第189話 ハーベン防衛戦8
続きは今日中にとか、まーたウソついてすみませんでした。
全身を炎に包まれながら、こちらを見下ろすサーペント。
魔獣は人間に対して強い敵意を持っているが、サーペントが向けてくる憎悪はひときわ強い。
そこまで恨まれる覚えは……あった。
サーペントの右目には矢が突き刺さったままだ。どうやらあれを打ち込んだのがレンだと、向こうはちゃんとわかっているようだ。
体が焼かれるのにもかまわず、僕に復讐しに来たってことか。でも――
レンはサーペントの燃えている部分に注目する。
体表が焼かれ、超回復で回復し、それがまた焼かれ、というのを繰り返しているが、徐々に再生スピードが落ちてきているようだ。
このまま燃え続ければ、火によるダメージが超回復を上回り、焼け死ぬのでは?
それまで逃げに徹するって手もあるけど……
相手が焼け死ぬまで時間を稼げばいいのだ。堅実な手に思えたが、やっぱりダメだと思い直す。
受け身になっちゃダメだ。こっちから攻撃してこそ活路を見いだせる――それが、これまで魔獣と戦った経験から、レンが導き出した答えだった。
魔獣の生命力を甘く見てはいけない。死ぬのを待つのではなく、キッチリと殺さなければ、思いもよらぬ攻撃がくるかもしれない。
でも、もう矢がないんだよなあ……
墜落の衝撃で弓を落としてしまったが、それはすぐに見付けることができた。壊れていなかったのも幸運だった。
だが背負っていた矢筒は壊れ、矢もバラバラに飛び散ってしまった。
何本か見付けることはできたが、全て折れたりしていて使い物にならなかった。つまり今のレンには攻撃手段がない。
「頼むよガー太」
というわけでガー太に任せるしかなかった。
「ガー」
任せろ、とばかりにガー太が鳴いたが、その鳴き声をきっかけにしたかのように、サーペントが襲いかかってきた。
ガー太が横に飛び退いたところへ、サーペントの巨大な顔が落ちてきた。
轟音とともに、サーペントの顔が地面にめり込む。単なる頭突きともいえるが、体重を乗せた一撃は、巨大なハンマーを振り下ろしたような威力があった。
サーペントが地面にたたきつけた顔をゆっくりと上げるが、そこへガー太が突撃する。
「クエーッ!」
助走して勢いをつけてからの、右の跳び蹴り。
一撃はサーペントの顔に命中し、その巨体が揺れた。だがそれだけだ。
サーペントはギロリとガー太をにらみ、首を大きく振った。
ガー太は後ろへ飛んだが逃げ切れない。
だがガー太はぶつかってきた相手の体を両足で受けると、その勢いを利用してさらに遠くへと飛んだ。
レンを乗せたまま空中で一回転し、危なげなく着地を決めたガー太。だが、そこは炎上する民家の庭だった。
「アチチチチ!」
「ガー! ガー!」
レンとガー太、どちらも悲鳴を上げて、慌てて庭から飛び出してくる。
「消火、消火!」
レンが手ではたいて燃え移った火を消したが、彼の服と、ガー太の羽が少しコゲてしまった。
「サーペントの前に、こっちが丸焼けになるところだった……」
「ガー……」
「で、ガー太の蹴りを受けても、まだまだ元気、と」
もろにガー太の蹴りを受けたはずだが、それで目立ったダメージを受けたようには見えない。
並の魔獣であれば、ガー太の蹴り一発でケリがついてきたのだが、さすがはサーペントというべきか。
相手は再び鎌首をもたげて攻撃態勢に入る。それに対してガー太は右足を少し後ろに下げ、どっしりと腰を落として構えた。
「ガー」
「いいよ。任せる」
恐くない、わけではない。
サーペントの赤い目がこちらをにらんでくると、レンは恐怖で体が震えた。
だが逃げ出したりはしない。取り乱すことなく、恐怖に立ち向かうことができる。
一人ではなく、ガー太に乗っているからだ。
ガー太に乗って死ぬなら仕方がない――レンは自然とそういう境地に立っていた。
サーペントが巨大な口を開け、上からレンとガー太に襲いかかる。
ガー太は、今度は逃げずにそれを迎え撃った。
「クエーッ!」
裂帛の鳴き声とともに、上体を倒しつつ右足を蹴り上げる。
その一撃は、カウンターとなってサーペントの下あごをとらえた。
「うわっ!?」
「ガッ!?」
巨体を蹴り上げた衝撃は、レンとガー太の方にも返ってきた。
レンを乗せたまま、ガー太がはじき飛ばされる。ガー太の足でも、衝撃を受け止めきれなかったのだ。
ゴロゴロと地面を何回転かしたところで、やっとガー太は止まった。
「大丈夫!?」
レンもガー太に乗ったまま地面を転がっていた。あちこちぶつけて痛かったが、そんなことを気にしている場合ではない。
「ガー」
と答えてガー太は立ち上がったが、その声は弱々しく、体もふらついていた。
今の一撃で、左足に大きなダメージを受けたのだ。乗っている状態なら、相手のことは自分の体のようにわかる。
蹴り上げたときの衝撃が、全て軸足の左足にかかったのだ。足がつぶれてもおかしくないほどの衝撃だった。
足は折れてはいなかったが、立ち上がるのもやっとという状態だ。走るのはとても無理で、ゆっくり歩くのが精一杯だ。
だがダメージを受けたのはガー太だけではなかった。
下あごを蹴り上げられたサーペントが大きくのけぞり、巨体が仰向けに倒れていく。そのまま力を失ったかのようにサーペントは倒れ、音を立てて地面に激突した。
火事で燃える家々の上に倒れてたサーペントは、家屋を押しつぶし、さらに激しい炎に包まれた。
超回復の勢いが落ち、サーペントの全身が火に焼かれていく。
それでもサーペントは動いた。
炎の中をゆっくりと這いずり、レンとガー太へ向かってくる。
足をケガしたガー太は満足に動けない。だったらサーペントを僕が引きつけなければ――そう決意してレンはガー太から下りる。
ガー太をおいて逃げるとか、そんな考えはこれっぽっちも浮かばなかった。とにかくガー太を助けるという思いだけだ。
ガー太から下りると、強化されていた五感が元に戻った。視界がぼやけ、音が聞こえにくくなる。これが本来の状態はずなのに、自分の体が急に衰えたように感じる。
そして恐怖心がわき上がってきた。
ガー太に乗っていたときにも恐怖心はあったが、サーペントを前にしても、冷静に対処することができた。
今感じている恐怖は比べものにならない。どうしようもなくサーペントが恐い。
「ガー」
足が震えてるぞ、といった感じでガー太が軽く鳴いた。
「わかってるよ。しょうがないだろ、それぐらい」
足はがくがく震えているし、恐くて今すぐ逃げ出したい。それでもガー太に軽口を返す余裕があった。
こっちに来てからの経験のおかげかな、と思う。
色々と危ない目にもあってきた。平和な日本にいた頃のレンだったら、とっくの昔に逃げ出しているか、それとも腰を抜かしてへたり込んでいるか。逃げ出さないだけで、自分をほめてやりたい。
炎の中から、ぬうっとサーペントが顔を出す。
動きはにぶい。せいぜい早足ぐらいのスピードで地面を這っている。
これなら走って逃げ切れる、と思った。
サーペントとの距離は十メートルぐらい。もう少し近づいてきたら、大声を上げて逃げ出す。それでこちらに引きつけるのだ。
それでもサーペントがガー太を狙ったら……
考えたくはないが、その時はガー太と一緒に戦うしかない。勝てるとは思えないが、一人で逃げるのだけは嫌だった。
あと少し――レンが走り出そうと足に力を入れたところで、サーペントは動きを止めた。
飛びかかってくるのか!?
身構えたレンだが、そうではなかった。サーペントの体から力が抜けていた。這いずっているのとは違う。動くことができず地面に横たわっているのだ。
それでもまだ油断はできなかった。
サーペントの右目が、まだ光を失っていないからだ。憎悪に燃える赤い目が、レンとガー太をにらんでいる。
レンも相手から目をそらさなかった。
両者のにらみ合いはどれぐらい続いたのか。多分、そんなに長くはなかったはずだ。それでもレンにはとても長く感じられた。
結局、サーペントは動かないまま、右目から赤い光が消えた。
燃えさかる炎がサーペントの体を焼き尽くし、ついに力尽きたのだ。
大きく息を吐いたレンが、その場に倒れ込んだ。
「ガー」
左足を引きずるようにして、ガー太が身を寄せてくる。
「うん。どうにか勝ったみたいだ」
レンは半分泣きそうな笑顔で、ガー太の首に手を回し、ぎゅっと抱きついた。