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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第五章 南海の風
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第162話 捜していた相手

 大会に参加して、優勝して賞品をもらうというのは、もっともまっとうな手段に思えた。問題は優勝できるかどうかだが、これも不可能ではないと思える。

 とにかく剣を持ち帰ればいいというのなら、ガー太かカエデに持ち逃げしてもらえばいい、と思った。ちょっと楽観的かもしれないが、すんなりとやってくれそうな気もする。


「公爵は誰が跡継ぎになるのが一番いいと思っているのですか?」


 後継者候補の子供たちについて、レンは何も知らない。だったら誰に雇われるのがいいか、ロレンツ公爵の意見を参考にしようと思ったのだが、


「さてなあ。誰が跡を継ぐかは、南海の風にまかせるしかないな」


 聞いたことのない言い回しだったが、なんとなく意味はわかった。明日は明日の風が吹くとか、運を天に任せるとか、そんな感じの意味だろう。

 はぐらかされたのか、それとも本当に誰でもいいと思っているのか、とにかく教えてくれる気はなさそうだ。


「大会はいつの予定なんですか?」


「三日後だ」


 まだ時間はあるが、大会に出るなら、ゆっくりしている余裕はない。早急に誰に付くか決める必要がある。

 誰でもいいといえば誰でもいいのだ。誰がこの国の後継者になっても、レンには直接関係ないのだから。だがレンが勝ったせいで、ふさわしくない者が後継者になり、この国の将来の災いになる、というのはやはり避けたい。

 公爵の子供たちの評判とか人柄とか、最低限の情報は知っておきたい。


「出場するつもりになったかな?」


「ええ。彼女を取り戻すには、それが一番のようですから」


「その言い方、君には勝つ自信があるようだね?」


「そんなことはないですけど……」


 これは謙遜だった。レンの性格では、堂々と自信がありますとは言いづらい。


「出場者が増えるのは歓迎だ。どんどん大会を盛り上げてくれ」


 自分の後継者を決める一大事だというのに、ロレンツ公爵にとっては単なるお祭り騒ぎなのだろうか?

 まあ本当に大事に思っているなら、そもそも大会なんて開かないか……


「君には色々と迷惑もかけてしまった。客人としてもてなすので、大会までここでゆっくりするといい。とはいっても後三日だ。参加するなら、誰に付くか早急に決めておいた方がいいだろう」


「わかりました。ありがとうございます」


「いやいや。どうか君によい南海の風を」


 またもや聞いたことのない言い回しだった。

 後でわかったが「よい南海の風を」というのは、この地方独特の言い回しだった。

 幸運を、とかご武運を、とかそんな感じの意味だ。

 ロレンツ公国は南が海に面していて、その海をそのまま南海と呼んでいる。南海の風とは、これもそのまま南海で吹く風のことだが、この南海の風は気まぐれなことで知られている。

 基本的には南から吹く湿った風だが、時折、別の方角から強い風が吹いたりするのだ。

 船乗りたちにとっては、どこから風が吹くかは大問題なので、自然とこの南海の風にちなんだ言い回しが生まれた。

 南海の風まかせとか、よい南海の風をとか。

 前者は運を天にまかせるとか、出たとこ勝負とか、もっと投げやりに、


「もうこうなったら南海の風まかせだ」


 みたいにやけくそな意味で使われたりもしている。生活に深く根ざした言葉だった。

 とにかく、これでロレンツ公爵との話は終わった。

 公爵が部屋から出て行くと、外で待っていたのだろう、入れ違いでレンの世話係をやっている美人のメイドさんが入ってきた。


「あの、ちょっといいですか」


 レンは少し勇気を出してメイドに話しかけた。

 聞いたのはロゼたちの居場所だった。

 少々お待ち下さい、と部屋から出て行ったメイドは、すぐに戻ってきて教えてくれた。

 今は三人とも城の中庭にいるらしい。レンと同じで拘束されたりはしていないようだ。

 ご案内しますというのを断り、行き方だけ聞いてレンは部屋を出た。

 まずはロゼたちに会って、それから一度郊外の森まで戻るつもりだった。

 無断外泊みたいになってしまったから、きっと向こうも心配しているだろう。

 それから公爵の子供たちについて、シャドウズに情報収集を頼もうと思った。

 相手は貴族だから、ダークエルフではなく自分が直接情報収集した方が早くて確実とは思うのだが、残念ながら知らない相手に話しかけて情報集めとか、そういうのは苦手である。

 頼りっきりになってしまうが、適材適所と考え、自分で動くのは最終手段にした。

 迷わずに中庭に出られたレンは三人を捜す。広い中庭だったが、すぐに三人を見つけることができた。

 イールは目立つし、周囲には兵士たちも立っていたからだ。兵士たちは見張りと警備をしているのだろう。逃げ出さないように見張り、不審な者が近寄らないように警備している。

 すでにレンのことは連絡が行っているのか、兵士たちはレンが近付いていってもチラリと見ただけで何も言ってこなかった。


「領主様! ご無事でしたか!?」


 最初に気付いて駆け寄ってきたのはロゼだった。

 安心させるように、笑って大丈夫だよと答えたレンは、彼女と一緒にいた三人のイールたちを見た。

 三人だ。リリムとミミの二人に加え、もう一人大人の女性のイールがいた。きっと彼女が捜していたネリスに違いない。

 三人は芝生の上に座って、何か楽しげに話していたようだが、レンに気付いて顔を上げる。


「ネリス。こいつがレンだぞ」


 リリムが乱暴な言い方で紹介すると、ネリスは慌てて立ち上がった。

 イールだから当然なのだが、ネリスも白い女性だった。髪も肌も透き通るように白い。大人の女性ではあったが、顔立ちも雰囲気もどこか儚げで、雪の精霊なんて言葉がぴったり合いそうだった。


「失礼しました。ネリスと申します」


 深々とお辞儀したネリスは、頭を下げたまま話を続ける。


「この度は二人がとんだご迷惑を――」


「ありがとうなレン! おかげでネリスを見つけられたぞ」


 横からリリムが元気な声でお礼を言ってくる。その隣で、ミミも「ありがとうございます」と笑顔でお礼を言ってきた。


「二人ともよかったね」


 まだ問題が解決したわけではなかったが、とにかくネリスを見つけることができたのだ。喜んでいる二人を見るのはうれしかった。

 だがそれを見て驚いたのがネリスだった。


「二人とも、なんて口の利き方を!?」


 しばらく前まで、人間社会のことなど何も知らなかったネリスだが、ここに来るまでに最低限の知識は教えられていた。

 イールの社会に貴族はいないが、複数の集落があって、それぞれの集落にはリーダーがいる。貴族とは、そういうリーダーみたいな者だ、と彼女は理解していた。

 集落の者は、リーダーに対して敬意を持って接しなければならない。他の集落のリーダーに対しても同様だ。だったら人間社会の貴族に対しても同じだろう。特に部外者であればなおさら礼儀には気をつけなければ。

 すでに二人からレンは貴族だと聞いていた。しかも二人を助けてくれた恩人でもある。そんな相手に無礼は許されない――とネリスは思っていた。

 別にいいですよ、とレンは言おうとしたのだが、その前にネリスが言う。


「レン様、どうか二人の無礼をお許し下さい。罰を与えるというなら、どうか私一人に。どんな厳しい罰でも、甘んじてお受けします。ええ、きっと二人には聞かせられないような、激しい責めで辱められるのでしょうが、私はそれで構いません!」


「いや、ちょっと待って――」


 ネリスがぐいぐい詰め寄ってきたので、レンは思わず後ろへ下がった。

 儚げな人に見えたのに、なんか中身違わない!? と思いながら。

 ネリスは美しい女性だったが、不思議と人間の女性ほど苦手意識を感じていなかった。おそらく外見が幻想的すぎて、リアルの女性というより、二次元キャラクターのように感じられるからだと思うのだが、それでも限度がある。こうぐいぐい近寄られると、やっぱりテンパってしまう。


「ネリスをいじめたら許さないからな!」


「おにいちゃん、ネリスをゆるしてあげて」


 そこへリリムとミミが加わってきて、さらに、


「リリム。領主様にそんな言い方はダメですよ」


 ロゼまでが口を挟んできた。


「でも――」


「わかっています。領主様、二人に代わって私からお願いします。どうか罰を与えるなら私に」


「いや、二人はともかくロゼはいい加減に僕の――」


 やり方をわかってくれないかな、とレンは言いかけた。もちろんレンには言葉遣いをとがめるつもりなどない。ここまでずっと一緒だったのだから、ロゼもわかってくれていいはずなのだが、なぜだか彼女はわかってくれない。

 ロゼはレンに対し、きっちりとした礼儀正しい態度で接する。それはそれでいいのだが、レンとしては、もう少し楽にしてくれればいいのにと思っていたり。

 思うだけでなく、ちゃんと口に出して言ったこともあるのだが、


「わかりました。領主様がお望みなら、そうさせていただきます」


 と答えて態度も全然変わらなかった。

 わかってないじゃないか、と言いたいところだったが、もしかしたらロゼにはそっちの方が楽かもしれないと思ったので、それ以上は言わなかった。

 レンは堅苦しい言い方はあまり好きではなかったが、ロゼがそっちの方がいいというなら、まあいいかと思って。

 だが問題は、ロゼがそうしたいと思っているだけでなく、そうあるべきと思っていることだ。

 レンには礼儀正しい態度で接するべきと思っているから、他人の態度も注意する。レン本人がそれを望んでいないのにも関わらず、だ。

 ダークエルフなのだから、誰かに言ってロゼに命令してもらえば、彼女の態度もすぐに変わるだろうが、レンはそれをしたくなかった。相手は人間ではなくダークエルフで、彼らにとってはそれが正しいやり方なのかもしれないが、やはり本人にちゃんとわかってもらいたい。

 そのあたりのことを、もう一度ロゼに言っておこうかと思ったレンだが、彼がそれを言う前にリリムが割り込んできた。


「レン、ロゼ姉様をいじめたら許さないからな!」


「おにいちゃん、ロゼ姉様をいじめないで」


 横ではミミが悲しそうな顔で訴えてくる。

 それを見たネリスがまたも二人を注意して――って話がループしてるじゃないか! と思ったレンは、どうにかみんなを落ち着かせようとしたが、それにはしばらくの時間が必要だった。

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