表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
200/279

第193話 ガー太コール

 翌日。戦勝式典は予定通り開かれた。

 城には街の住人たちがつめかけ、会場の中庭に入りきれずに城外まで人があふれていた。

 中庭に面したバルコニーにロレンツ公爵が姿を現すと、住民たちから歓声が上がった。

 レンはロレンツの公爵の後ろに控え、まだバルコニーには出ていない。それでも声だけで、集まった人たちの熱気が伝わってくる。

 彼の隣にはガー太がいたが、周囲に立つ警備の兵士たちが、みんなチラチラとガー太を見ている。


「人気者じゃな」


 サーリアが、笑いながら小声で話しかけてきた。今日の彼女は、フリルがたくさんあしらわれたピンク色のドレスを身につけていた。とても似合っていてかわいらしい。

 今日はレンも身だしなみを整えられていた。身につけているのは、様々な意匠が施された金色の鎧だ。実戦向きではなく、こういう式典向けの鎧だろう。ロレンツ公爵からのレンタル品である。

 今のレンは鍛え上げられた体をしているので、鎧もよく似合っていた。

 実はガー太にも飾りを付けよう、という話があったのだが、ガー太が断固拒否したのでお流れになった。


「兄上や姉上たちも、ガー太のことが気になって仕方ないようじゃ」


 ここにはサーリアの兄弟、姉妹も集まっていたが、レンは彼らと面識がなかったので誰が誰だかわからない。唯一わかるのが長女のシンシアだったが、彼女は前と変わらず敵意に満ちた目でレンをにらんできた。

 サーリアの流したうわさで、彼女に憎まれることになってしまったレンだったが、彼はそのうわさを知らなかったので、いまだになぜここまで憎まれるのかわかっていない。


「親愛なるハーベンの民たちよ」


 バルコニーに出たロレンツ公爵が、下の中庭に集まった住民たちに向かって話し始めた。

 多くの人々を前にしても、ロレンツ公爵は堂々としており、さすがは大貴族だとレンは感心した。もし自分があそこに出ていたら、話すどころか緊張して固まっていたかもしれない。

 ロレンツ公爵の話は続く。

 街を襲った突然の災厄、サーペント。勇敢に立ち向かった兵士たちに、協力してくれた住民たち。そしてついにサーペントに勝利する――それらが朗々と語られる。


「我々は、我々の手であの巨大なサーペントを倒し、自分たちの街を守ったのだ。これは偉大な勝利だ! 我々の子供、孫、さらにその子供に、この勝利は語り継がれていくに違いない。しかしサーペントと戦ったのは我々だけではない。まだ未確認だが、竜騎士が我らに味方したとの話もある。さらにもう一人。いや、一人ではない。一人と一羽だ。我らの街を救うため、勇敢に戦った者たちがいる」


 そしてついにレンとガー太が呼ばれるときがきた。


「紹介しよう。我らの街を救ってくれた英雄、レン・オーバンスとガータだ!」


 事前の打ち合わせ通り、名前を呼ばれたレンはバルコニーに出て行き、ロレンツ公爵の隣に並んだ。

 当然、人々の視線がレンに集中し――あ、これはやっぱりダメだと思った。

 見られているだけでメチャクチャ緊張する。こんな状態で公爵のように堂々と話すなど、絶対無理だ。

 そして彼に続いて、本命のガータが出てくる。

 中庭に集まった住民たちから、大きなざわめきが上がった。


「ありゃなんだ?」


「ガーガーじゃないのか!?」


 突然のガーガーの登場は、人々の度肝を抜いたようで、全員がガータに注目した。


「驚いたようだな。私も最初に見たときは驚いた」


 ロレンツ公爵が再び語りかける。


「見間違いでも、幻でもないぞ。ここにいるのは確かにガーガーだ。名前はガータ!」


 ロレンツ公爵はしばらく黙った。人々の間に、ガー太の名前が広がるのを待ったのだ。


「昨日、ハーベンの街は災厄に襲われたが、神は我らを見捨てなかった。このガータとレン・オーバンスがサーペントを打ち倒したのだ。見よ、この堂々たる姿を! ガータは臆病なガーガーではない。魔獣に立ち向かう勇敢なガーガーなのだ! これを奇跡と言わずして何と言う!?」


 ロレンツ公爵がひときわ語気を強めると、住民たちから大歓声が上がる。

 それだけではない。人々の中から、ガー太を呼ぶ声が上がり始め、


「ガータ! ガータ!」


 やがて誰もが唱和し、巨大なガー太コールが巻き起こった。

 中庭に響き渡るガー太コールを聞きながら、レンは驚いていた。もしかしたらと思っていたが、本当にやったようだ。

 このガー太コールは自然に発生したのではない。十中八九、ロレンツ公爵の仕込みだ。

 発端は、昨日のロレンツ公爵との会話でのレンの発言だった。


「でもバルコニーにガー太が出て行ったら、大騒ぎになるでしょうね。ガー太コールとかも起こったりして」


 何気なくそんなことを言ったのだが、これにロレンツ公爵が興味を示した。


「コール?」


「あ、えっと……」


 普通に元の世界の言葉で「コール」と言ってしまったため、ロレンツ公爵やサーリアに不思議そうな顔をされてしまった。この世界の言葉でコールを何と言えばいいのかレンにはわからなかった――あるいはそれに当てはまる言葉がまだ存在しないのかもしれない――ので、レンは説明する。


「コールっていうのは、みんなで人の名前を呼んだりすることです。ガー太、ガー太、みたいにリズムを付けて」


「それは面白そうだな。グラウデン王国には、そういう風習があるのか?」


「ええ、まあ……」


 異世界の風習です、とは言えないので、そういうことにしておく。しかしロレンツ公爵も知らなかったようなので、やはり名前を連呼するコールは、この世界ではまだ一般的ではないようだ。


「コールか。実に盛り上がりそうだ」


 などとロレンツ公爵は言っていたのだが、その言葉は正しかった。

 今、城にはガー太コールが鳴り響いているが、ものすごい盛り上がりである。

 実はレンは実際にコールをやったことがなかった。そういうイベントやコンサートに参加したことがなく、動画とかで見たことしかなかったのだ。

 しかし映像で見るのと、その場にいるのとでは大違いである。

 単に名前を呼ぶだけ、といえばそれまでなのだが、会場は不思議な一体感と高揚感に包まれ大盛り上がりだ。

 レンがロレンツ公爵を見ると、視線に気付いた公爵に、ニヤリと笑い返されてしまった。

 それで確信する。やはりガー太コールは仕込みだ。

 昨日、コールのことを聞いた公爵が、集まった住民たちの中にサクラを入れて、ガー太コールを起こしたに違いない。サクラが最初にガー太の名前を呼び始め、それに周囲の人間が乗せられたのだ。

 そうでなければ、いきなりここまで見事なガー太コールは起こらないだろう。

 日本のコンサートなんかでも、盛り上げ役のサクラがいるなんて話を聞いたことがあるが、昨日話を聞いて即座に対応するあたり、さすがロレンツ公爵と言うべきか、などとレンは感心した。


「せっかくだからガー太もなにか応えてやったら?」


 なんてガー太に声をかけたのは、レンも少し乗せられていたからだろう。


「ガー」


 意外なことにガー太も乗り気を見せた。仕方ないなあ、といった感じで答えたくせに、すぐに前に出たのだ。

 トコトコと前に進むと、ぴょんと手すりに飛び乗った。

 それに下の住民たちが反応し、大歓声が上がる。まさにコンサートの観客のノリである。


「ガータ! ガータ!」


 再びわき起こるガー太コールに合わせ、羽を動かしたり、ポーズを決めたりするガー太。

 お前もノリノリやんけ、と心の中でツッコミを入れたレン。いつも人間に冷たいガー太だったが、囲まれてもみくちゃにされたりするのと、遠くから名前をコールされるのは違うようだ。

 ガー太もこの場の雰囲気に乗せられてしまったのだろう。

 しばらくガー太の独擅場が続いたが、ガー太が後ろに下がり、やっと人々も少し落ち着いた。


「見たか。こんなガーガーが他にいるだろうか? これこそ神が我らに与えてくれた奇跡だ!」


 ロレンツ公爵の言葉に、住民たちが声を上げて呼応する。

 ガー太の活躍のおかげ高揚した空気を、公爵は上手く引き継ぐ。


「そしてこのガータにまたがり、サーペントを倒した勇者こそ、このレン・オーバンスなのだ!」


 レンの名前に、またも人々は大歓声を上げる。

 少し気の利いた人間なら、ここで手でも挙げて歓声に応えていただろうが、レンには無理だった。ガー太が呼ばれたときはまだ余裕があったが、自分の名前が呼ばれると、緊張してどうすることもできない。

 公爵は、レンがグラウデン王国のオーバンス伯爵家の息子であることを紹介し、偶然、この地に訪れたのだと説明した。

 レンはイールのネリスを取り戻すために来たのだが、そのことを隠してくれたのだ。イールのことを知られたくないレンに配慮してくれたのだろう。

 一通りの説明を終えた公爵が部下に命じた。


「剣を持ってこい」


 一人の兵士が歩み出て、一本の剣を公爵に手渡す。

 それを受け取った公爵は、剣を高くかかげ、下の人々に示した。


「この剣こそシーベルの剣! 後継者の剣とも呼ばれる、我が公爵家の当主の証である!」


 えっ!? とレンは驚いた。シーベルの剣はサーペントの襲撃で海に沈んだはずでは?


「シーベルの剣は、サーペントの死体を燃やした灰の中から出てきた。サーペントが飲み込んでいたのだ」


 魔獣の死体は、病気などの災厄を招くとされ、全部燃やすのがこの世界の常識だ。サーペントの死体もすぐに焼却処分された。あの巨体を全て燃やすのは大変だったが、元々焼け死んでいたので、どうにかなった。

 その焼け跡の中からシーベルの剣が出てきたのだが、なるほど、公爵が持つ剣をよく見ると、あちこちに焼け焦げた跡がある。

 しかしレンは剣が見付かったという話を全然聞いていなかった。


「お前たちも知っての通り、この剣は当家の後継者を決める剣でもある。サーペントを倒し、その中からこの剣が出てきたということは、このレン・オーバンスこそが、我が後継者に選ばれたともいえる」


 話を聞いていた人々から驚きの声が上がるが、レンも驚いていた。

 こんな話は全く聞いていない。しかも話が悪い方へ進んでいく気がする……


「だが彼はその話を一笑に付した。それどころか、他の報酬も何もいらないとまで言った。なぜだと問う私に、彼はこう答えたのだ。愛のためである、と。彼は我が娘サーリアに一目で恋に落ち、その愛のために戦ったのだ!」


 人々から大歓声が上がる中、レンは話の流れに付いていけず、はっ? と間抜け顔になっていた。


「我が娘サーリアはまだ幼い。しかしこれほどの活躍を見せられては、二人の中を祝福するしかないだろう。どうかお前たちも、若い二人を祝福してやってほしい」


 またも大歓声が上がるが、その中には、


「レン・オーバンス万歳!」


 とか


「ご結婚万歳!」


 とかいう声も含まれていた。

 いやいやいやいや、おかしいでしょ!? とレンはロレンツ公爵に抗議の視線を向けたが、公爵の方は、フッと軽く笑い返しただけだった。


「お前たち、わらわがロレンツ公爵の娘、サーリアじゃ!」


 小さな女の子の声が響いた。サーリアがバルコニーに出てきて名乗ったのだ。だが彼女は背が低く、手すりに隠れて下からは姿が見えないようだ。


「誰か、踏み台か何か持ってくるのじゃ」


 サーリアの言葉に、人々から笑い声が上がる。

 踏み台が来ると、彼女はその上に乗ってレンの横に立った。


「あらためて、わらわがサーリアじゃ。今、父上が言った通り、このオーバンス殿を一目で虜にした魔性の女じゃ」


 人々から、また笑い声と歓声が上がる。彼女はかわいらしい女の子だったが、どう見ても魔性の女には見えない。その冗談を笑ったわけだが、レンは笑えない。

 今すぐ、全部デタラメだと叫びたいレンだったが、それをやってこの場を壊す勇気もなく、黙って話を聞いているしかなかった。


「オーバンス殿は愛のために戦ったと言ってくれた。わらわもその気持ちをうれしく思う。しかしじゃ! これほどの偉業を成した者に、何も報いないのはロレンツ公爵家の名誉に、そしてこの街の名誉に関わると思うのじゃ」


 そうだー! という賛同の声がいくつも上がる。


「そこでわらわが、ささやかながらオーバンス殿に褒美を与えようと思う。オーバンス殿、もうちょっと近くに」


 レンは言われた通りにサーリアに身を寄せる。

 何を勝手なことを言ってるんですか、と抗議の視線を送るが、サーリアは気付かぬふりで愛らしい笑みを浮かべたまま、背伸びするようにしてレンの頬に口づけした。


「なっ!?」


「わらわからのささやかな褒美、どうか受け取ってほしい」


 驚くレンに笑いかけるサーリア。

 集まった人々から、またも大歓声が上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 以前、大物を狩ったときは子々孫々語り継ぐって説明があったな…… しかもレンは本名…… 終わったな……(いや始まりだなこれ)
[一言] 外堀がすごい勢いで埋まってくw 良いエピソードでした
[一言] ペドとして歴史に名が残っちゃうなあw ここまで人が多いとこで宣言してちゃ日記に残す奴も多かろうて これが室町~江戸後期の日本だったら数百人は残してるとこだぞ この世界だと日記書ける程文字使え…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ