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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
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第171話 炎の息

 盾に当たって次々と爆発する火の玉。それは小さな花火のようで、見た目は派手だったが、実害はほとんどなかった。

 ファイグスが吐く火の玉は、例え直撃しても軽いやけど程度の威力だ。一発で人を焼き殺すほどの威力はないので、大型の盾で余裕で防ぐことができる。

 爆発も、音はそれなりに大きいが、衝撃は小さい。

 初見なら驚くだろうが、事前に準備をしていれば、それほど恐れることはないのだ。


「全員進め! 魔獣との距離を詰めろ」


 指揮官のバッテナムや、各小隊を率いる隊長たちが声を上げ、レーダン隊はゆっくりと、しかし確実にファイグスの群れへ近付いていく。

 一定距離まで近付いたところで攻撃に移る――ここまではバッテナムの想定通りだったが、


「ファイグスの新手です! 二十体ほど出てきました!」


「またです。左から十体ほど!」


 最初に現れたファイグスは二十体ほど。

 これに続き、次々と新しいファイグスが出てくる。

 二十体は少なすぎると思っていたので、敵の数が増えるのもバッテナムは予想していたが、その数が予想以上だ。

 すでにファイグスの数は百体近くになり、さらに増え続けている。

 しかも敵との位置関係も悪くなっていた。

 最初の二十体と遭遇したとき、レーダン隊は海岸沿いを進んでいた。進行方向右側は海で、左側が林だったが、その林の中からファイグスは現れた。

 バッテナムは軍勢をそちらに向け、盾を構えて前進したのだが、ファイグスの数が増えるにつれて、敵は左右に広がって、こちらを包囲するような形になってしまった。

 ファイグスがUの字のように陣取った中へ、軍勢が突っ込んだような形だ。おかげで前だけでなく、左右からも火の玉が飛んでくる。

 これはよくない状況だった。

 敵が前だけなら、盾を構えた兵士たちを前に置き、そのまま進めばいい。

 しかし正面からだけではなく、左右からも攻撃を受ければ、そちらへも対処しなければならない。十字砲火を浴びているようなものだ。

 当然、部隊の進みは遅くなる。しかも、


「また出ました。右に十体ほど!」


「左側にも十体ほど。こちらの側面を攻撃してきます」


「いったい、何体いるのだ?」


 次々と上がる兵士の報告に、バッテナムがつぶやく。

 すでにファイグスの数は百体どころか、二百体を超えているようだ。

 事前の予想では、群れの規模は数十体、多くても百体は超えないはずだったのに魔獣の数が多すぎる。

 どういうことだ? とバッテナムは考える。

 数を見誤る、というのは戦場でよくあることだ。しかし今回の予想はそれなりの根拠があった。

 もし百体を超えるような巨大な群れなら、ナワバリの範囲が広くなり、島を出て街を襲っているはずだ――と誰もが考え、バッテナムも同じように考えていた。だか魔獣の数はその予想を超えている。

 ファイグスの数が増えれば、飛んでくる火の玉も増える。それぞれがバラバラに攻撃してくるため、全体では敵の攻撃に間がなくなっていた。

 もしこの状況をレンが見ていれば、織田信長の鉄砲三段撃ちを思い浮かべたかもしれない。

 長篠の戦いで、信長が武田の騎馬隊を相手に使ったといわれる戦法だ。

 三千人の鉄砲隊を千人ずつの三隊にわけ、それが一隊ずつ順番に攻撃する。

 戦国時代の火縄銃は、一発撃つと、弾を込めたりするのに時間がかかり、すぐに次の弾を撃てなかった。このため三千人が一斉射撃すると、次の射撃まで時間が空いてしまう。

 それを三隊に分け、最初に第一部隊が撃ち、次に第二部隊、その次に第三部隊と順番に撃っていく。そうして第三部隊が撃ち終わる頃には、最初に撃った第一部隊が次弾の準備を終えているので再び撃つ。後はその繰り返しだ。

 そうやって第一部隊から第三部隊が切れ目なく撃つことで、攻撃のスキをなくすというのが三段撃ちだった。

 もっともこの三段撃ち、史実ではなく後世の創作との説もあるのだが、レンはそこまでは知らなかった。彼の歴史知識の多くは、ゲームや小説などから得たもので、特に歴史に詳しいわけではなかったのだ。

 それはともかく、ファイグスの絶え間ない攻撃に、レーダン隊の行き足は鈍り、一方的に攻撃され続けていた。

 前はともかく、左右からの火の玉を盾で防ぎ切れず、負傷者も出始めていた。


「俺の出番か?」


 一人の兵士がバッテナムに声をかけてきた。

 年は三十ぐらいか。中肉中背、特に目立つ外見のない、どこにでもいそうな傭兵だった。


「バルド……」


 男の名を呼んだバッテナムは、少し考えてから首を横に振る。


「いや、まだだ。お前の出番はまだ先だ」


「わかった。出番が来たら教えてくれ」


 そう言ってバルドは下がる。

 彼もバッテナムと同じく、バチニアから送り込まれてきた騎士で、今回の切り札とも呼べる男だった。

 確かにこいつの力なら、この状況をなんとかできるだろうが……

 だがバルドの力は気軽に使えるものではない。ちゃんと使いどころを見極めねばならなかった。

 今はよくない状況だが、まだバルドに頼るほど追い込まれてはいない、とバッテナムは判断したのだ。


「後ろから、別の部隊が近付いてきます!」


 バッテナムは思わず背後を振り返った。

 レーダン隊は、北回りの中で一番前を進んでいたが、そこへ後ろを進んでいた他の部隊が追いついてきたのだ。確か、後ろにいたのは長女のシンシアが雇った傭兵たちだったはずだ。

 どう出てくる? とバッテナムは緊張した。

 まずは島にいる魔獣を倒してから――というのが、各部隊での暗黙の了解だった。だから後ろのシンシア隊も、ある程度の距離を空けて後ろに付いてきていた。

 ファイグスの数が予想より多かったし、今こそ「まずは魔獣を倒してから」と考え、共同してファイグスの群れと戦うべきだ。少なくともバッテナムが向こうの指揮官ならそう考える。

 だが誰しもがそう考えるとは限らない。

 こちらの苦戦を見たシンシア隊の指揮官が、先にレーダン隊を倒してしまえと短絡的に判断するかもしれない。

 不幸中の幸いというべきか、バッテナムの心配は杞憂に終わった。


「また新手の魔獣です!」


 森の中から新たに二十体ほどの魔獣が出てくると、それがシンシア隊の方に襲いかかったのだ。

 魔獣にはレーダン隊とか、シンシア隊とかの区別はない。手近な人間たちに襲いかかるだけだ。

 向こうの指揮官がどう考えていたかはわからないが、これで否応なくシンシア隊も魔獣との戦いに突入することになるだろう。

 それはよかったのだが、


「まだ出てくるのか……?」


 バッテナムがつぶやく。

 概算だが、すでにファイグスの総数は二百どころか三百を超えているのでは?

 この島とハーベンの街は十キロも離れていない。それなのにこれだけの数の群れが街を襲わず、島にこもったままだったというのは考えづらい。何か理由があるはずだ。

 だが、それはこの状況を打開してから考えるべきだろう。

 幸い、後ろから来たシンシア隊もファイグスと戦い始めた。結果的にこちらの援軍となったのだ。

 シンシア隊の数は二百人ほどか。それがファイグスの群れを突き崩してくれれば、戦況は一気に逆転するはずだ。

 こちらはそれまで耐えればいい。


「後ろに援軍が来ているぞ! ここが踏ん張りどころだ、もう少し持ちこたえて見せろ!」


 味方を鼓舞しようと、バッテナムが声を張り上げる。

 だがそこへ新たな敵が姿を見せた。


「巨大なファイグスがいます。超個体だと思われます!」


 見張りの兵士が、絶叫するように声を上げる。

 その巨大なファイグスは、林の中から悠然と現れた。

 デカイ。とんでもない大きさだとバッテナムは戦慄する。

 超個体の周囲には普通のファイグスが何体かいたが、それらと比べれば親と子供、いや親と赤ん坊ぐらいの差がある。体格差は五倍ぐらいだろうか。普通のファイグスは体長一メートルほどだから、超個体は五メートルを超えていることになる。

 バッテナムは単体の魔獣だけでなく、魔獣の群れとも戦った経験がある。だがその規模は最大でも百体ほど。その時の超個体は、体長三メートルほどだった。

 超個体の大きさは、群れの数に比例するというが、三百体を超える群れだと、ここまで大きくなるのか。

 その超個体が、人を丸呑みできそうな口を開け、大きく息を吸い込んだ。


「いかん! 全員、守りを固めろ!」


 バッテナムの叫びと、超個体が火を吐いたのは、ほぼ同時だった。

 通常のファイグスの火炎攻撃が火の玉だったのに対し、超個体の火炎攻撃は炎の息とでも呼べるものだった。単発ではなく、火炎放射器のように帯状の炎がレーダン隊に襲いかかった。

 しかもその炎は大きかった。人一人を余裕で飲み込むことができるほどだ。

 レーダン隊の兵士たちは、これまで通り盾でそれを防ごうとした。前衛の兵士たちは、体が隠れるぐらいの大きな盾を持っていたが、それで完全に体が隠れているわけではない。手とか足下とか、どうしてもさらされてしまう部分があった。

 超個体の炎は、そこを容赦なく焼いた。

 兵士たちから悲鳴が上がる。

 手足を焼かれ、盾を落としてしまった兵士が炎に包まれる。

 炎の勢いはそれだけにとどまらず、さらに後ろの兵士たちにも襲いかかった。

 最前列の兵士たちは大型の盾を構えていたが、その後ろに続く兵士たちは普通の鎧や盾を装備しており、炎に対して無防備だった。

 炎に巻かれて絶叫する者、衣服に火が付いて転げ回る者など、被害者が続出する。

 これまでファイグスの攻撃を防いできたレーダン隊だったが、超個体の一撃で十数人の死傷者が出てしまった。

 何ということだ、とバッテナムは愕然とする。

 たった一撃でこの被害なのだ。

 通常のファイグスが吐く火の玉と、超個体の炎の息はまるで別物だった。あれは普通に盾を構えだけでは防げない。

 超個体の炎の息の威力を見て、レーダン隊に動揺が走る。

 バッテナムたちごく一部を除き、レーダン隊は傭兵で構成されている。

 金で戦う傭兵に忠義などはない。勝っているときは威勢がいいが、負けが見えたらさっさと逃げ出すのが傭兵だ。

 超個体を手強いと見た何人かが、早速逃げだそうとした。


「どこへ行くつもりだ?」


 そろりと持ち場を離れ、逃げだそうとした傭兵の前に立ちはだかったのはバッテナムだった。

 逃げようとした者を目ざとく見付け、その前に回り込んだのだ。


「い、いや別に――」


 傭兵は愛想笑いを浮かべ、言い訳を口にしようとしたようだが、それより早くバッテナムが動いた。

 腰の剣を抜くと、有無を言わさず傭兵を切り捨てた。


「ギャアアアアッ!」


 血しぶきを上げ、傭兵が地面に倒れる。


「逃げる者がいれば叩っ斬る! わかったか!?」


 すさまじい形相で叫ぶバッテナムを見て、逃げようとしていた他の傭兵たちが動きを止めた。

 これでどうにか部隊の崩壊を防いだものの、一時しのぎなのはバッテナムもわかっていた。あの超個体をなんとかしなければ、遅かれ早かれ部隊は崩壊する。


「バルドはいるか!?」


「呼んだか隊長」


 バルドが側に駆け寄ってくる。


「お前ならあれをどうにかできるか?」


「やれと言われればやってみるが……正直、俺一人ではどうにもならんだろ」


 超個体の方を見ながら、バルドが答える。


「一人じゃなければ勝ち目があるのか?」


「でかくてもファイグスだ。連続して火が吐けないのは同じらしい」


 バルドの言うように、超個体は炎の息を吐いた後、じっとしたまま動かない。

 こちらをなぶって楽しんでいるとかでなければ、連続で炎の息を吐くのは無理なようだ。


「俺が奴を引きつけて炎を吐かせる。そのスキに一気に襲いかかれば勝機はある」


「なるほど。だがこの状況では――」


 勝ち目があるというのは、あくまで超個体だけを相手にしたときだけだ。

 数百体のファイグスが、絶え間なく火の玉をぶつけてくるようなこの状況では、とてもではないが超個体だけを相手に戦うことはできない。

 まずは群れの数を減らす必要があったが、現状では数を減らすどころか、こちらが劣勢だ。

 先ほどの超個体の炎の息で、レーダン隊の陣形に穴があいてしまったが、そこは左右の兵士たちを寄せ、どうにかふさぐことはできた。

 だがそれは元に戻ったというだけで、一方的に攻撃されているのは変わらず、部隊の士気は落ち込んでいる。

 残念ながら、今すぐ反撃に転じるのは無理だとバッテナムは判断した。

 ここで後続の別部隊を待って合流、その後で共同して魔獣を倒すしかない。

 不安はある。

 他の部隊とは、後継者の剣を巡って争う敵同士。上手く連携できるかどうかわからない。

 だが想定以上の魔獣の数に、何よりあの超個体。

 常識的に考えれば、まずはそれを倒してからだろう。

 上手くいかなければ仕方ない。最悪の場合、この島から逃げ出すことも考えねばならない。

 ここはバチニアではない。自国ならば、騎士として、命をかけて魔獣を倒さねばならないが、ここは他国だ。勝ち目がないなら逃げ出してしまえばいい。

 レーダンを後継者にするという任務は果たせなくなるが、死んでしまえば元も子もない。


「バルド、後ろの部隊に伝令に行ってくれ。超個体のことを伝え、共同戦線を提案するんだ」


「断られたら?」


 小声で聞き返してるバルドに、バッテナムも小声で答えた。


「その時は終わりだ。こんな島からはとっとと逃げ出すさ」

また週末、更新できずにすみません。

ちょっと急な用事が入ってしまいまして。

あ、念のためにいっておくと、ゲームのイベントとかじゃないですよ。むしろそっちも全然手がつけられていないというか。

とにかくがんばります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ガー太に仲間呼んでもらわんとキッツイ状況やな てか事前に剣確認したんだろうか? 魔獣が多いもんだから駆除するために強引にイベントにしたんじゃ・・・
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