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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第一章 出会い
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第17話 ダークエルフ6

「後もう少しで集落に到着しますので」


 リゼットの言葉を聞いたレンは、歩く先の方へと意識を集中する。


「本当だ。人の気配がしますね」


 気のせいなどではなく、レンは確かに人――より正確にはダークエルフ――の気配を感じ取っていた。

 先程の魔獣との戦闘以降、レンの感覚は研ぎ澄まされたままだった。ガー太との感覚共有がずっと続いているのだ。ガー太の鋭敏な感覚を自分のものとすることで、レンは自分の周囲の状況を、より広範囲に、より詳細に認識できるようになっていた。

 視力の悪い人間が、初めて自分にぴったり合う眼鏡をかけたようなものだろうか。一度この状態を味わってしまうと、今まで普通に見えていた視界が、ぼやけたものにしか思えなくなってしまう。

 元々、レンはガー太との間に目に見えない絆を感じ取っていたが、今はそれがもう一段進化、あるいは深化したような気がしていた。


「レジーナ、もう少しだからな」


 リゼットはそう言ってレジーナを励ます。

 魔獣との戦いで負傷したレジーナだが、リゼットにうなずく様子からは、まだ余力が感じられる。

 これなら大丈夫そうなのでレンも一安心だ。

 ちなみに彼女は負傷してからも、ここまでずっと一人で歩いてきた。レンはガー太に乗ったらと提案してみたのだが、彼女は固持して歩いてきたのだ。

 すでに周囲はかなり暗くなってきている。

 日没までにはまだ時間があると思うが、元より暗い森の中、夜の訪れも早いのだ。

 朝に屋敷を出て、すでに夕方前だ。時計がないので正確な時間はわからないが、結構かかったなあとレンは思った。車のないこの世界では、やはり移動に時間がかかる。

 それから少し歩いたところで、いきなり視界が開けた。

 ダークエルフの集落に到着したのだ。

 レンはダークエルフの集落と聞いて、木の上に家があって、木と木が縄ばしごで結ばれていて――みたいなのを勝手に想像していたのだが、ダークエルフの集落も人間の集落と同じようなものだった。木々が伐採された開けた土地に、小屋が建ち並んでいる。

 集落の方でもレンたちに気付き、何人かのダークエルフが駆け寄ってきた。

 その中にレンの知った顔があった。ダールゼンだ。


「よくお越し下さいました領主様」


 ダールゼンが深々と頭を下げると、他のダークエルフもそれに倣う。

 レンも頭を下げて挨拶する。挨拶してから、ガー太に乗ったままは失礼かと思ったのだが、ダールゼンは気にした様子もなく、


「到着が遅いので心配しておりました。道中、なにかありましたか?」


「魔獣に襲われました」


 リゼットが答える。


「お怪我はありませんでしたか?」


 驚いたダールゼンが、慌てた様子でレンに訊ねる。


「僕は大丈夫です。それよりレジーナさんが」


「負傷したのかレジーナ?」


「はい。バルチーに気付かず不覚をとりました。領主様に助けていただかなければ、一撃で死んでいたと思います」


「そうか。だが領主様に怪我がなくてなによりだ。お前は世界樹のところに行って傷を治してもらえ」


「はい。それでは領主様、私はこれで失礼いたします。助けていただき、本当にありがとうございました。領主様は私の命の恩人です」


「そ、そんなことは……」


 もっと何か言おうと思いつつ、レンはそれしか言えなかった。

 そしてレジーナは一人で集落の中の方へと歩いていった。


「あの、世界樹のところへ行って傷を治すってどういうことですか?」


 レンはダールゼンに聞いた。

 すでにこの集落に世界樹があることは聞いていた。挿し木で増やした世界樹だ。

 その木のところに医者が住んでいるのだろうか――レンはそんなことを思ったのだが、


「我々ダークエルフは、世界樹の下で眠り傷を癒すのです」


 ダールゼンの答えを聞いても、レンにはよくわからない。


「具体的にどうするんですか?」


「具体的といっても、世界樹の下で眠るだけですが」


 まさか本当に木の根本で寝っ転がるだけなのだろうか?


「よろしければご覧になりますか? 見ていただくのが一番早いと思いますし」


 世界樹を見るためにここへやって来たのだ。レンに断る理由はなく、案内してもらうことにする。

 レンたちは、別れたばかりのレジーナの後を追い、集落の中へ足を踏み入れる。

 訪問者に気付いたのだろう。他の住人たち――当然ダークエルフばかりだ――も出てきて、レンを興味深そうに眺める。というより、注目を集めているのはガー太の方だった。


「ガーガーだ」


「本当にガーガーに乗っているぞ」


 そんなダークエルフたちの声が聞こえてくる。

 彼らにとっても、臆病なガーガー人を乗せ、堂々と歩いているは珍しいのだろう。


「あれが世界樹です」


 ダールゼンに言われるまでもなく、レンはそれが世界樹だとわかった。

 集落の中に、一本の巨木が生えていた。

 幹は、レンが手を伸ばしても抱え込めないほど太い。周囲を囲もうと思えばレンが三人ぐらい必要だろう。

 背は高く、枝も横へ広がり、周囲の家の屋根を越えて伸びている。

 葉も生い茂り、木は生気に満ちていた。

 これが世界樹。立派な木だとレンは思った。このまま、この木なんの木に出られそうだとも。

 その世界樹の方へさらに近づいていくと、不意に空気が変わった気がした。ガー太もそれを感じ取ったのか、そこでピタリと足を止める。


「どうかされましたか?」


「いえ、なんだか空気が変わったような気がして」


 ダールゼンに向かって、レンは自信なさげな口調で言う。


「清浄でさわやかな空気になったというか……」


 ここは森の中だから、濃密な草木の匂いに満ちている。それは集落に入ってからも変わっていない。

 だがその匂いが少し変わった。まるで夏の濃密で蒸し暑い空気が、秋の涼しくさわやかな空気に変わったかのように。


「人間の方でもわかるのですね」


 少し驚きながらも、やっぱりそうかという顔でダールゼンが言う。


「我々はそれを世界樹の結界と呼んでいます。世界樹が生み出す清浄な空気が周囲に満ちているのです。そしてその空気が、我々ダークエルフに力を与えてくれます。あのように」


 レジーナは世界樹の根本まで行くと、木にもたれて座り込んだ。


「我々はあのようにして傷を治します。言っておきますが、人間社会にあるあやしげな呪術などとは違います。世界樹の近くで眠れば、本当に傷の治りが早いのです」


 にわかには信じがたい話だった。

 だが、さっきまで傷のせいで苦しそうな顔をしていたレジーナが、穏やかな顔になったかと思うと、すでに安らかな寝息を立てているのだ。なんらかの効果があるのは間違いなさそうだ。

 しかもレンは不思議な傷の回復事例をすでに知っていた。他でもないガー太だ。

 魔獣に噛まれたガー太は、一晩で傷が治った上、急成長したのだ。おそらくはレンの力を吸い取って。

 だったら世界樹の力でダークエルフが傷を癒してもおかしくない、はずだ。


「世界樹については、また明日ゆっくりご案内いたします。今日はお疲れでしょうし、ひとまず私の家でお休み下さい」


「わかりました」


 ダールゼンに案内され、彼の家に向かおうとしたのだが、その前にレンにとっての難関が待ち構えていた。

 気が付けば、世界樹の周りには集落のダークエルフたちが集まっていた。その数百人ぐらい。これは後で聞いた話だが、集落にいたほぼ全員が集まっていた。

 ダールゼンは彼らを見回し、それから少し困った顔でレンに頼み事をする。


「みんな領主様のことが気になっているのです。申し訳ありませんが、まずはこの者たちに一言お願いできるでしょうか?」


「ええっ!?」


 人付き合いが苦手なレンだから、当然のごとく人前での挨拶も苦手だ。それを準備もなしにやれなど、無茶ぶりもいいところである。

 断りたかったのだが、すでにダークエルフたちは全員がレンに注目していた。こうなると非情に断りづらい。

 レンはガー太に乗ったままだったので、高所からダークエルフを見下ろす形になっている。ダークエルフからはレンの姿がよく見えたし、レンからはダークエルフたちの顔がよく見えた。

 百人を超えるダークエルフたちの視線を受け、レンの額から嫌な汗が流れ落ちる。


「ええと……」


 それでもなにか言わないと、と思って口を開いたが、言葉が出てこない。

 落ち着け、もう一度だ、と心の中で自分に言い聞かせ、レンはもう一度口を開く。


「皆さん初めまして。レンといいます。色々いたらぬところはあると思いますが、これからよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる。

 レンとしては、なんとか言い切った、といったところだったが、ダークエルフたちからは大きなざわめきが上がった。

 まさか人間の貴族であるレンが、自分たちダークエルフに向かって頭を下げるとは思ってもみなかったのだ。

 この世界には強固な身分制度が存在しており、余程のことがない限り、上の身分の者が下の者に頭を下げることはない。そうやって下の者に常に身分を意識させることで、上の者は自分の地位を保っているのだ。

 お前と私の身分の違いは絶対。それを常に言い聞かせ、正しいと思わせることで、この社会は成り立っている。貴族と平民は同じ人間、人間同士みんな平等――などといった主張は、存在すら許されない。

 上位の身分にいる貴族が、最下層のダークエルフたちに頭を下げるなど、この世界の常識では考えられないことだったのだ。

 だがレンはそんな常識を知らない。現代日本なら、目上の者が下の者に頭を下げることも当たり前にあるし、ましてやレンは常に頭を下げる方だったから、この時も同じようにやっただけだった。

 それが思わぬ混乱を引き起こしてしまい、レンはどう対処していいかわからなかった。そもそもダークエルフたちがなぜざわめいているのかがわからず、僕はなにか失敗したのか? と勝手に悪い方へ想像して青ざめていた。

 そんな雑然とした状況を打ち破ったのは、拍手の音だった。

 ぱちぱち、という拍手の音が響く。拍手をしていたのはダールゼンだ。彼はこの場を強引に収めようと拍手し始めたのだ。そんな彼を見た他のダークエルフたちも次々に拍手を始め、やがて集落は大きな拍手の音に包まれた。


「それでは全員解散!」


 ダールゼンのやや強引な仕切りで、ダークエルフたちは帰っていく。


「領主様はこちらへどうぞ」


 レンはダールゼンに案内され、彼の家に向かった。

 ダールゼンの家は、木でできたこぢんまりとした家だった。一階建てで、レンの感覚では小屋というのがしっくり来るような家だ。

 レンの見た限り、この集落のには同じような家ばかりが建ち並んでいる。

 特徴的なのは、どの家も床が高いことだ。日本の高床式倉庫のような造りになっていて、玄関の前には階段がついている。

 ダールゼンさんの家が、特別大きいってこともないな――と思ったレンだったが、そこで重要なことを確認し忘れていたことに気付いた。


「すみませんダールゼンさん。今更なんですが」


「はい。なんでしょうか?」


「この集落のリーダーはダールゼンさんなんですよね?」


 レンはすっかりそう思い込んでいたが、考えてみればはっきり確認したわけではなかった。


「はい。ここにいるダークエルフの中では、私の序列が一番上です」


 妙な言い方をするとは思ったが、とにかく彼がリーダーで間違いないようだ。


「それでは中へどうぞ」


「はい」


 さすがにガー太に乗ったままでは家に入れないので、レンはガー太から降りた。

 途端によろめき、レンは地面に手をつく。


「大丈夫ですか!?」


「平気です。ちょっとふらついただけですから」


 言いながらレンは起き上がる。ダールゼンに言った通り、もう大丈夫だった。

 ふらついた原因は、自分の感覚が元に戻ったことだ。

 ガー太に乗って鋭敏になっていた感覚が、降りた途端に元の普通の感覚に戻り、それで少し混乱したのだ。だが元の状態に戻っただけなので、すぐに落ち着きを取り戻した。

 けど、なんか不安だなとレンは思った。

 今までは後ろにも目がついているかのように、自分の周囲の状況を察知できていたのに、今はなんの気配も感じ取れなくなってしまった。それが不安なのだ。

 元に戻っただけ。けれど一度贅沢を覚えると、元の平凡には戻れない、みたいなものかとレンは思った。


「ガー太様のお食事はどうしましょうか?」


 ダールゼンもガー太のことを様付けで呼んだ。


「どうする?」


「ガー」


「いらないそうです」


「ガー太様の言葉がわかるのですか?」


「なんとなくですけどね」


 ガーガーは雑食性だと聞いた。ここは森の中だし、食べられるものはたくさんあるだろう。ガー太なら、自分の食べ物ぐらい余裕で見つけるだろうと思った。


「では中へどうぞ」


「お邪魔します」


 家の中は、予想していた通り質素な造りだった。

 部屋は一部屋だけで、真ん中にテーブルとイスが置かれている。後は棚がいくつか置かれているぐらいだったが、もう一つ、気になるものが壁際にあった。

 植物のつるで編んだ網のようなものが張られていたのだ。レンはその形状に見覚えがあった。ハンモックそっくりだった。横には折りたたまれたシーツが置かれていたし、ハンモックで間違いないと思った。つまりあそこで寝るわけだ。


「お食事をどうぞ。といっても、こんなものしかありませんが」


 ダールゼンが用意してくれたのは、硬いパンと薄味のスープだった。彼には悪いが、正直なところ味気ない食事だった。


「今は本当にこんな食材しかないのです。ナバル殿との取引が上手くいっていれば、もう少しマシなものを用意できたのですが」


 申し訳なさそうにダールゼンが言う。

 そういえば、ナバルさんから食料を仕入れていたんだっけ、とレンは思いだした。そして彼との取引が途切れると、この集落の食糧事情が一気に悪化することを実感した。

 だがそうなると問題はこの先だ。

 ナバルが死んでしまった今、この集落は誰と取引すればいいのか?

 きっと新しい巡回商人がやってくるのだろうが、レンはそれについてちゃんと考えたことがなかった。屋敷に帰ったらマーカスに確認してみようと思いつつ、新しい巡回商人が来たなら、ダークエルフとの仲を取り持とうと思った。どこまでやれるかわからないが、それが自分の役目だろう。やれるだけのことをやろうと思った。


「そういえば、ダールゼンさんは一人暮らしなんですか?」


 他に誰もいないから一人暮らしだと思うが、一応確認してみる。


「ええ。妻は二年前になくなりました。息子は今は集落を離れていますので、この家にいるのは私一人です」


 ダールゼンはまだ二十代前半ぐらいに見える。それなのに妻と死別し、幼い息子はこの集落にいないと言う。中々複雑な事情がありそうだとレンは思った。


「すみません。余計なことを聞いてしまって」


「いえ。私もそろそろ寿命です。すぐに妻の後を追って、世界樹の元へと帰ることになりますから」


「寿命って、まだそんな年じゃないでしょう」


「いえ。私も五十を超えました。もうそろそろ――」


「五十!?」


 レンは驚きの声を上げた。

 レンから見て、ダールゼンは二十代ぐらいにしか見えない。もしかしたら十代や三十代というのはあるかもしれないが、どう見ても五十代には見えない。

 だがそこで、レンはエルフについてのある話を思い出す。

 エルフは不老不死の種族と呼ばれているのではなかったか?

 不死はともかく、エルフが不老、あるいは人間と比べて長寿なのは、各種ファンタジー作品でもおなじみの設定だった。

 レンはもう一度、ダールゼンの顔をまじまじと見つめた。

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