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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第六章 王都の華
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第201話 隠居

 ゴナスが目を覚ましたのは、自宅のベッドの上だった。

 もしかして今のは夢だった……?

 そんな希望にすがりつきたくなったゴナスだったが、現実は非情だった。

 側に控えていた召し使いから、ゴナスは自分がマルコの店の前で倒れ、ここまで運ばれてきたことを聞いた。

 つまり店でレンと会ったのは現実だった。


「うう……っ」


 彼とのやり取りを思い返すと、また胸に痛みが走る。いっそ気を失った方が楽かもしれないが、現実逃避している場合ではない。気持ちを奮い立たせて口を開く。


「ボナージュを呼べ」


 召し使いに命じると、すぐに一人の男がやってきた。ボナージュはまじめそうな中年男性だった。ゴナスの部下であり、彼の店――ゴナス商店の番頭、ナンバー2だ。ゴナスが店を空けるときは、ボナージュが店を任されている。ゴナスが最も信頼している男だった。


「旦那様。ご無事でなによりです」


「無事なものか! 何があったかは聞いているな?」


「はい。レン・オーバンス様のことですね?」


「そうだ。あの男、いったい何を考えて……」


 平民のような服を着て、店の従業員と間違えたことを怒ることもなく、それこそ従業員のような丁寧な物腰で応対していた。どうしてそんなことをするのか、まったく理由がわからない。

 これが普通の貴族であったなら、ゴナスももっと冷静に対処できていただろう。

 商売で貴族の不興を買ったことは何度かあったが、全て切り抜けてきたのだ。

 例えば相手が怒り狂っているなら、まずは下手に出て落ち着かせ、それから償いの話に入っていったりするのだが、レンにはそんな常識が通用しそうにない。店員のフリをするような貴族に、どう対処すればいいのだ。

 対処法がわからず、わからないから勝手に悪い方へ悪い方へと考え、ゴナスは自分で自分を精神的に追い込んでいた。


「……言いにくいことですが」


 ボナージュがためらいがちに口を開く。


「言ってみろ」


「オーバンス様は、旦那様をじわじわとなぶり殺しにするつもりなのでは?」


 ゴナスの顔が引きつった。


「自分に逆らう者がどうなるか、見せしめにするために、わざと旦那様をいたぶっているように思われます」


 否定したかったゴナスだが、否定できなかった。彼もボナージュの推測を正しいと思ってしまったからだった。

 これまでレンが直接こちらに何かを言ってきたことはない。謝罪しろとか、そういうことは何も言ってこない。それが向こうのやり方だとしたら? こちらをいたぶって喜んでいるレンの顔が浮かんだ。


「では、どうすればいい?」


「これも申し上げにくいのですが、手遅れかもしれません。商売の話だけならともかく、旦那様はオーバンス様を平民扱いしたとか。これは明らかに旦那様の落ち度、言い訳ができません」


「あれは、向こうがあのような格好をしていたからだ」


「それが通用するとお思いですか?」


「……」


 平民のような格好をしていて、貴族とわかれ、というのは無理があると思うが、そんな言い訳は通用しないのだ。

 貴族と平民の身分差は絶対であり、貴族を平民扱いするのは最大級の侮辱だ。これが領地も持たない貧乏貴族ならまだしも、オーバンス家は立派な伯爵家だ。それを侮辱したゴナスは、貴族社会のルールを破ったことになる。もはや犯罪行為に等しい。

 最初のレンとのトラブルは金の問題で、これはまあ、よくあることといってよかった。だからゴナスに同情する商人たちも多かった。

 だが平民扱いというのは、それとは次元の違う問題だった。最悪、他の貴族からも嫌われるような失敗で、これでゴナスを助けようという商人もいなくなるだろう。

 ゴナスは、いよいよとなればバルカ伯爵に仲裁を頼もうと思っていた。

 バルカ伯爵はここジャガルの街を含め、広い領地を有する王国東部最大の貴族だ。このバルカ伯爵の仲裁ならば、レン・オーバンスも無視はできない。

 もちろん安くない見返りを求められるだろうが、最悪、それでどうにかなるという思いがあった。

 しかし今回の失敗でそれも難しくなった。金ではなく貴族の名誉の問題となれば、バルカ伯爵も助けてくれないのではないか。


「もしかしてオーバンス様も、それを狙っていたのではありませんか?」


「こちらを追い込むために、そこまでするか!?」


 平民の格好ぐらいならまだいい。お忍びで街をウロウロするとか、そういう話は他でも聞く。だがレンは店の従業員になりきり、憎いはずの自分に頭を下げるようなマネまでしていた。

 名誉を重んじる貴族にとって、明らかな恥辱。

 そこまでして自分を陥れるつもりなのか、とゴナスはレンの執念深さにあらためて恐怖した。


「何かよい打開策はないのか?」


「考えついたことはありますが……」


「言ってみろ」


 ボナージュの話を聞いたゴナスだったが、


「そんなバカなマネができるか!」


 あまりの内容に、ボナージュを怒鳴りつけていた。


「落ち着いて下さい旦那様。そこがこの策の重要な点なのです。そこまでするか? と思わせなければ、オーバンス様の怒りを解くことはできません」


 ボナージュに言い返されて、ゴナスは黙り込む。そんな彼の様子を見たボナージュが、さらに語気を強めた。


「旦那様も納得できないとは思いますが、他でもない、旦那様の命がかかっているのです。それにここしばらく様子を見ておりましたが、体調もだいぶ悪いのではありませんか? これをいい機会だと前向きに考え、ご隠居なさってはどうでしょうか?」


 ゴナスはじっと考え込んだままだった。




 数日後。

 レンのところにマルコから知らせが来た。

 至急、店の方まで来てほしいということで、レンは屋敷を出てジャガルの街へと向かった。

 レンがいたのは、街から少し離れた森の中にある、小さな集落だった。数軒の家が建ち並ぶこの集落、十年以上前に魔獣の襲撃を受けて廃棄されていたのだが、それをマルコが丸ごと買い取ったのだ。

 ダークエルフたちのためである。

 店で働くダークエルフの数は増え続けているが、そんな大量のダークエルフを街に受け入れるのは、色々と問題があった。

 宿泊場所の確保も難しかったし、もし確保できても、マルコの店のように周囲の住民たちから反発が起こるだろう。

 だから街の外に、ダークエルフたちが寝泊まりする場所を用意したのだ。いわば、ここはマルコの店の社員寮みたいなものだった。

 まだ買い取ってから日が浅く、家の整備なども終わっていないが、元々野宿を考えていたので、それに比べれば十分過ごしやすい。

 とはいえレンは複雑な気分だった。やっているのは人種差別の隔離政策そのもので、もちろんいい気はしない。だが無理矢理ダークエルフを受け入れろと言ったところで、問題が起きるのはわかりきっている。今は受け入れるしかなかった。

 ただし利点もあった。

 暮らしているのはダークエルフばかりだから、人目を気にする必要がない。ガー太もカエデも、イールたちも、ここなら比較的自由に過ごせる。まあ、ガー太はいつものようにダークエルフたちを避けてか、一羽で森の中へ消えていたが。

 ここには世界樹の苗木も植える予定になっている。そうなればダークエルフたちにとって、さらに過ごしやすくなるだろう。

 レンは、リゲル、ゼルドと一緒に集落を出た。

 ゼルドとはここで合流した。たまたまシャドウズの一部隊を率いて、訓練のためにここに来ていたそうだ。

 ロレンツ公国まで一緒だったジョルスたち三人とはここで別れ、彼らには一足先に屋敷に帰ってもらった。代わりの護衛はゼルドたちが引き継いだ。

 ゼルドはシャドウズの隊長だ。色々忙しいだろうし、護衛は他の隊員でもいいと思うのだが、彼は自分がついて行くと譲らなかった。

 忙しいといえばマルコもそうだ。本来ならマルコがここまで報告に来るのが常識なのだが、レンの方がそれを断っていた。忙しい彼に比べて、今のレンは特にやることがない。だったら自分の方から会いに行くのが合理的だ。

 というわけで三人で向かうと、店ではマルコが待っていた。


「わざわざすみません。頼まれていたのとは別件なのですが、急な用件でして。それもレン様の判断が必要な重要案件です」


「何があったんです?」


 どうやら頼んでいたのとは別の用事らしいが、重要案件とはいったい?


「はい。実はゴナスさんが隠居して、店を後継者に譲ることにしたそうです。どうやら体調がよくないようで」


「そうですか。確かに体調悪そうでしたからね」


 目の前で倒れられたので、少し心配していた。彼が倒れたのは、自分が驚かせたからだとレンは思っていたが、そもそも体調悪化の原因が自分だとまでは気付いていなかった。元から病気か何かだと思っていたので、悪いことをしちゃったなあ、と思っていた程度だ。

 マルコはそんなレンの言葉を、本気か演技か、どちらだろうと思いながら聞いていた。マルコはゴナスの体調悪化は、全てレンの行動が原因だと見抜いていた。当然レンもそれに気付いているはず、と思うのだが、今の言葉は他人事のようである。

 知らないフリをしているだけだと思うのだが、彼には妙にお人好しな部分があることも知っている。だから、もしかしたら本気で気付いてないのかも……

 どちらにしろレンが原因なのは変わらないし、元をたどればゴナスの自業自得である。だから彼に同情はしていない。そして重要なのは、これからの話だった。


「その新しい後継者について、レン様にお話があるそうで」


「僕にですか?」


 お詫びを兼ねて挨拶に来た、ということだろうか。


「とにかく一度、お会いになって下さい。奥で待ってもらっているので」


「わかりました」


 ゴナスとの取引は二度としないと決めていたレンだったが、彼が倒れたと聞いて、少し責任も感じていた。彼のことは嫌っていたが、病気になれとか、死ねばいいとまでは思っていなかったからだ。店の主が代わるというなら、条件次第で取引を再開してもいいかな、なんて考えていた。

 マルコと一緒に応接室に入ると、二人の人間が待っていた。二人とも、レンに気付くと素早く立ち上がり、頭を下げて挨拶してきた。


「初めましてオーバンス様。私、ゴナス商店の番頭のボナージュと申します」


 ボナージュと名乗った男は、まじめそうな中年男性だった。学校の教頭先生とか、ピッタリ合いそうな感じだ。


「本来なら、主のゴナスが来るところなのですが、あいにく体調を崩して寝込んでおりまして。ご無礼をお許し下さい」


「いえいえ。お気になさらず。ゴナスさんにも、お大事にとお伝え下さい」


 ボナージュの表情がピクリと動き、それを見たマルコがかすかに苦笑したのだが、どちらもレンは気付かなかった。

 それよりもっと気になっていたことがあったからだ。ボナージュと一緒に待っていた二人目の人物だ。

 番頭というのは店のナンバー2のことだろう。ゴナスが病気なら、彼が来るのはわかる。だがわからないのはもう一人の方だった。

 ボナージュが、そのもう一人の方を紹介してくれる。


「こちらはミオと申します。ゴナスの娘で、彼女が店の後継者です」


「えっ?」


 レンは驚いた。娘が跡を継ぐというのは、現代日本なら驚くようなことでもないだろう。だが女性の地位が低いこの世界では、娘が後継者というのはかなり異例のはずだ。

 しかもミオはまだ若いというか、小さい。どう見ても小学校高学年ぐらいだ。そんな小さな女の子に、本気で店を継がせるつもりなのだろうか?

 そんなレンの疑問に答えるかのようにボナージュは言った。


「ですがご覧の通り、ミオはまだ幼く未熟でございます。そこでオーバンス様にお願いがあります。どうか彼女の後見人になっていただけないでしょうか?」


「はあ!?」


 レンはまたも驚くことになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] またロリ汚名がくでこれ笑
[一言] はい、ロリコン!
[一言] ロリコンの呪縛からはもう逃げられそうにないなこれw
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