第189話 ハーベン防衛戦7
この後、主人公の方に場面は戻るんですけど、長くなったので次話へ。
明日というか、寝てしまってすでに今日なんですけど、何とか今日中には上げる予定です。
後継者の島での戦いは、決着を迎えようとしていた。
「うおおおおおおッ!」
叫び声を上げたバルドが、渾身の力を込めた一撃を、超個体の右前足にたたき込む。
ファイグスは狐のような姿をしていて足は細い。だがその超個体はサイズが違う。前足は丸太のように太く、剣で斬りつけた手応えも異常だった。
硬い。生き物の足ではなく、まるで砂の詰まった袋に斬りつけたような感触。
剣が止まりそうになるが、バルドは魔人の力を振り絞り、力任せに振り抜いた。
彼の一撃は、超個体の右前足を、ひざ下あたりで大きく斬り裂いた。両断とはいかなかったが、皮一枚残したような状態だ。
これでは超個体も普通に立っていられなかった。悲鳴を上げ、バランスを崩して巨体が倒れる。
だが、バルドもまたその場でひざをついてしまう。
力尽きたのではない。逆だ。内からあふれ出てくる魔人の力――破壊衝動を抑え込むために必死だった。
ここが限界だ、と思った。これ以上魔人の力を使えば、暴走して理性をなくした魔獣となってしまう。
超個体が右前足を使わず、他の三本の足で立ち上がる。すでにこちらも限界が近いのだろう。超回復の効果がにぶり、傷が塞がらなくなっている。右前足も切れた状態でつながらない。
だがそれでも、まだバルドを殺すだけの力は十分残っていた。
憎悪に燃える赤い目がバルドをにらみつけ、超個体は口を大きく開く。
火を吐いて焼き殺すつもりか、それともかみついてくるか。
それを見ながらなもバルドは動かない、いや動けない。
だが彼は不敵に笑った。
一人ならここで終わりだったかもしれない。だが今の彼には頼れる味方がいたからだ。
「たあっ!」
叫び声とともに、小さな影が超個体に斬りかかる。
おそらく超個体は今がバルドを殺す好機と見たのだろう。だがそれが致命的なスキとなってしまった。
振り向いた超個体の顔に、飛びかかった小さな影――カエデが剣を振り下ろす。
剣は脳天から眉間のあたりまで斬り裂いた。
普通の生物なら即死間違いなしの一撃だったが、超個体はそれでも死ななかった。
左前足を横に振って、空中にいたカエデを捉える。
キンッ! という金属音が鳴った。
頭を斬り裂いた剣は離していた。だがカエデは二刀流だ。左手に残ったもう一本で、相手の爪を受け止めた。
衝撃で小さな体は殴り飛ばされたが、空中で姿勢を直し、足から着地する。そのままズザザザザっと、地面を数メートルほど滑ったがバランスは崩さなかった。
一方、右前足を失った状態で、左前足を振った超個体は、当然バランスを崩して転倒する。
超個体はまたも起き上がろうと足を動かすが、ブルブルと震えるだけで起き上がることができない。まだ生きてはいたが、もはや動くことができなかったのだ。
「早くとどめを!」
あせったようにバルドが叫ぶ。
何しろ相手は超個体だ。ぐずぐずしていれば、この状態からでも回復するかもしれない。
だがカエデはその声が聞こえているのかいないのか、普通にスタスタ歩いて超個体に近付く。
「グルルルル……」
頭に剣が突き刺さったまま、超個体はうなり声を上げてカエデをにらみつける。
カエデは気にした様子もなく剣を振り上げ、無造作に超個体の顔へ振り下ろした。
一撃だけでなく、二撃、三撃と続ける。
血しぶきが上がり、彼女も返り血を浴びるが気にしない。
それが何回繰り返されたのか。
超個体の顔はズタズタに斬り裂かれ、いつしか完全に動きを止めていた。
カエデは相手が死んだことを確認すると、最初に頭を斬り裂いた剣を引き抜き、二本の剣をさやに収めた。
それから、まだ座り込んだままのバルドに歩み寄り、
「平気?」
少しは気にかけているような、そうでもないような、微妙な口調で問いかけた。
「どうにか大丈夫だ」
バルドは苦しそうに答えた。
落ち着いてきている。だがまだは気は抜けない。
今まで何度も限界が近いと感じたことはある。そのほとんどが訓練で自分を追い込んでのことだったが、実戦でヤバイなと感じたことも何度かある。
だがここまで危ないと思ったことはなかった。本当に限界だ。
魔人の力を使いすぎたのはもちろんだったが、加えて彼の精神状態も影響していた。
これまでのバルドは、戦いの中でも常に冷静だった。彼にとって戦いは仕事であり、生きるための手段だった。自分から戦いを望んだことはない。
だが今回は違った。
戦うことが楽しかった。目の前のダークエルフの小娘に、ガーガーらしい鳥に乗った騎士――そういえば騎士の方は、いつの間にかいなくなっていた――二人と一緒に戦うことが楽しかった。もっと戦いたいと思ってしまった。
闘争心は魔人の力と相性がいい。もっと戦いたいと魔人の力を欲すれば、容易に力は暴走してしまう。
バルドの知る限り、同僚の魔人で暴走した者は二人。その内の一人はバルドが殺した。彼らも、もしかして自分から力を望んで暴走したのだろうか。
うずくまったまま動かないバルドを、カエデはしばらく見下ろしていたが、興味をなくしたのか、何も言わずに立ち去った。
「化け物だな……」
立ち去るカエデの後ろ姿を見ながら、バルドはぽつりとつぶやいた。
自分はすでに限界だったが、向こうにはまだ余裕が感じられた。力の差を感じずにはいられない。
「大丈夫かバルド?」
カエデが立ち去った後で、駆け寄ってきたのはバッテナムだった。
「どうにかな。そっちも片付いたのか?」
「ああ。お前たちが超個体を抑え込んでくれたからな」
バルドたちが超個体と戦っている間に、バッテナムや他の傭兵たちは、普通のファイグスの群れを相手に戦っていた。
超個体さえいなければ、ファイグスはそこまで恐れる相手ではない。多少の犠牲は出たが、ファイグスの群れを全滅させていた。
「そうか。だがここからが本番だな」
ファイグスを倒して一件落着といきたいが、彼らがここに来た目的は魔獣退治ではない。それは前哨戦で、本番は後継者の剣を巡る争奪戦だ。
「それなんだがな、戦いはこれで終わりかもしれん」
「どういうことだ?」
と聞いたバルドは、自分でとある可能性に気付いた。
「まさか俺たちが戦っている間に、誰かが剣を持ち帰ったのか?」
漁夫の利で剣を奪われたのかと思ったのだが、
「そうじゃない。さっき俺のところに、あの変な鳥に乗った騎士がやってきて――」
バッテナムはレンと交わした会話を簡単に説明した。
突如現れた巨大海魔のせいで、シーベルの剣が行方不明になってしまった、と。
「その話を信じるのか?」
「向こうはオーバンス家の名にかけて、と言ったんだ。あれほどの戦いを見せた男が、そんなウソを言うとは思えない」
と言いつつバッテナムは話を続ける。
「もちろん相手の言葉を鵜呑みにはしない。これから剣が収められていた祠の様子を確認しにいく。だが本当に剣がなくなったのなら、これ以上の戦いは無意味だ。他の傭兵連中にも事情は話した。確認が取れるまでは一時休戦だ」
「そういえば、そのレン・オーバンスはどこへ行ったんだ? 姿が見えないようだが……」
相手はガーガーみたいな鳥に乗っていた。いるなら目立つはずだが、どこにもいない。
「例の巨大な海魔がハーベンの街へ向かったらしく、レン・オーバンスはそれを追って街へ戻ったようだ」
「それで途中からいなくなったのか」
「ああ。あの鳥に乗ったまま海に飛び込んだよ」
「泳いで戻ったのか!?」
どこまでとんでもない男なんだと思ったが、
「途中までな。沖に船がいただろう? あの船まで泳いで、そこから船に乗って戻ったようだ」
「それでも十分とんでもないな」
「とんでもないといえば、お前と一緒に戦っていた奴は一体何者だ? 見たところダークエルフの子供のようだが、俺からは魔人のお前と互角の動きをしていたように見えたぞ」
「互角じゃない。向こうの方が俺より上だ」
「お前より上?」
バッテナムは難しい顔で考え込んだ。彼はバルドの実力を知っていた。そのバルドより上というのは、ちょっと信じがたい。
そんな彼の思いを、バルドは表情から察したのか、
「ウソじゃない。俺はこうやって動けなくなったのに、向こうはピンピンしてたんだからな」
「それは魔人としての限界だろう? そうなる前に倒せば――」
「そう簡単に倒せるとは思えん」
「だとするとマズいな。もしレン・オーバンスの話がウソで、剣を巡って連中と戦いになったら……」
「数で押し切るしかない。周りを囲んで、犠牲覚悟でかかれば勝ち目はあるだろう」
とは言ったものの、バルドはそう上手くはいかないだろうと思った。訓練された兵士たちならともかく、今バッテナムが率いているのは傭兵部隊。我が身かわいさの傭兵が、あのダークエルフ相手に逃げ出さずに戦えるのか、非常にあやしい。
「主が主なら、部下も部下ということか」
「あのダークエルフは、やっぱりレン・オーバンスの部下なのか?」
「はっきり聞いてはいないが、そうとしか考えられないだろう。それがどうかしたのか?」
「いや、納得しただけだ。あんな化け物を雇っているんだ。雇い主も普通ではないだろうと」
我が身に置き換えてもそうだ。普通の貴族は魔人を恐れ、忌避するだけだが、バチニアの女帝と呼ばれるベリンダは、そんな魔人を積極的に登用して活用している。これは普通の貴族にできることではない。
あのダークエルフの小娘も同じだ。普通の貴族なら、その力を恐れて排除しようとするはずだ。
先程の戦いで、彼らは見事な連携を見せた。両者の間に信頼関係がなければ、あそこまでの動きはできない。あのダークエルフをそこまで使いこなしているのだから、レン・オーバンスも普通の貴族ではないのだろう、と思った。