第224話 舞い手(上)
ダークエルフたちに頼み、シーゲルのところへ「急いで頼みたいことがある」と使いに行ってもらうと、さっそく次の日にシーゲル自ら郊外の集落までやって来た。
「早いですね」
「そりゃ兄弟の急ぎの頼みとあっちゃな」
都合を聞いて、こちらから出向いて、なんてことを考えていたのだが。こんなに早く来てくれるとは、うれしい反面、少し申し訳なくも思う。頼みたいのは取引関係とかではない、個人的なことだからだ。
「それで兄弟、頼みっていうのは?」
「すみません。取引とか全然関係ないんですけど、シーゲルさんには舞い手っていうんですか? 舞を舞う人に知り合いとかっています?」
「舞い手?」
なぜかシーゲルはちょっと驚いたような顔をして、
「さすがは兄弟、耳が早いな」
とニヤリと笑う。
何のことかわからないレンは聞き返そうとしたが、その前にシーゲルが言う。
「ちょうどこっちから話を持っていこうと思ってたんだ。兄弟なら力になってくれるんじゃないかって思ってな」
「どういうことです?」
「実はな――」
シーゲルの話によると、舞い手見習いの女の子が一人、貴族に無理やり身請けされそうになっているらしい。その子を助けてくれないか、ということだった。
身請けというのは金で買われることだが、本人が納得しているなら悪いことではないらしい。金で買われると考えれば悪いことだが、玉の輿に乗ると考えることもできるからだ。
レンの常識だと問答無用で悪いことなのだが、少なくともシーゲルはそう考えているようだ。
「だが今回は違う。本人が舞い手をやりたがっているのを、金で無理やりなんてのは、無粋もいいところだ」
彼の話によると、舞い手の世界にも独自のルールみたいなのがあり、今回の貴族のやり方はルール違反になるとのことだ。
「だが金を積まれた団長はその見習いのガキを売る気だ。見習いが一人前になるには、まだまだ金と時間がかかるし、そもそも一人前になるかどうかもわからないしな。売った方が得って考えたんだろう。そこで兄弟が後援者になってやったらどうかって思ったんだが。俺にガキを助ける趣味はないが、兄弟は違うだろ?」
「僕にもそんな趣味はないですけどね……」
ただ、助けられるなら助けたい、というのはその通りだ。
後援者と聞いて、レンが連想したのは元の世界で言うスポンサーだった。
元の世界でも、芸能界やスポーツにはスポンサーがいて、そこが金を出すことで興業が成り立っていた。
現代日本でスポンサーといえば会社だったけど、この世界じゃ貴族や商人なんかが個人でスポンサーをやってるわけだ、と理解した。
悪い話ではないと思う。
今回、貴族に買われそうになっているのは、まだ小さな子供らしいが、夢を目指して頑張る子供を助けるはいいことだ。そしてその子にダンスパーティーに出てもらえばレンも助かる。これぞWin-Winだ。
レンのイメージでは、舞い手は芸能人みたいなものである。子供の舞い手の後援者になるのは、有望な子役のスポンサーになって応援するようなものだ、と考えた。スポンサーが子役の子を、営業の一環として有力者のパーティーに連れて行ってもおかしくないはずだ。まあ自分に舞い手の営業ができるとは思えなかったが、そういう建前で連れて行けばいい。
美人のお姉さんではなく、子供ならレンも気楽だ。
ただ、その子の後援者になるということは、お金を出すということだ。身請けを止めるなら、相手の貴族と同じぐらいの金額を出す必要がある。
その点をシーゲルに聞いてみると、
「そういや聞くのを忘れてたな。相手の貴族次第だが、見習のガキだし、上を見ても金貨十枚ぐらいじゃねえか?」
金貨十枚と聞いて、レンは複雑な気分になる。
単純に比較はできないが、レンは計算しやすいように、いつも金貨一枚十万円ぐらいで価値を計算している。それだと金貨十枚で百万円。人一人が百万円で買えてしまう、ということだ。それだけこの世界では貧しい者が多く、命の値段が安いのだ。
だが金貨十枚ぐらいならレンも出せるはず。
実はレンは自分のお金をほとんど持っていない。
ダークエルフたちはマルコとの密輸や運送業で大きな利益を上げているが、そこにレンの取り分は入っていない。働いているのはマルコやダークエルフたちで、レンは特に何もしていないから、という理由で。
ただ両者からは、
「お金が必要なら言ってください。すぐに用立てますので」
みたいなことは言われている。どこまで本気かはわからないが、金貨十枚ぐらいなら出しもらえるだろう、多分。
「お金の方は多分大丈夫だと思います。後は一度、その子に会ってからですね」
「そうだな。品定めは大事だ」
「人聞きの悪い言い方はやめてくださいよ」
言ってることは間違いではない。レンは舞を見たこともないし、その子の実力を一度見ておくべきだろう。
だが品定めというのは、いかにもその子を商品として扱っているようで嫌だ。実力を見る、とか腕前を確かめるとか言ってほしい。
「兄弟が乗り気なのはわかった。じゃあ俺の方で話を進めていいか?」
「そうしてもらえると助かります」
「急ぎなんだよな?」
「はい。式典まで日にちがなくなってきたので」
王都に来たときは、式典まで二週間以上あったのだが、例の教会の騒ぎのせい日数が過ぎ、気が付けば後四日しかない。
最初は早く来すぎたかと思ったが、こうなってみると早く来て正解だった。やはり初めてのことには余裕をもってあたるべきなのだ。
「じゃあ待っててくれ。すぐに連絡する」
調子よく請け負って、シーゲルは帰っていったが、その言葉はウソではなかった。
翌日早朝に彼の部下やって来たのだ。
「話を付けたので、よければ今日これから来ていただけないか、とのことです」
シーゲルは外せない用事あるとのことで、案内役に部下を送って来たのだ。
急な話だがレンに断る理由はない。すぐに案内してもらうことにした。
「わかりました。じゃあオレがオーバンスの兄貴をご案内します」
「兄貴はやめて下さい……」
シーゲルから兄弟と呼ばれるのはもう諦めていたが、他の人にまで兄貴とか呼ばれたくなかった。
ドーソンは難題に頭を抱えていた。
彼のドーソン舞団には二十名ほどの舞い手がいたが、彼の頭を悩ませていたのは舞い手ではなかった。
舞団には舞い手の他に、下働きや舞い手見習いなどがいたが、問題となっているのはその見習いの一人だ。
事の起こりは十日ほど前だった。
一人の貴族が舞団を訪れ、その見習いを身請けしたいと言ってきたのだ。偶然街で見かけて気に入ったらしい。
ドーソンは喜んで承諾した。
貴族が身請けの代金として、金貨十枚を提示してきたからだ。
見習いを育てるには金と時間がかかる。舞い手として舞台に出て、やっと金を回収できるわけだが、舞い手として成功するかどうかはわからない。
それを身請けしてくれるというのだ。しかも見習い一人に金貨十枚はかなりの高額、ここで売った方が得だと判断した。
身請けと呼ばれているが、その実態は人身売買に近い。だが金で見習いの子供を売ることに、ドーソンは罪悪感を覚えはしなかった。
それどころか、早いうちに金持ちの貴族に身請けしてもらえるなんて幸せ者だ、と本気で思っていた。
これは彼が悪人というわけではなく、ここでは彼のような考えが普通だった。
舞い手として芽が出ず、年を重ねた者は、最後は無一文で舞団を追い出されることになる。
非情だが、みんな自分が生きるだけで精一杯なのだ。金を稼げない人間の面倒を見る余裕はない。
そんな末路と比べれば、早いうちに身請けされて幸せ、というシーゲルの考えにも一理あったのだ。
身請けの話はすぐにまとまったが、貴族には先に片付けねばならない用事があるとかで、見習いを連れ帰るのは後日に、ということになった。
後で話を聞いた見習いの少女は、それを激しく嫌がった。
「お願いします。私は舞を続けたいです」
と涙ながらに訴えてきたし、
「この子には間違いなく才能があります。きっと一流の舞い手となります。どうか!」
少女の舞の師匠であるアマロワも、そう言って必死に頼み込んできたが、ドーソンは取り合わなかった。
小さいながらもドーソンも団長である。その少女に才能があるのは認めていたが、ちょっと才能があるからといって、一流の舞い手になれるという保証はない。だったらここで身請けしてもらう方が、自分にとっても、少女にとっても幸せというものだ。
いくら二人が嫌だと言っても団長には逆らえない。舞団を出て路頭に迷うつもりなら話は別だが。
もう決まったことだ、と気にも留めなかったのだが……
アマロワの本気を見誤った、と彼は後悔していた。
なんと彼女は、先日、劇場を訪れたシーゲルに直訴したのである。しかも話を聞いたシーゲルが、乗り気になってしまった。
「おいドーソン、そのガキに他に後援者が付けば、身請けの話はなしってことでいいな?」
「ちょっと待って下さいシーゲルさん。先方にはすでに承諾したと――」
「金はまだもらってないんだろ?」
「それはそうですが――」
「お前まさか、俺よりその無粋な貴族を優先する気か?」
「そ、そういうわけでは……」
無粋というのはその通りではある。本人の意思に逆らい、無理やり身請けしようというのは、舞の世界では無粋とされる。だが法で決まっているわけではないし、貴族が金や権力で好き勝手やるのはよくあることだ。
問題はシーゲルが裏社会の大物ということだった。特にここ最近売り出し中で、今や王都の裏社会で彼の名を知らない者はいない、とまで言われるほどだ。そんな彼に逆らえばどうなるか……
貴族とシーゲルの板挟みになったドーソンは途方に暮れていた。
今日はそのシーゲルの紹介で、どこかの貴族の息子が来ることになっている。実際に金を出すのは、その貴族の息子らしい。
犯罪ギルドの幹部とつるんでいるような人間だ。とんでもないバカ息子か、あるいは暴力的な人間か。そんな相手を怒らさず、どうやってお引き取り願えばいいのか、妙案が浮かぶ前に、その人物がやってきた。
「ようこそいらっしゃいました」
内心の動揺を押し殺し、愛想笑いで出迎えたドーソンは、客人――レンを見て意外に思った。
凶悪な面構えの若い男や、下品で欲望丸出しの若い男とか、色々と想像していたのだが、実物はどの想像とも違っていた。
大柄で立派な体格なのは暴力的といえるかもしれないが、
「どうも初めまして」
と丁寧に挨拶してくる様子は、暴力的どころか、穏やかな好青年に見えてくる。
だが犯罪ギルドの幹部に「兄弟」とまで呼ばれているような人間が、穏やかな好青年であるはずがない。貴族の息子だというのに、人間のお供を連れず、ダークエルフを二人連れてきているのも変だ。
ドーソンは気持ちを引き締めた。見た目と中身が一致する相手はわかりやすいが、一致しない相手には注意が必要だった。外見にだまされて痛い目に合うのはごめんだ。
今日はシーゲルがいないので、このレンの相手だけすればいい。どう話を持って行くか考えながら、ドーソンは問題の舞い手見習いをレンに紹介する。
「この娘が舞い手見習いのミリアムです。ほら、ご挨拶しろ」
「ミリアムです。ほ、本日はよろしくお願いします」
緊張した様子で名乗り、ペコリと頭を下げるミリアムを見たレンの第一印象は、本当に子供だな、だった。
見たところは小学生高学年ぐらいの少女だ。おとなしそうな雰囲気で、顔立ちはどこか大人びて見える。かわいいというより、きれいという言葉がふさわしい女の子だった。
この子が一生懸命、舞を頑張っています、というだけならレンは微笑ましく思えただろう。しかしそれが生きるためであり、しかも誰かに金で買われようとしているというのだから、やるせない気持ちになった。
この時点で、すでにレンはミリアムを助けるつもりになっていた。
かわいそうな子供の話を聞いただけなら、ちょっと同情だけして聞き流すことができた。しかしそのかわいそうな子供を実際に見てしまうと、見捨てることは難しい。
まあいいか、これは慈善事業じゃないんだから、とレンは自分を納得させる。かわいそうだけで子供を救おうとすれば際限がなくなってしまうが、今回はこちらにも利益がある。一方的に助けるのではなく取引なのだ。
などと考えている時点で、レンの心はほぼ決まっていたわけだが、まずは彼女の舞を見せてもらう約束だ。
「緊張してる?」
これ以上ミリアムを緊張させないようにと思いながら、できるだけ優しい笑顔でたずねる。
「はい」
「そっか、そうだよね。僕だって同じ立場になったら緊張すると思うし。でもミリアムちゃんはずっと舞い手になりたくて練習してきたんでしょ?」
「はい。舞い手になりたくて、ずっと練習してきました」
「だったらよかった。夢がかなったね」
「えっ?」
ミリアムがちょっと驚いたような顔になる。
「だって舞台に出て、お客さんの前で踊るのが舞い手でしょ? 今日は僕がお客さんで、その前でミリアムちゃんは踊るんだから、見習いじゃなくて立派な舞い手だよ」
ちょっと強引かな、と思いつつも話を進める。
「今から始まるのは、ミリアムちゃんの初舞台ってわけだ。お客さんはちょっと少ないかもしれないけど、がんばって初舞台を成功させようよ」
「私の初舞台……」
レンに言われたことをかみしめるように、ミリアムがつぶやく。
「わかりました。私の初舞台を、どうか見ていて下さい」
まだ完全に緊張が消えたわけではなかったが、彼女は初めて笑顔を浮かべたのだ。
三週も間が空いてすみません。
実はこの話、二週間前に投稿した、つもりだったんです。
三週前は用事で更新できず、二週前はこの話を投稿、先週末も遅れてしまって今日投稿、と思ったら失敗していたことに気付きまして。
たまにアップが失敗するんで、毎回確認していたはずなんですけど、勘違いか見落としか……
とにかくごめんなさい。というわけで次の話と一緒に更新します。