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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第一章 出会い
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第18話 ダークエルフ7

「我々ダークエルフの成長は人間とは違うのです」


 驚くレンに対し、ダールゼンが説明してくれた。

 彼の説明によると、ダークエルフの成長は一定ではなく、三段階に分かれるという。

 第一段階は成長期。生まれてから二十歳前後までの間だ。これは人間とあまり変わらない。幼児から大人へと成長していく。

 次に第二段階の安定期。ここが人間と大きく違う。個人差はあるが、十代後半から二十代前半で、ダークエルフの成長はいったん止まる。そしてそのまま、五十才ぐらいまでずっと若い肉体を保ち続ける。

 そして最後は段三段階の老衰期。これまた個人差があるが、五十代後半ぐらいから、止まっていた成長というか、老化がまた始まる。しかもこの老化は急速に進行し、人間でいえば一年で十才年をとるようなスピードで老いていく。


「人間の中には、安定期の我々を見て不老長寿と勘違いしている方が多いようですが、実際の寿命はあまり変わらないのです」


 確かに、何十年も変わらぬ姿でいれば、そんな勘違いをしてもおかしくない。老化が急速に進むというなら、老いた姿を見る機会も少ないだろう。しかも彼の話にはまだ続きがあった。


「老齢期に入ったダークエルフは、最期の準備に入ります。後任に伝えるべきことを伝えると、世界樹の下に自分の墓穴を掘るのです」


 自分の死期を悟って墓穴を掘るとか、ずいぶんと憂鬱な作業だとレンは思ったのだが、ダールゼンの説明は少し違っていた。


「自分の寿命を全うし、世界樹の下に穴を掘ることは、我々ダークエルフにとって幸せなことです。一生を世界樹に捧げ尽くし、最期は世界樹の元へ帰れるのですから」


 そう語るダールゼンは穏やかな笑みを浮かべていた。どうやら本当に幸せだと思っているようだ。


「墓穴を掘ったら、そこに首から下まで埋まって眠りにつきます。二度と目覚めない最後の眠りです。後は残された者たちが土をかけ、埋葬して終わりです」


「自分で墓穴を掘るって、それって……自殺になりませんか?」


 相手の気分を悪くさせたくないので、言葉を選びながらレンは訊ねる。


「そうですね。自分で死を選ぶという点で、自殺になると思います」


 ですが、とダールゼンは言葉を続ける。


「我々はそれを悪いことだとは考えません。人間社会では、自殺は悪いことだと考えられているようですが、我々にとっては必ずしもそうではありません」


「自殺を容認するんですか?」


「我々の命は世界樹に与えられたものです。ですからその命は世界樹のために使わなければなりません。そしてそれが世界樹のためになるのならば、命を捨てることも厭いません。もちろん一番いいのは与えられた命を使い切り、世界樹の下で眠りにつくことですが」


「僕たち人間とは全然考え方が違うんですね……」


「はい。正直なところ、死生観に関しては中々理解し合えないだろうと思っています」


 そもそも成長の仕方が違うのだから、相互理解は難しいだろうとレンも思った。

 だが、レンはダークエルフの死に方も、案外悪くないかもしれないと思ってしまった。

 最初はなんて残酷な死に方だろうと思った。

 以前に読んだヤクザマンガで、ヤクザがこれから殺す相手に穴を掘らせるシーンがあったが、それと同じようなものだと思ったのだ。

 しかしもう少し考えてみると、そう簡単に決めつけることはできないと思えてきた。

 例えば自分の最期について。

 日本で生きていた頃のレンは、たまに自分の最期について考えてみることがあった。結局、事故に巻き込まれて死んだわけだが――しかもこの世界に転生するという予測不可能な事態も起こった――もし、あのまま年を重ねて老人になっていたら、どんな最期を迎えただろうか。

 レンには家族も恋人もいないし、結婚する予定もなかった。だから高い確率で独りの最期を迎えたと思う。それは覚悟するにしても、最悪なのは怪我や病気で寝たきり老人になってしまったときだ。

 別に自殺したいと思っていたわけではないが、ベッドの上で寝たきりになってまで、長生きしたいとも思っていなかった。だから半分本気で、ネット掲示板などに「早く安楽死を認めろ」なんて書き込んだりもしていた。

 だが、もしダークエルフのような最期を迎えるのなら、そういう心配は一切不要だろう。もっとも、そうなったらそうなったで別の不安や心配が出てくるだろうが、少なくともあっさり死ぬことはできそうだ。眠るように死ぬというのが本当なら、苦しみも少ないだろうし。

 それに高齢化問題も解決だなとレンは思った。

 日本では老人介護や社会保障などの問題が出てきていたが、ダークエルフ社会では高齢化問題は存在しない。なにしろ若い状態のまま年をとらず、老化が始まればすぐに死ぬというのだ。肉体的な高齢者が存在せず、したがって高齢者問題も起こらない。

 全員が働き盛りの若者というわけで、ダークエルフの集団は非常に効率のいい集団ともいえる。


「我々はダークエルフで、領主様は人間です。この差はどうしようもありませんが、それでも話し合うことで、もっとお互いを理解できるのではないかと思っています」


「はい。僕もそう思います」


「ただ今日はもう日が暮れてしまいました。話の続きはまた明日ということで、よろしいでしょうか?」


 気が付けば室内はすっかり暗くなっていた。

 聞けば、やはりこの集落でも、ろうそくなどの明かりは貴重品で、普段は日の出とともに起き、日没とともに眠る生活だという。

 レンも色々あって疲れていたので、今日はもう休むことに賛成だった。

 眠る場所は、やはり部屋の壁に吊られていたハンモックだった。


「バゼといいます。バゼのつるを編んだものです」


 ちょっとややこしいが、バゼという植物があり、そのつるで編んだこのハンモックも、同じバゼという名前で呼ばれているのだ。


「それなりに快適だとは思うのですが……」


 レンはハンモックで寝た経験がなかったので、このバゼで寝るのが楽しみだった。だが一つ気になったのは、


「ダールゼンさんはどうするんです?」


「私は今日は他の家で寝ます。ここには世話係の者を一人寄越しますので、なんでも遠慮なくお命じ下さい」


「いえ、別にそこまでしていただかなくても……」


 レンは遠慮しようとしたのだが、ダールゼンはそれを聞き流し、


「それでは、ごゆっくりお休み下さい」


 とだけ言って、家から出て行った。


「まあいいか」


 別に世話をしてもらう必要もないので、レンはさっさと寝ようと思い、バゼの上に乗った。

 バランスがとれるか少し心配だったが、思ったよりもバゼは安定していた。これなら多少動いても、ひっくり返って落ちる心配はなさそうだ。バゼのつるは弾力があって、寝心地もいい。というか屋敷のスプリングのない硬いベッドよりも、こちらの方が快適だった。

 一つもらえないだろうかと思いつつ、レンはシーツをかぶって横になる。

 家の中は一人だったが無音ではない。森の方から獣や虫の鳴き声が聞こえてくるのだ。その音を聞きながら目を閉じたレンは、すぐに眠りに落ちていった。


 一方、自分の家を出たダールゼンは、少し離れたところに建つ別の家へと向かった。

 挨拶もなしに玄関のドアを開け、家の中に入ると、そこには五人のダークエルフが待っていた。

 明かりのない家の中は真っ暗だったが、それでも外から入ってくる星の明かりで、どうにか顔ぐらいは判別できる。

 五人のうちの二人は、レンを迎えにやってきたリゼットとルビアで、残りは若い男が二人と十代半ばぐらいの少女が一人である。ただし基本的にダークエルフは若い男女しかいないので、外見からは年齢を判定できない。


「領主様は、どのような様子でしたか?」


 男の一人がダールゼンに訊ねた。


「粗末な食事にも特に不満は出なかった。今日はもう休むとおっしゃっていたが、ロゼ」


「はい」


 名前を呼ばれて答えたのはダークエルフの少女だった。

 長いストレートの髪の少女で、かわいいよりも凛々しいという言葉が似合う、やや目つきの鋭い顔立ち。そして背筋をぴんと伸ばして受け答えする態度からは、生真面目そうな性格がうかがえた。


「私の家に行って、領主様の様子を見てきてくれ。わかっているだろうが――」


「はい。なにを言われてもその通りに従います。それでは」


 軽く一礼して、ロゼは家から出て行った。


「今度は、もう少し積極的になってもらえればいいのだが」


「すみません。私たちがもっと上手く誘惑できていればよかったのですが」


 リゼットが言う。


「いや。それに領主様は、お前たちを嫌っていたわけではないのだろう?」


「はい。先程も言いましたが、私たちにも好意的だったのは確かだと思います。ただ、女性に対して苦手意識を持っているようでした。あるいはかなり奥手なのか」


 レンも見抜いていたように、ダールゼンはあえて若い女性であるリゼットたち三人をレンの迎えに出したのだ。外見と年齢が一致しないダークエルフだが、彼女たち三人は全員が見た目通りの二十代前半だった。

 可能ならば領主様を誘惑しろ――ダールゼンはそう命じて三人を送り出したのだ。残念ながら、魔獣の襲撃もあって上手くいかなかったが。


「女性に対して奥手か……。やはり聞いていた話と全然違いますね。まるで別人のようだ」


 男の一人が言った。


「しょせんはうわさ話だったということだろう」


 ダールゼンが、これまでの領主との対話を思い返しながら言う。

 数日前まで、ダールゼンたちダークエルフは、領主と直接会ったことがなかった。

 存在を知られぬように隠れていたわけだが、それでも人間の村人から話を聞いたりして、情報収集は行っていた。

 そうやって得た情報から想像していた領主の人物像は、自分勝手で粗暴なくせに、気位だけは高い貴族の息子、といったところだった。女性を襲おうとしたという話も聞いていたから、そちらの方面も積極的だと思っていた。

 だが実際に会ってみて、ダールゼンはその想像が間違っていたことを知った。

 乱暴者どころか、貴族としては異常なほど腰が低くて丁寧だ。むしろ気弱な若者のように思えるのだが、正面から魔獣と戦う勇気と実力も持っている。色々と底が知れない人物というのが、現在のダールゼンの評価だ。


「あるいは人間の村人たちには高圧的なのかもしれないな」


 好き嫌いがはっきりしてたり、敵に対しては冷酷だが味方に対しては優しい、といった人間は珍しくない。

 領主もダークエルフには好意的だが、他の者に対しても同じかどうかはわからない。


「だとすればデルゲルのおかげですね。彼が命を捨てて領主様を救ったからこそ、今のこの状況があるわけで」


「その通りだ」


 ダールゼンが大きくうなずく。


「彼の死には大きな意味があった。後は我々がそれを無駄にしないため、全力を尽くすべきだ」


 と彼が言ったところで、玄関のドアが開き、先程出て行ったロゼが戻ってきた。


「どうかしたのか?」


「はい。家まで行ってきましたが、領主様はすでにぐっすりと寝ていました。そこで起こすべきかどうかわからず、こうして戻ってきました」


 報告を聞いたダールゼンは、しばらく考えてから口を開く。


「無理に起こすのもよくないな。ロゼはもう一度向こうに行って、そのまま領主様の側に朝まで控えていろ」


「わかりました」


 そしてロゼはもう一度家から出て行った。


「失敗というか、不戦敗か」


 男の一人が苦笑しながら言う。

 リゼットの報告を受けたダールゼンは、領主が女性に奥手というなら、年上ではなくもっと若い相手ならどうだろう、と考えてロゼを送り込んだのだ。だが、その前に眠られてしまってはどうしようもない。ただ、領主がそういうことを期待していなかったことはわかった。もしかすると、その気はあったのだが、魔獣との戦いの疲れで眠ってしまったのかもしれないが。

 そんなことを思ったダールゼンは、一つ気になっていたことを思い出した。


「そういえばリゼット。魔獣に襲われた際、領主様は我々の弓を使ったんだったな?」


「はい。我々の弓を扱うのは初めてだったはずですが、軽々と引いた上、一撃でバルチーを射貫きました。私もあれには驚きました」


 リゼットたちが持っていた弓は特別製だった。

 世界樹の枝を基本にして、そこに魔獣の骨や皮を組み合わせて強度を上げた、いわゆる合成弓だ。

 エルフの弓が強力だというのは、この世界ではよく知られている。事実、硬くしなやかな世界樹から作られたエルフの弓は、他のどんな木で作られた弓よりも強力だった。

 エルフといえば弓使い、というのがこの世界でも定番なのだが、その話もこの強力なエルフの弓が元になっている。

 ここの集落の合成弓は、そのエルフの弓にさらに改良を加えて作られたものだ。製法を知るのはこの集落のダークエルフだけで、同じような弓は他のどこにも存在しない。

 材料が材料だけに数を揃えられないのが難点だが、人間が扱う普通の弓と比べた場合、大きさが同じでも、威力はかなり大きく、射程距離も長かった。ただし、そんな強力な弓を引くにはそれなりの力も必要だ。

 ダークエルフの身体能力は人間よりも高い。

 ダークエルフ戦記の著者バンバ・バーンは、一人のダークエルフの戦士に対し、人間の戦士三人で互角と書いているが、それぐらいの差があった。

 それは女性であっても同じで、リゼットたちの力も、平均的な人間の成人男性よりも強かった。そんな彼女たちだからあの弓を扱えたわけで、普通の人間なら引くのがやっとのはずだ。

 それなのに領主は、あの弓を軽々と扱ったという。


「もしかして領主様は超人なのか?」


 この世界の人間の中には、まれに通常とは隔絶した身体能力をもって生まれてくる特殊な人間がいて、そんな人間を超人と呼ぶ――そうなのだが、ダールゼンも噂でしか聞いたことがなく、本当に実在するかどうかも知らなかった。


「それはわかりませんが、ガーガーに乗っていることといい、領主様がただ者でないことは確かです」


「そうだな。そしてそんな方が我々に好意を持ってくれている。このチャンスを逃すわけにはいかない」


 ダークエルフに好感を持つ人間は少ない。それが貴族となればなおさら少ない。そんな希少な貴族が、ここ黒の大森林の領主になっている。しかもガーガーに乗って魔獣と戦う領主だ。そんな領主など、この先二度と現れないだろう。

 だからこそダールゼンはなんとしても領主に取り入らねばならないと思っていた。そして、そのためにはどんなことでもするつもりだった。

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