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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
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第184話 ハーベン防衛戦1

 南海に面したハーベンの街には外壁がなかった。

 これは海に面した街ではよくあることだった。

 海魔と相性が悪いのか、陸の魔獣は海の側にはあまり近寄らない。皆無ではないが、外壁を作って防ぐほどで頻繁ではなかった。だからコストパフォーマンスを考え、わざわざ外壁を作らない街がほとんどだった。

 陸の魔獣に襲われない代わりに、海魔の襲撃を受けることがあったが、こちらは少し内陸に避難してしまえばいい。海魔の多くは陸にも上がれたが、陸上では動きが鈍るものが多かったので、海に面した外壁を建てて防衛するより、内陸に引き込んで倒す方が効果的だった。

 というわけでハーベンの街にも外壁がなかったのだが、代わりに海を警戒するための見張り台がいくつか建てられていた。石造りの高くて立派な見張り台で、灯台の役目もはたしている。

 見張り台には、日の出前からから日没まで見張り員が常駐しているが、この見張り員は不人気の職だった。

 一度見張り台に上がれば、トイレの時ぐらいしか下に降りてこられない。食事も上で食べる。給料は安いし、何より同じ景色をじっと見ていなければならないので、退屈きわまりないといわれていた。

 ただ何事にも例外はあるもので、見張り員の一人、サムランという男はこの仕事を大変気に入っていた。

 彼は二十一歳とまだ若いが、十一歳の時から見張り員をやっているので、すでに十年この仕事を努めている。

 最初は知り合いのピンチヒッターだった。風邪で寝込んでしまった見張り員の代わりに、数日だけ働いてくれ、という仕事を受けたのだ。

 子供の彼に話が回ってきたのは、他にやりたいという者がいなかったからだ。急な話だったし、数日間だけで給料もほとんど出ない。それで子供のサムランにやらせてみては、という話になったのだ。

 サムランも最初は嫌だった。

 高い見張り台に一人登って、日没までずっと一人でいなければダメだなんて、そんなことはやりたくなかったが、親に強く言われてやるしかなかった。

 だが見張り台に登ってみて、そんな嫌な気持ちは吹き飛んだ。

 見張り台なのだから、当然眺めはいい。彼はそこからの景色が一目で好きになった。

 ピンチヒッターの仕事は数日で終わったが、サムランは見張り台からの景色が忘れられず、見張り員になりたいと親に言い続けた。

 彼にとって幸運なことに、欠員はすぐに出た。他に割のいい仕事が見つかったとかで、見張り員の一人が辞めたのだ。

 サムランはその代わりに雇われた。

 子供の彼が雇われたのは、ちゃんとした後任が見付かるまでのつなぎとして、だったらしい。だがサムランは誰よりもまじめに見張りの仕事をこなした。彼にしてみれば、景色を見るのが楽しかったからで、趣味と実益が一致したのだ。

 上役も彼の働きぶりを評価してくれて、以来十年、サムランは見張り員の仕事をずっと続けている。

 十年この仕事を続けているが、いまだに全然飽きなかった。

 彼に言わせれば、この仕事を退屈だという方が理解できない。

 朝日が昇ってから夕日が沈むまで、風景は刻一刻と変化していく。それを見ているだけで飽きない。海上の様子も千差万別、港に出入りする船を見ているのも楽しい。これで給金までもらえるのだから、本当にいい職場だった。

 そして今日もサムランは日が昇る前から見張り台に登り、ずっと海の様子を見続けてきたのだが、


「あれ……?」


 波間に何か奇妙な物が見えた気がした。

 サムランの目はいい。ずっと遠くを見続けてきたおかげだろう。そして彼は自分の目に自信を持っていた。

 他の見張り員と比べても、海魔を最初に発見した数は、彼がダントツだった。

 それが何なのか、サムランは目をこらして見つめた。

 最初は小さくてよくわからなかったが、それはだんだんとこちらに近付いてきて、輪郭もはっきりしてきた。


「あれは!?」


 それが何かわかった瞬間、サムランは見張り台の鐘を連打し始めた。

 見張り台の鐘には、いくつかのパターンが決められている。

 よく叩かれるのが、間隔をおいた一つ鐘だ。

 カーン……カーン……カーンと叩かれる鐘は、よくわからない物が海上にあります、という注意喚起だ。


「海魔かどうかわからない、ゴミかもしれないが、注意願います」


 という意味だ。

 これが海魔だとはっきりわかると、間隔をおいての二つ鐘になる。単体の海魔が出現したという合図だ。

 カンカーン……カンカーンと鐘が叩かれた時点で、街の警備隊が出動する。

 今、サムランは鐘を連打しているが、これはとにかく緊急事態を告げる鐘だ。

 海魔の集団が現れたとか、船が沈没したとか、そういう大事件が起きたときに鐘を連打する。滅多にないことで、サムランも鐘を連打したことがあるのはこれまで一度だけ。

 その時は港に停泊していた船から火が出たのだが、今度のはそれ以上の大事件だった。

 何しろ巨大な海魔が街に向かって泳いでくるのだから。

 街ゆく人々も、鐘の連打に怪訝そうな顔で足を止めた。

 海魔の出現を告げる鐘はたまにあるが、連打となると中々ない。何があったのかと不安そうな顔で話し合ったり、とにかく一度家に帰るかと急ぐ者もいれば、逆に野次馬根性を出して海の方へ向かう者もいた。

 鐘を連打し始めてすぐに、警備兵が一人、見張り台の上まであがってきた。

 サムランとも顔見知りの警備兵はだいぶ息が上がっていた。ここまで一気に階段を駆け上がってきたからだろう。

 普段なら、まずは彼の体調を気遣っただろうサムランだったが、この時はいきなり話を切り出した。


「巨大海魔です! こっちに向かってきてます!」


「何っ!?」


 血相を変えた警備兵が、サムランの指差す方向を見る。


「どこだ!?」


「あそこに船がいますよね。そこからちょうど上の方です」


 警備兵は言われた方向を探し、そして見つけた。

 確かに巨大な何かが水面に顔を出して泳いできている。

 この距離であの大きさということは――警備兵の顔から血の気が引いた。とんでもない大きさだ。

 警備隊の詰め所に、いや、それよりお城に報告しなければ、と警備兵は階段を駆け下りた。階段の登りだけでヘトヘトだったが、そんなことはいってられなかった。


「逃げろーッ! でっかい海魔が来るぞ! 早く逃げろ!」


 見張り台から出てきた警備兵は、そう叫びながら警備隊の詰め所へ走った。

 港にいた船乗りたちや街の住人が、それを聞いて慌てて逃げ出す。

 パニックの始まりだった。




「伝令、伝令!」


 城に駆け込んできた伝令の兵士を、ロレンツ公爵は城門で出迎えた。


「何があった?」


「公爵様!?」


 どうしてこんな所にと驚く伝令に、


「鐘の音が聞こえたからな。気になって出てきたのだ」


 ロレンツ公爵はこともなげに答え、


「それで何があった?」


「はっ! 巨大な海魔が出現し、ハーベンに向かって接近中です」


「そうか。では迎え撃つ準備をせねばならんな」


 ロレンツ公爵はあせった様子も見せず、まるで昼食の準備をするような調子で言う。


「公爵様、巨大な海魔が現れたのです。すぐに迎撃を」


 伝令があせったように言う。ロレンツ公爵が、事態を正しく認識していないのでは、と疑ったのだ。


「わかっている。だがあせったところで仕方ないだろう? こんな時こそ落ち着いて行動しなければな。お前もわかるだろう?」


「は、はあ……」


 言葉通り、落ち着いた様子の公爵を見て、伝令も気が抜けたようだ。


「ベルダースはいるか!?」


「はっ、ここに」


 ロレンツ公爵の声に、一人の男が走り寄ってきて、公爵の前でひざをつく。

 年は四十ぐらい、厳つい顔の大柄な男だった。

 彼の名はベルダース。ロレンツ公爵の腹心の一人として知られる騎士だった。


「聞いただろう? すぐに出陣の準備だ。私も出る」


「では指揮は公爵様が?」


「そんなわけないだろう。いつも通りお前に任す」


「はっ!」


 ベルダースがもう一度頭を下げ、すぐに出陣の用意のために走り出す。

 ロレンツ公爵は優秀な君主として、部下や領民に慕われていたが、軍事とか武術とか、そういう方面は全くダメなことも知られていた。


「人には向き不向きがあるのだ」


 ロレンツ公爵はそう言って、軍事関係のことは全て部下に任せることにした。それを任せた相手が、腹心のベルダースだった。

 公爵の方針は徹底しており、自分が総大将として出陣する場合でも、軍勢の指揮はベルダースに任せ、自分は極力口を出さなかった。

 貴族の中には、見栄を張って慣れてないのに口を出し、失敗する者も多かったのだが、公爵はそういうこととは無縁だった。

 ベルダースもそんな公爵の期待に応え続けてきた。全権を任されても決して驕ることなく、忠実に自分の職務を全うしてきた。またそういうベルダースだからこそ、公爵も安心して全てを任せてきたのだろう。

 そして今回もまた、ベルダースが全権を委任されることになった。兵士たちもいつものことだとわかっているので、ベルダースの指揮の下、慌ただしく出陣の準備を整える。


「よし、出陣する」


 出陣の号令だけは、馬に乗ったロレンツ公爵が命じた。一応、鎧を着て、腰には剣も帯びているが、あまり似合っていない。公爵自身もそれをわかっていたし、自分で戦うつもりもなかったが、こういうのは様式美だとも思っていた。似合わなくても、戦装束でなければ格好がつかないのだ。

 城から出陣した軍勢は百名ほど。急な出陣だったので、これ以上の兵士を揃えられなかったのだ。城には最低限の守備隊だけが残った。

 ただ、兵力はすぐにもっと増えるはずだ。

 街にいる警備隊が合流するし、街の住人からも緊急の徴兵が行われる。魔獣の襲来に備えて、そういう手順を決めて準備はしておいた。

 すぐに軍勢は千人ぐらいにはなるだろう、とロレンツ公爵は楽観していたのだが、すぐにそれが甘かったことに気付いた。

 城はハーベンの街を見下ろす高台にあり、ロレンツ公爵の軍勢はそこから坂を下って海の方へと向かったのだが、すぐに街から逃げてきた大量の避難民とぶつかってしまった。

 巨大海魔が来るという話が広がり、街の住民たちは慌てて城のある高台へと向かったのだ。

 道は避難民でいっぱいで、軍勢も思ったように進めない。事前に準備していた住民間の連絡網も、この混乱状態では機能していないだろう。


「やはり実戦は違うな」


 とつぶやいたロレンツ公爵は、ベルダースに命じる。


「多少手荒なことをしても構わん。道を空けさせろ」


「よろしいのですか?」


 ロレンツ公爵が不要な暴力を嫌っていることは、ベルダースもよく知っていた。


「構わん。今は非常事態だ」


 不要な暴力を嫌っていたロレンツ公爵だが、必要とあれば容認する。彼は領民に優しい領主ではあったが、決して甘い領主ではなかった。

 命令を受けたベルダースは、すぐに軍勢の前に出た。馬に乗っていた彼は、馬上で剣を抜いて叫んだ。


「すぐに道を空けろ! 邪魔する者は叩っ斬る!」


 厳つい顔で、腹に響くような怒声を上げるベルダース。それだけで住民たちを恐れさせるには十分だったが、ベルダースさらに馬を走らせ、住民たちの列に斬り込むようなそぶりを見せた。

 これに住民たちは悲鳴を上げて、慌てて道を空けた。

 住民たちの列が二つに割れ、軍勢はそこを進んで街へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 避難訓練とか普通しないし参加せんもんなあ 緊急時には軍・兵が出動用の道を規定して 避難路には使わないとかにするのが精一杯かねえ? その場合道には判りやすく色違いタイルを敷き詰めるとかせんとい…
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