第245話 話題性
色々な人間に大きな影響を与えたミリアムの初舞台は、すぐに評判が広がって舞の関係者や、貴族の間で話題となった。
元々、今回の舞台は始まる前から話題になってはいた。しかし話題の中心は国王がシャンティエ大聖堂を訪問するという部分で、舞はあくまで付属品の扱いだった。
ジョルダンをはじめ、豪華な奏者がそろったものの、肝心の舞い手が無名のミリアムだったため、多くの人間はこう考えた。
「重要なのは国王陛下とハガロン大司教の会談であり、舞台はその理由付け、つまりどんな舞台でもいいのだろう」
というわけでほとんどの人間は舞台の内容など気にしていなかったのだが、蓋を開けてみれば、観客は大絶賛だったというし、何より国王陛下が気に入ったというではないか。
この話を耳にした目端の利く者たちはすぐに動いた。早くも舞台の翌日には、ドーソン団長のところを訪れる者が現れた。目的は当然ミリアムである。
彼女はドーソンの舞団に所属しているので、どこに出演するか決めるのは団長の彼になる。そのため、まずは彼のところに出演オファーが来たのだ。
「当家で開く予定のパーティーに、ミリアムを呼びたいと思っている」
と貴族からの招待もあれば、
「次の舞台は、ぜひうちの劇場で」
といった劇場からの出演オファーもあった。それも普通ならドーソンなど相手にしてもらえない大劇場からだ。
「それにしてもドーソン団長はさすがですな。幼い少女の才能を見抜き、あんな大舞台に抜擢するとは。感服致します」
彼らはそんなことを言って、ドーソンのことを持ち上げた。言われた方もお世辞とわかってはいるが、気分の悪いはずがない。おだてられて調子に乗ったドーソンは、ちょっと大げさに自慢してしまった。
「ミリアムの才能は私も見抜いていました。将来、あの子は大物になるぞと」
「では、やはりドーソン団長から、あの子をオーバンス様に売り込んだのですか?」
「まあ、そうですな。実は最初オーバンス様はミリアムを身請けして、舞い手をやめさせるつもりだったのですよ」
「なんと!? では、どこかでオーバンス様の気が変わって?」
「ええ。私の方から申し出たのです。一度、あの子の舞を見てやってもらえないかと。見てもらえば、その素晴らしさをわかってもらえると思いまして。案の定、舞を見たオーバンス様も感服なさって、舞い手を続けて良いということになりました」
「そのようなことがあったのですな。ドーソン団長があの子を守り、育て上げたというわけだ」
レンとラカルド子爵が混じってしまっていたが、少し話をはしょるぐらいはいいだろう、と調子に乗ったドーソンは思っていた。
本来なら、そのまま調子に乗って依頼を受けまくりたいところだった。話題になっているうちにミリアムをどんどん舞台に出し、馬車馬のごとく働いて稼いでもらうのだ。
しかしそうはいかなかった。先にレンが手を打っていたからだ。
レンは舞台が大成功に終わったのでミリアムの将来も安泰、と単純に考えたりはしなかった。舞の世界には素人でも、似たような事例を知っていたからだ。
人気の出た子役が、周囲の大人たちの欲望に巻き込まれて潰れてしまった、なんて話は日本の芸能界とか、ハリウッドとかで聞いたことがある。
人気が出るのはいいことだ。しかし人気が出すぎれば、それはそれで問題となってしまう。
人気に比例して動くお金も大きくなり、大金が動けば色々な人間がすり寄ってくる。この図式は日本だろうが異世界だろうが変わりない。
成功するまでが大変だが、成功すればまた別の問題が出てくるのだ。誰かがミリアムを守らねばならないが、ではレンが守れるかというと心許ない。
自分がミリアムのマネジメントとか、プロデュースとか、そういうことができるとは思えない。繰り返すが舞の世界の素人だし、いつまでも王都にいるわけでもない。次々にやることが出てきて滞在が延びているが、全部片付けば自分の領地へ帰るのだから。
誰かにミリアムのことをお願いしなければ、と考えたレンが白羽の矢を立てたのは、またもマローネ司教だった。
「ミリアムさんを教会に預けるというのですか?」
ミリアムの今後について、相談を持ちかけられたマローネは意外そうに答えた。
一流の舞い手は社交界の華でもある。ミリアムはまだ一流と呼べるほどではないが、今回の舞台の成功で名前も売れるだろうし、将来性は十分だ。
そういう舞い手の後援者であることは、貴族にとって大きなステータスとなる。日本で例えれば、有名芸能人を電話一本で呼べるようなものだろうか。社交界では大きな武器だ。
今、レンはミリアムを自由にできる立場にいるのに、それを自分から手放すというのは、マローネにとっても理解しがたい行動だった。
だが純粋にミリアムを推しとして応援していたレンにしてみれば、当然の結論といえる。
いわば今回の成功は、推しのアイドルがメジャーデビューするようなものだ。ちょっと距離が遠くなるのは寂しいが、ファンとしては新たな旅立ちを応援すべきだろう。
「舞い手としてミリアムが成長していくには、教会で面倒を見てもらうのが一番だと思ったんですが」
少なくとも、このままドーソン団長のところに置いておくのは危険だとレンは判断した。
彼はそこまで悪人ではないと思うが、貴族からの圧力や、大金に逆らえるほどの人物とも思えない。自分の利益のために、ミリアムを売り飛ばしかねない。
もっと大きな舞団でも、大金が絡めば同じ危険がある。
ではどこなら安心できるかと考えて、出た答えが教会だった。
教会は舞の本場であり、これまで多くの舞い手を育ててきた実績もある。貴族でも教会には容易に手出しできないし、設備だって整っている。環境としてはここが一番だろう。
もちろん教会も清廉潔白とは限らない。実際に大司教の権力争いに巻き込まれたし、ミリアムを利用しようとする者もいるだろう。
そこでマローネ司教だ。彼がミリアムの後ろ盾になってくれるなら安心だった。
これまでの経緯から、レンはマローネのことを非常に信頼していた。
「今まで、教会を出て市井の舞い手になる方はけっこういたのですが、逆の例はあまりありません。正直に言いますが、教会の舞い手には市井の舞い手を見下す傾向があります。私たちの方が上だと」
ですが、とマローネは続ける。
「ミリアムさんなら問題ないでしょう。シャンティエ大聖堂で見事に誘惑のフィリアを踊ったのですから、教会の舞い手も実力を認めるしかありません。それに私だけでなく、ハガロン大司教も彼女の後ろ盾になってくれるはずです」
レンの申し出をマローネは快諾してくれたが、今すぐに、とはいかなかった。マローネの方で根回しをしてくれるそうだが、それには相応の時間がかかる。
またレンの方でも、ミリアム本人の意思を確認する必要があった。彼女にとってもいい話なので、断る理由はないと思うが。
話がまとまるまでの間、ミリアムの身柄は王都郊外の小さな教会で預かってもらうことになった。この一ヶ月、舞台のために猛特訓を積んできたし、しばらく静かな環境で休養してもらおうと思ったのだ。
休養の件はドーソン団長には事後承諾となった。次々と持ち込まれるオファーに気をよくしていたドーソンだったが、
「しばらく休暇に入った」
とレンから伝えられると一転、愕然とした顔になった。
「今が稼ぎ時なのに!?」
そんな言葉が喉元まで出かかったが、どうにかそれをこらえる。
きっと休暇というのは名目で、しばらく自分の手元に置いて可愛がりたいのだろう、などと推測したが、だからこそ逆らうことはできなかった。ここで逆らえば、レンの不興を買うのが明らかだったからだ。言われた通り、しばらくの休暇を認めるしかなかった。
レンは、しばらく教会で預かってもらうとだけ伝え、どこの教会か具体的なことは言わなかった。場所を教えたらドーソンや、他の人間が仕事の話を持ち込んでくるかもしれないと思ったからだ。
ミリアムは世間から一時的に姿をくらますことになったが、これがまた別の話題を呼んだ。今度はナゾの舞い手として話題になり始めたのだ。
人間、手に入らなければ欲しくなるし、会えない相手には会いたくなるものだ。
意図したわけではなかったが、ミリアムの舞台は品薄商法のようになりつつあった。
ミリアムの舞台の評判は口コミで広がったが、その中で最も拡散に貢献したのは皮肉なことにギブリー伯爵だった。なぜ皮肉かといえば、彼は舞台をほめるのではなく、けなしまくっていたからだ。
「どうしようもない駄作だった。あんなものを誘惑のフィリアとは認めない」
「舞い手が未熟な子供だったから、誘惑のフィリアを正しく舞うことができず、話をねじ曲げてごまかしたのだ」
と会う人会う人に散々悪口を言いまくったギブリー伯爵。さらに彼の非難はここで止まらなかった。
「あんなものをありがたがっている連中も理解不能だ。もう少し舞を見る目を養った方がいい」
アンチにありがちなことだが、作品それ自体の非難にとどまらず、作品のファンまでまとめてけなすことがある。
伯爵が作品の非難だけにとどめていたら、あるいは冷静な議論が交わされていたかもしれない。しかしファンを直接非難し始めた時点で、冷静な議論は不可能となってしまった。
ミリアムの舞台を見て、よかったと思った観客にとって、ギブリー伯爵の言葉は侮辱でしかない。腹を立てた彼らは反論し、それにまた伯爵が反論して――どこの世界でも繰り返される、ファンとアンチの感情的で不毛な争いが始まってしまったのだ。
「ギブリー伯爵が誘惑のフィリアに思い入れがあるのはわかるが、自分の判断が正しいと決め付けるのは思い上がりだ」
「伯爵も年を取って、頭が固くなったのではないか? もう新しいものを受け入れられないのだろう」
といった非難が返され、両者の争いはたちまちヒートアップした。
舞台は大多数の観客に好評だったので、ギブリー伯爵は劣勢に立たされたが、孤立無援ではなかった。観客の中には、他にも伯爵と同じような不満を抱いた者がいたのだ。いずれも伯爵と同じく、昔のディアンナのファンだった老人たちだ。彼らも昔の方がよかったという論調でギブリー伯爵に加勢し、両陣営は激論を交わした。
こうなると周囲の貴族たちも俄然、興味を引かれる。そこまで言い争っているのなら、自分の目で確かめてみたくなる。
国王と一部の貴族だけが舞台を見ていて、自分がそれを見ていないというのは、多くの貴族にとって耐えがたい状況だった。元々、貴族というのは自分が特別扱いされるのが大好きで、他人が特別扱いされるのが我慢ならないという人種だ。他の貴族が見たというなら、オレにも見せろと言い出すのが当たり前だった。
だが肝心のミリアムがさっぱり表舞台に出てこない。
彼女は王都郊外の小さな教会に滞在していたが、レンはマローネに場所を秘密にして欲しいと頼んでいたので、貴族といえども簡単に居場所をつかめなかったのだ。
結果、ミリアムの舞を見たい貴族たち、そして彼らの意を受けた関係者たちは、ドーソン団長のところへ詰めかけた。
最初は出演のオファーであり、ドーソン団長も気をよくしていたのだが、日がたつにつれ内容が変わっていった。
「どうか一度、舞を見せてもらいたい」
というお願いだったのが、
「これほど頼んでいるのだ。いい加減、よい返事を聞かせてもらおうか」
といったように圧力が混じり始め、
「どうしてもダメだというなら、こちらにも考えがあるぞ?」
最後には脅迫じみた言葉に変わってしまった。いらだってきた貴族たちが本性を現したのだ。
調子に乗っていたドーソンも事態の深刻さを悟り、顔を青くして弁明した。
「本当に私もどこにいるかわからないのです。おそらくオーバンス様の元にいると思うのですが……」
「ならばオーバンス殿に連絡を取ればいいだろう」
「それがオーバンス様もどこにいるかわからず……」
レンは王都郊外にあるダークエルフの集落にいたのだが、ドーソンはそれを知らなかった。ミリアムと同じく、レンの居場所を知っているのも限られた人間だけだったし、まさか郊外でダークエルフたちと一緒にいるとは想像もできなかったので、貴族たちもレンの居場所を見つけられなかったのだ。
当事者不在のまま、話題だけが広がり続けていた。
前話の後書きで、下は明日とか書いてきた気がするんですけど、気のせいです。
ウソです。ごめんなさい。
一応、言い訳させてもらうと、長くなりすぎて上下に分けて、下の部分は八割ぐらい書けてたんです。あの時点では。
だから明日とか言ってたんですけど、いざ下を書き終わって読み返してみると、
なんかぐだぐだ長いし、これいらなくね? と思えてきて……
で、削って書き直しとかやってる内に、もう何が面白いのか自分でもよくわからなくなってきまして。
悩んだ末に下は全削除で、新しくこの話を書き直しました。
というわけで、前の話からも(上)を削って全部なかったことにしよう、
いえ、見やすくタイトルを整えようかとも思ったんですけど、
自省の意味を込めて、そのまま残すことにしました。
すみませんが、そういうことでお願いします。