第219話 ガーダーン大司教の動き(上)
マローネ司教と話し合った次の日、今度は別の神父が、レンのいるダークエルフの集落を訪れた。
「これは……まさに……」
ダノンと名乗ったその神父は、少し太り気味の中年男性だった。彼と従者たちは、森から現れたガー太を見て絶句し、それから口々に祈りの言葉を唱えた。
レンの方は、いい加減こういう反応にも慣れてきたので、黙ってダノンたちが祈り終わるのをまった。
しばらくして祈り終えたダノンは、食いつくように質問してきた。
「素晴らしい! まさにガーガーではありませんが。オーバンス様はどこでこのガーガーを?」
「それは……」
ガー太とは卵から孵ったときからの付き合いで、一晩で急に大きくなったりもしたのだが、そのあたりのことを言うとそれこそ、
「神の奇跡だ!」
なんて騒がれかねないので、適当に、
「屋敷の近くで出会ったんですけど、なぜか逃げなくて――」
なんて言ってごまかしておく。ちなみにマローネ司教にも同じようなことを聞かれていたが、同じようにごまかしている。
ガー太はガーガーではない、で押し切る以上、そういう余計な情報は伝えない方がいいと思ったからだ。
「ハガロン大司教が、この鳥をガーガーと認めないとおっしゃっていることは承知しております。ですがご安心下さい。これはどう見てもガーガーです」
「はあ……」
適当に返事をするレンだったが、興奮しているダノン神父は、そんなことを気にせずしゃべり続ける。
「すぐにガーダーン大司教に報告致します。そうすればガーガーと認められるはず。オーバンス様は吉報をお待ち下さい」
それは吉報ではない。レンにとっての吉報とは、ガー太がガーガーではないと判定されることだ。
しかしそれをダノン神父には伝えない。
それがマローネ司教から頼まれた協力だったからだ。
「おそらく数日中に、ガーダーン大司教の命令を受けた別の神父がやって来ると思います。もし来たら、ハガロン大司教がガーガーと認めてくれなくて困っている、といった感じで対応していただきたいのです」
昨日、マローネ司教はそんなことを言ってきた。
どうしてそんなことを? と聞き返すと、狙いを説明してくれた。
「オーバンス様がガーガーだと言っているのに、ハガロン大司教がそれを認めないとなれば、ガーダーン大司教は必ず認める方へ回ります。オーバンス様を味方に引き入れ、あの鳥を利用しようとするでしょう。人に慣れたガーガーとなれば、多くの人々の注目を集めるはずです」
「それからどうなります?」
「話を大きくしようとするでしょう。勝ちを確信しているのですから、神前会議を開こうとするかもしれません。そこでハガロン大司教を論破すれば、後継者争いで、俄然優位に立てますから」
神前会議というのは、宗教裁判のようなものらしい。教会の偉い人たちが集まって、争いごとを解決する。会議の結論は神の名において下されるので、一度決まってしまえば簡単にはくつがえせない、とマローネが説明してくれた。
「ですが、それはこちらも望むところです。公の場でガーダーン大司教を論破し、あの鳥をガーガーではないと認めさせるのです」
問題を大きくして注目を集めてから、相手に勝つということらしい。
ガーガーかどうかなんてレンにはどうでもいいことだ。それで言い争って勝ったとして、だからどうしたという話になると思うのだが、マローネ司教が言うには違うらしい。
「ガーガーかどうか、というのは極めて宗教的な問題です。その問題の解決を誤ったとなれば、評判に大きな傷がつきます」
信徒でないレンにはやはりピンとこないが、彼らにとっては重要なことなのだろう。教典の解釈一つで大モメになるのが宗教だ。神の使いとされるガーガーの扱いが、重要だというのはなんとなくわかる。
だがそれは後継者争いにガー太が利用される、ということでもある。
冗談じゃない、そんなことはそっちで勝手にやってくれ、と言いたいところだったが、すでにレンとガー太は教会の権力闘争に巻き込まれてしまったのだ。もちろん望んだわけではなく、知らない間にそうなっていたのだが、なってしまった以上、マローネたちに協力するしかない。
そしてマローネの言っていた通りにダノン神父がやって来たので、レンは頼まれた通りに行動した。
ダノン神父に話を合わせ、
「ガーダーン大司教によろしくお伝え下さい」
最後は頼りにしております、といった感じで頭を下げ、彼を見送った。
多少ぎこちない対応だったと思うのだが、ガー太を見てすっかり興奮していたのか、ダノン神父はこちらの不自然な様子にまったく気付かなかったようだ。上機嫌で帰っていった。
彼の報告を聞いたガーダーン大司教は、これでレンを味方にできたと思ってくれるだろうか?
そうやって表ではガーダーン大司教とつながり、裏ではハガロン大司教と協力する――こういう陰謀めいたことに不慣れなレンは気が重い。
それにガーダーン大司教をだませたとしても、最大の問題が残っている。
レンは昨日、その点についてもマローネに質問していた。
「話を大きくして議論に持ち込むというのはわかりました。でもそこで相手の主張が勝って、ガー太がガーガーと認められたらどうするんですか?」
マローネは勝つ前提で話していたが、勝つかどうかはわからない。というかガー太は本当はガーガーなのだから、相手の主張の方が正しいのだ。
「そこでもう一つ、オーバンス様にお願いしたいことがあるのですが」
そのもう一つのお願いも単純なことだった。
それに何の意味があるのかよくわからなかったのだが、
「それが判定に大きな影響を与えるのです」
と自信満々にマローネが言うので、レンはとにかく協力することにしたのだった。
教会の動きは数日後だった。
マローネ司教とダノン神父が、前後してレンのところに訪れたのだ。二人の用件は同じ。
「一週間後、シャンティエ大聖堂で神前会議が開かれることになりました」
というものだった。
先に来たのはマローネ司教の方で、話を聞いたレンが、
「けっこう先なんですね」
とつぶやいたら、とんでもありませんと言われてしまった。
「シャンティエ大聖堂で神前会議を開くとなれば、内容によっては準備に数ヶ月かけることもあります。一週間後というのは、異例の速さです」
シャンティエ大聖堂の神前会議での決定は、グラウデン王国中の教会に影響する。教会の法律を定めるようなものなのだ。だから資料集めなど、準備にはそれなりの時間を必要とする。それが今回、異例の速さで開かれることになったのは、次期聖堂長争いがからんでいるからだ。
ハガロン大司教も、ガーダーン大司教も、できるだけ早い決着を望んでいたのに加え、両者とも自分の勝利を確信していたため、とんとん拍子で話が進んで一週間後に開かれることになったのだ。
「何か僕がやるべき準備とかありますか?」
「いえ。先日お願いした通りにやっていただけるなら、他は特にありません」
というのがマローネの返答で、彼の後にやってきたダノン神父からも、
「オーバンス様は、このまま一週間後をお待ち下さい」
と言われてしまった。
元々、人間相手の交渉とかが苦手なレンだ。これ幸いとばかりに、言われた通り何もせず一週間後の神前会議を待つことにした。
すみません。長くなりすぎて週末に終わらず、結局、上下に分けました。