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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第六章 王都の華
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第203話 後継者と後見人(下)

 ミオを後継者にして、レン・オーバンスにその後見人になってもらう、というゴナスの決定を、店の者たちは意外とあっさり受け入れた。

 もっと大騒ぎすると思っていたが……

 一番反対すると思っていた息子のアダムスは、反対するどころか賛成していた。それほどレンを恐れているのか。

 やはり息子を後継者にしなかったことは正解だったと確信する。

 予想は外れたが、反対者がいないならそれでいい。


「そういうわけだボナージュ。最初にお前が言い出したことだ。お前がオーバンス様のところへ行って、話をまとめてこい」


 本来ならゴナスが行くべきだろうが、隠居を決めた彼にはもう、それをやるだけの気力がわいてこなかった。ここ数日で、一気に老け込んだ気がする。


「わかりました。何としても話をまとめてまいります」


 頭を下げるボナージュ。

 店の者たちがゴナスの決定をあっさり受け入れたのは、彼の根回しが大きかった。

 ゴナスが決定を下す前から、ボナージュは店の者たちと個別に話をして、いかにレンが恐ろしい男か、生き残るには彼の傘下に入るしかない、といったことを訴えてきたのだ。

 アダムスが店を継ぐことに怖じ気づいたのも、ボナージュの話が大きく影響していた。

 ボナージュも必死だったのだ。彼は主人のゴナスのことも心配していたが、それ以上の自分の身を案じていた。

 レンの報復に巻き込まれるのを恐れたからだった。

 うわさに聞くレンは恐ろしい男だった。ゴナスを殺すだけでなく、ついでに店の人間もまとめて皆殺しにしかねないと、本気で思っていたのだ。

 だから彼は店を丸ごとレンに渡すという策を推し進めた。

 いくらレンが冷酷非情でも、自分の物になった店をつぶしはしないだろう、とゴナスと同じように考えたのだ。しかもゴナスはそれでも許されるという保証はないが、ボナージュはまず大丈夫なはずだ。

 店がレンの物になってからのことは、またその時に考えればいい。

 今まで通り働けるなら、ボナージュも今まで通り働く。新しい人間が送り込まれ、冷遇されるようなら、店を辞めればいい。

 番頭の地位に未練はあるが、ボナージュは自分を有能だと思っていたので、生きてさえいれば別の場所でもやり直しできるだろう、と楽観的に考えていた。

 そういうわけで、ボナージュはミオを連れてマルコの店へと向かった。




 当然ながら、レンはゴナスたちの事情をまるで知らなかった。

 目の前でゴナスが倒れたのは見ているから、彼が隠居するというのはわかる。

 だがいきなり小さな女の子を連れてこられて――小学生高学年ぐらいに見える――その子の後見人になってほしいと頼まれても、わけがわからなかった。


「すみません。詳しく知らないのですが、後見人ってどういう存在なんですか?」


 レンは同席していたマルコに聞いた。

 後見人、という言葉は前の世界でも何度も聞いたことがあるので、なんとなくイメージはできる。だが実際に後見人をしている、なんて人に会ったことはないし、具体的にこういうものだ、というのはわからなかった。


「簡単に説明すると、親代わりといったところです」


 マルコが言った通り簡単に説明してくれた。

 多くの場合、両親を亡くした小さい子供の親代わり、というのが後見人だ。子供が成人するまで、その子が受け継ぐべき財産や権利を管理する。

 特に貴族社会ではよくあることで、小さな貴族の家とかでは、両親が健在でも、あえて大貴族に頼んで後見人になってもらう場合もあるそうだ。

 平民でも、ある程度の財産がある家なら、後見人は珍しくない。

 とはいえ後見人に選ばれるのは親戚か親しい付き合いのある人間で――貴族ならここに主従関係も加わってくるが――今回のように、ほとんど関係ないレンを後見人に、というのは異例だった。


「どうして僕なんですか?」


「先程も申した通り、主のゴナスが急に隠居することになったので、後継者問題で家中がもめているのです。ですが店の信用問題もあるので、早急に解決しないといけません。先頃、不幸な行き違いからオーバンス様にはご迷惑をおかけしましたが、これも縁といえば縁。ここは高名なオーバンス様に助けていただくのも手ではないか、という声が出まして、こうして参った次第です」


「うーん……」


 理由を聞いても納得できなかったが、ボナージュが本気で困っているようなのはわかった。大きな商店ともなれば、色々表に出せない事情とかもあるのだろう。それでこんな小さな女の子が後継者にされてしまい、ほぼ無関係な自分に話が回ってきたとか?

 ゴナスが倒れた原因が自分にもあると思っているレンとしては、助けられるなら助けてあげたいと思う。子供が巻き込まれてしまったのもかわいそうだ。

 それにレンは必死に頼まれると弱い、というか頼みを断るだけの気の強さがないというか、押し切られてしまう部分があった。


「僕としても、お力になれるなら、とは思うんですが……」


 歯切れ悪くレンが言うと、ボナージュは食いついてきた。


「では承諾していただけるのですね!?」


「その前に一つ確認しておきたいんですけど、ミオさんは急に後継者になって、どう思ってるんですか?」


 これまでずっと黙ったままだったミオが、ちょっと驚いたようにレンを見る。


「嫌じゃない? 正直に、本当の気持ちを言ってみて」


 できるだけ優しい感じでレンが聞く。

 助けてあげたい気持ちはあるが、もしこの子が嫌がっているのなら、別のやり方を考えるべきだと思った。


「オーバンス様に気に入られれば、今よりずっといい暮らしができるって聞きました。だから嫌じゃないです」


 淡々とした調子でミオが答えると、隣に座るボナージュがギョッとした顔になり、


「ミオさん、何を言って――」


「いいんですよ。ミオさんの気持ちはよくわかりました」


 ボナージュが慌てて言うのを、レンが笑いながら止める。

 子供らしい素直な意見でいいと思う。何だか微妙な言い回しが混じっていたような気もするが……。

 ボナージュが慌てたのは、彼女が想定外のことを言ったからだろう。もしかしたら、事前に打ち合わせをしていたのに、全然違うことを言ったのかもしれない。

 だからミオの言葉が本心だと信じることができた。そして彼女が嫌がっていないのなら、断る理由もない。


「そちらのお願いはわかりました。でも僕は商売は素人で何もわかりません。後見人になっても名前だけで、実務とかは全部マルコさんにお願いするしかないと思うんですけど、マルコさんは大丈夫ですか?」


 聞かれたマルコは、チラリとボナージュの方を見た。ボナージュもマルコの方を見る。

 この時、二人の間で素早く意見が交わされた。言葉はない。商人同士の阿吽の呼吸というべきか、視線だけで会話したのだ。


「本当にいいんですか?」


「よろしくお願いします」


 マルコの問いにボナージュが答える。それからマルコはレンに答えた。


「私はそれで構いません。店のことはお任せ下さい」


 これで話は決まり、レンはミオの後見人となった。同時にゴナスの店も手に入れたことになる。




 ちょっと意外だったな、とボナージュは思った。最後のレンとマルコとのやり取りについてである。

 ここに来るまで、彼はマルコのことを、単なるレンの部下の一人だと思っていた。レンの命令を、言われた通りに実行しているだけだろう、と。

 だが先程のやり取りを見ると、レンはマルコの意見を聞いて方針を決めているようだ。少なくとも商売に関しては、マルコは単なる部下ではなく、レンに対して堂々と意見を言える立場にあるらしい。

 レンにさえ取り入ればいい、と思っていたボナージュだったが、方針転換する必要がありそうだ。マルコともちゃんと信頼関係を築かねばならない。

 ただ、これはボナージュにとって朗報だった。

 マルコは商人だから、商人同士の会話が通じる。今まで通りの働きを見せれば、マルコに冷遇されることはないはずだ。レンだけを相手にするより、その方がやりやすい。

 ミオもレンに気に入られたようでなによりだ。

 質問に本当に正直に答えたときには肝を冷やしたが、レンはそれを笑って許していた。子供好き、といううわさは本当らしい。

 ミオはレンの下で暮らすことになるだろうが、ボナージュはそれを不幸だとは思っていない。彼に気に入られれば、今よりいい暮らしができるのも本当のことだし、彼女にとってそれが幸せだろうと思っていた。

 とにかく、これで店も自分もとりあえず安泰、とボナージュは胸をなで下ろした。




 後継者となったミオは今年で十一歳。母親譲りの茶色くまっすぐな髪を長くのばしている。見た目はおとなしそうな女の子だったが、中身は年のわりに大人びていて、物事を冷めた目で見ていたりする。

 彼女はゴナスが女中に手を出して生ませた娘だった。だから同じ娘でも、本妻の娘たちとは明らかに扱いが違った。本妻の娘たちが、お嬢様と大事にされているのに対し、ミオは店の下働きをしている。本妻の子供たちに、いじめられることもあった。

 だがミオは自分の境遇を悲しんだりせず、仕方がないなと受け入れていた。世の中の人間は平等ではなく、生まれによって差があるのだ。それを悲しんでもどうにもならないし、今の状況の中で、やるだけのことをやるしかない、なんて考えていた。

 幼いときから、他の兄弟との格差を実感していたミオは、子供ながら、世の中はそういう仕組みなんだと理解していた。

 だから店の後継者になってレン・オーバンスという貴族のところへ行け、と言われたときも、驚いたが反抗せず素直に受け入れた。

 多分、父親が言う相手のところへお嫁さんに行くんだろうなあ、なんて漠然と考えていたが、その時期が早まっただけ、と思うことにした。

 いつもの質素な服ではなく、きれいな服に着替えて身だしなみを整えたミオは、ボナージュに連れられてレンと会うことになった。

 なんとなく貴族というのは年上のおじさんを想像していたが、レンは年上だがおじさんというほどではなく、お兄さんだった。体が大きく、最初は怖いと思ったのだが、話しかけられると不思議と怖さは感じなかった。

 だからだろうか。


「嫌じゃない? 正直に、本当の気持ちを言ってみて」


 とレンに聞かれたときに、当たり障りのない答えではなく、


「今よりずっといい暮らしができるって聞きました」


 と本当のことを話していた。レンがどういう反応をするのか試してみたくなったのだ。

 レンは怒ったりせず、楽しそうに笑ってくれた。

 悪い人じゃないのかも――ミオにとっては、それだけで十分だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは連れ帰って色々仕込まないと・・・・ 算盤とか複式簿記とか(目反らし
[気になる点] レンがロリコン説に悩んでるのを知ってから、どう動くのかがミオの本領かな? どのように風説が広まっているかはマルコも知っていそうだけれど。本質を外している方が、レンに取り入ろうという勢力…
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