第232話 ダンスパーティー(上)
ガー太に抱きついていたブレンダが、次はガー太に乗りたいと言い出したので、レンは彼女を抱き上げて乗せてあげた。
「落ちないように気を付けてね」
と注意したが、彼女は聞いてはいなかった。
ガー太に乗れてご満悦のようで、
「あっちへ行って」
「そっちそっち」
「お前をブレンダの家来にしてあげます」
などと大はしゃぎである。
「ガー」
「そうですか。家来になれてうれしいですか」
「クエー!」
ガー太の鳴き声は激しく抗議しているようだったが、ガー太に乗るブレンダはそれを承諾の返事と思ったようで、ニコニコ笑っていた。
不満そうなガー太だったが、それでも暴れてブレンダを振り落としたりはしない。
レンはそれをよくわかっていたが、かわいそうだったのはメイドのミゼリアだった。
ブレンダがガー太から落ちたりしないか、ずっとハラハラしながら見守っていた。
「ブレンダ。もう十分遊んだだろう」
遊び始めてどれぐらいたっただろうか。そろそろ部屋に戻りなさいと国王が声をかけたが、ブレンダはまだ遊び足りないようだった。
「えー、もっとガー太とあそびたいです」
「わがままを言わずに、一度戻りましょうブレンダ様」
ミゼリアからもそう言われ、しぶしぶながらあきらめる。
乗ったときと同じようにレンが下ろしてあげると、ガー太に向かって言う。
「また来るね!」
「ガー」
もう来るな、といった感じの返事だったが、ブレンダはやはり自分に都合よく受け取ったようで、
「ばいばーい!」
と笑顔で手を振りながら、ミゼリアに手を引かれて城内へと戻り、レンと国王も一緒に戻ることにした。
その途中もブレンダはずっとガー太のことをしゃべっていた。
「おじいさま。ブレンダもあんなガーガーがほしいです」
「うーむ、そうは言ってもな……」
おねだりされた国王が困り顔になる。さすがの国王でもガーガーを、それもガー太のように人間を恐れないガーガーを手に入れるのは不可能だ。
「のうレンよ。やはりあの鳥を余に売る気は――」
「ないです」
とレンは即答した。
用意された部屋に戻ると、室内にはマローネ司教とカエデ、ミリアムの三人がいたが、カエデとミリアムは退屈したのか、ソファーで並んで眠っていた。
「すみませんマローネさん。何だか子守を押しつけてしまったみたいで」
「いえいえ、お気になさらず」
「でもいいんですか? 忙しいのにずっと付き合ってもらって」
「それもお気になさらず。元から今日はオーバンス様に付き添うつもりでしたから」
「ありがとうございます」
迷惑をかけて申し訳ないと思いつつ、彼が一緒にいてくれるのは心強い。
「それより先程から、ひっきりなしにお客様がお見えでしたよ」
「客?」
全然心当たりがなかったが、マローネが説明してくれる。
「貴族の方々ですよ。みなさん、オーバンス様に興味津々なのでしょう。私との関係について興味津々の方もいらっしゃいましたが」
多くの貴族は、レン本人というより彼が連れてきたガー太に興味津々だった。他にもレンとマローネ司教との関係を知りたい者もいた。
ガーガーだと主張する鳥の扱いを巡り、レンはガーダーン大司教と組んで、ハガロン大司教と対立したのではなかったのか? それなのになぜ、ハガロン大司教の腹心であるマローネ司教と一緒にいるのか。多少なりとも事情を知る者であれば、何があったのかぜひ聞きたいところだろう。
後は少数だがカエデに強い興味を抱いた者も。
そんな貴族たちが、レンのいるはずの部屋までやって来たというのだ。貴族本人がやって来たり、使いの者がレンを呼びに来たり。
ただ肝心のレンは、ずっと中庭で子供の相手をしていて不在だったのだが。
「適当にはぐらかしておきましたが、それでよろしかったですか?」
「ありがとうございます。助かります」
「一応、やって来た方々の名前は控えています。戻ってきたら自分の部屋に来てほしい、とおっしゃっていた方もいますが?」
マローネは来てほしいという言い方をしたが、つまり呼び出しだ。基本的に身分の低い者が、高い者のところへ出向くのが礼儀だから、レンを呼び出したのは高位の貴族だろう。それを無視するのは非礼に当たるし、何より人脈を広げるチャンスでもある。普通の貴族ならそんなチャンスを逃すはずないが、
「……聞かなかったことにしておきます」
わざわざこちらから出向いていって、知らない貴族相手に話をするのは面倒だった。部屋を留守にしていたのも運がよかったと思っている。貴族相手の話より、子守の方がよっぽどましだ。
それにこの後のパーティーが終われば、レンはすぐに自分の領地に帰るつもりだ。他の貴族との関係を気にする必要もないだろう。
また誰か来たら居留守でも使おうか、なんて考えていたレンだったが、ダンスパーティーの時間も迫っていたので、この後に部屋を訪れる者はいなかった。
夕日が沈む頃、城の大広間には灯りがともされ、いよいよダンスパーティーが始まろうとしていた。
招待客、特に女性たちはこの日のために用意した絢爛豪華な衣装に身を包み、ここぞとばかりに気合いを入れている。未婚の女性にとって、この場は自分を売り込む大事な舞台だし、既婚の女性であっても自分の美を見せつける重要な舞台だ。
パーティー会場は女性にとっての戦場であった。
男性たちも気が抜けない。特に弱小貴族にとっては、ここで国王や大貴族の知己を得ることができれば、自分の家の将来が大きく変わる可能性もあるのだ。誰とどんな話をするか、非常に重要である。
そんな中、レンとミリアムの二人は広間の端っこの方で、目立たぬように立っていた。
レンが着ているのは、白を基調とした礼服だ。さすがに鎧ではダンスパーティーに出られないということで、これもマローネ司教が用意してくれたものだ。本当にマローネ様々である。
質素だが上品な作りの服で、体格のいいレンが着れば見栄えがする――はずなのだが、レンは目立たないようにと縮こまっていたので、見栄えがするどころかみすぼらしく見えていた。
ミリアムは舞い手の衣装を着ていて、これも決して悪いものではないのだが、やはり周囲の女性たちの華やかな衣装と比べると、かなり見劣りする。
もっともミリアムは着るものに無頓着なので、他の人たちに見劣りしても全然気にしていなかったが。それより彼女が気にしていたのは、大広間に用意された食べ物だった。
今まで見たこともない食べ物がテーブルにたくさん並んでいるのだ。
「レン様。あれ食べていいんですか?」
「いいよ。けどまだダメ。最初に挨拶があるはずだから」
貴族が主催するパーティーの大まかな流れやマナーについては、マローネ司教から教えてもらっていた。
最初は主催者、もしくは来客の中で一番身分が高い人が挨拶する。それまでは飲み食いなどは厳禁だ。このあたりは日本での会社の飲み会などと同じようなものだ。
ちょっと違うのはパーティーの終わりだ。
一番身分の高い人が、一番最初に帰るのがルールであり、他の者が先に帰るのは重大なマナー違反となっている。先に帰るのは「俺の方が上だ」とケンカを売るようなもので、仲の悪い貴族同士とかが、先にどちらが帰ったかで問題となり、戦争にまでなったこともあるのだとか。
家族が亡くなったとか、領地が魔獣に襲われたとか、そういう本当の非常事態でないと許されないらしいので徹底している。
今回は主催者が国王なので、誰が先に帰るか、でもめたりはしないだろうが、いつ終わるかは国王の気分次第である。
終わり方にも2パターンあるとのことで、
「名残惜しいが、今日はここまでにしたいと思う」
と偉い人が帰ると同時にパーティーも終わるパターンと、
「私は先に失礼するが、みんなはまだまだ楽しんでくれ」
と偉い人は退席するが、パーティーはまだまだ続くパターン。
ただ後者の場合でも、一番偉い人が帰れば後は自由なので、レンはもちろんすぐに帰るつもりだ。
問題はこのダンスパーティーがいつまで続くかだ。マローネ司教の話だと、夕方から始まって、深夜まで続くパーティーも珍しくないとのことで、長い夜になりそうだった。
元の世界でも飲み会などが苦手だったレンは、今回のダンスパーティーも始まる前から、早く終わらないかなあと思っていた。
しばらくしてから国王が大広間に入ってくると、談笑していた貴族たちも話すのをやめ、全員が彼に注目する。
「皆の者。今日はよく集まってくれた」
国王の挨拶が始まったが、レンもミリアムも適当に聞き流していた。
「――それでは、今宵は存分に楽しんでいってくれ」
と挨拶が終わると同時に、楽団が演奏を開始し、ダンスパーティーが始まった。
あちこちで男性が女性をダンスに誘い、さっそく何組かのペアが踊り始める。ダンスパーティーでは基本的に男女のペアでダンスを踊る。
後は国王などの有力者の周りに人が集まっている。彼らと話をして、あわよくば顔と名前を覚えてもらい、人脈を広げるのは貴族にとって大事な仕事だ。
レンはどちらもやらなかった。
ダンスは論外だ。全く踊れないし、例え踊れたとしても女性をダンスに誘う勇気などない。
誰かと話をしにも行かなかった。交流関係を広げるつもりもないので、わざわざ話をする必要もない。
というわけでレンがやったのは食べることだった。
さすがは国王主催のダンスパーティー。テーブルには色々な料理が用意されていた。パーティーは立食形式なので、おのおのが好きなように取って食べていい。
「レン様。あれは何ですか? あっちは?」
ミリアムは初めて見る料理に目移りしているようで、あっちこっちを指さして質問してくる。
だが前の世界ならともかく、レンもこちらの世界の料理には疎い。
「なんだろうね?」
と答えながら、とりあえずミリアムが食べたいという料理を皿に取っていく。
舞団長のドーソンが見ていたら、給仕のようなことをさせるとは! とミリアムを叱っただろうが、ここでは彼女を叱る者はいない。レンの中では、子供のために大人が料理を取ってあげるのは当たり前だ。
彼女の分と自分の分の料理を取ると、二人は壁際まで行って料理を食べる。
ミリアムは興味津々で料理を口に入れ、
「おいしいです!」
と目を輝かせていたが、
「おいしくないです……」
中には口に合わないものもあったようで、思いっきり嫌そうな顔をするときもあった。食べ物を粗末にできないという考えが染みこんでいるのか、おいしくないと言った料理もちゃんと残さず食べていたが。
ここにある料理は、贅沢な素材を使い、城の一流料理人が調理したものだろう。総じておいしいものが多かった。
レンもあまりおいしいと思えない料理があったが、それは調理が下手だからではなく、単に味覚の違いだろう。
ただ、おいしいといってもレンはミリアムほど料理に感動できなかった。
日本で色々な料理を食べた経験があったからだ。
日本とこの世界を比べても仕方ないが、やはり食べ物には圧倒的な差があった。この世界の王様が食べる料理より、日本の庶民が食べている料理の方が、味も量も圧倒的に上だろう。
衣食住について、着るものと住む家は気にしなくても――家については、ある部分では日本よりいい家に住んでいるし――食べ物についてだけは、日本が懐かしくて仕方ない。
ラーメン、牛丼、ハンバーガー、ファミレス……挙げればきりがないが、もう一度、日本の料理が食べたいとしみじみ思った。
レンとミリアムは壁際とテーブルを往復して、これはおいしい、これはいまいち、などと感想を言い合っているだけで、もはや何のパーティーかわからない状態だった。特にレンの方はダンスに何の興味もなかったので食べてるだけだったが、ミリアムはダンスに興味があるようで、食べながら踊っている貴族たちの方も見ていた。
「もしかしてミリアムも踊ってみたい?」
「いいえ。あんまり上手な人がいないと思って」
素直な感想にレンは苦笑する。
踊れないレンは偉そうなことを言えないが、そんな彼から見ても動きがぎこちなかったりして、はっきり言って下手だなあ、と思われる人が何人かいた。
男女ペアで踊るダンスと、ミリアムが踊っている舞とは別物だが、通じる部分も大きい。普段から厳しい鍛錬をしているミリアムから見れば、貴族たちのダンスがつたなく見えても仕方ないだろう。
早く終わらないかなあ、と思いながら、何度目かの料理を取りに行ったときだった。
「こんなところで、お前は一人で何をしているのだ?」
呆れたような声がかけられた。
レンは思わず、げっ! と声を上げそうになってしまった。声をかけてきたのがバロワルズ国王だったからだ。
国王の周りには何人も貴族がいた。彼らと話していればいいのに、なぜわざわざこちらに声をかけてくるのか。
だが声をかけられたからには答えねばならない。
「いえ、色々と料理に目移りしてしまって。田舎者ですので」
と当たり障りないように答えておく。
「色気よりも食い気か。若者らしいといえばらしいな。余もお前ぐらいの頃はいくらでも食べられたものだが、この頃はそうもいかん」
今のレンは自分でも驚くほどに食べる。日本にいたときと比べれば倍以上は食べている。今の体がそれだけエネルギーを必要としているのだ。
「食い気はしばらく置いておいて、あのガーガーについて教えてくれ」
「ガー太ですか?」
「ブレンダはすっかりあれが気に入ったようでな。あの後も質問攻めだ。どこから来たのかとか、どうやったら買えますかとか」
国王なら何でも買えるだろう――お金で買えるものなら。だがガー太はお金では買えない。
「さっきも聞こうと思って忘れていたが、お前はあのガーガーをどこで見つけたのだ? 余だけではなく、他の者も興味があるそうだ」
国王の言うとおり、周囲の貴族たちもレンの話を聞きたそうにしていた。
仕方なくレンは答えることにする。
ただし本当のことは言えない。ガー太とはたまごから孵ったときからの付き合いだが、それを言うとまた話が大事になってしまう。
だから教会の人間に話したときと同じように、ある日、草原でガー太を見かけたら、なぜかこちらを恐れず逃げなかったので――と適当にでっち上げた話をすることにした。
そうやって国王や貴族たちと話しているレンを、壁際に立つミリアムがじっと見ている。
早く次の料理を食べたいが、偉い人が話しているのを邪魔してはいけない。彼女はそれをちゃんと学んでいた。
例えば団長と誰かが話しているときに声をかけたら、邪魔するなと怒鳴られる。ミリアムから見れば、団長もレンも同じ偉い人だ。レンはやさしいので怒ったりしないと思うが、もし怒られて料理が食べられなくなったら困る。だから我慢して待つことにした。
そんなミリアムに声をかけてくる者がいた。
「おい、お前」
乱暴な口調で声をかけてきたのは、二人連れの若い貴族だった。酒が入っているのか、どちらも顔が少し赤くなっている。
彼らは似た者同士の貴族だった。
どちらも地方の貴族の長男で、魔獣退治の功績を認められて式典に呼ばれている。
もし国王に認められれば立身出世も夢ではない、と若さあふれる野望を抱いてやって来た二人だったが、その野望はもろくも打ち砕かれた。
他でもないレンのせいで――と二人は思い込んでいた。
あの男が目立ちすぎたせいで、自分たちの印象はかすんでしまった。おかしな鳥を使って陛下に取り入ろうとは、なんと汚いやり口だ――などと不満をため込んでいた二人は、この会場で偶然会い、互いにレンを憎んでいることを知って意気投合した。
少し酒も入り気が大きくなっていた二人だが、直接レンに何か言ったりはしなかった。
レンのオーバンス伯爵家は王国内では中堅、中の上ぐらいの貴族だったが、二人の家はそれよりだいぶ格が落ちた。だから不満に思っても、レンに何かする度胸はなかったのだが……
ふと見ればレンの連れの女の子が一人でいるではないか。本人に文句は言えなくても、あの子供ならば。
ちょうどいい不満のはけ口を見つけた二人は、ミリアムのところに行って声をかけたのだ。何か深い考えがあったわけではない。ちょっとした嫌がらせのつもりだった。
「お前、レン・オーバンスの妹か何かか?」
こういうパーティーに小さな女の子を連れてくる場合、娘とか妹とかの場合が多い。レンはまだ若いので妹かと当たりをつけたのだ。
「違います。私は――」
ちょっと考えるミリアム。そして出てきた答えは、
「私はレン様の舞い手です」
「舞い手? お前みたいなガキが?」
二人の貴族は一緒になってせせら笑う。
「お前のようなガキが舞を踊れるはずないだろう」
ミリアムは舞以外のことはどうでもいいような女の子だったが、舞にはこだわる女の子だったので、二人の間違いを正すことにする。
「私はちゃんとおどれます。レン様も上手だってほめてくれました」
ミリアムは事実を言っただけで、別に二人に笑われたのを怒ってもいなかったし、反論したつもりもなかった。
だが二人の方はそれを反論と受け取った。どこの舞い手か知らないが生意気なガキだ、と。
「ほう。だったらここで舞を踊ってもらおうじゃないか。踊れるんだよな?」
「はい」
舞を踊れと言われれば、いつもでもどこでも踊るつもりのミリアムである。
「だったら誘惑のフィリアでも踊ってもらおうじゃないか」
「そりゃいい。さあ踊ってくれよ」
一人が言った言葉に、もう一人も同調して意地の悪い笑みを浮かべる。
誘惑のフィリアは有名な舞だった。ミリアムも知っている。練習したことはなかったが、他の舞い手が練習しているのは何度も見ていて、動きはしっかり覚えていた。だから踊れる。
踊れるのだが、そこでミリアムはふと思い出した。
師匠のアマロワが、誘惑のフィリアについて何か言っていた気がする。なんだったっけ?
考えてもそれ以上思い出せなかったので、ミリアムはまあいいかと気にせず答えた。
「わかりました。ここで踊ればいいですか?」
「それなら余も見せてもらおうか」
踊れるものなら踊ってみろ、と笑いを浮かべていた二人が、その声にギョッとする。
いつの間にやって来たのか、バロワルズ国王がすぐ近くに立っていた。
本当は先週末、ダンスパーティーの話は1話でサクッと終わらせて、なんて考えてたんですけど、時間があまり取れなかった上、話が長くなって終わらなかったという……。
というわけで上下に分けました。すみません。
でも続きはある程度書けてるんで、下はこの週末には上げられるはず、です。