問題だったが、それ以外は三人に問題はなく、それどころか三人とも優秀だった。

 屋敷の雑用もしっかりこなしているし、勉強にもまじめに取り組んでいる。


「今は僕が教えることになってしまったけど、本当はちゃんとした学校を作りたいんだ」


 勉強を教えながら、レンは三人にそんなことを語った。


「それはダークエルフの学校を作るということでしょうか?」


「そうだよ」


 レンの言葉を聞いたロゼは、ちょっと考えてから質問した。


「失礼なことを聞いてもいいでしょうか?」


「なに?」


「どうして領主様はそんなに学校を作りたいのでしょうか? 正直なところ、私には我々に学校が必要とは思えないのですが」


 学校の勉強なんて社会に出たら役に立たない――学生時代にはレンも同じようなことを思ったことがあるが、ロゼが言いたいのはそれとは少し違うだろう。黒の大森林の集落でひっそりと暮らしていくなら、本当に勉強など必要ないかもしれないからだ。


「確かに集落で暮らしているなら、勉強なんて必要ないかもしれない。でも僕は集落はもっと発展すべきだと思っている。そのためには外の世界との交流が不可欠で、そうなると勉強して知識を得る必要も出てくる。文章のやり取りや、計算なんかは絶対に必要だし」


「我々は発展しないとダメなんでしょうか?」


「ダメってことはないと思うけど……」


 例えば、元の世界ではグローバル化という時代の流れがあった。技術の発展に伴って人、物、金の動きが加速したが、それに乗り遅れないよう世界を相手に国を開き、どんどん発展していこうという人々がいた。しかしそれに反対する人々もまた多かった。

 国や地域には固有の伝統や文化があり、それを破壊してまで発展するのがいいことなのか悪いことなのか、簡単に答えが出る問題ではない。

 だからレンも何が何でも発展がいいことだとは思っていない。ダークエルフの集落にも守るべき大切な物があるはずで、それをぶち壊してしまうのは問題だ。


「けど今のままじゃダメだと思う。集落の経済基盤は弱すぎるよ。少なくとも飢える心配がないくらいにならないと」


 黒の大森林の集落では、狩猟や採取だけで生活が成り立っていない。魔獣がいるから、得られる収穫が少ないのだ。だからナバルから食料を買い入れていた。その主な資金源は出稼ぎだ。森の外へ多くのダークエルフが働きに出ているのだ。

 だが差別されるダークエルフでは、出稼ぎに出てもいい職には就けない。一番多いのは傭兵だそうだが、それも安い金でこき使われている。

 得られる金は少なく、当然ながら買える食料も少ない。集落の食糧事情はいつもかつかつだった。

 レンはこの現状をどうにかしたいと思っていた。

 集落に何か産業を生み出し、それで食べていけるようになれば、わざわざ出稼ぎに行く必要もなくなる。

 教育にしてもそうだ。今は他に手がないから、レンが先生をやっているが、もっとちゃんとした教師を呼んでやりたい。探せばダークエルフに差別意識のない教師だって見つかるはずだ。

 だがそのためには、やはり先立つ物がいる。食べる物も不足する現状では、教育にお金を回すことは難しい。

 異世界に来てもお金かと思うと悲しくなってくるが、人間社会ではやはり金なのだ。そしてこんな時こそ、異世界の知識を活用すべきだと思ったのだが……

 役立つ知識がないんだよね……

 レンの前職はプログラマー。はっきり言ってこちらの世界では役立たずだ。だが仕事で得た知識が役に立たなくても、雑学として得た知識はある。

 レンが真っ先に思い浮かべたのはノーフォーク農法だ。農業をやった経験など皆無だが、オタク趣味の作品で多数登場していたため、自然と覚えた知識だ。栽培する作物を組み合わせた四輪作で、元の世界の歴史では農業革命と呼ばれるほどの影響を与えた。

 だがこれはすぐに却下した。農業をやるだけの土地がなかったからだ。黒の大森林を大規模に開拓すれば話は別だが、そんなことは無理だから、現状では農業系の改革はどれも無理ということになる。

 ちなみにだが、もし土地があったとしても失敗していた可能性が高い。レンはノーフォーク農法を中途半端に覚えていて、小麦→牧草→大麦→牧草と畑に植えて、土地を回復させながら、畜産を行うのだと思っていたからだ。植える作物を間違っているし、そもそも条件に合致する作物がこの世界にあるかどうかも不明だ。

 基本的な考えは合っているから、試行錯誤を繰り返していけば、いつか実現できたかもしれないが、それには長い年月が必要だっただろう。

 農業がダメなら製造業だということで、紙の製作について、もう一度思い出そうともしてみた。この国で一番使われているのは獣皮紙と呼ばれる紙で、異世界に来てすぐの頃、木から作る紙を作れないかと考えたことがある。そのときは軽く考えただけだったが、今度は真剣だった。

 だがやはり思い出せない。

 原料が木なのはわかる。和紙の作り方はテレビの農業系アイドル番組などで見た記憶があるのだが、大きな木の枠に液体を入れて、ゆらゆら揺らしていたシーンぐらいしか覚えていない。あの液体は木を溶かしたものだと思うのだが……

 途中の工程がすっぽりと抜けているのだ。これも基本的な流れは合っているので、試行錯誤を繰り返せばいつか実現できるかもしれないが、これまた長い時間が必要だろう。

 一応、ダールゼンには紙は木から作れると伝えてはいた。黒の大森林には木がたくさんあるから、開発に成功すれば利益が見込めると思うのだが、今必要なのは未来の産業ではなく目先の金だ。

 他にも色々考えてみたが、これという案は浮かばなかった。こんなことになるならもっと色々勉強しておけばよかったと思うが、今更いってもしょうがない。そもそもこんなことになるのが予想外すぎるし。




 ロゼたちに読み書きを教えながら、そろそろ休憩しようかと考えていたところにマーカスがやってきた。


「レン様。新しい巡回商人がやって来ました」


 先日、オーバンス伯爵が来た際、新しい巡回商人を選んだので、数日もすればやって来るとは聞いていた。


「すぐに会います」


 ダークエルフにも関わる大事なことだから、というわけでロゼたちと一緒に応接室へと向かう。

 そこでは二人の人物が待っていた。


「あ、お兄ちゃん」


 一人はミーナだった。彼女に会うのは、ナバルが魔獣に殺されたとき以来だ。

 家族を全て亡くしたミーナは、南の村の村長宅でお世話になっている、という話は聞いていた。レンも彼女のことは気になっていたのだが、会っても何を話していいかわからず、会いに行けなかったのだ。それに南の村にはもう近寄りたくもなかった。


「ミーナちゃん、その、久しぶり」


「うん」


 笑顔で答えてくれたミーナだが、やはりその顔には影がある。だが、それでも笑えるだけの元気があるのはいいことだと思った。


「庭にいるガー太とは会った?」


「まだ。遊んできてもいい?」


「もちろんいいよ」


 それを聞いたミーナはすぐに外へ飛び出して行く。やはり目当てはガー太だったようだ。


「そうだ。ロゼたちも一緒に行って、あの子の様子を見てきてくれる?」


 大丈夫だと思うが念のためだ。三人がうなずき、ミーナを追って部屋から出て行くのを見送ってから、レンはもう一人の客人へと向き直った。


「どうも始めまして。レン・オーバンスです」


「マルコと申します。新しい巡回商人の役目を任されました。以後お見知りおきを」


 そう言って頭を下げるのは、二十代前半ぐらいの若い男だった。

 この人が新しい巡回商人か。だけど……

 レンの第一印象を正直に言うと、なんだか軽薄そうな人だな、だった。初対面の相手に失礼だが、実際にそんな印象なのだから仕方ない。

 顔立ちはいいと思うのだが、口調や態度がどこか軽い。

 強面だったナバルと違って気後れせずに話せるのはいいが、危険な仕事なのに大丈夫だろうかと心配になってくる。


「マルコさんは、どうしてミーナと一緒に?」


 まずはそこから訊ねてみた。


「あの子は私のいとこなのです。ここにご挨拶に来る前に、先に村の方へ様子を見に寄ったのですが、そこで自分も一緒に行くと言い張って。ご迷惑でしたか?」


「いえ、そんなことは。僕もミーナのことは気になっていましたから」


 それからマルコは自分の生い立ちを一通り説明した。

 彼の父親はナバルの弟で、ナバルが伯父、ミーナがいとこになる。ナバルの一家とは結構付き合いがあり、巡回商人の仕事を手伝ったこともあるらしい。ザウス帝国やターベラス王国への隊商に参加したこともあるそうで、そんな経歴を知ったオーバンス伯爵が、彼を巡回商人にスカウトしたのだ。


「隊商といっても下っ端でしたけどね。まあナバルおじさんと一緒に働いたこともあるので、どうにかなるとは思います」


「ナバルさんのことは残念でした。僕がもっとしっかりしていれば、彼を助けられたかもしれません」


「いえいえ。レン様が気に病むことじゃありません。運が悪かったんですよ」


 少し悲しそうな顔でマルコが言う。


「ナバルおじさんは顔は恐いし、怒ると恐い人でしたけど、色々とお世話になりました。お恥ずかしい話ですが、私は実の親とは折り合いが悪くて、むしろおじさんの方にかわいがられたというか。そんなおじさんの跡を継ぐわけですから、がんばらせてもらいます。おじさんはお前のような半人前に任せられるか、なんて言いそうですけど」


 一通りの仕事内容がわかっているので、後の打ち合わせも早かった。

 ナバルが使っていた荷馬車は、今はレンの屋敷の庭に置かれている。彼の持っていた商品、金品も全てそのまま保管してある。足りないのは荷馬車を引く馬ぐらいだったが、それはマルコが連れてきていた。

 準備がいいな、とレンはマルコに対する評価を引き上げた。軽い雰囲気だが、案外抜け目がないのかもしれない。

 マルコはこれからに馬車に乗って南の村に行き、そこで何人か村人を雇ってから、早速西の方へ商売に向かうと言った。

 そしてレンは重要なことを確認しておく。


「父上から聞いているかもしれませんが、黒の大森林にはダークエルフの集落があります。マルコさんには、そことの取引もお願いしたいのですが」


「少しは聞いています。さっきのダークエルフの子もその集落の子ですか?」


「はい。ここで屋敷の手伝いとか勉強とかをしています」


「レン様はずいぶんダークエルフに友好的なのですね。なにかお気に入りの理由でもあるのでしょうか?」


 なんだか意味深な笑いを浮かべ、マルコが訊ねる。


「魔獣対策からも、彼らとは仲良くすべきだと思っています」


「なるほど」


 マルコは大きくうなずき、


「私もレン様のように、彼らと友好的な関係を築きたいものです」


 おやっと思った。ダークエルフ嫌いだったらどうしようと心配していたのだが、今の言葉をそのまま受け取ってもいいものか。


「マルコさんはダークエルフを嫌いとか、そういうことは思っていないんですか?」


「私も商人の端くれですから、好き嫌いで相手を選ばないよう日々努力しています。そこでレン様にご相談なのですが、ダークエルフたちの集落に、なにか売れる物がないか、聞いていただけないでしょうか?」


「売れる物って、具体的にはなんでしょうか?」


「わかりません。ですが希少価値があれば、なんでも商売になる可能性があります。ダークエルフなら人が持っていない物を持っているかもと思いまして。意外な物に高値が付いたりするのが商売ですから。もっとも売れると思った物が全然売れないのも商売ですが」


 マルコの申し出は願ったりかなったりだが、肝心の売り物があるかどうかが問題だ。

 実は言われてすぐに思い浮かんだ物があった。ダークエルフたちが使っている弓矢だ。

 強力な合成弓に、魔獣の超回復を阻害する矢。どちらも十分売り物になる可能性がある。だが材料に魔獣の皮や骨を使っているので量産は難しいだろう。また魔獣の素材を使っていることで嫌悪感を覚える者がいれば、ダークエルフへの差別を助長しかねない。物が武器でもあるし、慎重に考慮する必要があった。

 結局、この場では具体的なことはなにも言わず、考えておきますとだけ答えておいた。

 これから西へ向かいガスパル山脈の砦まで行けば、戻ってくるのはおよそ二週間後。それに合わせてダールゼンを呼んでおき、もう一度ここで話し合いをするということで話はまとまった。


「最後にミーナですが、あの子の母方の姉の家に預けようと思います」


 ミーナの伯母の家は、ここから西にあるダバンという街でパン屋をやっているとのことだ。


「前からおじさん一家もよく立ち寄っていましたから、気心も知れています。ここに来る途中、立ち寄って話をしてきたのですが、快く引き取ってくれるそうです。夫もまじめなパン職人なので、私なんかが面倒見るよりいい環境でしょう」


 しばらくはこのまま南の村で預かってもらい、次に西のジャガルへ商品を仕入れに行くとき、彼女も一緒に連れて行くとのことだ。


「くれぐれもよろしく頼みます。しばらくして落ち着いたら、僕も様子を見に行ってみます」


 そこまで気にしているのかとマルコは驚いたようで、向こうにもよく伝えておきますと言ってくれた。

 これで話は本当に終わり、荷馬車を引き渡すため庭へ出たのだが、そこではミーナがガー太に乗って遊んでいた。彼女だけではなく、ロゼたち三人も一緒にガー太に乗り、四人乗りで楽しそうに騒いでいる。

 ガー太を見たマルコが驚くのも恒例行事だ。

 連れてきた馬を荷馬車につなぐと、マルコは一人で馬車に乗って村へ戻っていった。ミーナはまたマーカスに送ってもらうことにする。

 楽しそうにはしゃぐミーナを見ながら、少しでもつらいことを忘れてくれることをレンは願っていた。

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