第194話 結婚について
大盛況の式典が終わると、レンはさっそくロレンツ公爵に文句を言いに行った。
「ロレンツ公爵、さっきの話はどういうことですか!?」
「色々話したが、どの話かな?」
「僕がサーリアさんへの愛のために戦ったとか、そのあたりの話ですよ!」
「何か問題でも? 君はサーリアのために後継者決定大会に出たじゃないか」
「あれは愛のためじゃなく、利害の一致によるものです」
「私としては、君のためにちょっと話をふくらませてやったのだがな」
「どこがですか!?」
美しい姫のため、命を賭けて戦うというのは、それだけだと美談かもしれないが、問題はサーリアが小学生ぐらいの女の子ということだ。これだと美談ではなく変態である。
「君はイールの女を連れ帰りたいのだろう? しかも可能ならば、イールのことを知られることなく」
「そうですけど、それとあの話と何の関係が?」
エルフと外見がよく似ているイールのことは、可能な限り人に知られたくはなかった。そのことが広く知られれば、イールを狩ろうとする者たちが、ダーンクラック山脈に押し寄せることだろう。
「君は協力の報酬としてあの女を連れ帰るが、イールのことを秘密にするなら、その報酬も秘密にしなければならない。つまり君は無報酬で働いた、ということになってしまう」
「表向きはそうなりますね」
「しかしこれは問題だ。あれほど活躍しておいて、何の報酬も要求しないというのは不自然だ。なにか裏があると考える者も出るだろう。実際に裏があるわけだしな。隠しておきたいイールのことが知られる可能性が高い」
「……そうかもしれません」
ロレンツ公爵の主張は、正しいように思えた。
「そこでさっきの話になる。君が愛のために戦ったのなら、人々はそれで納得する。何の問題もない」
「いえ、大あり――」
「君はサーリアのことが嫌いなのかね?」
「いえ、嫌いじゃ――」
「だったらやはり何の問題もない。愛の話を本当にするかどうかは君次第だ」
「あ、ちょっと――」
言うだけ言って、ロレンツ公爵は歩き去ってしまった。
はあ、とレンは大きくため息をついた。
ロレンツ公爵の言うことにも一理ある。サーペント襲来、幻の竜騎士、ガー太、そして今の恋愛話。人々はそれらの話に夢中になっていて、大会の報酬だったネリスのことは忘れ去られている。このまま静かにレンが連れ帰れば、なかったことになりそうだ。
どうせすぐに帰るのだ。変なうわさ話の一つや二つ、そのままでいいかと納得することにした。
「レン殿。ちょっと話があるのじゃが」
サーリアが話しかけてきたので、彼女の部屋に行くことにする。
部屋に入ってソファーに座ったところで、リタがお茶を入れてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言って一口飲んだところで、やっと落ち着けた気がした。
「それにしても、式典はすごい盛り上がりじゃったな」
「それですよ。サーリアさんも公爵の話に乗って、よくもまあ、あんなデタラメを」
笑っているサーリアに、レンは文句を言う。
「レン殿がわらわを愛しているという話か? それはデタラメかどうか、まだ決まっておらんぞ?」
「いや、決まってますよ」
「レン殿は、最初にわらわと組むときに決めた条件を覚えておるか?」
「覚えてますよ。僕が剣を持ち帰ったら、ネリスさんを返してもらうって話でしたよね。大会中止でなくなりましたけど」
「その時、わらわは後継者になる気はない、と言ったのも覚えておるか?」
「そういえば、そんなことも言ってましたね」
剣を持ち帰った者が公爵の後継者になるが、サーリアは自分はまだ幼いので、他の兄に後継者を譲る、みたいなことを言っていたはずだ。
「それなのじゃが、少し気が変わっての。レン殿、わらわと結婚する気はないか?」
「そうですね。もう少し大人になれば、考えてもいいですけど」
「今すぐじゃ。言っておくが、わらわは本気じゃぞ」
「もし今サーリアさんと結婚したら、僕の社会的立場がどうなるか」
貴族同士の結婚だと、サーリアぐらいの年で結婚してもおかしくはない。家同士の利害で決まるからで、生まれた時点で結婚相手が決まっている場合もあるのだ。
しかし世間の人間は、レンがサーリアを愛していると思っている。あれだけ派手に宣伝されてしまっては、もうレンが何を言っても無駄だろう。
ここでレンがサーリアと結婚すれば、小さい女の子が好きなロリコン変態である。この世界でも小さい女の子を恋愛対象と見るのは、やはり変態なのである。
「その心配はないぞ。何しろレン殿は愛するわらわのために勇敢に戦ったのじゃ。わらわと結婚しても、美しき恋物語として語られるじゃろう」
「そう上手くいきますかね?」
「いく。いかなかったとしても、ちょっと評判に傷が付くぐらいじゃ」
「ちょっとどころじゃすまない気が……。というか、なんでそこまで結婚したいんです? 僕を好きになったから、とかじゃないですよね」
「好意は抱いておるぞ。もしレン殿がわらわに求婚してくれたとして、好き嫌いだけで判断するとしたら、結婚してもよいかと思えるぐらいには」
「僕は結婚なんて申し込んでませんよ」
「そうじゃな。わらわが結婚を考える理由は好意だけではない。今のレン殿の人気じゃ。さっきの式典を見てもわかる通り、レン殿とガータの人気は絶大じゃ。今ならその人気に乗じて、わらわが家中を掌握することも可能じゃ。レン殿が協力してくれればうれしいが、面倒だというなら何もせずともよい。結婚さえしてくれれば、後は全てわらわ一人でやろう」
小さい女の子が何を言っているのかと思う反面、彼女ならできるかもしれないと思えてくるのが不思議だ。サーリアの言葉を聞いていると、何だかやれそうな気になってくるのだ。
「わらわは寛大だからな。レン殿が一人で満足できないというなら、好きに愛人を作ってもよいぞ。今ならわらわと一緒にリタもついてくるぞ」
「そんなおまけみたいに……」
「オーバンス様でしたら、私は構いませんが」
横に控えていたリタが言う。
「リタさんも、もっと自分を大切にした方がいいですよ」
「あら、オーバンス様は私を大切にして下さらないのですか?」
「えっ? いや、そういう話じゃなくてですね……」
思わぬ切り返しに、ちょっとあせったレンは、強引に話を元に戻した。
「残念ですけど結婚の話はなしです。僕はグラウデン王国に帰らないといけないので」
「ならば一度国に帰ってから、もう一度ロレンツ公国に来ればよい」
「本気で僕と結婚したいと思ってるんですか?」
「本気じゃ。レン殿にとっても利は大きいじゃろう? もしグラウデン王国でやるべきことがあるというなら、別居でもよいぞ。数年はこちらにいて権力基盤を固めてもらわねばならんが、その後はグラウデン王国に帰ってもらってもよい。貴族同士の結婚では、夫婦が離れて暮らすことも珍しくないからの」
どうやら本当に本気らしいので、レンも真剣に考えてみる。
前世でも恋愛経験のなかったレンなので、結婚の経験はもちろんないし、ちゃんと考えたこともなかった。漠然と、多分結婚できないだろうなあ、ぐらいにしか思っていなかった。
現代日本では結婚は恋愛の延長線上にある。多少の打算はあっても、やはり好き嫌いで決めるものだろう。
だがこの世界の貴族の結婚は恋愛だけでは決まらない。利害の一致で決まるのだ。
レンは恋愛が苦手だ。だから結婚なんて考えられなかったのだが、利害でなら結婚を考えられる。
そして利害で考えれば、サーリアとの結婚は悪くはない、どころかレンにとっては破格の条件だろう。伯爵家の三男が、ロレンツ公国を治める公爵家の娘と結婚できるのだから。
サーリアは末娘で、彼女と結婚したからといって公爵家の跡取りになるわけではない。しかし彼女が言うように、今回の功績を前面に押し出せば、公爵家を継ぐのも不可能ではないと思われる。
領主に必要とされるのは力なのだ。サーペントを倒したことで、レンの力は実証済みだ。それにガー太だっている。今のレンにそんな気はないが、ガー太を人気取りに利用することだってできるだろう。
当然、すんなりとはいかないだろう。サーリアの兄たちやその取り巻きたちが反対し、激しい権力闘争に巻き込まれる可能性が高い。
だがレンにはガー太だけでなく、ダークエルフたちも付いている。公爵家を継いだ暁には地位向上を、と約束すれば、彼らにも全面的に協力してもらえるだろう。今のダークエルフたちは、もはや無力な存在ではない。それなりの力を持った集団なのだ。
パートナーとなるサーリアは小さな女の子で、権力基盤も弱い。だが年齢以上に聡明だ。そんな彼女とレンが組めば――恋愛はともかく――上手くいけそうな気がしてくる。
それでもここで即答することはできなかった。
「もうちょっと考えさせてもらっていいですか?」
先延ばしといわれるかもしれないが、もうちょっと考えてからでないと結論は出せない。
「もちろんじゃ。ことは重大、よく考えてからでよいぞ。幸いわらわもまだ幼い。後数年は結婚話もないじゃろうから、ゆっくり考えてくれればよい。そう考えると、わらわに結婚話が出てきてから、レン殿が横からかっさらうというのもよいな」
「そりゃ盛り上がるでしょうけどね……」
とにかく結婚については、ゆっくり考えてみようと思った。