第190話 消火活動
「って、のんびりしてる場合じゃないよね!」
ガー太に抱きついていたレンが、ハッと我に返った。
サーペントを倒して気が抜けたようになっていたが、まだ気を抜くには早すぎる。
なにしろ周囲は大火事なのだ。
今いるのは大きい通りの真ん中で、直接火に焼かれる心配はなさそうだが、それでも結構暑い。さっきまでは戦いに夢中で気にならなかったが、汗もダラダラ流れているし、このままだと脱水症状になりそうだ。
とにかく早くここから離れた方がいいだろう。そして人を見つけてサーペントが死んだことを伝え、消火活動に入ってもらわねば。
「ガー太、歩ける?」
「ガー」
「じゃあ行こう」
ガー太と並んで歩き出そうとしたレンだったが、
「ガー」
ちょっと待て、といった感じでガー太に呼び止められた。
「なに?」
「ガー」
「乗れって、大丈夫なの?」
「ガー」
ガー太は足をケガしていた。だから乗ったら負担になるだろうと思ったのだが……
「もしかして僕が乗った方が楽とか?」
レンがガー太に乗れば、互いの身体能力が向上する。それによってガー太の回復力も上がるのかもしれない。
「ガー」
どうやらそうらしい。
というわけでガー太にまたがったレンだったが、いつもと感覚が違った。
いつもなら感覚が研ぎ澄まされ、体の中から力がわき上がってくるように感じるのに、今は逆、なんだか力が吸い取られているような感じがする。
この感覚には覚えがあった。
以前、ガー太の大怪我が一晩で治ったことがあった。
魔獣に襲われたレンをかばって、ガー太は大怪我をしたのだが、そのケガが一晩で回復したのだ。代わりに一緒にいたレンが疲労困憊した。多分、レンの体力を吸い取ることで、ガー太は傷を治したのだと思っている。
その時と同じだ。ガー太の足のケガを治すため、レンの体力が使われているのだろう。
自分の体力を使ってガー太の足が治るなら、何の問題もない。どんどん使ってくれと思いながら歩き始めたところで、
「そこのお前、何者だ!?」
いきなり呼び止められた。
サーペントの死体の向こうから、数人の男が現れる。いずれも鎧を着た兵士だ。
いつもなら気配に気付いていたはずだが、ガー太のことが気になっていたので、全く気付かなかった。
「あ、どうも」
軽く頭を下げて挨拶する。
多分、この兵士たちはサーペントの様子を偵察に来たのだろう。こちらから探す手間が省けてちょうどよかった。
「僕はレン・オーバンスというんですが……」
一応、名乗ってみる。向こうがこちらを知っているなら、話が早いのだが。
「レン・オーバンス……?」
兵士たちのリーダーらしき男が、ちょっと考え込み、
「もしかして、グラウデン王国のオーバンス伯爵家の?」
「そうです、そうです!」
どうやらこちらのことを知っているようだ。
普段はあまり自分から貴族です、と名乗ったりはしないのだが、こういう非常時には貴族の肩書きはありがたい。それで話が通りやすくなるのだから。
「失礼致しましたオーバンス様。私はベルダースと申します。ロレンツ公爵より、サーペント迎撃の指揮を任されております」
露骨にこちらを警戒していた男が、態度を改め一礼する。他の兵士たちも同じだ。ただ、完全に警戒を解いたわけではなさそうだが。
サーペント迎撃の指揮を任されているなら、それなりのお偉いさんなのだろう。指揮官がこんな最前線に出てきていいのか、とは思ったが、それなら話が早くて助かる。
「見ての通り、サーペントは焼け死にました。ですから早く消火活動をお願いしたいんですが」
「わかっております。すでに他の兵士たちも呼びに行かせました。逃げ出した住民たちにも協力してもらい、すぐに消火に入ります」
向こうもサーペントが死んだと気付いた時点で、目的を消火活動に切り替えたようだ。火事を消すのも簡単ではないだろうが、サーペント相手に戦うことを思えば、何とでもなりそうな気がする。
ガー太もケガしているし、後は彼らに任せようと思った。
「じゃあ、僕らはこれで」
「あ、お待ち下さいオーバンス様。いくつかお聞きしたいことがあるのですが」
さっさと立ち去ろうとしたレンを、ベルダースが引き留めた。
「何ですか?」
「このサーペントを倒したのはオーバンス様でしょうか?」
ちょっと思い返してみる。
最後のガー太の蹴り、あの一撃がサーペントに大ダメージを与えたのは間違いないと思う。打撃には強いはずの魔獣だが、なぜかガー太の、というかガーガーの蹴りは魔獣に対して効果的だ。
とはいえ、それだけで倒せたとも思えない。レンたちと戦う前から炎に焼かれ、大きなダメージを受けていたようだし、最後の最後も焼死だろう。
よくいえば謙虚、悪くいえば引っ込み思案な日本人的感覚を持つレンなので、ここでも自分の手柄を言い立てなかった。
「いえ、戦いはしましたが、最後は僕らが倒したというより、火に焼かれて死んだと思います」
「ではオーバンス様が、サーペントを火の中へ引き寄せたのですな?」
「そうともいえます。もっとも、僕が引き寄せたというより、向こうが勝手に襲ってきたんですけど」
「オーバンス様は、確か後継者を決める大会に参加すると聞いておりましたが、今日は島へは渡らなかったのですか?」
「渡りましたよ」
「では、もしかしてその鳥に乗って、空を飛んで戻って来られた?」
ベルダースは鳥に乗って飛んできた男が、サーペントを攻撃するのを見ていた。兵士たちは竜騎士だと騒いでいたが、あれは竜ではなく鳥だった。
そして今、目の前にガーガーらしい鳥に乗った男がいる。両者を結びつけて考えるのが自然だった。ただしガーガーは飛べなかったはずだが……
「島からは船に乗って戻ってきました。それで港に近付いたところで飛び出したら、風に乗ってふわりと浮き上がって飛んできたんです」
なんだそれは、とベルダースは思った。風に乗って浮き上がる? 冗談を言っているのか、本当のことを言っているのか、判断できなかった。
「その鳥はガーガーのようにも見えますが……」
ベルダースも、もちろんガーガーは知っている。体は大きいがとても臆病な鳥だ。人を乗せたりしないし、ましてや空を飛んだりもしない。ところがレンが乗っているガーガーはちょっと違う。
なるほど見た目はガーガーだが、とても臆病な鳥には見えない。態度がふてぶてしいというか、妙な貫禄さえ感じさせた。
「ガーガーですよ。ちょっと変わってますけど」
実際はちょっとどころではないとレンも思っているが、なんでそうなったのか説明できないので、さらりと誤魔化すしかなかった。
「では、後のことはお任せします」
そう言って、レンはさっさとその場から立ち去った。
消火を手伝うべきかとも思ったのだが、ガー太は足をケガしていたし――今も片足を引きずるようにして歩いている――体力も限界だったので、ここは休ませてもらうことにした。
「よろしかったのですか?」
「仕方あるまい」
部下の問いかけに、ベルダースはそう答えるしかなかった。
部下が何を言いたいのかはわかる。レン・オーバンスの言っていることは、とうてい納得できるような話ではなかった。彼もこのままレン・オーバンスを行かせたくはない。
だが相手は貴族である。
これが単なる傭兵とかなら、身柄を拘束して徹底的に取り調べる、ぐらいはやっていただろうが、貴族相手にそんな無茶はできない。黙って見送るしかなかった。
「それに今の我々にはやるべきことがある。一刻も早く火を消すのだ」
レン・オーバンスのことは気になったが、話を聞くのは後でもできるし、ロレンツ公爵に報告して、そちらから聞いてもらうという手もある。
それよりまずは、この火を消さねばならない。
サーペントを倒すためだったとはいえ、火事で街は大きな被害を受けている。これ以上、被害を拡大させるわけにはいかない。
幸い、強かった南風もだいぶ収まってきている。南海の風は気まぐれなので、また風が強くなるかもしれない。その前に火を消さなければ。
そういえば、結局、島に渡った傭兵連中はどうなったのだろう。サーペントの襲来を受け、連中を呼び戻しに行かせたが、幸か不幸か連中が戻ってくる前にサーペントは倒せた。
レン・オーバンスは戻ってきたが、他の連中は戻ってきていない。
まあいい。それも後で考えればいいことだ。
ベルダースは消火活動に集中することにした。
間が空いてしまってすみません。
週末に用事があったり、最初に書いたのがなんか気に入らなくて書き直したりしてました。
もう少しでこの章も終わりなのでがんばります。