第212話 ガーガーの証明
「どういうことです? その鳥はガーガーではないのですか?」
と聞いてくるマローネに、レンは逆に聞き返す。
「いえ、それをお聞きしたいのです。僕はガー太のことをガーガーだと思っていました。けどガー太は性格も全然違うし、見た目もちょっと違いますよね?」
ガーガーはみんな丸々としているが、ガー太はガッシリした体型で、普通のガーガーと比べるとシャープで角張っている。性格は言わずもがなだ。
しかしガー太は間違いなくガーガーである。卵から孵ったところから知っているのだから。
だがそれは言わない。ガー太との出会いは、ある日どこかの平原で出会ったとか、そんな感じで適当にごまかせばいい。
「もしガー太がガーガーでないなら、神の使いなんかじゃなく、単に珍しい鳥ですよね?」
それでマローネも、レンが何が言いたいのか理解したようだ。
「確かにガーガーでなければ単なる珍獣、教会が気にするべきことではありませんね」
ガーガーでなければ、宗教的な問題は何もない。そして教会はガーガーかどうかを判定するだけの権威があるはずだ、とレンはにらんでいた。
レン一人が、ガー太はガーガーでない、と言ったところで、誰も信じなければ意味がない。
だがこれに教会がお墨付きを与えてくれればどうか?
きっと誰も文句は言えないはずだ。
この世界に遺伝子判定などないし、それどころか分類学もまだまだ未発達だ。一度教会が決めてしまえば、それを科学的にくつがえすことは無理なはず。ドルカ教にはそれだけの権力がある。
そう考えると、ここでドルカ教の神父と出会えたのは幸運だった。マローネはまだ若いが、一団のリーダーなのだから、それなりの地位に就いているはずだ。何としても、ここで彼の協力を取り付けておきたかった。
「そういえば前に行商人から聞いたことがあるんですが、大陸東方には、人を乗せて走れる鳥がいるそうです。ホウオウっていうらしいんですけど」
これまたウソである。何だかウソばかりついてる気がするが、ウソも方便だ。それにこのウソは誰かを不幸にするわけではない。
ホウオウというのはレンが適当に思い付いただけで、もちろんそんな鳥は存在しない。
以前、黒の大森林を抜けてターベラス王国まで行った際、成り行きで向こうの貴族と協力して魔群と戦うことになった。レンの身元がバレると大問題なので、彼は仮面を着けて「仮面の騎士」を名乗り、ガー太もガーガーではなくホウオウという別の鳥だと主張した。
結果からいえば、これはレンの杞憂だった。
その戦いのことはグラウデン王国まで伝わってきたが、詳しい内容までは届いていない。魔群との大きな戦いがあったというだけで、仮面の騎士とか、そんな情報までは伝わってこなかった。
情報伝達手段が限られるこの世界では、他国の出来事というのはなかなか伝わらないようだ。
まあそれはそれでよかったが、今重要なのは、あの時のまわりの反応だった。
レンが適当にでっち上げたホウオウを、まわりの人々は信じていたようなのだ。おそらくガー太が普通のガーガーとあまりに違いすぎるので、違う鳥といわれた方が納得できたのだろう。
だから適当すぎるこの話が、マローネにも通用するのではないかと思ったのだが、
「別の鳥ですか。その発想はありませんでしたね……」
感心したようにつぶやきながら、マローネはなにやら考え込んでいたが、
「私個人としては非常に興味深いお話です。ですが私にはあの鳥をガーガーかどうか判定できる知識も経験もありません。オーバンス様はこのまま王都に向かうのですよね?」
「そうですけど」
「でしたら私と一緒に王都のシャンティエ聖堂へ行きませんか? そこならば判定が下せると思います」
マローネでは判断できないので、もっと偉い人に聞いてみる、というところか。
すぐに拒否されなかったのはいいが、最終的にどうなるかはわからない。
問題は教会がガー太をどう考えているかだ。
ガー太を宗教的なシンボルとして利用しようと考えているなら、レンの提案は一蹴される可能性が高い。利用するならガー太はガーガーでなければならないからだ。それから先どうなるか、レンとしてはあまり考えたくない。
巨大宗教と対立したくはないので、可能な限り協力することになると思うが、それも長くは続かない気がする。レンはガー太を手放すつもりはないので、いずれ関係は破局し、戦うか逃げるかすることになりそうだ。
一方、教会がガー太やレンのことを危険視し、とにかく問題を起こしたくないと考えているなら、レンの提案を受け入れてくれる余地はある。レンには宗教的な野心はまるでないので、ガー太がガーガーでなくなっても何の問題もない。教会と対立する気もない。
向こうが何も言ってこなければ、レンの方から何かするつもりはないのだ。
教会が賢明な判断を下してくれるのを祈るしかなかった。
「王都の聖堂まで来いというなら行きますが、こちらも先に片付けたい用事がありまして。僕たちは先に王都に行くので、後から連絡してもらえないでしょうか?」
別にマローネたちと一緒に王都へ向かっても問題ない。立ち寄りたい場所はいくつかあったが急ぎではないし、今はガー太の問題が最優先だ。
それを断ったのは、一緒に行動すると向こうに気を使って疲れそうだったからだ。できる限り自由行動したかった。
「そうですね。こちらも色々と準備しなければいけないでしょうから、その方がいいかもしれません。では王都での連絡先を教えていただけますか?」
「じゃあ王都警備隊の百人隊長さんでいいですか? キリエスさんという方なんですけど」
百人隊長のキリエスとは以前の事件で知り合い、それからも出入組の設立など、商売の関係が続いている。王都に行けば彼のところにも挨拶しに行くつもりなので、彼に仲介役になってもらおうと思った。
「それでしたら大丈夫です。では準備が整い次第、こちらから連絡させていただきます」
レン達はこのまままっすぐ王都へ向かうが、マローネたちは近くの街の教会へ立ち寄る予定とのことで、彼らとはここで別れることになった。
それを聞いて、やっぱり一緒に行かなくてよかったと思った。一緒に行くことになっていれば、レンもそれに付き合わねばならなかっただろう。
マローネはいい人のようだが、レンはドルカ教に興味はないので、余計なことに付き合って時間を使いたくはなかった。
レンが王都へ向かうのは王様に呼び出されたからだが、表彰の式典は九月頭なので、まだ二週間以上先だ。時間的な余裕はあったが、やはり時間は自由に使いたい。
ちなみに式典の日時はマローネも承知しており、彼はレンの領地へ向かう途中、街道のどこかでレンに会えるだろうと考えていたようだ。
王都からジャガルまでの街道は基本的に一本道、ガーガーに乗っている人間は目立つから、すれ違いになることはない、とマローネが考えたのはおかしくなかった。
ただタイミングはギリギリだった。
もしマローネたちの出発があと一日遅かったら、レンは王都に到着し、街道で彼らと出会うことはなかった。マローネたちが途中の街でレンの情報を仕入れようとしても、レンはどこの街にも立ち寄らず野宿を繰り返していたので、情報を手に入れられず、そのままレンの領地まで行っていた可能性もあった。
そう考えると、やはりここで出会えたのは幸運だった。結論がどうなるかわからないが、ここで話し合いができたことは、無駄にならないはずだ。
「というわけでガー太。悪いけど話がまとまるまで、またホウオウってことでよろしく」
「ガー」
別にいいけど、といった感じでガー太が答える。
さっきの話し合いでも空気を読んでくれたのか、ガー太は文句も言わずじっとしていた。マローネ始め、教会の人たちはガー太のことを熱心に見ていたが、ガー太の方は彼らに無関心だった。どう思われようと関係ない、といった感じで。
聖なる鳥だろうが、東方のホウオウだろうが、あるいは悪魔の鳥と嫌われたとしても、きっとガー太にとってはたいしたことではないのだ。人間にどう呼ばれようが、どう思われようが、歯牙にもかけないのだ。
レンの方はそうはいかない。他人にどう思われようと気にするな、と頭ではわかっていても、やはり人の視線や言葉が気になってしまう。ガー太の強さがうらやましかった。
「ガー太が別の鳥ってことになれば、あの人たちもそれ以上は何も言ってこなくなるはずだから」
「ガー」
「もしかしたら検査とかがあるかもしれないけど、それも我慢してね。教義で危害を加えたらダメってなってるから、それは大丈夫だと思う。多分」
「ガー?」
えー? といった感じでガー太が鳴く。露骨に嫌そうだが、それだけは我慢してもらわないといけない。
ガー太がガーガーである限り、教会は決してあきらめないだろう。根本的な解決はガー太がガーガーでなくなるしかない、少なくともレンにはそれ以上の解決法が思い浮かばなかった。
もちろんガー太に危害を加えるようなら話は別だ。そうなれば即、決裂である。
「そこを何とか。頼むよ。ね?」
手を合わせて拝んでみる。この仕草がガー太に通じるかどうかわからなかったが、
「ガー」
今度は人間ならば、あきらめ混じりの盛大なため息、といったところだろうか。
ガー太にしてみれば、人間関係などうっとうしいだけだろうが、実のところレンも同感である。それでも付き合っていかねばならないのがつらいところだ。
どうしても嫌なら全部捨てて逃げ出すしかないが……最悪の場合、それも考えねばならなかった。
マローネたちと別れたレンはそれから道を急ぎ、当初の予定通り、その日のうちに王都近郊までたどり着くことができた。
そこからダークエルフたちの集落を探し、やっと到着した頃には日が沈んでいた。
レンたちが集落まで来られたのは、事前に用意していた地図のおかげだ。運送屋で働くダークエルフたちは、行った先の地図を作り始めていて、王都周辺の地図も何枚か書かれていた。レンはそれを一枚もらってきていたのだ。
まだまだ略図のような地図だったが、あるとないとでは大違い。十分役に立ってくれたが……
到着した集落は、林に囲まれた十軒ほどの小さな集落だったが、夜の集落は真っ暗で、外を出歩くダークエルフもいなかった。
この世界では夜も朝も早い。電気などないので、日が沈んだら寝て、日が昇れば起きるというのが普通の生活だ。
もうみんな家で寝ているのだろう。
「誰か起こしましょう」
とゼルドは言ってくれたが、レンはちょっと迷った。
わざわざ寝ているのを起こすのは迷惑だし、けどここでこのままというわけにもいかないし……なんて思っていたら、向こうの方が気付いてくれた。
一軒の家の扉が開き、中から誰かが出てきたのだ。
今夜は月が一つだけ出ていて、それなりに月明かりがあった。おそらく人影に気付き、確認のために出てきたのだろう。
向こうはこちらがよく見えていないようで、慎重な足取りで近づいてきたが、ガー太に乗っているレンには相手がダークエルフの男だとわかった。
やはりここがダークエルフの集落で間違いないようだ。
「ガー太様!?」
こちらの様子をうかがうように近寄ってきたダークエルフが、ガー太に気付いて大声を上げ、そこから一気に走ってきた。
この集落に暮らしているダークエルフたちは、大きく二つのグループに分けられる。
第一グループは、運送屋の働き手たちだ。荷馬車の御者や護衛などで、彼らはここまで荷物を運んできて、また別の荷物を積み込んで帰る。
荷馬車に乗っているダークエルフたちは、今やそのほとんどが、レンの屋敷で教育を受けている。基本的な読み書きや計算を身につけてから仕事に従事するのだ。
屋敷に来たときにガー太の姿も目にしているので、一目でガー太と気付いたということは、彼はそちらのグループだろう。
もう一つの第二グループは、王都周辺で働くダークエルフたちだ。
荷下ろしとか雑用とかをやっている彼らは、読み書きや計算などは学んでいない。
いずれは彼らを含め全てのダークエルフに教育を、とレンは考えていたが、まだそこまで手が回っていなかった。
出てきたダークエルフが、ガー太を知っているのは都合がよかった。レンのことも知っているはずだが、レンの方は彼の顔を覚えていなかった。元々、人の顔を覚えるのは得意でなかったし、今では屋敷に来るダークエルフの数が増えて、とてもではないが全員の顔を覚えきれない。
王都周辺にはたくさんのダークエルフが暮らしているが、ここにいるのはそのほんの一部だけだ。数が集まれば人間たちにいらぬ警戒をされてしまうかも、ということで必要最小限しかいない。
この集落にしても、王都警備隊の仲介があったからスムーズに購入できたが、そうでなければもっと難航しただろうと思われる。
お金の問題ではない。不便な場所にある小さな廃村丸ごと一つ、購入には諸々――関係者への賄賂なども含めて金貨1200枚ほどかかったそうだ。無理矢理日本円に換算すると1億2000万円ぐらいだろうか。大金ではあるが、今のマルコにはそれを支払えるだけの十分な資金があった。
問題なのは周辺地域の住民感情だ。ダークエルフが近くに住むことを、よく思わない人間は多い。日本なら反対運動が起こるだろうが、この世界では反対運動どころか、集落が焼き討ちされてもおかしくない。
王都警備隊が、ここは自分たちの管理下だと説明してくれたので、付近の住民たちも渋々受け入れたような状況だが、まだまだ安全とはいえない。
ダークエルフたちは積極的に周辺の村などに挨拶に出かけ、食料などをお土産に持って行ったりして、周囲との関係に気を配っている。
平穏に見えるこの集落も、色々な問題を抱えていたのだ。
先週は、ちょっと用事があって更新できずにすみません。
そしていつの間にやら、書き始めてから三周年をすぎてました。
ここまで書き続けてこれたのも読者の皆さんのおかげです。
何度も繰り返してますけど、読んでくれる人がいないと、ここまで続けられなかったと思うので。
というわけで、これからもよろしくお願いします。