第215話 もう一つの取引相手(上)
ゼルドの先導に従い、何回か道を曲がって進むと、道は細くなって人の気配もほとんどなくなった。
「ここで」
とゼルドに指示され、レンたち物陰に隠れて尾行してくる三人を待ち受けた。
三人はすぐにやって来た。レンたちを見失ったことにあせっているのか、どこへ行った? なんて話し声が聞こえてくる。
そこへゼルドが出ていき、三人に声をかけた。
「俺たちに何か用か?」
急に現れたゼルドに、三人組は驚いたようだ。
レンも物陰から出て三人の様子を見たが、一言でいってしまえばチンピラ三人組、といったところだ。顔付きも雰囲気も、まともな人間には見えない。
物取りだろうか? だがレンは質素な服を着ているし、ゼルドとリゲルはダークエルフだ。とても金を持ってそうには見えないだろう。だったら――
レンが考えていると、向こうが動いた。
驚かされたことに怒ったのか、三人のうちの二人が顔を赤くしてゼルドに詰め寄る。
「なんだてめえ?」
「ダークエルフごときが、俺たちを誰だと――」
チンピラの一人がゼルドの胸元をつかもうと手を伸ばしたが、ゼルドは素早くその手をつかんでひねり上げる。
「ぐあッ!?」
男が悲鳴を上げて姿勢を崩すと、もう一人の方がゼルドに殴りかかった。
「てめえ、何ふざけ――ぐあッ!」
悲鳴を上げて男の体が吹き飛んだ。
殴られる前に、ゼルドが男を蹴り飛ばしたのだ。男は背中から壁に激突し、そのまま地面に崩れ落ちた。
「待て! いや待って下さい!」
最後の三人目が動いたが、こちらはちょっと様子が違った。
慌てたように声をかけてきたが、威圧的ではなく、ずいぶん腰が低い。
「失礼しました。そちらはレン・オーバンス様ですよね?」
レンの方を見ながら聞いてくる。
「そうですけど……」
どうやら向こうはこっちを知っているようだが、レンは相手の顔に見覚えはない。
「やっぱり。俺はガチスっていうんですが、シーゲルさんの下で働かせてもらってます」
シーゲルは知っている。とある犯罪ギルドの幹部で、以前、王都に来た際に力を借りた。なるほど、彼の部下ならレンの顔を覚えていてもおかしくない。レンの方は、シーゲルの部下の顔を誰も覚えていなかったが。
「顔をお見かけしたんで、どうしようかと思っていたら、こいつらが勝手に先走っちまって。本当にすんません!」
ガチスはその場で土下座しそうな勢いで頭を下げる。
「領主様?」
男の手をひねり上げたままのゼルドが、どうしたものかという顔でレンに聞いてくる。
ガチスという男がウソをついているようには見えない。これ以上、争う必要もないだろう。
「放してあげて下さい」
ゼルドは突き飛ばすようにして男の手を放した。
「イテテテ……」
腕をさする男の顔を、今度はガチスが殴りつけた。
「てめえ、なに勝手なことしやがるんだ!」
「ぎゃ、すんま、ぐぇ!」
殴られ倒れた男に、ガチスは怒りの形相で何発も蹴りを入れる。男は謝ろうとしているようだが、言葉が続かない。
「あのう、それぐらいにしておいた方が……」
遠慮がちにレンが声をかけると、ガチスはサッと怒りを消して、申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
「けど、こいつはオーバンス様に無礼をしたんで」
「僕は気にしてないですから」
いきなり突っかかってきた男の態度もどうかと思うが、ここまでボコボコにするほどでもない。
「オーバンス様がそうおっしゃるなら」
ガチスは蹴るのをやめたが、男はうめき声を上げて倒れたままだ。最初にゼルドに蹴り飛ばされた男も、完全に気を失っているのか立ち上がってこない。
「本当にすみません。それで一つお聞きしたいんですが、オーバンス様が来ていることをシーゲルさんは知ってるんで?」
「さあ、多分知らないんじゃないですか」
少なくともレンは伝えていない。向こうが独自に知った可能性はあるが、多分知らないだろう。
「だったらぜひシーゲルさんのところへ寄って下さい。きっとシーゲルさんも喜びます」
「いや、急にお邪魔するのも悪いんで」
正直なところ、レンはあまりシーゲルに会いたくなかった。
以前会ったシーゲルは、そんなに悪そうな人には見えなかった。目の前にいるガチスのように、人相が悪いとかは全然なく、むしろ最初は穏やかそうな紳士に見えた。
だがやはりシーゲルは犯罪ギルドの幹部だった。穏やかそうに見えても、言動は過激で、平気な顔で犯罪行為を行っていた。
君子危うきに近寄らず――仕事で付き合っても、それ以上はあまりお近づきにならないようにしようと心に決めたのだ。
「そこをなんとか! お忙しいのはわかってますが、このまま帰したら、俺がシーゲルさんに殺されちまいます。どうか」
土下座しそうな勢いでというか、レンがためらっているのを見ると、その場に両手をついて頼んでくる。
「どうかこの通りです!」
「わかった、わかりましたから」
相手の勢いに押されて思わず返事してしまうと、ガチスがホッとしたような笑顔を浮かべる。
あいかわらず頼まれると弱いレンだった。
断る強さがほしいと思ったが、それにしても、ここまで必死にならなくてもいいと思うのだが。
ガチスに案内され、レンはシーゲルの屋敷に向かうことになった。
「よう兄弟! 王都に来るなら一言いってくれよ」
屋敷にいないことを願っていたが、あいにくシーゲルは在宅だった。
玄関まで出てきたシーゲルは両手を広げ、笑顔でレンを出迎えてくれた。やはり悪人には見えないが……
そして相変わらずの「兄弟」呼び。もちろん彼とは兄弟でもなんでもない。向こうが勝手に呼び始めて、そのままになっている。
「急に来られたら、歓迎の準備もできないじゃねえか」
「どうかお構いなく」
「そうはいかねえよ。まあ大したもてなしはできないが上がってくれ。兄弟の家から見たら、小さな屋敷だろうが」
「そんなことないですよ。立派なお屋敷でびっくりしました」
お世辞ではなかった。広々とした庭――池や花園もある――に石造りの立派な屋敷がドンと構えている。
しばらく前に滞在したロレンツ公爵の城は例外として、この世界でも前の世界でも、こんな立派な屋敷にお邪魔した経験はなかった。広さだけなら前のレンの屋敷の方が広かったと思うが、手入れの程度が段違いだ。
犯罪ギルドの幹部ともなると、こんな立派な屋敷に住めるんだなあと感心する。悪事は金になるのだろう。
もっとも僕も密輸をやってるし、あんまり人のことは言えないけど。
「ガチス、よく兄弟を連れてきてくれた」
「はい。偶然、街でお見かけして――」
「で、ボロスとディオンはどうした?」
「えっ? えっと、それは……」
聞かれたガチスが、わかりやすくうろたえる。
ボロスとディオンというのが、最初にゼルドに突っかかってきた二人だろう。あの二人は倒れたまま放置してきた。レンはちょっと気になったが、ガチスが、
「こんな奴ら、どうでもいいんで」
と言って強引にレンをここまで連れてきたのだ。
不自然なガチスの態度を見て、シーゲルの表情が変わる。顔は笑ったままだが、目が笑っていない。
「お前まさか、兄弟に失礼なことをしたんじゃないだろうな?」
ガチスが言葉に詰まる。違うと言いたいのだろうが、それを言ってしまうとウソになる。だが本当のことも言えない。
ちょっとかわいそうに思えたので、レンは助け船を出した。
「僕は何もされてませんよ」
「……そうか。兄弟がそういうならいいんだ。先に部屋に行っててくれ。俺もすぐ行くから」
シーゲルの部下に案内され、レンは屋敷の中へと入る。
この世界の常識ならリゲルとゼルド、ダークエルフの二人は屋敷に入れず、外で待機となるところだが、シーゲルが気を利かせてくれたのか、
「護衛のお二人もご一緒に」
ということで一緒についてくる。
笑顔でレンを見送ったシーゲルが、ガチスの肩をポンと叩いた。
「兄弟がああ言うんだ。今回は何も聞かないでおいてやる。だが次はないからな」
「は、はい」
シーゲルの冷たい声に、ガチスは震えながら答えた。
また長くなりすぎたんで上下に分割しました。書いてるうちになぜか長くなってしまう……
明日、ではなく日付が変わっちゃったんで今日中には続きの(下)もアップします。