第202話 後継者と後見人(上)
長くなったんで上下に分けました。
下もほぼできあがっているので、すぐに上げるつもりです。
レンとトラブルを起こした時点で、ゴナスはレンのことを調べ始めていた。
世界や時代が変わっても、トラブル対処の基本は変わらない。
まずは相手のことを知るのが大事、というのはゴナスもよくわかっていたので、とにかくレンのことを調べたのだ。
預けた荷物が奪われる危険は考えていたが、まさかそれを犯罪ギルドから取り戻してくるとは予想外だった。レンという男がどういう人間なのか興味もあった。
生まれや素性はすぐにわかった。
オーバンス伯爵家の三男で、素行不良のため勘当同然で、飛び地となっている黒の大森林へと送られた。そこの領主となってからも評判は悪く、周辺の村でも色々と問題を起こしたようだ。
典型的な貴族のバカ息子だったが、ここで彼は大きく変わる。
ダークエルフたちを手なずけ、彼らを使って運送業をやり始め、各地の犯罪ギルドとも関係を深めるようになった――のだが、肝心の部分が全然わからない。
バカ息子だったレン・オーバンスに何かが起こり、彼は別人のように変わった。しかしその何かがまるでわからなかった。それまでの彼の経歴が簡単にわかったのとは対照的に、そこからの経歴、特にダークエルフたちとのつながりがまるでわからない。
これはゴナスに限らなかった。
商人や犯罪ギルドの人間など、多くの者がレンのうわさを聞いて、彼のことを調べようとしたのだが、そのあたりのことは誰にもわからなかった。
人間、わからないことには不安が大きくなる。レンのうわさがどんどん大きくなっていった最大の原因は情報不足だった。
そして情報不足の最大の原因はダークエルフたちだった。
レンは密輸のことがあったため、あまり目立たないように心がけていたが、それでもこれが人間のグループだったなら、どこからか秘密が漏れていただろう。
しかしダークエルフたちは、序列による命令できっちりと秘密を守り、鉄壁の情報管理を行っていたのだ。そのためレンとダークエルフがどういう関係にあるのか、具体的に知る人間は誰もいなかった。
それでもゴナスはレンの趣味に関する情報を手に入れた。情報不足の中では貴重な情報だった。
部下のボナージュが進言してきた策も、その趣味を利用するものだった。
「オーバンス様は、少し変わった性癖をお持ちと聞きました」
「その話か。大人の女ではなく、もっと若い少女が好みのようだな」
レンの趣味というか、性癖についての話はゴナスも知っていた。周囲には幼い少女ばかりを――少年もいるという話もある――はべらせているとか。人間よりもダークエルフの子供の方が好みだ、なんてうわさもあった。
表に出せるような趣味ではないが、他にも同じような趣味を持っている人間を、ゴナスは何人か知っていた。だからレンがそういう趣味でも驚きはしない。
「そこでミオさんを利用できないかと思いまして」
「ミオを?」
ミオはゴナスの末娘で、今年で十一歳になる。ただし妻との間の娘でなく、店の女中に手を出して生まれた娘で、正式な娘として扱ってはいない。普通の使用人よりはマシな扱い、といった程度だ。
この時代、金持ちが愛人に子供を産ませる、なんて話はよくあることなので、周囲もそれを当たり前のように受け入れている。
「あいつをオーバンス様に差し出すのか?」
ゴナスはあまり乗り気ではなさそうだった。
ミオをかわいがっていたから、とかではない。親としての愛情はほとんどなかったし、もしあったとしても娘は家のために嫁ぐのが当たり前、という考えがあったので、そこまで反対はしなかっただろう。
乗り気でなかったのは別の理由だ。
「たかが子供一人で、オーバンス様の怒りが収まるのか?」
相手は犯罪ギルドと深い関係にあるような貴族だ。その気になれば、好みの子供など何人でも集められるだろう。
ミオは母親に似てかわいらしい子供だとは思うが、絶世の美少女というほどではない。相手がミオに執着しているなら別だが、そういうわけでもない。そんな子供一人で、レンを懐柔できるとは思えなかったのだ。
しかしそれはボナージュも考えていた。
「ミオさんだけでは、おそらくダメでしょう。ですから、そこへもう一品加えます」
「金か?」
「いえ。多少の金では、やはりオーバンス様は動かないでしょう。ですからミオさんをこの店の後継者にして、オーバンス様には彼女の後見人になってもらうのです」
「そんなバカなマネができるか!」
思わずボナージュを怒鳴りつけていた。
後見人は親代わりのようなものだ。被後見人が幼い間は、後見人がその財産を管理する。つまり店の後継者にミオを選び、その後見人にレンを選ぶのは、レンに店を差し出すことに等しいのだ。
今の店はゴナスが一代で築いた店だ。それをレンに渡すなど、それこそ死んだ方がマシだった。
「落ち着いて下さい旦那様。そこがこの策の重要な点なのです。そこまでするか? と思わせなければ、オーバンス様の怒りを解くことはできません」
認めたくはないが、彼の言葉には一理あった。貴族を平民扱いしたのだから、単に謝ってすむとはゴナスも思っていない。
かといって店を差し出すことはできず、この時はボナージュの提案を却下した。
気が変わったのは翌日のことだ。
「アダムスを呼べ」
ゴナスは長男のアダムスを部屋に呼んだ。
アダムスは三十代後半、このまま順当にいけば、彼が店を継ぐことになる。
残念ながらこの息子には、商人として自分ほどの才覚はない、というのがゴナスの見立てだった。
だが愚かなわけでもない。与えられた仕事はそつなくこなすし、酒や女などの遊びもそこそこで、身を持ち崩すような心配もない。
周りの支えがあれば店を維持していけるだろうと思っていた。
「アダムス。私がレン・オーバンス様との間で問題を起こしているのは知っているな?」
部屋にやってきたアダムスにゴナスは問いかけた。
「はい。詳しい内容までは聞いていませんが」
話が話なので、ゴナスはレンとのトラブルの詳しい内容を、わずかな者にしか話していなかった。
アダムスにも話していなかったが、彼はここで詳しい内容を息子に伝えた。
「まさか、そんなことになっていたとは……」
話を聞き終えたアダムスの顔からは血の気が引いていた。彼もレンのうわさは知っていた。そんな相手と大問題を起こして、無事ですむとは思えない。
「この問題には私が対処するつもりだったが、この通り体をこわしてしまってな。そこでお前に店を譲ろうと思う。私の跡を継ぎ、オーバンス様との問題もお前が対処してくれ」
ゴナスは本気だった。
もしここでアダムスが店を継ぐと言えば、本当に店を継がすつもりだった。
ただレンとの問題は息子に任せず、自分でケリをつけるつもりだ。
自分一人でレンのところへおもむき、命と引き替えに謝罪する覚悟を決めていたのだ。
ゴナスは貧しい家に生まれ、とある商店で見習いとして働き始め、そこから自分の店を持つまで成り上がった男だった。
もちろん普通に働いただけでは、ここまで出世はできなかった。若い頃は、命がけの危ない橋を何度も渡っている。
自分の店を持ち、年を取ってからは、そういう無茶はやらなくなった、というかできなくなった。
捨て身の勝負に出られるのは、持たざる者だけだ。富を得るに従い、多くの人間は守りに入るようになる。ゴナスもいつの間にか守りに入っていたのだ。
そんな彼が若い頃の捨て身の気持ちを思い出したのは、昨日のボナージュの言葉によってだった。
自分は店を失う瀬戸際まで追い込まれている――あらためてそれを認識したゴナスは、自分の店を守るため、命を捨てると決意した。
だがそんな彼の決意は無駄に終わった。
「何を弱気なことを言っているのです。父上には、まだまだがんばってもらわないと」
とアダムスが答えたからだ。
息子の答えを聞いて、ゴナスは落胆した。
こちらを気遣うようなことを言っているが、その言葉の裏にはおびえが見える。自分が矢面に立って、レンとやり合うことを恐れているのだ。
アダムスの気持ちもわかる。彼もレンのうわさは知っているはずだ。敵対した犯罪ギルドを皆殺しにするような相手と交渉するのは恐ろしいだろう。ゴナスもレンにおびえているのだから、その気持ちはよくわかる。
しかしそれでは困るのだ。
今回の問題に限らず、問題が起こったときに怖いからといって何もしなければ、店はつぶれる。
危機の時にこそ人間の本性がわかるというが、ゴナスは息子の限界を見た気がした。
ここで店を継ぐという気概を見せない息子を後継者にしても、遠からず店はつぶれてしまうのではないか――そう思うと、何だか急に力が抜けた気がした。必死になっていることが、むなしく思えてしまった。
息子が頼りにならないなら、ミオと一緒に店を渡すのも一つの手なのか?
レンも自分の物になった店を潰そうとはしないだろう。
普通に考えれば、誰か有能な人間をミオの婿にして、店を支配しようとするはずだ。それが一番確実で手っ取り早い。
ミオは女中に生ませた娘だが、ゴナスの娘であることに変わりはない。
見方を変えれば、娘に有能な婿を迎えて店を継がせた、ということになる。
ミオのことをレンが気に入るかどうかは賭けになるが、決して分が悪い賭けではないと思う。
自分は隠居することになるが、それで店が守れるならよしとすべきか……。
一時は命に代えても店を守るのだと奮い立ったゴナスだったが、だからこそふがいない息子を見ての落胆も大きかった。最後に心を燃やし、それがあっさりと燃え尽きてしまったような気分だった。
店を渡して隠居しても、レンが自分を許すかどうかはわからない。だがこれで無理なら、もうどうしようない――ゴナスはすでにあきらめの境地にあった。
先週は更新できずにすみません。
ここしばらく、週末に時間がとれず、特に土曜はほとんどダメで、日曜に仕上げようと思って間に合ったり間に合わなかったり、というのが続いてたりしてます。
でもやっぱり最低週一回というのは守りたいのでがんばります。