第180話 魔人(下)
先週は更新できずにすみません。週末に用事があって、全然時間がとれなかったので。
といいつつ、用事があるのは前からわかってたんで、じゃあそれまでにがんばって書いて、金曜の夜にでもあげればいいや、って思ってたんです。でも気付いてみれば今日、一週間後の金曜になっていたという。
時間がたつのは早いですね……
魔人はずっと昔から、その存在が語られてきた。ただ本物の魔人を知っている者は少ない。大半はうわさ話としてだ。
ダークエルフが、魔獣の力を取り込んだエルフと思われているように、魔人は、魔獣の力を取り込んだ人間だと思われている。
魔獣の肉を食ったとか、魔獣の血を飲んだとか、あるいは母親が魔獣に犯されて生まれた子供だとか。
だが本当はどういう人間なのか、この時代ではまだ解明されていない。科学的な裏付けは存在せず、推測や憶測が飛び交っていたのだ。
とはいえ完全に無知というわけでもなく、経験則で判明している事実もあった。
一番大きな特徴は、人間離れした身体能力だろう。
魔人は普通の人間と比べて、圧倒的に高い身体能力を持っている。筋力、持久力、回復力、そういったものは人間の限界をはるかに超え、今、レンが目にしたように、一対一で超個体と戦えるほどの力を持つ魔人もいる。
魔獣がうごめくこの世界では、強い力を持つ者は尊敬される。魔獣を倒せる者は英雄なのだ。
だとすれば魔人も多くの人から尊敬されそうなものだが、実際は多くの人から恐れられ、迫害されていた。
魔人は強い力を持っているが、同時に大きな問題も抱えていたのだ。
解放の限界、と呼ばれる問題である。
魔人も普段は普通の人間と変わらない。力を解放することで、超人的な能力を発揮する。
魔人たち本人によると、それは体の中にある扉を開け閉めするような感じらしい。
最初のきっかけは人それぞれだが、一度その扉を開けることができれば、次からは簡単に開け閉めできるそうだ。本能的にやり方を理解するらしい。
しかしこの力の解放には限界がある。その限界を超えて力を出してしまうと、扉を閉めることができなくなって暴走するのだ。
そして一度暴走してしまえば最後、理性を失って暴れ回り、死ぬまで止まることはない。まさに魔獣と一緒である。
暴走した魔人は狂戦士と呼ばれるが、この狂戦士こそ魔人が迫害される原因だった。
魔獣並みの力を持った人間が暴れ回るのだ。狂戦士を武器を持った魔獣と考えれば、その危険度は並みの魔獣を上回る。
歴史上、狂戦士がもたらした悲劇は数多い。
暴走した狂戦士によって、敵味方の両軍が全滅しただとか、街の住民が皆殺しにされたとか、そういう話はたくさんあって、だからこそ魔人は迫害の対象となった。
国教のドルカ教の影響もある。
この時代のドルカ教では、魔人のことを病人と定義していた。魔人とは魔獣の血によって汚染された病人である、という教義が主流だったのだ。
積極的に殺せとまではいかないが、病人なのだから、外へ出さず治療すべきだとしていた。具体的にはどこかに監禁して外へ出すな、ということだ。
教会内部にも異論を唱える者がいたりして、絶対にそうしろと決められているわけではないが、主流がそうなので、信徒たち、つまり多くの人々もそう考えていた。魔人は外に出すべきではない、と。
こういう状況なので、魔人たちも、自分の力を隠している場合が多かった。多くの人たちがうわさだけで、本物の魔人を知らないのも、当人たちが隠しているためだった。
魔人がどれだけいるのか、正確な数は誰も知らない。力を隠したまま、一生を終える者もいるだろう。
だが意に反して力を使わねばならない者もいる。多くの場合、命の危機に隠していた力を解放するのだが、そんなピンチの状況では余裕もない。
例えば魔獣に襲われているような状況で、
「限界が来たから、はい終了」
とはいかないだろう。
結果、限界を超えて暴走、狂戦士が暴れ回る、それを聞いた人々が、
「やっぱり魔人は危険なんだ」
という思いを強める――そんな悪循環が続いていたのだ。
バルドも自分が魔人であることを隠して生きてきた。生まれはバチニア公国で、平凡な村の平凡な農家の三男だった。彼が魔人であることを知ったのは子供の時だった。
何が直接のきっかけだったか覚えていないのだが、自分の中に眠る力に気付いた彼は、
「お父さん、お母さん、ぼくこんなことができるんだよ!」
と自慢げに自分の怪力を披露した。
バルドはそれをほめてもらえると思っていたのだが、両親は真っ青になって、
「そんな力は使うな、特に他の人には絶対見せるな」
と厳しく叱られてしまった。
小さかったバルドは少し不満に思いながらも、聞き分けのいい子供だったので、言われた通りにした。
やがて成長したバルドは、自分が異常であることを知り――その時はまだ魔人という言葉を知らなかった――自分の力が決して望まれたものではないことも理解した。
それからはちゃんと自覚して、魔人の力を隠して生きてきた。彼が魔人だと知っていたのは両親だけだ。もしかしたら祖父母や兄弟は気付いていたかもしれないが、他の者は知らなかった。
バルドは平凡な農民だった。他とちょっと違っていたのは、年頃になっても嫁をもらわなかったことぐらいだ。遺伝などという言葉もなかった時代だが、もしかしたら子供も魔人かもしれない、と思うと所帯を持つ気にならなかった。
事件が起きたのは彼が二十歳の時だった。
住んでいた村が魔獣の群れに襲われたのだ。
バルドは自分と家族の命を守るため、魔人の力を解放した。
幸か不幸か、彼は強い力を持つ魔人だった。
暴走することなく魔獣の群れを倒したバルドは、そのまま両親に別れを告げて村を出た。
魔人の力は多くの村人に目撃されてしまった。そのまま村にとどまれば、
「あいつはおかしい。あんな異常な力を出すなんて、化け物じゃないのか?」
なんてうわさになるだろう。
自分はともかく、家族まで村八分になることを恐れて村を出たのだ。
村には多くの犠牲者が出ていたので、そのどさくさに紛れて行方不明になってしまおうと思った。以来、村には帰っていないので、そのたくらみが上手くいったかどうかもわからないが。
準備もなしに村を飛び出てしまったので、行くあてもなかった。
このままのたれ死にするかもしれないな、なんて思っていたら、次の日、今度はいきなり盗賊に襲われた。
普通なら不運なのだが、バルドにとっては幸運だった。
盗賊相手に慈悲などいらない。
魔人の力を解放したバルドは、盗賊たちを返り討ちにして殺し、彼らが持っていた武器や金品などを手に入れた。
これで当面は生きていけるな――と思っていたところに、今度はバチニア公国の兵士たちがやって来た。
彼らは盗賊を倒した者を探していた。褒美を与え、その気があるなら召し抱えるために。
バルドは全てを話した。
盗賊を倒したのは自分であること、それだけでなく自分が普通でないことも全部。
隠すつもりもなかった。この時のバルドは、少し投げやりになっていた。
自分のような化け物にはまともな人生は望めない。だったらここで兵士たちに捕まっても別にいい、ぐらいに思っていたのだ。
これが普通の貴族であれば、バルドは危険な魔人として本当に処刑されていたかもしれない。よくて領地からの追放だろう。
だがバチニアを治める女帝ベリンダは普通ではなかった。
この頃は彼女も若く、まだ女帝と呼ばれてもいなかったが、すでにバチニア公国の実質的な支配者になりつつあった。
ベリンダは敬虔なドルカ教徒でもあったが、現実的な考えを持つ貴族でもあった。
利用できる者は利用する、というのが彼女の考え方だ。
魔人も病人などではなく、神からの贈り物であると彼女は解釈していた。危険だが自分なら上手く使いこなせるという自信もあった。
こうしてバルドはベリンダの配下となった。
「まずは自分の力を理解しなさい」
というのが、ベリンダから最初に下された命令だった。
これまでは魔人の力を隠して生きてきたが、一転、とにかく魔人の力を解放して色々と試してみた。
自分にはどれぐらいの力があって、それをどの程度使いこなしているのか、どうすればもっと使いこなせるのか。
自分の限界も知った。力を使っていると、
「これ以上はヤバイ」
というのが自分でもわかった。そして訓練を繰り返すことで、その限界を延ばせることも知った。
全力で十分間――それが今の彼の限界だった。
バルドはベリンダに感謝していた。自分が生きてこられたのは、彼女に拾ってもらったおかげだ。
だがバッテナムのように、強い忠誠心を持つまでにはならなかった。
村を出た経験が影響しているのか、それとも生まれ持った性格か――バルド自身はその両方だと思っていたが――彼には冷めた部分があった。
ベリンダにとって、自分はしょせん便利な道具、どこかで使い捨てにされるだろう、と。
それを不満とは思わなかったし、当然と思っていた。恩義はあるし、十分な報酬ももらっている。だから命令には従う。しかしそれ以上の自発的な気持ちはなかった。
別に戦いも好きではなかった。生きるために戦う、命令だから戦う、それだけのことだ。
そのはずだったんだが……
バルドは自分の気持ちに戸惑っていた。
これまで魔獣と戦ったことは何度もあった。今回と同じように、超個体と戦って苦戦した経験もある。
それでもこんな気持ちにはならなかった。
楽しいのだ。戦うことが。たまらなく楽しい。
理由はおそらく、あれだ。
バルドは自分とともに戦うダークエルフの少女を見た。
強い、と思った。
小柄な少女でありながら、力も速さも、魔人である自分と互角以上。それだけで驚きだったが、戦い方も尋常ではない。
少女の動きは無茶苦茶だった。おそらく正規の訓練などは受けていないのだろう。両手に剣を持って、力任せに振り回しているようにしか見えない。
それなのに少女の動きには無駄がなかった。無茶苦茶なのに的確だった。相手の攻撃をことごとくかわし、思わぬところから強力な一撃をたたき込んでいる。
とてもではないが、自分に同じことはできない。
バルドは今まで自分より強い人間と会ったことがなかった。普通の状態で勝てない相手はいたが、本気を出せば――魔人の力を解放すれば、一対一で勝てない相手はいなかった。
ベリンダの配下には他にも魔人がいて、訓練で互いに力を解放して戦ったこともあるが、それでもバルドは負け知らずだった。
世の中は広い。魔人は他にもいるし、自分より強い人間もいるだろう、と頭ではわかってはいた。しかし実際に会ったことがないから、
「もしかしたら自分は本当に世界最強かもしれない」
と心のどこかで思うこともあった。
だがやはり世界は広かったのだ。自分が勝てないと思える相手がここにいた。
人間ではなくダークエルフだが、魔人もダークエルフも同じようなものだろう。
さらにもう一人。
あのガーガーに乗った騎士、あれもただ者ではない。
いや、ガーガーに乗っている時点で十分ただ者でないが、それだけではない。
おそらく自分とダークエルフの少女が、前に出て戦っているからだろう。騎士は後ろに下がって援護に徹しているのだが、鞍も手綱もなしでガーガーに乗って、激しく動き回っている。
馬と比べてガーガーが乗りやすいのか、乗りにくいのかわからないが、あれだけ動き回って全然落ちる気配がないのだからたいしたものだ。
しかもただ乗っているだけでなく、弓を射ている。
この弓がまた、やたらと的確だった。
おそらくほぼ全ての矢が超個体に命中している。しかもただ当てるだけではなく、超個体を牽制しつつ、戦うこちらの邪魔にならないという、絶妙な矢を射てくるのだ。
乗馬というか乗鳥? とにかく驚くべき騎乗技術と弓の腕前だ。
騎乗と弓矢、あるいはどちらか一つなら、バチニア公国にもあの男に匹敵しそうな者がいる。だが二つ同時に兼ね備え、あれほどの騎射ができる者となると思い浮かばなかった。
本気を出しても勝てるかどうかわからない相手が目の前にいる。それも二人。
バルドには、それがたまらなくうれしかった。