第210話 ドルカ教の使者(上)
王都までの旅は順調だった。
レンたち四人はリゲルのペースに合わせて進んだが、それでも普通の人間よりはかなり速い。
一行は寄り道もせず、まっすぐ王都へ向かった。途中の街にも立ち寄らず、夜は野宿だ。危険な野宿も、ガー太とカエデがいれば何の問題もない。レンもすっかり野宿になれてしまい、疲れがたまったりもしなかった。
街に寄らないのは余計な時間をかけたくないのと、ダークエルフ差別を見たくないからだった。宿屋に泊まろうとしても、ほぼ間違いなくレン以外の三人は宿泊を拒否されるだろう。だったらもう、近寄らないのが一番だった。
ジャガルの街から王都までは、成人男性が普通に歩いて二十日ほどとされる。レンたちはそれよりかなり速く進んだが、それでもどこにも寄らないとなると、途中で食料が足りなくなる。
だがこれは道中で会うダークエルフたちの荷馬車に、食料を分けてもらうことで解決した。
街道を進むと、毎日とはいかないが、二三日に一度ぐらいの割合で、ダークエルフたちの荷馬車とすれ違った。運送量がいかに増えているかを実感したが、彼らのおかげで食べ物には困らなかった。
「ちょっと食料を分けてもらえませんか」
と頼めば、ちょっとどころか手持ちの食料を全部譲ってくれそうな勢いだった。
彼らにしてみれば、レンたちに食料を渡すというより、ガー太に供物を捧げてるような感じだったのかもしれない。とにかく彼らのおかげで食糧問題は解決、荷物も少なくできたので旅はスムーズに進んだ。
道中で一番危惧していたのは二つの大きな川で、ここは渡し船を使わないといけない。だがここも運送量が増えたことが、いい方向に働いていた。
荷馬車の数が増えたので、いくつかの渡し船と優先的な契約を交わしており、スムーズに渡れるようになっていたのだ。
そのおかげでレンたちもすぐに川を渡れた。天候にも恵まれたので、足止めを食らうこともなかった。
泳げないダークエルフにとって、ある意味、川は魔獣をも越える最大の敵だ。
人員を調整して、川の両側にダークエルフたちを配置し、川を渡るのは荷馬車だけという体制を整えようとしていたが、これはまだテスト段階だった。上手くいけば、ダークエルフたちの負担も大きく減ることになるだろう。
道中では二回、魔獣の襲撃を受けたが、どちらも一体だけだったのでカエデがあっさりと倒した。
他に大きな問題もなく、レンたちはジャガルを出てから二週間。ついに王都まであと一日か二日のところまで来ていた。
「今日中には着きたいですね」
早朝に出発したレンは、リゲルたちに向かって言う。
王都近郊には、ダークエルフたちの集落が作られていた。ジャガルの街と同じく、小さな廃村を買い取って整備したもので、ダークエルフたちはそこまで荷物を運ぶ。
そこから先、王都への荷物の出し入れは、王都警備隊と共同で設立した出入組の仕事だ。
ただしこれは表ルートの話だ。裏ルート――犯罪ギルドとの取引は、さすがにここでは行えないので、どこか適当な場所で荷物を引き渡す。こちらもダークエルフの荷馬車が王都へ入ると目立つので、最後は犯罪ギルドの人間たちの仕事だ。
今日中に王都まで行って、今夜はダークエルフの集落に泊まろうと思っていた。野宿には慣れたといっても、やっぱりちゃんとした家の方がいい。
もちろんリゲルたちにも異存はないので、一行は足早に王都へ向かう。
「あれは……」
昼前ぐらいのことだ。
街道を進んでいたレンとガー太が足を止めた。
「どうかしましたか?」
リゲルの問いかけにレンが答える。
「向こうから十人ぐらいの集団が来るんだけど、どうもドルカ教の巡礼者みたいで」
レンはガー太に乗っているので視点が高いし、視力も強化されている。だから他の誰より早くそれに気付いた。
街道の先から、一台の馬車を中心として、十人ぐらいの集団がこちらに向かって進んでくる。
馬車は白塗り、周囲を歩く人間は白いフード付きの服を着ているか、白い鎧に白いマントを身につけている。
白はドルカ教のシンボルカラーだ。
フード付きの白い服はドルカ教の巡礼服、白い鎧とマントは信徒や巡礼者を守るために組織された神聖騎士団の騎士――というのをレンは勉強して学んでいた。
白い馬車には高位の聖職者が乗っていて、神聖騎士はその護衛だろう。
「ちょっと隠れてやり過ごそう」
レンがそう言って街道を外れ、少し外れたところにある林に向かうと、リゲルとゼルドはわかっているといった感じで、何も言わずについてくる。
カエデだけが、
「隠れるの? あいつらやっつければいいのに」
と言いだしたので慌てて止める。
「それはダメ!」
ドルカ教の聖職者をやっつけるとか、レンにそんな気はない、というかそんなことをすれば非常にマズい。
ドルカ教はこの国の国教であり、さらに国の範疇を超え、大陸西方全体に影響力を持つ巨大組織だ。そんなものと対立するわけにはいかない。
だがこのまままっすぐ進むのもマズい。
レンは数日前にも、街道でドルカ教の神父とすれ違っている。その時は二人連れだったが。
ガー太は非常に目立つ。すれ違う人々からジロジロ見られるのは当たり前、興味津々といった様子で話しかけてくる者もいる。
レンの対応は極力無視だ。話しかけられても、適当に答えてさっさと立ち去る。ところドルカ教の神父にはそれが通用しなかった。
「そこの方、それはガーガーではないのですか?」
驚いた様子でレンに声をかけてくる、というのは他の旅人たちと変わりなかった。またかと思いつつ、レンは適当にごまかして先へ進もうと思ったのだが、彼らはしつこかった。
ガー太やレンのことを延々と聞いてきたので、最後は、
「すみません。先を急ぎますので」
と言って逃げるように立ち去った。それでも二人は追いかけてきたが、ガー太やダークエルフのスピードには勝てず、どうにか振り切ることができた。
ドルカ教ではガーガーは聖なる神の使いとされている。彼らにしてみれば、ガー太は無視できる存在ではないのだろう。
幸い、今まではドルカ教絡みで面倒に巻き込まれたことはなかった。
ほとんどの街や村にはドルカ教の教会があるのだが、レンの領地には存在しなかった。黒の大森林を囲む監視村は、魔獣に襲われることが前提の特殊な村だ。詳しい歴史はレンも知らないが、そういう危険な場所なので、村を作った際に教会を建てなかったのではないだろうか。
レンはドルカ教にまったく興味がなかったので、領地に教会がないのはありがたかった。とはいえ無知なままなのも問題ありそうなので、最低限のことは勉強したが。
他の街へ出かけた時も、教会へ立ち寄ったりはしなかった。
おかげでドルカ教とは関わらずにこれたわけだが、先日のことでよくわかった。やっぱりドルカ教には近寄らない方がいいだろう、と。
その教訓を生かし、今回は街道の先にドルカ教の一団を発見した時点で、さっさと隠れることにしたのだ。
これでやり過ごせばいいと思っていたのだが、なんと一団も街道を外れ、レンたちが隠れた林の方へ向かって来るではないか。
偶然と思いたかったが、やっぱり偶然ではなかった。
「我らはシャンティエ大聖堂よりの使者である。そちらにいるのはレン・オーバンス様とお見受けしたが!?」
林の前まで来た一団から、そんな声が投げかけられた。
なんで僕の名前を!? と驚く。
シャンティエ大聖堂というのがどこにあるのか知らないが、これだけの神父や神聖騎士がいるのだから大きな教会なのだろう。
こちらの正体まで知られているとなると、ここで逃げても後でさらに厄介なことになる可能性が高い。
仕方なくレンは林から出て、彼らの前に姿を見せた。レンの後ろにはダークエルフたちが続いたが、ガー太は林の中で待機だ。
「僕がレン・オーバンスですけど」
レンが出て行って名乗ると、それに呼応するように、ドルカ教の馬車の扉が開き、中から一人の人物が出てきた。
「初めましてレン・オーバンス様」
右手を胸に当てて一礼するのは、ドルカ教の挨拶だ。
馬車から出てきたのは若い男性だった。フード付きの白い巡礼服を着ているのでドルカ教の神父だろう。
年は二十代前半ぐらいだろうか。馬車に乗っていたということは、彼がこの集団のリーダーと思われる。
短く切りそろえた金髪にダークブラウンの瞳。柔和で落ち着いた物腰は、まさに聖職者といった雰囲気で、しかもかなりのイケメンである。挨拶する姿も洗練されていて、思わず見とれてしまうほどだ。
「私はマローネ・コルエッティと申します。王都にあるシャンティエ大聖堂で神に祈りを捧げる者です。以後、お見知りおき下さい」
初対面なのは間違いない。人の顔を覚えるのが苦手なレンも、さすがにこんな印象的なイケメンは一度見たら忘れない。
だが初対面のはずの相手は、こちらの名前を知っていた。
何の用だろうかとレンは身構えた。