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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
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第177話 意図せぬ挟撃(中)

長くなって上下に分けたつもりだったんですが、それでも長くなったので上中下にしました。

下はどうにか今日中に上げたと思います。

 空気を震わせるような咆哮を上げ、超個体が走り出す。

 その超個体の一番近くにいたのは、正面で向かい合っていたレーダン隊だ。


「突っ込んでくるぞ! 気をつけろ」


 バッテナムが叫ぶ。当然、彼も超個体が自分たちの方へ向かってくると思った。

 ところが超個体はレーダン隊の前を素通りし、その横まで進んで来ていたシャリオス隊に襲いかかった。


「なにッ!?」


 バッテナムも驚いたが、それより驚いたのはシャリオス隊の傭兵たちだった。

 彼らは先程、超個体の火炎攻撃を受けていた。それで陣形が乱れていたところに、突っ込んでこられたのだからたまらない。組織的な反抗もできず、一瞬で部隊はバラバラになった。

 ファイグスは火を吐くことを除けば、それほど脅威ではない。だがさすがに超個体は違った。

 巨大な爪は一撃で人間の上半身をえぐり飛ばし、巨大な牙は易々と人間の体をかみ砕く。

 苦戦から一転、反撃に転じたことで、戦いの流れは人間たちに傾きかけたが、その流れがまたもひっくり返りそうになっていた。超個体一体の力で。


「バルド、いるか!?」


 バッテナムが部下の名を呼ぶ。

 超個体が向こうの切り札なら、彼の切り札がバルドだった。


「俺の出番か?」


 呼ばれたバルドがやってくる。


「あの超個体を何とかしたい。やれるか?」


「さっきよりはマシな状況だが、それでもまだ厳しいな。この部隊全員でかかれば勝てるかもしれないが」


「今なら行けるぞ」


 先程まではファイグスの集中攻撃を受け、レーダン隊は動ける状態になかった。

 だがファイグスの群れの一部がどこかへ消え、他の部隊が突撃してくれたおかげで、戦場は混戦状態にある。

 必然的にレーダン隊への攻撃も弱くなった。今なら攻撃に転じることも可能だ。


「だがそれで勝ったとしても、俺たちの部隊は甚大な被害を受けるだろうな」


「それは困るな……」


 あの超個体を倒すことが目的なら、レーダン隊が壊滅しても勝てればいい。だが彼らの目的はその先にあるのだ。

 超個体を倒しても、部隊が壊滅し、目的の剣は他に奪われましたでは意味がない。骨折り損のくたびれもうけはごめんだった。


「まだもう一押しが足りないか……」


 不利な状況から、互角にまで持ってくることができたが、これでもバッテナムにとっては不十分だった。こちらが勝てる、という見込みがなければ動きたくなかった。




 バッテナムたちが戦っている場所から、南に数キロ下った場所では、レンたちの戦いが続いていた。

 一進一退の攻防、というのはマシな言い方で、実情はレンたちの不利が続いていた。

 カエデもガー太も、とんでもないスタミナを持ってはいるが、魔獣のスタミナは無尽蔵で、戦い続けていれば先にスタミナ切れになるのはレンたちの方だろう。

 飛んできた火の玉を避けつつ、レンは矢を放つ。

 狙い通り矢は命中し、ファイグスは倒れたが致命傷ではない。しばらくしたら起き上がってくるだろう。本来なら殺し切るべきなのだが、相手の数が多いため、一体だけに構っていられない。

 カエデは何体か斬り殺したようだが、ずっと激しく動き続けている。いかにカエデといえど、あのペースだと敵の数を減らす前に体力が尽きるだろう。

 このままではいけないと思いつつ、打開策が見つからないまま戦い続けていたレンだったが、ファイグスの群れが妙な動きをし始めたことに気付いた。

 何体かが、こちらに背を向けて逃げ出したのだ。

 いや、逃げたのとは違うか、と思い直す。

 殺意のかたまりのような魔獣は、例え死にかけていても逃げずに牙をむく。

 だったら誘いか?

 島津の釣り野伏せだったっけ? そんな戦法があったような……

 釣り野伏せというのは、日本の戦国時代の大名、島津家が得意としたとされる戦法だった。簡単にいえば、味方部隊の一部をわざと敗走させ、敵部隊が調子に乗って追撃してきたところを、伏兵で攻撃して倒すという戦法だ。

 オトリで敵を釣りだし、伏兵(野伏せ)で倒すから釣り野伏せだ。

 レンの知識はシミュレーションゲームなどから得たもので、釣り野伏せの詳しい内容までは知らなかったが、とにかく敵の突然の退却をワナかもしれないと疑ったのだ。

 だが、すぐにそれも違うと思い直す。

 いくらなんでも魔獣にそこまでの知恵があるとは思えなかったからだ。

 だとすれば……後、考えられるのは群れのリーダーの超個体に呼び戻されたとか?

 レンはここで超個体を見ていない。ということは、どこかで――おそらく島の北側で他の部隊と戦っているのだろう。

 そっちで苦戦していて、こっちの奴らを呼び戻したとか?

 魔獣同士、どうやって意思疎通をしているかわからないが、集団的な動きを見せるのは、全て超個体の指示と考えて間違いないだろう。

 全部が推論だったが、他に合理的な説明が思い付かなかった。

 とにかくこれはチャンスだった。ざっと見てファイグスの数は半分ぐらいになったようだ。いつまた戻ってくるかもしれないし、今のうちに一体残らず倒しておくべきだ。


「ガー太」


「ガー!」


 まかせろ、といった感じでガー太が鳴く。

 以心伝心、一人と一羽の間に言葉はいらなかった。


「ジョルスさんたちも前に出て下さい!」


「わかりました!」


 やっと出番が来た! といった感じで、ジョルスがうれしそうに返事をする。


「ただし無理はしないで下さいね」


 さっきまではファイグスの攻撃が激しすぎて、シャドウズの三人はずっと後ろで待機状態だったが、今なら行けると判断した。


「行こうガー太!」


「ガー!」


 レンを乗せたガー太が、ファイグスの群れに向かって勢いよく駆け出す。


「領主様!?」


 ジョルスが驚きの声を上げた。まさかここでレンが前に出るとは思っていなかったのだ。

 レンに続くように、シャドウズの三人も慌てて走り出した。

 動かなかったのは一行に付いてきていたニーデルだけだ。

 彼は、こいつら正気か!? といった顔でレンたちを見ているだけだった。


「こっちだ、こっち!」


 前に出たレンは大声を上げ、両手を振る。

 明らかなオトリだったが、ファイグスはそれに反応した。

 数十発の火の玉が、レンとガー太に殺到した。


「うおっと!?」


 ガー太が軽快なステップを踏み、上に乗っているレンも体をひねって回避する。

 はたから見ていれば、どう考えても落ちそうな体勢だったが、乗っているレンにはまだ余裕があった。ガー太から落ちる気がしない。


「おおっ! さすがはガー太様!」


 とシャドウズの三人は歓声を上げたが、


「あっぶな……」


 レンには冷や汗ものだった。何発かかすめた火の玉もあってギリギリだった。髪の毛もちょっとコゲたかもしれない。

 だがそうやって危険を冒しただけの価値はあった。

 数が減ったことに加え、ファイグスの攻撃がレンに集中したおかげで、カエデが動きやすくなったのだ。

 獰猛な笑みを浮かべたカエデが、ファイグスへと斬りかかる。

 数が多かったから苦戦していたが、数が少なければカエデの敵ではない。瞬く間に何体かのファイグスを斬り殺す。

 シャドウズの三人も戦闘に加わった。

 こちらはカエデほどの派手な動きはないが、三人一組で動き、着実に一体ずつファイグスを仕留めていく。

 レンはオトリを続けたが、敵の数が減ってくると余裕も出てきたので、攻撃にも参加する。

 一度有利な流れになってしまえば、後はそのままだった。

 残りのファイグスを全滅させるまで、時間はそれほどかからなかった。


「よし」


 ファイグスを全て倒し、一段落といきたかったが、


「カエデ、まだ元気は残ってる?」


「うん」


 と元気よくカエデが答える。

 敵を倒したことで、気分も高揚しているようだ。


「逃げた奴らを追うの?」


「そうしたいんだけど……」


 正直、ファイグスのことは甘く見ていた。数も少ないし、倒すことは難しくないだろう、と。

 ところが予想以上の数がいたせいで、こうして苦戦を強いられてしまった。

 ひとまず撃退できたので、さっさと逃げるというのも一つの手だと思うが……

 おそらく逃げたファイグスが向かった先には、他の人間の部隊がいるはずだ。残りのファイグスが何体いるかわからないが、彼らと共同して、ここで全て倒しておくべきだと思ったのだ。

 逃げたはいいが、また大量のファイグスに襲われたら、さっきの繰り返しになってしまう。

 他の部隊が超個体を含め、残りを全て倒してくれているならそれでよし。もし向こうも苦戦しているようなら、そこへ助太刀してファイグスを倒す。


「よし、逃げたファイグスを追いかけよう」


「わかった」


 とカエデは笑顔で答え、ジョルスたち三人もうなずいた。

 ただ一人、ニーデルは露骨に嫌そうな顔をしていたが、


「俺もついて行きますよ。ここに一人残される方がもっと嫌ですからね」


 一行は逃げたファイグスを追って、北へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 浮き駒てか余裕のある人員が居れば 公爵に現状のヤバさを伝える伝令飛ばすとこだよなあ
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