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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
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第179話 魔人(上)

 咆哮を上げた超個体が、こちらに向かって突進してくるのを見て、レンは、


「よしッ!」


 と心の中でガッツポーズした。

 魔獣の群れを倒すには、それを率いる超個体を倒すのが必要不可欠だ。そしてこれまでの経験から、超個体と戦うには量より質、つまり少数精鋭が一番いいとレンは思っていた。

 数を頼みに袋だたき、という戦法もあるだろうが、それだと被害が大きくなる。

 だから向こうから来てくれたのは好都合だ。少数精鋭――ガー太とカエデで超個体を迎え撃つ。

 自分とカエデで、と言いたいところなのだが、ガー太から降りたレンはちょっと強いだけの人間なので、とても超個体の相手はできない。もし戦ってもカエデの足を引っ張ってしまうだろう。

 ただガー太も一羽だけで戦うより、レンを乗せた方が強い。ガー太に乗ったレンが、身体能力や感覚が強化されるように、ガー太のそれもパワーアップされている。だから一人と一羽、二つの力を合わせて戦うのだ。

 レンは他のファイグスの様子を確認する。

 自分たちの前に立ちふさがったファイグスの集団は、ほぼ倒しきった。何体か残っているのも、シャドウズの三人にまかせればいいだろう。

 だが他にもまだファイグスがいる。

 超個体と戦っている際に、それらが横から攻撃してくるとやっかいだった。

 そんなレンの目に、ファイグスに向かって突撃し始めた人間部隊が見えた。

 どこの部隊かはわからないが、その部隊は前面のファイグスを蹴散らすと、こちらに向かってくる超個体の後ろまで進出する。まるで超個体の背後を断って孤立させようとするかのように。

 あの部隊ががんばっている限り、他のファイグスはこちらに来られないだろう。

 ありがたい、とレンは思った。これで超個体相手に集中できる。

 すると、その部隊から一人の兵士が飛び出し、超個体の後を追いかけてこちらに走ってくるのが見えた。

 手柄をあせって暴走したのだろうか? 他の兵士はその場にとどまっていて、動いたのはその一人だけ。個人の暴走としか思えなかった。

 一人で超個体と戦うなんて無茶だ、とレンは自分たちのことを棚に上げて思った。

 悪いがあの兵士のことは無視することにした。自分から来たのだから、自己責任で何とかしてもらうしかない。


「カエデ、行くよ」


「うん!」


 レンを乗せたガー太とカエデが、そろって超個体に向けて走り出す。カエデは両手に剣を持ち、レンは弓に矢をつがえながら。

 最初に攻撃してきたのは超個体の方だった。

 互いの距離が接近し、五十メートルぐらいになったところで、超個体は大きく息を吸い込み――炎を吐いた。


「うわっ!?」


 驚いたレンとガー太は左に、カエデは反対の右に飛んで炎を避ける。

 普通のファイグスは火の玉を吐いたが、超個体の吐く火は、火の玉ではなく火炎放射器のような帯状の炎だった。

 しかも超個体は炎を吐きながら首を振り、逃げたレンを追ってきた。


「わわわわっ!?」


「ガーッ!?」


 ガー太が全力疾走して、迫る炎からどうにか逃れる。それは逃げ切ったというより、超個体の炎が止まって助かった、という状況だった。

 おそらく炎を吐き続けるのにも限度があるのだろう。数秒から数十秒といったところか。それ以上長かったら、逃げ切れず炎に巻き込まれていたかもしれない。

 炎を避けることに専念したため、ガー太と超個体の距離は離れてしまったが、その間にカエデが距離を詰めていた。

 超個体は左前足を振り上げて、迫ってきたカエデに向けてブンッと振り下ろした。

 向こうにしてみれば、うっとうしい虫を振り払う、ぐらいのつもりだったのかもしれない。だがカエデは虫ではなかった。あるいは虫だったとしても、スズメバチのような凶悪な虫だった。

 カエデは左前足の一撃をギリギリの間合いで回避。巻き起こった風が彼女の髪を揺らす。


「えいっ!」


 そして回避しつつ、右手の剣で斬りつけ、相手の足首のあたりを深々とえぐった。


「ギョアーッ!」


 超個体が鳴き声を上げる。それは悲鳴というより、驚きの声のようだった。

 虫けらと思っていた相手が、強力な毒針を隠し持っていたことに気付いたような。

 超個体はカエデを振り払おうと動くが、彼女はそれを許さない。相手のふところに入り込み、次々と斬りつける。


「いいぞカエデ!」


 レンは声を出してカエデを応援する。

 あの炎にはちょっと驚いたが、相手は大きくなってもやはりファイグス。接近戦は苦手のようだ。

 超回復があるので、カエデの付けた傷も塞がっていくが、それでもダメージは積み重なっているはずだ。このまま押し切れば勝てると思った。

 もちろん応援するだけでなく、ガー太も超個体へと走っている。

 カエデを援護しようと弓を構えたレンは、超個体へと向かう別の人影に気付いた。先程、どこからの部隊から一人で飛び出してきた兵士だった。

 向こうはこちらを助けようと思っているのかもしれないが、レンはありがたいと思うより、カエデの邪魔をしないでくれよ、と思った。普通の人間の兵士が一人加わっても、戦力になるとは思えなかった。

 だがその兵士が急加速した。

 それまでも超個体に向かって走っていたのだが、それがロケットブースターでも点火したみたいに、いきなり速度を上げたのだ。それこそカエデ並みの速さだった。

 びっくりするレンの前で、兵士はカエデの反対側から超個体へと斬りかかる。

 二人に増えた敵を追い払おうと、超個体はさらに暴れ回るが、カエデはもちろん、その兵士にも攻撃は当たらない。

 走るスピードだけでなく、身のこなしもカエデとほぼ互角に見えた。素早い動きで、超個体を翻弄している。


「ウソでしょ……」


 カエデの身体能力は人間の限界を超えている。それと互角ということは、あの兵士も人間を超えているということだ。

 ダークエルフかとも思ったが、兵士はどう見ても人間の男である。


「あれってまさか……」


 レンはこちらの世界に来てから、何度か聞いたうわさ話を思い出した。

 この世界には、常人をはるかに超えた力を持つ人間がいる――そんなうわさを聞いたことがあった。

 超人、あるいは魔人と呼ばれる者のうわさを。




 兵士――バルドは魔人と呼ばれる人間だった。

 超人と呼ばれることもあるが、魔人の呼び名の方が一般的だ。それは彼らが魔獣の力を取り込んだ人間だと思われているからだ。

 バルドも自分は魔人だと思っていた。

 限界までは十分ほどだ、とバルドはもう一度確認する。

 魔人も普段は普通の人間と変わらない。だが自分の中に眠る力を解放することで、超人的な身体能力を発揮する。

 力を解放した魔人は、筋力、持久力、回復力など、あらゆる能力が常人をはるかに超える。だがそれにも限界があった。

 バルドの場合、その限界が十分ほどで訪れる。

 バッテナムが彼にまだ動くなと命じていたのも、バッテナムが勝てる自信がないと言っていたのも、この限界のせいだった。

 十分間なら超個体とも互角に戦える自信はあった。だが十分で超個体を殺せる自信がなかった。十分たって相手を殺せなければバルドの負けである。

 だがここに来て準備は整った。

 他の兵士たちが、超個体以外のファイグスを押さえ込み、バルドが一対一で戦える態勢ができた。そこへあの騎士たちの助力があれば、超個体を殺せる見込みは十分ある。

 それでも確実とは言い難い。せいぜい五分五分だろう。

 だがバッテナムたちが、あの騎士――自分たちの危機を救うべく、助けに現れたあの騎士の活躍を見て奮い立ったように、バルドも闘志をたぎらせていた。

 あの騎士を見捨てることなどできない。もっと言えば、あれほどの騎士と共に戦って死ねるなら悔いはない、とすら思っていた。

 思っていたのだが……バルドは自分が大きな勘違いをしていたことに気付いた。

 近付いてわかったのだが、騎士は騎士でなかった。いや、あれも騎士と呼べるのかもしれないが、少なくとも普通の騎士ではない。

 何しろその騎士は馬ではなくガーガーに乗っていたのだから。


「ガーガー……? いや、やはりガーガーか?」


 見間違いかと思ったが、何度見てもやはりガーガーである。

 さっきまでとは違った意味で、一体あれは何者だ? と思いながら魔人としての力を解放した。

 あれが何者かはわからないが、ここまで来れば関係ない。力を合わせ超個体を倒すのみだった。

 力の解放を、バルドは扉の開け閉めのように感じていた。自分の体の中に扉があって、そこを開けると中から力が、強大で凶悪な力がわき出てくるのだ。

 肉体に力がみなぎると同時に、精神も変化する。破壊衝動が増し、死への恐怖が薄らぐのを感じた。この衝動に流されるのは危険だった。必死に冷静さを保ちつつ、超個体へと斬りかかる。

 その超個体とは、すでに別の誰かが戦っていた。

 子供!?

 ガーガーに乗った騎士? にも驚いたが、これもまた驚きだった。

 小さなダークエルフの少女が、超個体と戦っていたのだ。

 その戦いも驚くべきものだった。

 素早い動きで敵の攻撃を回避しつつ、両手に一本ずつ持った剣で、超個体に攻撃している。

 バルドには、その少女が優勢に見えた。他に戦っている者はいない。小さな少女が一対一で超個体を押しているだ。

 一体何者なのだ、と思いつつ、バルドは笑みを浮かべた。

 誰かはわからないが、あれが並々ならぬ強者であることはわかった。あれと一緒ならば超個体に勝てると思った。


「うおおおおおッ!」


 雄叫びを上げて、バルドが超個体に斬りかかる。

 その一撃は胴体を深々と斬り裂き、そこから血が噴き出す。

 普通の獣ならこれで致命傷のはずだが、さすがは超個体。深い傷もあっという間に塞がっていく。

 だがバルドも一撃で終わるとは思っていない。攻撃を繰り返し、相手の回復力を越えて殺せるかどうかの勝負なのだ。


「おっと!」


 言いながらバルドは後ろへ飛ぶ。

 ガチン、と音がした。超個体の歯がかみ合う音だった。

 彼に気付いた超個体が、巨大な牙でかみついてきたのだ。もう少し反応が遅ければ、バルドの体はかみ砕かれていただろう。

 続いての攻撃に備えて身構えるバルドだったが、超個体は反対側を向いた。

 向こうで戦う少女の方に反応したのか。

 ならば、とバルドは再び斬りつける。

 攻撃を繰り返すが、超個体の反応は鈍い、というか素早く動き回る二人に対処しきれず、反撃が散発的になっているのだ。

 相手がどちらか一方を集中的に攻撃しようとしても、バルドと少女がそれを許さない。

 片方が受け身に回れば、もう片方が激しく攻撃に出て、強引に相手を引きつけた。会話を交わさずとも、自然とそういう動きになっていた。

 戦いやすい、とバルドは思った。

 何度も戦いを経験してきたが、こんな感じは初めてだった。理由はわかっている。あの少女だ。

 これまでの戦いでは、共に戦う仲間は全員普通の人間だった。女帝ベリンダには、彼の他にも魔人の部下がいるのだが、そいつらと一緒に戦ったことはない。

 力を解放すれば、バルドと仲間の差は歴然だった。だからバルドは常に気を配りながら戦う必要があった。

 集団戦で一人が突出して動くと、全体の和を乱す危険性があった。だから仲間に合わせて力を加減する必要があったのだ。

 これなら一人の方が動きやすい、と思うことは何度もあったし、実際に一人で暴れ回るのが一番気楽だった。

 だが今は違う。

 共に戦うダークエルフの少女は強かった。

 こちらが気を配る必要はない。全力で動いても、向こうはついてきてくれる。それどころか、少しでも気を抜けばこちらが遅れそうになる。

 自分の実力に釣り合う仲間と共に戦う――それはバルドにとって生まれて初めての経験だった。

 戦う彼の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] と思った。という表現が多すぎる。 [一言] いつも楽しく読ませてもらってます。
[一言] まあ、レンにしろカエデにしろ規格外だわなあ。戦士としての見た目が レンも変な方向の魔人扱い受けそうやね
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