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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
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第188話 ハーベン防衛戦6

「何が起こった……?」


 呆然とベルダースがつぶやく。

 彼の心中は言葉通り、何がなんだかわからない、であった。

 竜騎士が飛んできたのかと思ったら、人を乗せた巨大な鳥だった。

 その鳥はサーペントをかすめるように飛び去り、すれ違う際に攻撃――したのだろう、ベルダースの位置からはよく見えなかったのだが、サーペントが悲鳴を上げて倒れた。

 と思ったら、その鳥は人を乗せたままどこかに墜落した――ようだ。

 これもベルダースからは直接見えなかったのだが、一部の兵士たちが、


「竜騎士が落ちたぞ!?」


「竜騎士がやられた!?」


 などと騒いでいる。

 一方で、落ちたところを目にしていない兵士たちは、


「竜騎士がサーペントを倒したぞ!」


 と喜びの声を上げている。

 ベルダース以下、全員が状況を把握できていなかった。

 それにしても、とベルダースは思う。

 あれはどう見ても竜ではなく鳥だったが、兵士たちのほとんどが、まだ竜騎士だといって騒いでいる。彼らの目にはあれが竜騎士に見えていたのだ。戦場に誤認はつきものとわかっているが、思い込みの力とは、恐ろしいものだとあらためて思った。


「ベルダース様、いかがいたしましょうか?」


「それは……」


 部下の一人に訊かれて、呆然と言葉を返したベルダースだったが、そこでハッとして我に返る。

 俺は何をやってるのだ、と思ったベルダースは、両手で自分の頬をバシンと思いっ切り叩いた。


「ベルダース様!?」


 驚く部下にベルダースは笑いかける。少し自嘲気味に。


「すまんな。呆然としている場合ではないというのに」


 気合いを入れ直したベルダースは、今、自分が何をすべきか考える。

 気になることは色々あったが、まずやるべきことは――


「すぐに火攻めをかける!」


 サーペントは地面に倒れ、もだえ苦しんでいる。今ならば火をかけることも容易い。これこそ待ち望んでいた好機だ。


「この機を逃すな。急げ!」


「はっ!」


 ベルダースの命令を受け、兵士たちが慌てて動き出す。

 すでに攻撃の準備は整っていた。

 用意された油壺は百個以上。それを一個ずつ持った兵士たちが動き出す。


「囲んで投げつけろ。それも出来るだけまんべんなく」


 ベルダースはまず兵士たちを二手に分け、倒れたサーペントの左右に展開させた。さらに兵士たちが一ヶ所に固まらないように、互いの距離を空けさせる。


「投げろ!」


 命令に従い、兵士たちが次々と油壺を投げる。

 壺の首にロープが巻かれているので、兵士たちはそれを持ってブンブンと振り回し、遠心力をつけてから投げる。

 サーペントは巨体だ。普通に投げれば、まず外すことはないはずだが、緊張して体が硬くなっていたのか、壺をサーペントではなく地面に叩きつけてしまう者や、強く投げすぎてサーペントの上を越えてしまった者が何人かいた。

 さらに、


「ひっ――」


 不用意に近付きすぎて、サーペントの巨体に押しつぶされた者もいた。

 このように失敗した者が何人かいたが、後のほとんどは成功し、サーペントの頭から尻尾まで、ほぼ全身に油をかけることに成功した。


「火矢を放て!」


 数人の兵士たちが火矢を放つ。

 それらはサーペントの体に突き刺さりはしなかったが、油に引火し、一気に炎が燃え上がった。


「ギョアアアアアアッ!」


 先程と同じか、それ以上の悲鳴を上げたサーペントが、体を激しくくねらせ、転がり回る。


「ぎゃああああッ!」


 何人かの兵士がはね飛ばされ、あるいは火が燃え移り悲鳴を上げる。

 周囲の兵士たちがそれを助けようとするが、激しく動き回るサーペントのせいで、自分の身を守るのが精一杯だった。

 さらに火は燃え広がる。

 周囲にある倉庫は石造りだったが、中には可燃物があった。暴れ回ったサーペントのせいで多数の倉庫が倒壊しており、火は中にあった品物に燃え移った。

 強い南風に煽られ、火はすさまじい勢いで燃え広がり、あたりはまさに火の海となる。


「下がれ、一旦距離をとれ!」


 たまらずベルダースが兵を下げる。すでにヤケドしたり、煙を吸い込んで倒れたり、兵士たちにも多数の死傷者が出ていた。

 この火の勢いだ。いくらサーペントといえども焼け死ぬだろう。後はそれを待つだけと思ったのだが、


「サーペントが海に逃げようとしています!」


「なにっ!?」


 兵士の報告を受けたベルダースはしばし考え、


「全員、海側に回れ。サーペントを逃がすな!」


 兵士たちに命じ、自らも動く。

 普通の生き物であれば、今さら火を消したところで大やけどで死ぬだろう。だが魔獣には超回復がある。海に入って火を消せば、すぐに復活する恐れがあった。

 ならば逃がすわけにはいかない。

 火を消してサーペントが回復すれば、もはや倒す手段はない。

 これがサーペントを倒す最初で最後の好機なのだ。ここで決着をつけねばならない。

 幸い、サーペントも大きなダメージを追っているようで動きがにぶい。

 ずるずると這いずりながら動くサーペントより先に、防衛軍は港の岸壁に回り込めた。

 目の前では火が燃えさかっているが、こちらは風上になるので、熱はそこまで熱くないし、煙も流れてこない。

 これならば戦える、と判断したベルダースが叫ぶ。


「奴は火に焼かれて死にかけているぞ。ここで逃がさず必ず殺せ!」


 背後はもう海だ。突破されれば終わりである。

 例え相打ちになったとしても、ここで奴を止める、とベルダースは決意を固めたのだが、


「サーペントが向きを変えました!」


 火と煙でよく見えなかったが、まっすぐ海の方へ向かっていたサーペントが向きを変えたようだ。


「右か左、どっちだ!?」


 待ち構える自分たちを避けるため、サーペントが左右どちらかに動いたと思ったのだが、それは違っていた。


「逆方向です! 街の方へ向かっています」


 部下の報告に意表を突かれる。

 なぜ海ではなく、逆の方へ向かうのか、理由がわからない。

 何か見落としていることがあるのか? と自問するが、やはり答えは出なかった。


「全員このままだ。油断するなよ」


 サーペントがどこへ向かっているのか気になったが、海に逃げ込まなければ、いずれ焼け死ぬはずだ。ならば、やはりここから動かないのが得策とベルダースは判断した。




「この家の二階だ」


 そう言って兵士が指差す先、とある民家の二階には大穴が空いていた。

 先程、空を飛んできた竜騎士が、この家の二階に突っ込んだのだ。

 兵士はそれを確認してこいと命じられ、ここまで急行してきたのだ。


「急いで竜騎士様を助け出すぞ」


 兵士は引き連れてきた五人の部下に命じる。

 竜騎士が突っ込んだ民家は大きな通りに面していたが、その通りの反対側は、すでに火事で燃え上がっていた。通りのこちら側にはまだ燃え移っていないが、いつ飛び火してもおかしくない。

 その前に竜騎士を助け出さねば、と思った兵士は、部下と共に民家に入ろうとしたのだが、その前に何かが落ちてきた。

 二階の穴から飛び出し、兵士たちの前に落ちてきたのは竜騎士――ではなく、大きな鳥と、それに乗った男だった。


「ガーガー……?」


 突然現れたガーガーらしい鳥と、それに乗る男に驚いた兵士たちがだったが、飛び出してきた男――レンの方も驚いていた。


「火事? なんで?」


 飛んできたときは火事など起こっていなかった。それなのに目の前で火事が、しかも何軒もの家が激しく燃えている大火事が起こっている。

 そんなに時間たってないよね?

 民家の二階に突っ込んたレンは、しばらく気を失っていたのだが、それは少しの間だった、はずだ。

 これまでガー太から落ちたことのなかったレンだが、さすがに今回はそうはいかなかった。

 風に乗って空を飛んできたレンだったが、最後のあたりは、サーペントの方だけ見ていて前を見ていなかった。多分、ガー太も同じだったのだろう、警告されたときには、もう壁が目の前だった。

 それでもぶつかる直前、ガー太が体を起こしたので、真っ正面から壁にぶつかるのではなく、ガー太の足の方から突っ込む形になった。

 おかげでレンも直撃を避けられたのだが、ぶつかった衝撃でガー太から投げ出され、家の中の壁に激突、それでしばらく気を失っていた。

 目が覚めたレンは、


「ガー太!?」


 と叫んで飛び起きた。体中に痛みが走り顔をしかめたが、手足はちゃんと動いた。幸いなことに、打ち身だけで骨折はしていなかった。

 ガー太はどこだと探してみると、部屋の奥のタンスに突き刺さっていた。頭からタンスに突っ込み、お尻と足が飛び出していたのだ。


「ガー太、大丈夫か!?」


 慌ててガー太に駆け寄り、タンスから引っこ抜こうと手をかけたところで、ガー太も目を覚ましたらしい。


「クエーッ!」


 と鳴くと、足をかけて自力でタンスから体を引き抜いた。


「大丈夫?」


「ガー」


 どうにかな、といった感じで応えたガー太は、体をぶるぶると震わせ、体にくっついていた木の破片などを振り落とす。


「ごめん。前方不注意だった」


「ガー」


 こっちもだ、といった感じのガー太。


「でもすごかったよね。僕たち、空を飛んでたよ」


「ガー」


 同感だ、といった感じのガー太。


「サーペントには一撃入れたはずだけど、あれだけで倒したとは思えないし。ガー太は動ける?」


「ガー」


「じゃあどうなったか見に行こう」


 レンは再びガー太にまたがり、自分たちが空けた穴から外へ出たのだが、そうしたら目の前は大火事だった、というわけだ。


「すみません。今はどうなって――」


 ちょうど目の前に兵士たちが立っていたので、彼らに事情を聞こうとしたのだが、その言葉が途切れた。

 燃えさかる炎の向こうから、こちらに向かってくる気配を感じたのだ。


「ここから早く逃げて下さい!」


 慌てて兵士たちに注意したのだが、反応は鈍かった。


「あんた一体何者だ?」


 兵士たちは数人いたが、その内の一人、多分リーダーと思われる男が、レンの方に歩み寄ってきた。


「今はそんなことを言ってる場合じゃ――」


 間に合わないと思ったレンは、言葉の途中で走り出す。とはいっても自分の足ではなく、レンを乗せていたガー太が走り出したのだが。言葉はなくてもレンの意志は伝わり、ガー太が走り出したのだ。

 驚いている兵士の横を駆け抜けながら、レンは右手で彼の服をつかんで引っ張る。

 兵士が悲鳴を上げたようだが、気にせず引きずるように走る。

 その直後、通りの向こう側、火事で燃えさかる家を突き破り、サーペントが飛び出してきた。

 左に急カーブしたレンとガー太をかすめるように、サーペントの巨大な口が通り過ぎた。

 さっきの場所に立ったままだったら、レンとガー太、それに兵士も、全員がサーペントの巨大な口に飲み込まれていただろう。

 サーペントはそのまま突き進み、レンとガー太が突っ込んだ民家の一階に激突、それを突き破って向こう側へと抜けた。

 長い胴体がそれに続いていくが、レンはその体を見てびっくりした。

 サーペントは体中が燃えていた。もしかしてこれもサーペントの特殊能力かと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。

 サーペントの体は火で焼け焦げていた。超回復でヤケドが回復しているようだが、それがまた火で焼かれ、というのを繰り返しているようだ。

 海魔のサーペントが、火を操れるというのもおかしな話だ。

 とするとこの火事が燃え移ったのか。もしかするとこの火事も、防衛軍がサーペントを倒すためにおこしたのかもしれない。

 いずれにしろ、火は確実にサーペントにダメージを与えているようだ。


「大丈夫ですか?」


 レンは右手で引きずってきた兵士に訊ねる。


「ああ、なんとか……」


 と答えたので、つかんでいた手を離し、


「じゃあ早くここから逃げ下さい」


「いや、しかし――」


「早く! サーペントがまた来ます」


 レンがするどく言うと、男はわかったと頷いたが、


「けど、あんたはどうするんだ?」


「サーペントを引きつけます。狙いは僕みたいなんで。だから早く行って下さい」


 兵士はもう一度わかったと言うと、慌てて走り去った。

 他にも兵士たちがいたが、彼らはすでに逃げ出していた。幸い、サーペントに飲み込まれた者はいなかった。

 サーペントがレンの方を狙ってきたおかげで、少し離れた所にいた彼らは無事だったのだ。

 兵士に言った言葉はウソではない。

 炎の中から飛び出してきたサーペント。その片目にはレンの矢が突き刺さっていたが、もう片方の目は、まっすぐレンとガー太をにらみつけていた。そこに浮かんでいたのは激しい憎悪。

 間違いない。あのサーペントは僕とガー太を狙っている。体が燃えていようが、お構いなしだ。

 レンは顔を上げた。視線の先には奴がいた。

 炎に体を包まれながらも、蛇のように鎌首をもたげ、サーペントがこちらを見下ろしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] レン達狙ってるなら民家が少なく海から遠い所へ引き付けようぜ~ マタギ猟法の応用で尖ってるもんにブッ挿さる様に誘導しながら逃げるでも可 熊に見えない様立てた槍を体で隠して 伸し掛かり攻撃して来…
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