表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
188/279

第183話 潮流

 泳いでくる者がいる、という報告を聞いた船長がまず思ったのは、誰か逃げてきたのか? だった。

 島ではファイグスとの戦いが続いているが、そこから逃げ出した傭兵が、海に飛び込んだと思ったのだ。

 海は危険な場所だ。海魔や魔魚がいて、しかも水面下にいるそれらを見ることができない。底が見える浅瀬で泳ぐのならともかく、深い沖で泳ぐのは非常に危険だった。

 よほど追い詰められていたのか、恐怖で頭がおかしくなったか、とにかく普通は沖合の船まで泳ごうなんて考えない。


「船長! こっちに泳いでくる奴ですけど、何かに乗ってるみたいです」


「はあ? 何かって――」


 何だ、と言いかけた船長の言葉が止まる。

 自分の目でそれを見たからだった。

 なるほど、男が一人こちらに向かって泳いでくる。そして男は自分で泳ぐのではなく、何かに乗って泳いでいた。


「ありゃ何だ?」


「さあ……馬に乗って泳いでいるように見えますが……」


「馬か? 違うような気もするが……そもそも馬って人を乗せて泳げるのか?」


「わかりません」


 なんてことを言っている内に、ナゾの生き物に乗った男は船に近付いてきた。


「……馬じゃないな。俺の目にはガーガーに乗っているように見えるんだが?」


「私にもそう見えます」


 馬ならまだ理解の範疇だったと思うが、ガーガーに乗って泳いでくるのは完全に予想外だった。

 本来なら、島から傭兵が逃げてきても、そんなのは無視してさっさと船を出航させるべきだったが、あまりに予想外すぎて男を待ち受けてしまった。好奇心に負けてしまったのだ。


「何者だ!?」


 男が船の側まで泳いできたところで、船長が声を投げかけた。本当に何者だと思いながら。


「僕はレン・オーバンスといいます! 大会の参加者です!」


 という返答に続いて、


「あ、一応、貴族です!」


「貴族?」


 船長はその答えに驚いた。これまた予想外の答えだった。

 確かあそこで戦っているのは傭兵だけのはずじゃ? と思いながら副長に聞く。


「貴族の参加者なんていたのか?」


「いえ、私も聞いていませんが……」


 副長も首を横に振る。


「じゃあニセ者か? 助かりたいのでウソをついてるとか」


「平民が貴族を名乗ったら死刑ですよ。さすがにそんなウソはつかないと思いますが」


 などと二人が言い合っていると、船員の一人がためらいながら声をかけてきた。船長と副長の会話に割り込むのは恐れ多いが、言っておかねばならないと思ったのだろう。


「すいません。俺、知り合いから聞いたんですけど、大会に他の国の貴族が参加したって」


「本当に?」


「そいつ、城の警備兵なんですけど、城じゃ結構うわさになってるって。他の国の貴族で、大会に勝ったらサーリア様と結婚させてほしいと、公爵様に直談判したとか。公爵様もそれをおもしろがって参加を許可したとか」


「じゃあ、あれがその?」


「そこまではわかりませんが……」


 やっかいなことになったと船長は思った。


「貴族を無視するのはマズいよな?」


「マズいでしょう」


 副長がうなずく。

 仕方なく船長はレンに向かって訊ねた。


「それではオーバンス様、この船に何のご用でしょうか?」


「さっき島の方から見たんですが、大型の海魔、サーペントが北へ向かって泳いで行ったんです」


「それなら我々も見ました。これからその後を追うつもりです」


「だったらちょうどいい。僕も乗せていって下さい」


「この後は、おそらくサーペントとの戦いになります。そんな危険な場所にお連れするわけには……」


「危険だから行くんです。サーペントは街を襲うつもりですよね? それを救援に行くなら連れて行って下さい。僕も多少は戦えます」


 なるほど、このタイプの貴族かと船長は思った。

 貴族には魔獣との戦いに積極的な武闘派の者も多い。それを貴族としての義務だと考えていたり、武勇を立てたいという功名心だったり、理由は様々だが、このレンという貴族もそういう武闘派なのだろう。大会に参加したことからも、それがわかる。


「わかりました。では我々と一緒にサーペントを追いましょう」


「いいんですか?」


 あっさり決めた船長に、副長が心配そうな顔で聞いてくる。


「いいも何も、貴族様の命令には逆らえんだろう」


「それはそうですが、余計な口出しをされでもしたら……」


「当然、船の上では俺の命令に従ってもらう」


 断固とした言葉に副長も納得したようだが、船長にはもう一つ、口には出していない考えがあった。

 保身である。

 すでにラグナ号はサーペントにだいぶ遅れているというか、わざと遅れるようにしたわけだが、後でこれが問題にされる可能性があった。


「なぜサーペントを食い止めようとしなかった?」


 と問い詰められた場合に、


「一隻では勝てないと思ったので、やり過ごしました」


 と正直に答えるのはまずいかもしれない。

 理屈は正しいと思うが、それを上の貴族たちに許してもらえるかは別問題だ。

 だがここでレンを拾っていたので時間がかかりましたと言えば、責任をレンにも押しつけられる。

 レンは他の国の貴族らしいが、貴族は貴族だ。その命令に従った船長を責めるのは、貴族たちには難しいはずだ。何しろ日頃から威張り散らしているような連中だ。貴族の命令に逆らえばよかったのだ、とは言い出しづらいだろう。

 そこまで素早く計算して船長はレンの乗船を許可したのだが、そこからがちょっと大変だった。


「では早く乗ってきて下さい」


 と縄ばしごを降ろしたのだが、


「あ、こいつと一緒に乗りたんですけど」


「そのガーガーとですか!?」


 ラグナ号は一段式のガレー船だ。簡単に構造を説明すると、櫂の漕ぎ手が並んで座る下層があって、その上に船長たちがいる上甲板がある。

 喫水は浅いし、甲板も水面からそれほど高くない。せいぜい1メートルちょっとだ。だから縄ばしごで簡単に乗ってこられるのだが、ガーガーとなると話が別だった。

 結局、網を使って引き上げることにした。魚を捕るためでなく、海魔との戦いに使われる大きくて頑丈な網だ。これを海に投げ入れて、数人がかりで引き上げた。




 網があってよかったとレンは思った。

 思い付きで船まで泳いできたが、ガー太と一緒に船に乗る方法まで考えてはいなかったのだ。船に網がなければ、乗船をあきらめていたかもしれない。

 釣られた魚はこんな気持ちなのかな、と思いながら船上に引き上げられたレンは、ガー太から降りてお礼を言おうとしたのだが、降りたところでふらついた。


「大丈夫ですか?」


 船員の一人に声をかけられる。中年の男性で、おそらく彼がこの船の船長だろう。


「大丈夫です。それよりありがとうございました」


 まずはお礼を言ってから、自分の体調をチェックする。

 ガー太に乗っているときは身体能力が大幅に強化されるが、その反動か、降りたときに疲れが一気にやってくる。最初にガー太に乗り始めた頃は、筋肉痛で寝込んだこともあったが、近頃は体が慣れてきたのか、そういうこともなくなっていた。

 ただ今日はずっと戦い詰めだったので、だいぶ疲れてきているようだ。もう一頑張りだ、と気合いを入れた。

 レンたちが乗ってすぐに、船は動き始めた。

 かけ声に合わせて、船の左右に並ぶ櫂が一斉に動く。

 この世界に来てから、川を渡る渡し船に乗ったことはあるが、こんな大きな船に乗るのは初めてだった。しかもガレー船だ。もちろん元の世界でもガレー船に乗ったことなどない。

 人力でちゃんと船が進んでいくのに感動したが、思ったよりスピードが出ない。

 ガレー船のスピードなど知らないので、こんなものだと言われたらそれまでなのだが。


「どうかされましたか?」


 疑念が顔に出ていたのか、船長が声をかけてきた。

 ちなみに船長は、レンたちが乗船してからずっとこちらを気にしている様子で、チラチラと見てきていた。これは他の船員たちも同じだ。みんなガー太が気になっているのだろう。

 今は船長たちにも余裕がないし、レンの方からも話しかけなかったので会話がなかったが、そうでなければ質問攻めだったかもしれない。


「いえ、こういう船に乗るのは初めてなんですが、もうちょっと速いのかと思っていたので」


「ああ。今は潮の流れが逆ですからね。あまり速度が出ないのです。このあたりの海は潮の流れが強くて、しかも季節や一日の内でも流れが変わったりするんです。今は北から南、逆向きの流れなので速度が上がりません。これでも朝方よりは弱くなっているんですが、申し訳ありません」


「いえ、そういうことなら仕方ないですね」


 帆船やガレー船は、自然環境の影響をもろに受ける。これはどうしようもなかった。


「もしかしてガー太も流されたりした?」


 ふと思って聞いてみると、


「ガー」


 そうだぞ、大変だったんだぞ、といった感じの返事がきた。

 南向きの潮のせいで、沖の方まで流されたりしたんだろうか。ガー太には悪いが、潮に流されて必死に泳ぐ姿を想像してしまい、ちょっと笑ってしまった。


「ガー!」


 なに笑とんねん、といった感じで抗議されたので、レンは慌ててごめんごめんと謝った。

 このやり取りを、船長や他の船員たちは、ガーガーと話している? いやまさか……といった顔で見ていた。

前の話で誤字脱字があって、報告をいただいたのですが(いつもありがとうございます。助かります)一ヶ所、バルドの名前がバルスになってました。

自分のミスなんですけど、ちょっと笑ってしまいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 流される黄色いアヒルちゃん人形が思い浮かびましたw
[一言] ・・・これ船員達が日記とか航海記録とかに残したら ロッシュで大暴れした仮面の変態騎士がレンだとばれないか?(目反らし
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ