第250話 騎乗試合(下)
まさかの奇策に意表を突かれたが、次はそうはいかん。敗北にさらなる闘志を燃やしたゼナディスは二人目の騎士にアドバイスを送る。
「向こうはまた同じ手で来るかもしれん。相手の動きから目を離すな」
うなずいた騎士だったが……。
「始め!」
の声とともに始まった二試合目も、一試合目と全く同じ結果となった。
二人目の騎士は、言われた通りレンから目を離さなかったが、ガー太の飛び蹴りをよけられず落馬した。
続けて三人目も出てきたが、これまた同じように敗北する。
「おのれ……」
顔を赤くしてうなり声をあげるゼナディス。
何をやっている!? という怒声が出かかるが、それをギリギリ飲み込んだのは、これがたやすい相手ではないと彼も気付いたからだ。
あの鳥の動きは速い。矢のような速度で蹴りが飛んでくるが、近衛騎士は重い全身鎧で身を固めているため動きが鈍く、わかっていても避けられない。
しかも騎士たちは騎乗戦闘の訓練はしていても、飛び蹴りしてくる鳥相手の訓練などしたことがない。いきなり対応しろと言われても難しい。
試合前、慣れぬ騎乗戦闘で叩きのめしてやれと思っていたら、こちらが不慣れな戦いを強いられているのだ。
だが三戦して対策も見えてきた。避けられないなら受け止めればいい。
四人目の騎士は槍に加えて大型の盾を持って現れた。
弓隊に向かって突撃するときに使うラージシールドだ。これを構えて突撃することで、弓や投石などの飛び道具から身を守る。それと同じようにあの鳥も盾で弾き飛ばせばいい。
だが……。
「ぐわーッ!?」
悲鳴を上げて、盾を持った騎士が落馬する。
四試合目。
近衛騎士は盾でガー太の飛び蹴りを受けた――まではよかったが、受け止めきれずに吹っ飛ばされたのだ。
ゼナディスは信じられない思いでそれを見ていた。
不安定な馬上とはいえ、盾を構えて踏ん張る騎士を蹴り落とすなど、あの蹴りはどれだけの威力があるのか。
しかし避けるのもダメ、受け止めるのもダメとなると、いよいよ打つ手がない。
このまま次々と対戦相手を出して相手のスタミナ切れを狙うという方法もあるが、レンに疲れた様子は全く見られない。
重い鎧を装備して戦えばすぐにヘロヘロになるが、レンは軽装で身軽だ。このまま試合を続ければ、十人抜きどころか、百人抜きまでされかねない勢いだ。
追い詰められたゼナディスは破れかぶれの手に出た。
一度に三人の名前を呼び、試合相手に出してきた。三対一である。
「オーバンス殿の見事な戦いぶりには感服した。そこでだ。次はこの三人相手に胸を貸していただきたい」
近衛騎士団が、鳥に乗った素人相手に完敗したなど、そんなことは許されない。三対一で勝っても自慢どころか恥にしかならないが、それでも一矢報いねばならなかった。
ひどいハンデ戦だなと思いつつも、レンはその申し出を受けた。今までの戦いから、三対一でも十分勝ち目があると判断したからだ。
「始め!」
審判の合図とともに、三騎はひとかたまりになって突っ込んできた。
今まではレンが武器を投げつけ、ひるんだところにガー太の飛び蹴りを喰らわせていた。
だが三騎なら、一人がやられても残り二人で倒せる。一人やられるのを前提で、三人は向かってきたのだ。
レンは向かって右の騎士に槍を投げつけ、動きを止めたところをガー太が蹴り落とす。
ここまではさっきまでの試合と同じだったが、今回の相手は三人いた。
真ん中の騎士が、飛び蹴りを放ったレンめがけて槍を突き出す。
空中ではよけられまい! と勝利を確信した騎士だったが、レンはその攻撃をしっかりと見切っていた。
レンだけだったら空中で動くのは無理だったが、ガー太に乗っていれば足場があるのと同じだ。レンはわずかに体を傾け、ギリギリのところで槍を回避する。
驚いたのは相手の騎士だ。まるで槍がレンの体をすり抜けたように見えた。
二人の騎士は、レンとすれ違って駆け抜ける。
通常の駆け試合であれば、ここで一度仕切り直しとなり、体勢を立て直してから再度の突進となるのだが、そんなルールなど知らないレンはすぐに動いた。
レンはガー太に乗って馬と競走したことはなかったが、多分、直線のスピード勝負でも勝てると思っている。ただその差はあまり大きくないだろう。
一方、ガー太と馬で圧倒的に差があるのが小回りの良さだ。
走っていた馬がUターンしようと思うと、徐々にスピードを落としながらぐるりと回らねばならない。
だがガー太は人間のように急ブレーキをかけて逆方向へ走り出せる。すれ違ってからUターンする速さが全然違うのだ。
二人の騎士がスピードを落とし、レンの方へ向き直ろうとしたところへガー太が突っ込んだ。
仕切り直しのつもりだった二人はガー太の方を見ていなかった。その無防備な二人の内の一人をガー太が跳び蹴りで蹴り落とす。
「なっ!?」
驚いた最後の一人が、空中に向かって反射的に槍を繰り出した。
レンではなくガー太に向かって槍が伸びる。
馬を狙うのは禁じ手だし、何よりガーガーに害を与えるなかれというのがドルカ教の教えだ。騎士たちもガー太を狙うつもりはなかったのだが、慌てたせいで手元が狂ったのだ。
しまったと思う騎士だったが、そんな心配は無用だった。
自分に向かってきた槍をガー太は軽く蹴り飛ばす。空中二段蹴りだ。
「うおっ!?」
騎士の手から槍が飛んだ。
着地したレンが訊ねる。
「まだやりますか?」
「……いや、オレの負けだ」
一対一となり武器もなくなっては勝ち目はない。騎士は降参とばかりに両手を上げた。
ゼナディスは呆然とそれを見ていた。
バカな、こんなことが……
三対一での完敗である。自分の見ているものが信じられなかった。
「まだやりますか?」
レンがゼナディスに訊ねるが、すぐに返答は返ってこない。
ゼナディスの中では怒りと屈辱が荒れ狂っていたが、わずかに残った冷静な部分で思考する。
勝つ方法ならある。
三人でダメなら十人ぐらいでひとかたまりとなり、あの鳥に馬ごとぶつかっていけばいいのだ。相打ち狙いの突撃だ。こちらも何人か落馬するだろうが、相手を落とせば勝ちだ。普段の試合では故意に馬をぶつけるのも禁止だが、向こうには細かいルールはなしと伝えている。だから思いっ切りぶつければいい。
だがそこまでして勝って何になるのか。
三対一で負けたので、十対一で勝ちましたなど、もはや試合でもなんでもない。
しかもそれでも確実に勝てるという自信が持てなかった。
あの鳥のパワーやスピードも異常だが、乗っているレンも異常だった。鞍もなしに鳥にまたがり、跳んだりはねたりしているのに落ちるどころか姿勢もぶれない。どうしてあれで落ちないのか理解不能だ。
もしかしてとんでもない化け物相手にケンカを売ったのでは? という不安がゼナディスの頭をよぎった。
「どうします?」
答えが返ってこないので、レンが再び問いかける。
「……いや、さすがは武勲名高きオーバンス殿。見事な腕前、感服いたしました。相手をしていただいた新兵たちにも、いい訓練になったでしょう」
ここは一度引き下がるしかないとゼナディスは決断した。感情的になって勝ち目のない戦いを続けても、傷口を広げるばかりだ。
レンの相手をしたのは、いずれも新兵どころかベテランの近衛騎士だったが、それをそのまま言うことはできない。近衛騎士がおかしな鳥に乗った貴族に散々に打ち負かされたなど、それこそ近衛騎士団の名誉が地に落ちるし、自分の進退問題にも発展するかもしれない。
相手をしたのは新兵だから負けても仕方なかった――見え見えの言い訳でも、彼の立場ではそう言い張るしかなかったのだ。
もっと相手のことをよく調べるべきだった、とゼナディスは後悔していた。敵のことを調べるのは戦いの基本だが、ガーガーに乗って魔獣を倒すなどあり得ないと決め付け、情報収集を怠ってしまった。
もう一度レンのことを調べ上げねばならない、とゼナディスは復讐心をたぎらせていた。
一方のレンは、やっと帰れそうだとホッとしていた。予想以上に近衛騎士団に敵視されていることもわかった。自分の領地に帰るまで、もう王城に近付くのはやめておこうとあらためて決意する。
というわけでさっさと帰りたいレンだったが、このままガー太に乗って駐屯地を出るのは目立ちすぎる。
気まずい思いでゼナディスに馬車の手配を頼むと、彼はすぐに応じてくれた。ゼナディスにしても、結果がこうなった以上、目立たず静かに帰ってもらう方がよかったからだ。
王城へと使いが走り、すぐに迎えの馬車がやって来た。
一連の出来事の元凶であるブレンダを乗せてきた馬車だ。この馬車に乗ってさっさと帰るはずだったのに、拉致されるようにここに連れてこられてしまった。
今度こそ帰れる、と思いながら馬車に乗ろうとすると、心配そうな顔の御者が小声で訊ねてきた。
「あのう、すみません。ブレンダ様のことなのですが……」
「大丈夫、どうにかごまかせましたよ」
レンも小声で答えると御者がホッとした顔になる。一気に気が抜けたようで、その場にへたり込みそうだった。ブレンダのことがバレたら彼も無事ではすまない。生きた心地がしなかっただろう。
ガー太と一緒に馬車に乗り込み、レンもホッと一息つく。
慌ただしい一日だった。早朝からミリアムのいる教会へ出かけ、集落へ戻ってきたらブレンダがやって来て、慌てて城へと送り届けたら、近衛騎士団との試合だ。
帰ってゆっくりしようと思うレンだったが、この日の出来事はまだ終わっていなかった。
馬車が近衛騎士団の駐屯地を出たところで止まったのだ。
どうかしたのかな? と思っていると、誰かと話す御者の声が聞こえてきた。どうやら誰かが馬車の前に出てきたので止まったらしく、御者はその誰かと話しているようだ。
しばらくしてから、御者が車内のレンに聞いてきた。
「オーバンス様すみません。こちらの方が、あなた様の配下の者だとおっしゃっているんですが……」
「僕の配下ですか?」
馬車を止めたのはレンの配下らしい。ダークエルフだろうか? 何か緊急事態が起こって、ここまで駆けつけてきたとか?
などと思いつつ馬車の扉を開けて下りたのだが、そこにいたのはダークエルフではなく人間の二人連れだった。
一人は初老の男性で、上質の服を着て整った身なりをしていた。もう一人は中年男性で、こちらは下働きのような格好をしている。初老の男性が主で、中年男性が部下だろう。
「レン様! やっと見つけました。いったいどこにいらっしゃったんですか!?」
レンを見た初老の男性が、いきなりそんなことを言ってきた。
だがレンは相手に見覚えがない。名前を呼んできているのだから、向こうはこちらを知っているようだが……
その戸惑いが向こうにも伝わったのだろう。初老の男性はあきれたように大きなため息をつく。
「私の顔など覚えていませんか? そうでしょうな。あなた様は王都の屋敷にいた時は遊び歩いてばかり。屋敷の人間の顔など、誰も覚えていないでしょうな」
「王都の屋敷……?」
「はい。オーバンス家の王都屋敷を任されておりますドノバンです。思い出していただけましたか?」
「そういえば何となく……」
などと答えるレンだったが、冷や汗をかいている。
思い出すも何も、このドノバンとレンが会ったのは、レンがこの世界に来る前の話に違いない。
オーバンス伯爵家に限らず、有力な貴族は王都にも屋敷を構えるのが普通だ。
前のレンはその王都の屋敷に滞在したことがあり、その時にこのドノバンという男性とも会ったのだろう。
しかし今のレンがこの世界に来たのは、前のレンが勘当同然で家を追い出され、飛び地の領地へ飛ばされた後だ。今のレンは王都の屋敷に行ったこともなければ、ドノバンと会ったこともない。
王都に来る際、実家の人間と顔を合わす危険についても考え、何か対策しなければと思ってはいた。しかし思うだけで具体的には何もせず、それがついにこうなってしまった。
どうにかしてごまかし、この場を乗り切らねばならなかった。