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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第六章 王都の華
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第240話 ダルカンの会合(上)

 ジョルダンが出演を承諾してくれたので、レンとマローネ司教は、さっそく彼の予定を確保するため、二人で彼の仕事先を回り始めた。

 といっても交渉はほとんどマローネが行い、レンは付き添いのようなものだった。

 もうマローネ一人でいいのでは? と思ったりもしたが、言い出しっぺが任せっきりというわけにもいかず、一緒に付き合った。

 それにしてもマローネの話術は見事だった。

 ジョルダンは人気の奏者だ。それを横から割り込んできて、


「こっちの仕事をやってもらうことにしたから、そっちの仕事はキャンセルしてくれ」


 と言われて、素直にはいと言う者はいない。

 しかも相手は大劇場の支配人とか、大きな舞団の団長だ。それなりの地位と権力があり、教会の司教でも簡単に言うことを聞かせられない。

 最初は全員、


「いくら司教様の頼みでも、こればかりは無理です。こちらにも都合があるのです」


 などと言って断ろうとしたが、これをマローネが説得した。


「今回の仕事には、教会と王家が大きく関わっているのです。反対するのはいいですが、教会と王家の不興を買うことになりますよ?」


 という意味の言葉をマローネは相手に伝えるのだが、これをそのまま言ったら明らかな脅迫である。ところがマローネがこれを言うと、


「このままでは、あなたが大きな被害を受けるのではないかと、私はそれを心配しているのです」


 みたいに、相手のことを案じているかのように聞こえるから不思議だった。言っていることは脅迫なのに、それを伝えているマローネは、相手を心配する慈悲深い司教のように思えてくる。

 脅迫されれば反発した者もいただろうが、心配されたら、自分でも不安になってきたりする。

 マローネの言葉で心が揺らいだところに、キャンセルに伴う損失は全てレンが補償する、というのがとどめになった。

 最後には全員が仕事のキャンセルに応じてくれた。


「それでは次に参りましょうか」


 ジョルダンの予定が確保できても、交渉はまだ終わらなかった。

 他の奏者選びをジョルダンに一任したのだが、今度は彼が選んだそのメンバーを確保する必要があった。

 正直、安請け合いしたのをちょっと後悔したレンだったが、舞台の成功にはそれが必要なのだ、と自分に言い聞かせてあちこちを回ることになった。

 そこでも交渉はマローネ頼りだ。もし彼がいなくてレン一人だったら、とてもではないが全員との交渉をまとめるなど無理だっただろう。

 ジョルダンが選んだメンバーは全部で十一人。

 その内、実際に舞台で演奏するのは七人で、残りの四人は下働きを兼ねた予備のメンバーだ。この四人はいずれも無名の若手奏者で――ただしジョルダンが才能があると目をかけている若手であり、経験を積ませたいと選んでいた――話はすぐにまとまった。

 まだ無名なので、仕事の予定がなかったり、あってもすぐに断れるようなものばかりだったし、


「ジョルダンさんが、あなたを推薦したんです」


 と伝えれば、喜んで参加を承諾してくれた。

 残り七人のうちの二人も、同じような無名の若手で、こちらも話はすぐにまとまった。

 残り五名のうち、三人はそれなりに名の売れた奏者、最後の二人はジョルダン並みに人気のある奏者だった。

 彼らには、あらかじめジョルダンが手紙を書いてくれた。それを読んだ当人たちは全員がやる気になってくれたのだが、問題は彼らにも仕事の予定があったことだ。

 そこからまたジョルダンの時と同じように、マローネと二人で彼らの仕事先を回り、キャンセルを了承してもらわねばならなかった。

 数日かけて全員の仕事先を回り、予定を調整し終わったときには、レンは精神的に疲れてヘトヘトになっていたが――見知らぬ相手を訪問したりして話すのは苦手だ――交渉のほとんどを引き受けてくれたマローネはけろりとしていた。


「マローネさんは疲れたりしないんですか?」


「多くの人の話を聞き、多くの人に話をするのが私の役目ですから」


 なるほど。宗教家というのは、どこの世界でもそういうものかもしれない。レンにはとても務まるとは思えなかったが。

 とにかくこれで奏者は全員集まり、彼らはすぐに猛特訓に入った。なにしろ上演の日まで一ヶ月を切っている。時間は十分とはいえなかったが、全員がやる気を出して燃えていた。

 誘惑のフィリアの演出を大きく変える、と聞いた彼らの反応は、みんなジョルダンと同じようなものだった。

 最初は驚いたものの、すぐにディアンナの呪いに挑戦してやろうじゃないか、とやる気になったのだ。元々、そういう挑戦的な人間をジョルダンは選んでいたので、意識の統一に乱れはない。

 ミリアムの実力を疑う者もいたが、これもジョルダンが、


「まだまだ未熟だが、才能ある舞い手だと思う」


 と言うと納得してくれた。これもまたジョルダンへの信頼ゆえだ。

 こうしてメンバーが決まり練習が始まればレンのやるべきことはない。逆に顔を出して彼らの気が散ってもマズいので、後は全て任せることにした。

 それまで忙しく動き回っていたのが急に暇になったわけだが、レンにはもう一つ果たさねばならない約束が残っていった。

 シーゲルとの約束である。




「わざわざすまねえな、兄弟」


「いえいえ約束ですから。それにこちらこそ、シーゲルさんにはお世話になりましたから」


 出迎えてくれたシーゲルに、レンも軽く挨拶する。

 ミリアムの舞台まであと一週間というこの日、レンは王都にある一軒の屋敷を訪れていた。

 シーゲルが所属する犯罪ギルド・ダルカン。そのボスの屋敷である。今日はここでダルカンの幹部会が開かれるのだが、レンもそこに出席することになっていた。

 ミリアムの舞台のため、シーゲルには多額の資金を出してもらっていた。

 ジョルダンの出演料に、先に決まっていた仕事のキャンセル料。他のメンバーの出演料とキャンセル料も全て彼に用意してもらった。

 ジョルダン含め、売れっ子の奏者の出演料は高額だったし、キャンセル料として支払った金額はそれよりさらに大きい。他にも衣装代やら、シャンティエ大聖堂を借りるための教会への寄付やらで、シーゲルに出してもらった金はゆうに金貨千枚を超える。金貨一枚十万円の計算なら、一億円以上の支払いだ。

 これをシーゲルは嫌な顔一つせず、気前よく出してくれた。

 マルコとの取引、そしてダークエルフの運送馬車を使った自前の取引で、シーゲルが莫大な利益を上げているのは知っている。今の彼にとって、金貨千枚は余裕で出せる金額だとは思うが、それでもこれだけ出してもらって何もしないというのも気が引ける。

 というわけでレンは彼の頼みを引き受け、ここに来ることになったのだ。

 シーゲルは申し訳なさそうな顔をしている。


「別に交換条件ってわけじゃないからな。嫌なら断ってくれていいんだ」


 最初に頼まれたときに、そんなことも言われていた。貴族が犯罪ギルドの会合に出るというのは、かなり無茶苦茶なことだ。名誉とか評判とかを考えれば、普通の貴族は犯罪ギルドと関わりをさける。

 だがレンはその名誉とか評判とかをあまり気にしていなかった。甘く見ている、といってもいいかもしれない。


「最初にちょっとボスに挨拶してもらうだけでいい」


 と言われていたので、軽い気持ちで引き受けたのだった。

 レンの同行者は二人。ゼルドとカエデだ。

 ちょっと前に王城に呼ばれたときとは違い、犯罪ギルドの会合なので、ダークエルフが一緒でも問題ない。ただゾロゾロ引き連れてこられたら困るが、ということで二人を選んだ。

 最初はゼルドと、もう一人シャドウズの誰かを選ぶつもりだったのだが、そのゼルドが、


「何かあったときのために、カエデを連れていった方がいいのでは?」


 と言ったのでカエデを選んだ。今日はガー太に乗ってきていないので、何かあったときに備え、一番強い彼女を連れていった方いいというわけだ。

 シーゲルが一緒だし、レンは大丈夫だろうと思っていたが、ゼルドは犯罪ギルドを強く警戒しているようだ。カエデがいれば襲われても心強い、というのはその通りなので、彼女を連れていくことにした。

 迎えの馬車に乗ってやって来たのは、ちょっと大きめの屋敷だった。犯罪ギルドのボスと聞いていたので、広い庭のある立派な屋敷を想像していたのだが、庭も狭いし、これがボスの屋敷だとは思えなかった。

 もちろん普通の平民が住むような家と比べれば大きいが、これくらいの屋敷なら、ちょっとした商人でも住めそうである。


「こっちだ兄弟」


 シーゲルに案内されて屋敷の中に入ると、ここが犯罪ギルドのボスの屋敷だと実感した。

 強面の男たちが、廊下に並んで出迎えてくれたのだ。

 そんな男たちの一人にシーゲルが軽い調子で声をかける。


「ご苦労さん。ボスはいる?」


「はい。奥でお待ちです。すでに他の方々も何人か来られてます」


 と答えた男が、隣にいるレンをチラリと見てから、ためらいがちに聞く。


「すみませんシーゲルさん。もしかしてそちらの方が……?」


「そう。色々噂のレン・オーバンス様だ」


 おおっという声が男たちから上がる。

 いや、なんでそんな驚くの? と聞きたくなるレンだった。変な噂が流れてなければいいのだが……。


「じゃあ兄弟、ボスにご挨拶といこうか」


 馴れ馴れしい態度で、シーゲルがレンの肩をぽんと叩くと、またもや男たちから――さっきよりも大きい――驚きの声が上がる。

 だからなんで驚くの? と思うレンだったが、周囲の男たちにしてみれば驚くのが当たり前だった。

 実は犯罪ギルドとつながりのある貴族は割といたりする。きれい事だけで領内を治めたり、政敵との争いを勝ち抜くのは難しいので、犯罪ギルドに汚れ仕事を頼むのだ。

 しかしそのつながりを表に出す貴族はまずいない。仕事を依頼するにしても、貴族本人はもちろん、部下も直接犯罪ギルドの人間に会ったりせず、間に人を入れて依頼する。

 犯罪ギルド側もその辺はよくわかっているので、依頼主が誰かわかっていても、それを吹聴したりしない。

 ところがシーゲルはレンとのつながりを隠していなかった。それどころか、


「オレとレンとは兄弟分みたいなもんだ」


 などと、いかにも親しい間柄だと話しまくっていた。

 周囲の人間は、それを話半分に聞いていた。

 シーゲルがここ最近で急激に勢力を伸ばした影には、レン・オーバンスという貴族の存在があるのは周知の事実だった。すでにレンの名前は裏社会でも広く知られていた。ダークエルフたちを手足のごとく扱う冷酷非情な貴族だと。

 しかしシーゲルとレンの関係は、あくまでビジネスであり、シーゲルが一方的に親しいと言っているだけだろう――周囲の人間はそう見ていた。犯罪ギルドの幹部と貴族が、表だって仲良くするなどあり得ないからだ。

 しかし今の親しげな様子――親しげなのはシーゲルだけで、レンは特に親しくしているつもりはないのだが、周りから見れば、軽口を交わすだけでも十分親しげだ――を見て、男たちはシーゲルの言っていたことは本当だったのか!? と驚いたのだった。

 周囲の注目を集めながらレンとシーゲルは廊下を進み、その後ろにカエデとゼルドが続く。みんなレンの方ばかり気にしていたので、後ろの二人を気にする者はほとんどいなかった。

 廊下の突き当たりにドアがあり、そこまで進んだシーゲルがドアをノックする。


「ボス、失礼します」


 と声をかけてから、シーゲルがドアを開けて中に入る。その後にレンたち三人も続いた。

 広い室内には、これまた強面の男たちが何人もいた。

 ソファーに座ってくつろいでいるのは、おそらくシーゲルのような幹部だろう。壁際に並んで立っているのは彼らのボディーガードか。

 そして部屋の一番奥の机に、貫禄のある初老の男が座っていた。

 レンにも何となくわかった。彼がここのボスだ。

 シーゲルはその初老の男の前まで行って頭を下げる。


「遅くなりましたボス。約束通り、レン・オーバンスさんをお連れしました」


 と挨拶してから、レンに男を紹介する。


「兄弟、こちらがオレたちのボスだ」


「どうも初めまして。レン・オーバンスといいます」


 シーゲルからは挨拶してくれればいいと頼まれていたし、紹介もされたので、レンはごく自然に軽く頭を下げて挨拶した。

 ここでまた、室内にいた男たちからどよめきが上がる。椅子に座るボスも、驚いたように目を見開く。

 またかと思うレンだった。

 もう何度も経験してきたが、この世界では貴族が平民に頭を下げたりしないので、レンが先に挨拶すると非常に驚かれてしまう。

 だがこの時、周囲の人間が驚いたのはそれだけが理由ではなかった。

 犯罪ギルドでも挨拶は重要な意味を持つ。

 格下から挨拶するのがルールだが、裏社会もメンツを大事にする世界なので、挨拶の順序一つで殺し合いに発展することだってある。

 今回の会合では、シーゲルがレンを連れてくると約束していたのだが、他の幹部たちはそれを信じていなかった。


「貴族を連れてこられるはずがない。当日になって、奴がどんな言い訳をするのか楽しみだ」


 なんて笑っていたのに、本当に連れてきたのだから驚いた。

 その驚きも覚めやらぬ間に、幹部たちの興味は次へと移っている。

 ボスはどのようにレンに接するのか?

 犯罪ギルドのボスといってもしょせん平民、貴族との身分差は歴然だ。しかしボスにも立場がある。まだ若造のレン相手に、あまりにペコペコしては沽券に関わる。かといって粗略に扱うこともできない。

 だからボスの出方を注目したのに、レンの方が先に挨拶した。まさに予想外である。

 さすがはボスだ! 貴族に頭を下げさせた――幹部たちはあらためてボスの力に感じ入った。彼らの目には、レンが自分から挨拶したのではなく、ボスがレンに挨拶させたように映ったのだ。

 ボスが立ち上がり、レンに向かって深々と頭を下げる。


「挨拶が遅れて申し訳ない。ダルカンを取りまとめているギブラックと申します。どうかお見知りおきを」


 もし最初にギブラックの方からこのように挨拶していれば、貴族相手にペコペコしているように見えただろう。

 だがレンが先に挨拶したことで、すでに格付けはすんでいる。

 丁寧な挨拶は、格上にへつらっているのではなく、格下に対する丁寧な振る舞いとなった。


「どうかお気になさらず。年長者に挨拶するのは当然ですから」


 こちらが先に挨拶したことで、相手に気を遣わせてしまったと思ったレンが言う。

 なるほどそういうことか、とギブラックは納得した。

 貴族が平民に頭を下げたのではない、若者が老人に敬意を払っただけですよ、というわけだ。本人が考えたのか、それともシーゲルの入れ知恵か、どちらにしろ上手い言い訳を考えついたものだ――などと彼は考えた。

 ギブラック自身も、レンを格下とは見ていない。

 おそらくシーゲルが先に頭を下げてくれるよう、レンに頼み込んだのだろう。これは一つ借りができてしまったな、などと思うギブラックだった。

また更新が遅れてしまってすみません。

でもこの連休中は時間が取れそうなので、更新をがんばろうと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 金貨千枚分の代償にしちゃまだ弱いな 「行程表」教えてあげようぜ(目反らし 外にバレると予定合わせて襲撃されるけど
[一言] 連休中は更新を頑張るって事は毎日更新ですよね。 ☆5を入れときました、毎日楽しみだなぁ~。
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