第228話 式典
王城までの馬車の中で、一番しゃべっていたのはカエデだった。
ミリアムは舞の衣装を着ていたが、それが気になったのか、
「その服なに? なんでひらひらしてるの?」
という質問から始まり、ミリアムがこれは舞の衣装で、と答えたら、
「舞ってなに?」
「なんで踊るの?」
と次々に質問していた。
ミリアムはそんなカエデにずっと押されっぱなしだった。
カエデは誰に対しても物おじせずグイグイいくタイプだが、ミリアムの方はおとなしめな感じだ。だからカエデみたいなタイプはちょっと苦手なのでは? と心配になったが、話が舞についてだからか、ミリアムの方もちょっと楽しそうに話している。
レンは二人の話を興味深く聞いていた。というのもカエデが舞に興味を示したのが意外だったからだ。
先日ミリアムの舞を見た時、劇場にはリゲルとゼルドの二人もいた。彼女の舞に感動したレンは、二人も感動しただろうと思って帰りの途中で話したのだが、二人の反応は全然だった。
ミリアムの舞がどうこう以前に、舞そのものに興味がないようで、
「音に合わせて体を動かすだけですよね。それがどうかしたのですか?」
といった反応だった。
ミリアムの舞について大いに語り合いたい、と思っていたレンはガックリきたが、もうちょっと二人に話を聞いてみると、どうやらダークエルフには舞や踊りどころか、歌や音楽という文化もないらしい。
言われて気付いたが、そういえばダークエルフが歌っているのを聞いたことがなかった。
彼らは序列の上位者、その一番上の世界樹に仕えることを至上としているわけだが、そんな彼らには歌も踊りも不要なのだろうか。人間とは根本的に感性が違うので、歌や踊りを楽しむことができないとか?
などと色々考えていたのだが、カエデは舞に興味津々のようだ。
カエデは赤い目と呼ばれる、序列を持たない特別なダークエルフだ。だから彼女だけが舞に興味を持つのか、それとも他にもそういうダークエルフがいるのか。これについてはおいおい調べていこうと思うレンだった。
王都ロキスの中央にそびえる巨大な城は、街の名と同じくロキス城。まずロキス城が築かれ、その周囲に街が発展していったのだから、王都の方が城と同じ名前になったのだ。
ロキス城での式典は貴族にとって大事な晴れ舞台である。弱小貴族なら一生に一度の大舞台だ。
当然、多くの貴族は自分の権勢を誇示しようとする。衣服や装飾品を新調し、豪華な馬車に乗って来たりもする。
逆に見た目よりも中身だと言わんばかりに、あえて質素ないで立ちで来る貴族もいる。武門の家を自負する貴族にはそういう傾向があるのだが、彼らはあくまで少数派だ。中には本当に貧乏で何も用意できなかった貴族もいたりするが。
そんな貴族たちの中で、この日一番目立っていたのは間違いなくレンだった。
神聖騎士団に警護された教会の馬車が、城門をくぐって中庭に入って来た時、その場にいた貴族たちの顔には疑問が浮かんだ。
はて? 今日の招待客の中に、教会の重鎮がいただろうか。
式典に誰が呼ばれ、何を表彰されるかは貴族たちの重要な関心ごとだ。当然、どこの誰が呼ばれるかチェックしている。その中に教会関係者、それも神聖騎士団に警護されるような大物の名前はなかったはずだ。
彼らの疑問は驚きへと変わる。
続いて入ってきた馬車に、大きな鳥が一羽乗っていたからだ。
「ガーガー!?」
なんて声があちこちで上がる。
この時点で、馬車の中に誰が乗っているか気付いた者もいた。
先日、シャンティエ大聖堂で神前会議が開かれ、それが大騒ぎになったことを思い出したのだ。あれもガーガー絡みの神前会議だった。
ということは、あの馬車に乗っているのは……
馬車の扉が開き、中から一人の若者が下りてくる。もちろんレンだった。
大柄で鍛え上げられた体つきのレンには、マローネが用意した新品の鎧もよく似合っていた。中身はともかく外見は堂々の若武者っぷりだ。
貴族や城の兵士たちからも、ほう、と感心したような声が上がる。
続いて降りてきたのがマローネ司教だ。彼は線の細い美形で、そんな彼が司教服に身を包み、レンと並んで立つ姿は非常に見栄えがいい。若い貴族の女性たちは顔を赤らめたりしていた。一部、
「なんてお似合いの二人なんでしょう!」
とちょっと違った意味で、顔を赤くしている女性もいたが。
そしてある程度の事情を知る者は、親しげに話す二人を見て考えを巡らせていた。
先日の神前会議では、レン・オーバンスはガーダーン大司教と組み、彼が持ってきた鳥をガーガーと認めさせようとした。だが政敵のハガロン大司教がそれを阻み、結果としてガーダーン大司教は失脚、レンのたくらみも失敗に終わった――はずだった。
だが、今レンと親しげに話しているマローネ司教は、ハガロン大司教の懐刀と呼ばれている男だ。つまりレンとは敵同士だったはず。それがなぜ親しげに?
何か裏で動きがあって両者の仲が改善したのか? それとも、もしかして最初からハガロン大司教とレンは裏で手を結んでおり、共謀してガーダーン大司教を陥れたとか?
一部の貴族たちは、レンとマローネの関係に興味津々だったが、興味といえばガー太もそうだった。
神前会議まで開かれたのだ。レンが連れてきた鳥について、多少はガーガーに似ているのだろう、と思っていた者も多かった。だが実物を見れば多少どころではない。どう見てもガーガーである。
だがガーガーは臆病な鳥のはず。それなのに荷馬車に乗っている鳥は周囲の人間にも全然怖がる様子がない。それどころか、まるで人間たちを下に見るかのような風格すら漂わせている。
この鳥はいったい何なのだ!? と注目されるのは当然だった。
そしてさらに二人が馬車から出てくる。
カエデとミリアムだ。
二人のうち、ミリアムの方はほとんど注目されなかった。子供の舞い手など、他と比べればごく普通である。
注目を集めたのはやはりカエデだった。
彼女の銀髪を見て目を輝かせた者もいたが、それ以外の貴族は、なぜここにダークエルフがいるのだ、という嫌悪感をあらわにした。ここは高貴な王城。汚れたダークエルフなどが入っていい場所ではないのだ。
実は記録に残っている限り、カエデは史上初めてロキス城に入ったダークエルフだった。当人たちは全く知らなかったが。
二人の貴族が、我慢ならんという顔でレンに歩み寄ってきた。どちらも中年男性だ。
「貴様、誰の許しを得てダークエルフなぞをここへ連れ込んだ。すぐに叩き出せ」
声を荒げる貴族に対し、答えたのはレンではなくマローネだった。
「これはダルトン伯爵にローデル子爵。ご機嫌うるわしく」
マローネが穏やかな笑顔であいさつする。ちなみにマローネと二人に面識はない。ただマローネは主要な貴族の顔と名前を憶えていたので、呼びかけることができたのだ。
二人の方も司教から挨拶されたら無視はできず、軽く頭を下げて祈りの言葉を唱えるしかない。そこへマローネがさらに話しかける。
「お二人が不満に思うのも無理はありませんが、このダークエルフを連れてこいとおっしゃったのは国王陛下です。何でも魔獣退治で目覚ましい働きがあったとかで」
国王と聞いて二人の気勢もそがれたようだ。それにレン相手ならともかく、マローネに文句を言うわけにもいかなかったのだろう。陛下のもの好きにも困ったものだ、などと言いつつ二人は引き下がった。
「ありがとうございます」
小声でレンがお礼を言う。ため息もつきそうになったが、それは我慢する。
予想はしていたが、やっぱり目立ちまくりである。もう帰りたいと思っていたが、本番はこれからだった。
式典は城内の謁見の間で行われた。
百人ぐらいは余裕で入れそうな大広間で、一番奥は一段高くなって立派な椅子が置かれている。そこが玉座で、座っているのが現在のグラウデン王国国王バロワルズだ。
バロワルズ国王は初老の男性で、理知的で穏やかな風貌をしていた。大学教授とか言われたら、しっくりきそうな感じである。
玉座の左右には重臣と近衛兵たちが立ち並んでいる。
表彰される者たちは、入り口近くで並んでひざをついており、レンもその中にいた。
式典の流れはマローネから教えられていた。
名前を呼ばれた者は国王の前まで歩み出て、またひざをつく。そこへ国王がお褒めの言葉をかけてくださる、というわけだ。言葉だけで終わるのか、勲章などが下賜されるのかは、当人の功績と国王の気分次第だった。
謁見の間にはピンと張りつめた空気が流れ――ているのが普通だったが、この日は違った。明らかに異質な存在が混じっていたからだ。
レンの後ろにいるガー太とカエデである。特にガー太だ。ひざをついて控える列の後ろで、でんと立っているのだから目立ちまくりである。
これが人間ならば、
「無礼者!」
と叱責が飛ぶところだが、相手はガーガーだ。誰もどうしていいかわからず放置状態だ。
出席した貴族たちも、立ち並ぶ重臣や近衛兵たちも、ほぼ全員がガー太の方を気にしてチラチラ目をやっており、謁見の間の空気はざわついていた。
レンも非常に後ろが気になっていた。
ここに来る前、両者には、頼むから我慢しておとなしくしてて、と頼み込んでいたが、いつ勝手に動き出すかとハラハラしっぱなしだ。
というか、なんでわざわざカエデとガー太を一緒に連れてくる必要があるのかわからない。マローネとミリアムは別室で待機なのだ。カエデとガー太も別室待機でいいではないか。興味があるなら、後で個別に呼び出せばいいのに。
だが国王陛下のご命令だ、ということで二人と一羽がまとめて出席となってしまった。
このまま何事もなく終わることを祈るのみである。
その祈りが天に届いたのか、式典は滞りなく進められた。
マローネから聞いていた通り、一人ずつ名前を呼ばれ、国王から話しかけられたり、褒美の品をもらったり。
レンとしては、後ろのカエデが退屈そうにモゾモゾしているのが気になって仕方がない。普段のカエデからすると非常に頑張ってくれていると思うが、それも限界のようだ。早く終わってほしい。
「エッセン伯爵、前へ」
聞き覚えのある名前が呼ばれた。返事をして立ち上がる男を見て、レンは誰だったか思い出す。
ロッタムの街の領主だ。南のバドス王国へ向かう時にそこを通り、彼に協力して魔獣の群れを退治したのだ。レンがここに呼ばれたのも、その功績によるものだ。
エッセン伯爵はその功績を独り占めできたはずだ。レンもそれを望んでいた。だが彼はそれを良しとせず、正直に報告したためこうなってしまった。人としては立派だと思うが、ありがた迷惑だった。
彼は国王に聞かれ、戦いの様子を説明している。多少の脚色はあったが、その程度なら誰でもやっていることだ。
国王はその話がお気に召したようで、彼に自分の短剣を与え、伯爵は感激した様子でそれを受け取っていた。
そしていよいよレンの番である。
「レン・オーバンス!」
名前を呼ばれたレンが、返事をして立ち上がる――まではよかったのだが、彼が立ち上がるとカエデも一緒に立ち上がった。
「ちょっと!? カエデはそのままでいいから!」
「そうなの?」
キョトンとしたカエデはまた座るが、それが足を抱えた体育座りだった。
「そうじゃなくて、さっきと同じ座り方!」
「えー、あれもうイヤ」
「そこをなんとか、あと少しだから」
この二人のやり取りを見て、おかしそうに笑った者も何人かいたが、ほとんどの者は怒りをあらわにする。
「このダークエルフが、何をやっている!」
なんて怒声が今にも飛び出しそうだったが、それを止めたのは国王の言葉だった。
「よい。そのダークエルフも一緒に前へ」
「陛下! このようなダークエルフを御前になどと――」
「よいと言っている」
重臣の一人が抗議しようとしたが、国王が重ねて言ったので黙り込む。
ちょっと迷ったレンだったが、国王が言うのだからと、カエデと二人で前に出た。そしてひざまずこうとしたところに、また国王から声がかかる。
「レン・オーバンスよ。聞いた話では、魔獣との戦いでそのダークエルフが目覚ましい活躍を見せたそうだが?」
聞いていた段取りと違うので、どうしたものかと思ったが、聞かれたのだからと立ったまま答える。
「はい。こちらのカエデが、一番多く魔獣を倒したはずです」
「うん。カエデはたくさん魔獣を倒したよ」
レンに続いてカエデが話すと、たちまち重臣の一人から怒声が飛んだ。
「無礼者が! なんだその口の利き方は!?」
他の重臣たちもカエデをにらみつけているし、近衛兵の中には剣に手をかける者もいた。
レンはあせるが、カエデはまったく気にした様子もない。
それが彼らの怒りをさらに大きくしたが、またもや国王の言葉が彼らを止めた。
「構わん。ダークエルフに礼儀など説いても無駄なことだ」
レンはこの言葉にちょっとムッとした。
無礼を許す心の広い王様、と受け取ることもできたかもしれないが、レンはそうは受け取らなかった。
今の言い方はまるで、猿に礼儀を教えても無駄だ、みたいな言い方に聞こえたのだ。完全にダークエルフを下に見た言い方だ。それで無礼を許すと言われてもうれしくないだろう。
まだ「無礼だ!」と怒鳴られた方が、まともな扱いをされているような気がした。