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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第二章 胎動
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第21話 父親

 屋敷が見えてきたとき、レンはやっと着いたかと安堵した。

 ダークエルフの集落で二泊し、こうして屋敷まで戻ってきたのだ。

 帰り道はずっとガー太に乗っていて、魔獣に襲われることもなかったので、肉体的にはそれほど疲れていないのだが、精神的にかなり疲れていた。

 この人たちが悪いってわけじゃないんだけど、と思いながらレンは同行者たちを見回す。

 集落へ行くときは、ダークエルフの女性三人に囲まれての道中だった。そのときも緊張で疲れたが、帰りはそれ以上だった。なにしろ一行の人数が倍以上に増えていたのだから。

 同行者のうち、二人は行きと変わらない。リゼットとルビアだ。レジーナは傷が完治していないため、帰りには同行しなかった。その代わり他のダークエルフが三名増えた。


「護衛としてベテランの狩人を同行させます」


 ダールゼンはそう言って護衛の人数を三人増やしてくれた。行きに魔獣に襲われたので、帰りはより万全を期してくれたのだ。それはありがたかったが、問題なのは増やしてくれた三人が、これまた女性だったことだ。

 ベテランというからには、三人ともそれなりの年だと思うのだが、見た目は二十代の美女である。つまりレンはダークエルフの美女五人に囲まれて帰ってきたのだ。

 客観的に見ればうれしい状況だが、美人女性が苦手のレンはずっと緊張しっぱなしだった。

 そして後三人、一行にはダークエルフの子供が加わっていた。この三人は集落へ帰らず、レンの屋敷でそのまま暮らす予定だ。普段は勉強しつつ、いざというときの連絡役として。

 子供三人のうち、一人はロゼだ。後の二人はロゼより一つ下、十三歳の少年と少女である。

 これでダークエルフが合計八人。レンを入れて九人で帰ってきたのだ。


「あれが領主様のお屋敷でしょうか?」


 ベテラン三人のうちの一人がレンに訊ねる。彼女の名はレオナ。今いるダークエルフの中では一番序列が高いリーダーだ。

 レオナは長身のダークエルフだった。レンの身長が百七十センチぐらいだが、それと同じぐらいなのだ。また女性にしてはガッシリとした体つきをしており、とても迫力のある美女だった。もちろんレンは初対面以降、ずっと気圧されっぱなしである。


「ええ。あれが僕の屋敷です」


「門のところに警備の兵士が見えますが?」


「え?」


 言われて気付いたが、確かに門のところに兵士が二名立っている。ガー太に乗っているレンの目は強化されているから、その二人の様子もはっきりとわかる。

 二人とも鎧を身につけており、近くの村人ではなくちゃんとした兵士のようだ。だがどこから来たのだろうか?

 僕の留守の間になにかあったのかと不安に思いつつ、レンは屋敷の方へと向かう。

 門の前まで来たところで、兵士たちから声がかかった。


「お前たち、そこで止まれ!」


 逆らうことなくレンたちは足を止める。


「何者だ?」


 聞いてくる兵士の顔には、緊張の色が浮かんでいる。ダークエルフたちを引き連れて現れたレンを警戒しているようだ。

 だがここはレンの屋敷である。何者か聞きたいのはレンの方だった。


「僕はレン。この屋敷の者ですが、あなた方は誰ですか?」


「あなたがレン様ですか!?」


 名前を聞いて兵士たちが驚く。


「少々お待ち下さい」


 二人のうち一人が、屋敷の中へ駆け込んでいった。

 言われた通りしばらく待っていると、兵士がマーカスを連れて戻って来た。


「お帰りなさいませレン様。しかし、そのダークエルフたちは?」


 マーカスもレンがダークエルフと一緒に戻ってくるかもしれないとは予想していたが、こんな大人数は予想外だった。


「色々ありまして。それより、この兵士の皆さんはいったい?」


「そうでした。レン様、伯爵様がお見えになっています」


「伯爵様?」


 伯爵と言われてもわからない、と思ったレンだが、すぐに誰のことか思い当たる。


「伯爵って、もしかして僕の父上ですか?」


「その通りです」


 レンの名前はレン・オーバンス。オーバンス伯爵家の三男なのだ。その父親はオーバンス伯爵家の現当主である。


「どうして伯爵、じゃなかった父上が?」


 レンの父親ではあるが、レンには面識のない他人でもある。それを父上と呼ぶ事には、どうしても違和感を覚える。


「魔獣の群れが出現したという報告を受けた伯爵様は、ご自身で討伐の兵士たちを率いて駆けつけて下さったのです」


「えっ? でも魔獣の群れは――」


 僕が倒しましたよ、と言いかけてレンは気付く。

 魔獣の群れが現れた際、南の村から連絡役の男が急使としてオーバンス伯爵の元へ向かったことをレンは知らなかった。だから倒したと報告するための人も送らなかった。レンはここだけで全て解決したと思い込んでいたのだ。

 多分、誰かが出現の報告だけを送り、倒したという報告は送らなかったのだろうとレンは思った。あるいは倒したという報告が届く前に来てしまったのか。

 現代日本なら、まずは確認の電話とかになるだろうが、この世界にはそんな便利な連絡手段は存在しない。行き違いも頻繁に起こるだろう。

 とにかく来てしまったものは仕方ない。問題はどう対応するかだ。


「父上とは、やっぱり話さなくちゃダメですよね?」


「はい。ですが記憶の方は?」


「全然覚えてません」


 小声でレンとマーカスがやりとりする。

 覚えてないのではなく元から知らないのだが、今は記憶喪失という設定だから、そう答えるしかない。

 嘘に嘘を重ねるって、こういうことだよなあ、とレンは思った。

 異世界の人間だということを隠すため、レンはマーカスに記憶喪失だと嘘をついた。

 さらに落馬事故で記憶喪失になっという話が広まれば、村人たちが罰を受けるかもしれないという話を聞き、その記憶喪失という設定まで隠すことになった。

 そんな二重に嘘を重ねた状態で、父親と会わねばならないのだ。


「さすがにバレますよね?」


「いえ、そうとは限りません。はっきり申し上げますが、伯爵様はレン様に厳しく、以前から会話らしい会話もありませんでした。なんとか誤魔化せるのではないかと……」


「そう上手くいくんでしょうか?」


「そこはどうにか――レン様、伯爵様が出てきました」


 屋敷の玄関が開き、中から数人の男たちが出てくるのを見て、レンは慌ててガー太から降りた。


「ちょっと外で散歩でもしててくれる?」


「ガー」


 言われた通りにガー太は屋敷の外へと出て行った。この場にガー太がいれば、余計に話がややこしくなると思ったから、ひとまず消えてもらう。


「あの一番偉そうな人が父上ですよね?」


「そうです。先頭の方です」


 屋敷から出てきた数人の中の誰がオーバンス伯爵なのか、レンにもすぐわかった。

 他の人間と比べ、明らかに着ている服が違う。上質で高そうな服を着ていたし、態度も偉そうだ。

 年は四十か五十ぐらいだろうか。今のレンと同じぐらいの身長で、ガッシリとした体つきをしていた。


「隣にいる若い人は誰です?」


 伯爵の横を二十代ぐらいの若い男が歩いているのだが、この男も身なりが違う。


「レン様の兄君のリカルド様です」


 父親だけじゃなく兄まで来たのかと思った。

 伯爵が近づいてくると、マーカスは膝をついて頭を下げたので、レンも同じようにする。


「久しぶりだなレン」


 伯爵がレンに声をかけたが、その声には肉親に対する暖かみが感じられなかった。


「はい。お久しぶりです父上」


 顔を上げるべきかどうか迷った末、レンは頭を下げたまま答えた。


「何をそんなに緊張している?」


 確かにレンは緊張していた。マーカスはああ言っていたが、やはり父親である。不審に思われたらどうしよう、とレンは緊張していたのだ。

 だがオーバンス伯爵は、そんなレンの態度を別の意味で受け取った。

 息子ではあるが、伯爵にとってはとうに見限った相手なのだ。だからこんな僻地へ勘当同然に飛ばした。そこへいきなり父親がやってきたのだ。緊張するのも当然だろうと伯爵は思った。


「魔獣の群れが出て、ナバルが殺されたと聞いてやって来たのだが、すでに魔獣の群れは倒したようだな?」


「はい。どうにか」


「何があったか話してみろ」


 レンは頭を下げたまま、一連の出来事を語った。

 ナバルたちが襲われたと聞いて、ガー太に乗って屋敷を飛び出し、ガーガーの群れを呼び集め、ダークエルフの男の助力もあって魔獣の群れを倒した、と。

 話を聞き終えた伯爵は、いきなり怒声を上げた。


「この大馬鹿者が! そんなふざけた嘘で、この私をだませると思ったのか!?」


「も、申し訳ありません!」


 反射的にレンは謝っていた。冷静に考えれば、ここは謝るところではない。嘘は言っていないのだから、反論すべきところなのだが、伯爵の迫力に負けてしまった。

 オーバンス伯爵は武闘派の貴族として知られた男だった。今も魔獣討伐の兵を自ら率いてやって来たように、戦いとなれば先陣を切るタイプの指揮官だ。若いときから多くの兵士たちを指揮し、魔獣や人間相手に戦ってきた男だから、その身にまとう迫力は半端なものではなかったし、腹に響くような怒声は聞いた人間を萎縮させるのに十分だ。

 前世のサラリーマン時代、仕事のミスで上司から怒られることはあったが、こんなふうに怒鳴られたことはない。この世界に来て多少の経験を積んだとはいえ、今のレンが太刀打ちできる相手ではなかった。

 そして伯爵の怒りは続く。


「ガーガーが群れで魔獣と戦っただと? そんな馬鹿なことがあるか。大方、そのダークエルフが超個体を倒し、お前はその功績をかすめ取った、といったところだろう」


 伯爵はガーガーを何度も見たことがあり、とても臆病な鳥だとよく知っていた。そんなガーガーが魔獣と戦うなど信じられなかった。さらにレンの技量についても知っている。多少は剣が使えるようだが、魔獣の群れを相手に戦えるほどの実力はない。

 そうやって考えていくと、残る結論は一つ。

 マーカスたちが襲撃されたところにダークエルフもいて、彼らが必死の抵抗で魔獣を率いる超個体を倒したのだ。だが被害も甚大で彼らも全滅。そこへやって来たレンが全ての功績を独り占めした。

 自分の息子ではあるが、伯爵はレンの性格を評価していない。いや、別の意味では正しく評価していたからこそ、レンならそういうことをやりかねないと知っていた。


「ちょ、ちょっと待って下さい。それは――」


 いくらなんでもこれには反論しないと、と思ったレンだが、違いますという言葉を飲み込んだ。そして考えを巡らせる。

 もしかして、伯爵の勘違いを利用した方が上手くいくのでは?

 レンは自分の功績など気にしていない。今の彼の望みはダークエルフの集落を守り、発展させていくことだ。だったら……


「どうした? 言いたいことがあるなら言ってみろ」


「いえ……申し訳ございません父上。おっしゃる通りです」


 レンは謝罪した。マーカスやダークエルフたちが驚く気配を感じつつ、レンは頭の中で話を素早くまとめ、それを伯爵に説明する。

 ナバルの馬車まで到着したとき、そこではダークエルフと魔獣の群れの超個体が戦っており、自分は彼に加勢して超個体を倒したのだと。


「ですが父上。信じて下さい。超個体にとどめを刺したのは私で――」


「もういい、わかった」


 レンの言い訳を伯爵が止める。


「つまらん嘘で私をだまそうとしたのだから、本来なら厳罰をくれてやるところだ。だが、経過はどうあれ、魔獣の群れを倒したという功績は認めよう。今回のことはそれで帳消しにしてやる。しかし、そんな嘘でだませると思うほど、お前は私を甘く見ていたのか?」


「いえ、そんなことは……」


「下らん嘘をついたな。自分の部屋で謹慎していろ」


 上手くいったとレンは思った。

 もちろんレンが伯爵に言ったことは嘘である。どうしてそんな嘘をついたのかといえば、ダークエルフの有用性を訴えたかったからだ。伯爵がダークエルフが役に立つと思ってくれれば、彼らに対する扱いも変わるはずだ。だからレンは自分の功績を否定し、さらにダークエルフが活躍したという嘘をついたのだ。

 その中で、とどめは自分が刺したと強く主張したのは、あまりにダークエルフを持ち上げすぎるのも嘘くさいと思ったからだ。以前のレンなら、自分の功績を訴えたはずである。

 頭を下げたままでよかったとレンは思った。もし互いにちゃんと顔を見て話していたら、表情から嘘がばれていたかも知れない。

 実際、オーバンス伯爵ならレンの嘘を見抜けたはずだった。伯爵も権謀術数渦巻く貴族社会を生きてきた男だ。下手な嘘などすぐ見抜くだけの洞察力を持っている。

 それなのにレンの嘘を見抜けなかったのは、元々の話が信じられなかった上、レンが自分に不利になる嘘をついたからだ。普通、嘘は自分が有利になるためにつくもので、自分が不利になるような嘘はつかない。他人のために嘘をつく人間もいるが、伯爵の知るレンは自分勝手で粗暴な人間で、そんなことをするはずがないと思い込んでいた。

 ただ、伯爵はレンの言うことを全て信じたわけでもなかった。レンはとどめは自分が刺したと言っているが、これもあやしいと思っている。ダークエルフが魔獣を倒した後で、そのダークエルフを口封じのために殺した可能性すらある。

 だがそこまでは気にしなかった。貴族であれば、ダークエルフなど踏みつけて当然という思考を持っていたからだ。

 これで話は終わったとばかりに、伯爵は屋敷の方へ戻ろうとしたが、それをレンが呼び止める。


「お待ち下さい父上。一つお願いがあります」


「いい加減にしろレン」


 そう言ったのは、これまでずっと黙っていた兄のリカルドだった。


「お前の虚偽の報告を父上は許そうと言ってくれているのだ。これ以上余計なことを言うな」


「まあ待てリカルド。この状況で、こいつがなにを言い出すのか興味がある」


 伯爵は笑っていたが、それは見る者を恐怖させる笑いだった。

 下手なことを言えば今度こそ許さない、そんな笑顔で伯爵は言う。


「言ってみろ」


「はい。父上にお願いしたいのは、このダークエルフたちについてです。すでにご存じとは思いますが、黒の大森林にはダークエルフの集落があります。これをもっと積極的に利用したいのです」


「ほう……」


 伯爵が意外そうな顔になる。レンの申し出は予想外だったのだ。


「どう利用する?」


「今回の魔獣の群れとの戦いでも、ダークエルフは役に立ちました。ですからこれからも彼らを戦力として利用したり、魔獣の動向を探らせたりします。その代わり、こちらも彼らを領民として認め、食料援助などを行っていただきたいのです」


 オーバンス伯爵は無言で考え込んだ。彼も黒の大森林にダークエルフの集落があることは知っていた。ナバルから報告を受けていたからだ。だがそれは彼にとってゴミのようなもので、特に気にしたこともなかった。

 目障りではあるが、わざわざ掃除するほどのこともない、ぐらいに思っていたので、それを積極的に利用しようという発想もなかった。だが、言われてみれば役に立つかも知れない。


「ダークエルフを領民になど、できるわけがないだろう」


 オーバンス伯爵はダークエルフを人間より下等な存在だと思っていた。それが常識だったからごく自然にそう思っていた。だからそんな者たちを自分の庇護下に置くことはしない。そんなことをすれば、伯爵家が汚れるとすら思っている。

 だが伯爵は戦場で戦うダークエルフの強さも知っていた。伯爵は強者に対する素直なあこがれも持っていた。そんな純粋な部分があったから、ダークエルフを下等だと思いつつも、彼らに対する嫌悪感は薄かった。

 だから、がっかりするレンに言う。


「だがお前がダークエルフを利用できるというなら、好きにやってみるといい。もし本当に役立つなら、それなりの施しも与えてやる」


「本当ですか!?」


 今までの黙認状態が、表立った協力関係に変わる。小さな変化かも知れないが、確実な一歩には違いない。


「ありがとうございます」


「まずは実績を示してみろ。話はそれからだ」


 そこで伯爵は、初めてダークエルフたちの方を見た。それまでは下等な連中など相手にするまでもないと思っていて、あえて無視していたのだ。


「このダークエルフたちも、お前にとっては利用価値があるから連れてきたのか?」


「はい。まずは彼らと定期的な連絡を取り合うところから始めようと思いまして」


 そして伯爵は、今度はダークエルフに声をかけた。


「お前たちの一番上は誰だ?」


「私です」


 レオナが答えた。


「立て」


「はい」


 言われた通りレオナがたちが上がると、伯爵の口から「ほう」という感心した声が漏れた。


「近くに来い」


「はい」


 これまた言われた通り、レオナは伯爵の目の前まで出てくる。そこでひざまずこうとしたのだが、それを伯爵が止めた。

 レオナは長身でレンと背丈が変わらない。伯爵の身長もレンと同じぐらいだったから、並んで立つと二人の身長も同じぐらいだ。

 伯爵はレオナの体を上から下までじろじろ眺めた。最初は興味深そうに、しかしその目には徐々に好色な色が浮かんでいった。


「お前たちの話も少しは聞いてやるとしよう。まずはその汚らしい体を洗ってから、後で私の部屋に来い」


 伯爵はレオナにそう告げた。さらにマーカスには風呂の準備をして、彼女を入れるように命じる。

 この屋敷には風呂があったが、水は基本的に井戸水だけなので、それを大量に使う風呂にはレンも滅多に入れず、いつもは水浴びですませていた。それなのにダークエルフを風呂に入れてやれとは、意味するところは明白である。

 レンもそれに気付き、慌ててなにか言おうとしたのだが、その前にリカルドが口を開いた。


「父上。女に手を出すのは構いませんが、なにもダークエルフの女を相手にしなくても……」


「たまにはいいだろう。ここでは人目もないし、ちょっとした座興だ」


 オーバンス伯爵は自他共に認める女好きだった。そんな彼もダークエルフの女を抱いたことはなかった。世間の目がそれを許さなかったからだ。

 ダークエルフは美貌の持ち主だから、男女ともにそういう需要は多くあった。差別されまともな働き口の少ない彼、彼女らにとっても、体を売ることは重要な収入源であり、ダークエルフ専門の売春宿などもあった。

 だがダークエルフは汚れた存在であり、それに手を出すなどとんでもないことだという考えも強く、特に体面を気にする貴族の場合、本人に興味があったとしても簡単に手が出せる相手ではなかった。

 オーバンス伯爵もそんな一人で、一度ぐらいダークエルフの女を抱いてみたいと思っていたのだが、周囲の目を気にして自粛していたのだ。

 だがここなら人目は少ない。連れてきた部下は二十人ほどいるが、全員が子飼いの部下であり、口止めしておけば大丈夫だろう。なによりレオナを見て伯爵はすっかり気に入ってしまった。自分と同じぐらい長身の美女など、伯爵も滅多にお目にかかれない。ここで逃すつもりはなかった。

 伯爵が決めてしまえば、リカルドも止められない。部下も内心はどうあれ、逆らったりはしない。だがレンは勇気を出して伯爵を止めようとした。

 彼女たちをここへ連れてきたのは自分である。それなのに、こんなことになっては申し訳が立たないという思いからだったが、結局なにも言わなかった。レオナたちの様子を見て、言えなくなってしまったのだ。

 レオナは素早く後ろを振り返ると、他のダークエルフたちに向かって、ニヤリと笑ったのだ。まるで獲物に食らいついた肉食獣のような顔で。それを見たダークエルフたちも、彼女を祝福するかのように笑って応えた。

 一瞬のやり取りではあったが、レンはそれを確かに見た。

 もしかして、これは彼女にとってのチャンスなのかと思った。

 豊かな現代日本でも、自分のために体を売り、権力者の愛人になろうとする女性はいた。過酷なこの世界なら、もっと多くいるだろう。いい悪いではなく、生きるか死ぬかの問題なのだから。

 それに貧しい女性が権力者に見初められることが悲劇とは限らない。本人の気持ち次第で、シンデレラストーリーにだってなるのだ。だからレオナがそれを望むなら、自分にそれを止める権限はないと思い、レンは口出しを控えたのだ。

 翌朝、レンは自分の考えが間違っていなかったことを知る。

 なんだかげっそりした顔で起きてきたオーバンス伯爵は――対照的にレオナはなんだか生き生きとしていた――息子や部下たちにこう告げた。


「レオナをこのまま屋敷に連れ帰る」

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうのは今までの話の流れで無いものだと思って見てきたので一気に冷めました。勝手に失望
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